【day2】(3)-[3]-(5)
「だから、『権力者』になることを目的にしてしまう。『権力』は、あくまで集団の秩序を保つために生まれた役割、手段でしかないってことが解ってない。――実際、そうした愚者が権力者になってしまうと、その権力者は当然『義務』を果たさないから、結局、群れが混乱する。いざ権力者になったとしても、その義務の重さに怯んで権力を放棄してくれるような『小心者』の愚者だったら、まだ良いんだけどねえ」
「――」
「あるいは、専制君主的な経緯で権力者が生まれたケースなら、『鷹から鳶が生まれてしまう』のが混乱の原因のこともあるだろう」
「ああ……世襲制で、バカ殿が生まれちゃったケース」
リオンが溜息をついて頷きながらそう云う。大層解りやすく端的な云い方にギンがプッと吹き出した後、「そういうことだね」と肩を竦めてみせた。
「リオン君曰くの『バカ殿』は、それこそ最初っから権力者なものだから、生まれた時から優遇や庇護を受けている。とはいえ、その権利を持つが故の『責務』も、ちゃんと周囲が叩き込んでいれば良いんだが、周囲こそが、たった一人の権力者である『君主』にくっついて次点の権力を持ちたがる『愚者』だったら、バカ殿はバカ殿のままだ。――むしろそのパターンは一番タチが悪いとも云えるね。最高権力者は頂点のまま、それに引っ付いている次点の権力者が実務を担っているという場合……『若い王様』にひっついてる『老練した狡猾な大臣』とかが分かりやすいね、彼は実質的な権力を持ちながら責任は負わない。『バカ殿』は哀れな張り子の虎であり、矢面に立つという意味で『盾』、犠牲だ」
「――」
「最早そこにあるのは、『権力者』という箔でしかない。『権力者』だという名前、記号のみに意味がある」
「うーん……」
「こんなふうに、本来なら『手段』に過ぎない筈の権力が『目的』になってしまったり、単に『権力者の家』が続いているだけだったりすると、『権力』自体が持つ当初の目的は虚ろなものになる。なのに、『権力』が持つ役割や特性は純粋にそのまま残るんだ」
「当初の目的――『群れの秩序を維持する』ということですね」
アサギがそう云うと、ギンが「そう」とこっくり頷いた。続けてリオンが、
「役割や特性ってのは、『強制力』だな」
「そう」
同じようにギンが頷く。
「〝虚ろになる〟と云ったけど……それは、『秩序を維持する』という当初の目的が失われるという意味ではなくて――大義名分としては残るから話が厄介になる、って意味でもあるね」
「ん? っていうと?」
リオンが首を傾げると、ギンが「それもまた、人間の殆どが『愚者』だからさ」と肩を竦めた。
「特に、自分自身を信用出来ず誰かからの決定を望んでいる『愚者』。それこそCFCやイー・ルを思い出せば、とても解りやすいよ。――いいかい、僕らから見てCFCの市長、アスール新民党の『政治』は、明らかに圧政であり、民衆を守るどころか搾取しかやってない。だが、彼らとて『私利私欲』のためにやってるつもりは無いんだ――まあ、実際は私利私欲のためでやってるのも居るだろうけどね――。だから、どんなに傍から見て馬鹿げた税率を民に強いても、一般市民をろくな訓練もしないまま戦に投入しても、それは法に則った、国のための、方法なんだから、彼らからすれば、それは『国の秩序』のためなんだよ。自分達は『正しいこと』をやっているつもりで居る」
「……」
「これ以上の税徴収が行われたら、もう自分の食う物が無いから死ぬ、と思った市民が納税をごまかせば、『犯罪者』となる。自分達が食う分すら接収された農民が一揆を起こせば、それは明らかに『反逆』、『秩序を壊す集団』として裁かれる。そうした行動も起こせず、法にしか自分の行動の選択肢、その根拠を見いだせない『愚者』は、ただ『我慢』を選ぶ。で、現在CFCやイー・ルって国家を、国民として支えている多数派はそっちだろ?」
「……あ…」
「脱税はしてない、一揆にも参加しない、徴兵・接収に逆らわない、よって、少なくとも犯罪者・違法者ではないから『自分は間違ってない』と、そこに胸を張る。だから、『権力』は結果的に、どんな愚者や暴君がその地位に就こうが、『秩序を維持する』という目的自体は、大義名分として持ってる訳さ。ただ、その時の『秩序』という言葉の持つ意味が虚ろ、人生の、『喜び』や『幸福』、『安寧』という言葉とは重なってくれない、っていうことでね」
アサギとリオンがまだ顔を見合わせ、「うーん……」と唸る。
「イー・ルの場合、もっとややこしいというかタチが悪いというか……。似たような搾取や圧政を実質的に行っている『権力者』――大導師長とか云うんだったっけ?――が、本気で最終責任を負おうとしてないよね。大導師長自身も自分を、『神』の被支配者だと思ってるじゃない。『いや、この世で貴方の国の信徒が不幸になってるのは、神様のせいじゃないよ』って――リオン君、君もさっき云ったね――そういう〝ツッコミ〟を、異教徒が入れても聞かないし、自国民が入れれば背信者だもんね。完全に独裁者のやることなんだけど、でも本人は『神』こそが支配者だと思ってるから、今民衆が感じている『不満』や『不幸』を、自分が何とかしようとはせず、全部『試練』の一言で終わらせる。『神様』に責任転嫁、って云ってもいいかな、本人は怒るだろうけど」
ギンが肩を竦めた。それを聞いたリオンが思案げに腕を組み、「それ考えたら……」と呟くと、ギンに云った。
「じゃあ、『権力』を『目的』にするってのも、それ自体が悪い訳じゃない場合も、あるよね?」
すると、ギンは「うん、そうだね」と大きく頷いた。
「『愚者』や『暴君』が権力を持ってしまったがために、巨大な『不幸』を抱えた虚ろな『秩序』に保たれている――そんな『国』の状況を憂えた『名君』の資質を持った人が権力を望むことは、決して愚かしいことではないさ。『愚者』や『暴君』から権力を奪わない限り、その国にあるのは、『秩序』という名の『不幸』でしかないのだから」
「ああ……」
リオンが溜息を漏らす。「秩序という名の不幸」か……上手いことを云う、と感心したが、流石にそれをそのまま言葉に出すのは、余りに生意気だろうから、止めておいた。
「しかし、本来なら『権力』や『権力者』というのは、それそのものが『目的』になるようなものじゃない。だって、本来なら『権力』は無けりゃ無くても大丈夫なものなんだから、『名君』や『賢者』の資質を持った者ほど、本来は存在しないものを目的とするなんて無意味なこと、しないと思うよ――多分そういうことだから、いくら『名君』の資質を持っている人を『愚者』が権力者として推しても、当人は嫌がるってことがあるんじゃないかな――。では、何故『権力』は存在し、『名君』がそれを望まざるを得なくなるのか? 人間の殆どが『愚者』だから。本来なら『名君』が持つべき権力を『愚者』や『暴君』が持ってしまったから。――何だか、堂々巡りだね」
そう云ってギンは空中にくるくると円を描いた。
「――『愚者』『暴君』が権力者になってしまうと、『秩序』という言葉の持つ意味が歪められ、『権力』が持つ本当の意味、目的が虚ろになる――純粋に『力』だけが一人歩きするっていうのかな。それこそ『法』、違法・合法という基準を外から与えられないと自分で物事の判断が出来ない者に象徴されるように、権力を持っていない民の側が、本来なら無くても構わない『力』に――無意識だとしても、頼っている・依存しているからっていうのもある。そして多分、その『時間』が、『人間』にとって長すぎた。愚者がいつまで経っても名君や賢者になりたがらなかったものだから、無けりゃ無くても平気な筈のものが無くてはならないものになってしまうほど、僕らにとっては『あって当たり前』なものになるほど、時間が経ちすぎたんだ。……『鶏が先か卵が先か』分からなくなるほどの…」
ギンはまた腕を組み、伏し目がちになって「ふう…」と息を吐く。
「そうして、原初には『名君』かそれに近い者が権力者であっただろう群れに、『愚者』や『暴君』の権力者が生まれると……、先に云った『人間が全て名君であれば、そもそも権力が要らない』という話が、本来の意味の『国』単位で思い出されるね――『国』の主が全て『名君』なら、戦なんか起きるはずがない」
「――」
アサギとリオンは顔を見合わせて、コクッと頷いた。それは、その通りだと、思う――。
「……『群れの秩序を維持する』ことが権力者の役割であり、その手段として『権力』があるのだとしたら、云い替えれば、権力者が持つ権力は自分の群れの内部でしか役に立たないものであるはずだ。それが解ってる『名君』は、他の群れに対して、自分の権力をひけらかすような真似をしない。他の群れから見たら自分は特に偉かないことを、ちゃんと解ってるからね。それをするのはとても解りやすい『愚者』だ」
「……群れが何処だろうが、『自分が一番偉い』って勘違いしちゃってんだね。ああ、そう云われたら、しっくり来る。『愚者』だ」
うんうん、と頷きながらリオンが云うと、またギンがプッと吹き出す。
「『名君』の率いる群れが、他種の動物でなく同じ種である外敵に対処しなくてはならないような事態になったら、その時の外敵は必ず『愚者』か『暴君』。では一体、――『己の富こそ全て』であり『そこに問答は無用』である暴君は兎も角――愚者は、何のために他の群れの外敵になろうとするのだろう? それが『縄張りの拡張は権力者の義務』という動物的本能だろうか。それとも、自分の『権力』が他の群れにも通用すると勘違いしている本物の愚か者だからだろうか」
疑問形になっているが、ギンは俯き加減になって独り言を呟くように云った。それから一人で小さく苦笑を浮かべ、ちらっと上目遣いに二人の顔を見ると、
「それこそユピタ=バルムのように、建前としてはCFCもそうであるように、群れのメンバーが権力者を選ぶタイプだと、愚者たる権力者を愚者が選ぶことになるのだから、その時、『権力者としての名前』を持つ者は一人だとしても、『外敵』の正体は『愚者の群れ』ってことになる。……怖いね、自分の権力が他の群れにも通用すると思っている愚者の群れ」
やはり呟くような口調で云った。視線を向けられて云われたから、アサギとリオンはどう返すべきか少し困ったが、ギンは特に返事を待たず、続ける。
「僕が思う『名君』、そのイメージは、他者が貧し、窮し、餓え、傷つく手段を使って、富むことを望むような人じゃない。『名君』とは、『縄張りの拡張が権力者の義務』という動物的な本能からは解放されている、本当なら最も人間的な人のことを云う筈だ。――だが、戦ってのは……そこで行われる『縄張りの拡張』『強奪』『殺傷』は、まさしく『他者より己が富む』ための手段、『己が利のために他者を気にしない』方法だろう? それは解りやすく『愚者』『暴君』の発想だ。そうでなければ動物的なんだ、『食うか食われるか』だけが、己や群れの行動原理になるという意味で」
「……」




