【day2】(3)-[4]-(4)
「――だから、〈火〉の〈友〉でもある、サウザー領に所属するユピタ=バルムの大統領、ウィリアムさんには、『傲り』や『慢心』が無いんだよ、『人間が一番偉い』っていう感じの……。だけど、この〝層〟に存在している『人間』としての『権力者』『為政者』である責任や誇りが最も重要であるから、魔術士としての『慢心』も無いんだ。〈魔術士〉という、特殊技能を持っている人間であることへの傲り、ともすると一般人より自分が『優れている』という錯覚を、ウィリアムさんは絶対に持たない」
そこでアサギは少しバツが悪そうな顔をして、チラリとリオンに目配せをした。リオンはそれに気付いて苦笑し、励ますように、軽くアサギの背中を叩く。
そんな二人の様子に、ギンが首を傾げた。
「どうかしたの?」
「いえ……。ちょっと、反省しなきゃいけない部分を、もう一度、ギンさんから云われた気になったので…」
アサギが苦笑してそう云うと、リオンがまずホッと息をつき――アサギがそこまで落ち込んだ訳では無いことがその表情で分かったので――、肩を竦めた。
ギンは相変わらず首を傾げ、
「もう一度、って……。僕は、アサギ君に何か説教をしたつもりは無いよ」
「いや、ギンさんは単にウィリアムさんのことを話してただけなんスけど、アサギはルナールさんから、今みたいなことを『指摘』されたんスよ」
「副隊長が? ……でも別に、アサギ君は慢心なんかしてないと思うけど…?」
「ルナールさんも、アサギが本当に傲ってしまう前に云っとかなきゃ、ってことだったんだと思いますよ。――アサギって、〈治癒術〉の修行に熱心でしょ? それ自体は悪いことじゃないんだけど、本来人間には『医者』が居るんだから、ともすると一般人が医者より先に魔術士を頼ってしまいそうな、そんな姿は見せちゃいけないって……」
「ああ……」
合点したらしくギンが「成る程」と頷いた。
「そうか、それで……。そうだね、確かに、ウィリアムさんは〈魔術士〉の大統領であることを、別に隠してはいないが前面に出してもいないし、ユピタ=バルムの民も、『人間』の自分達で何とかならないことは〈魔術士〉や〈精霊〉が何とかしてくれるという甘えのようなものを、持っていないだろう……大統領が〈魔術士〉であることに頼ってないね。――そりゃ、本部やシンキ等の『〈魔術士〉がトップになる国』でも、甘えは持っていられちゃ困るんだけど、それこそ〝己〟という国の独立度合いの点で、ユピタ=バルムの人達よりはちょっと……『無意識に頼ってる』って部分が、もしかすると、あるかもな――だからこそ、〈魔術士〉の側が迂闊に『能力』を見せちゃいけないっていう…」
〈魔術〉の存在や〈精霊〉の認識が当たり前だったり自然だったりする自分達は、つい「この次元にしか通用しない理屈」の方を忘れてしまいそうになる。それを知っているアサギとリオンも、うん、と頷いた。
――ギンは当然のことながら、アサギとリオンも、午前中タオが幹部達に行なった「説諭」の内容――自分達のような若手だけでなく、それなりの先達でもそうした「勘違い」が起きる可能性があるということを、まだ知らない。
ギンの、ウィリアムに関する評が本当であるなら……、午前中のあの「講義」の場にウィリアムがもし居たなら、ルナールやフーコー達はタオから「説諭」されずに済み、その代わりに、何処かの段階でウィリアムから突っ込まれていたのではないだろうか。あるいは〈火〉の「講義」を若手達には行なった上で、CFCの幹部達が聞いていても納得させるくらいの「この世に於いて合理的」な説明も、同時に行なっていたのではないだろうか――。
アサギがぎこちない苦笑を浮かべた後、ふと首を傾げた。
「あの……ギンさん。ウィリアムさんが、この〝層〟の、特に『人間』の理に基づいて動く『政治』を自分の志としたっていうのと、〈魔術士〉を目指していた訳では無いけど、なったことでそっちの志にとっても有利になったっていうこと……、だけどそれが故に〈マスター〉になることはこの先無いし、ウィリアムさんはそれを全く望んでもいないっていう――それは……理解できたんですけど…」
「うん?」
「それだと今度は、ウィリアムさんが、フーコーさんを『ライバル』だと思ってるというのが、解らなくなったんですが……。その必要ってあります?」
もう一度アサギは「とても不思議だ」と云う風に大きく首を捻って、ギンに訊ねた。リオンも「それはそうだ」と云うふうにアサギへ顔を向けて頷きを見せた後、同じくギンに云った。
「そうだよね。それこそ俺も最初に云ったし……ギンさんもさっき云ってたけど、ライバルっていうより、フーコーさんはウィリアムさんとお互いに協力し合うのが良い関係だと思うのに。それこそ、祖父さんとかお父さんが、その、テラ=テールばあさんを良い『人脈』にしてるみたいにさ」
ギンが一度苦笑して「ばあさん?」とリオンに小首を傾げた。リオンは殊更に恐縮することなく、おどけたふうに肩を竦めた。
ギンも、それ以上リオンに「礼儀」の説教はせず、笑みの形を変えた――ニッと口角を上げて、「それはねえ」と云う。
「――アエラ師匠が本当のトコ何を考えてるのかは知らないけど、ウィリアムさんからは、そこんとこを聞いてるんだよ、僕。……やっと、本当の本題に戻ったね」
「え、何?」
興味深そうにリオンは身を乗り出し、アサギも同じように前のめりになった。
「ウィリアムさんは、〈魔術士〉として先を望んではいない。だから、アエラ師匠が〈友〉になった時も〈マスター〉になった時も、嫉妬や羨望、それにライバル心は、全く無かったそうだよ? 『そりゃあ良かったね、おめでとう』、純粋にそれ以外の気持ちは何も出てこなかったって。僕らが話してた通り、それこそお祖父様やお父上にとっての大師匠のように、アエラ師匠が業界への『人脈』となってくれたら、それはそれで有り難いと思っていたし、ならなくてもそれはそれ、アエラ師匠自身の『生き方』だと思っていた」
「あ……そうなんですか。じゃあ、何で……何処で、ウィリアムさんの方がフーコーさんをライバル視するようなことになるんだろう…?」
「そうだよなあ、――そりゃ、俺もまだフーコーさんの性格、そんなに知ってるとは云わないけどさ――フーコーさんの方が〝兄ちゃん〟をライバル視して、自分を高めるモチベーションにするってんなら、何となく解るんだけど」
「リオン君、それ。正にそれ」
アサギが再び「解らないなあ」と首を傾げ、リオンも彼の後に続いて自問の口調で云う。するとギンがピッと指を立て、リオンを指さしながらそう云った。
リオンは軽く狼狽え、
「え、それって何が」
「ウィリアムさんもそれを解ってるんだ。――アエラ師匠は確実に『競う相手や目標にする対象が居ると燃える』、そういう性格だよ。テラ=テール大師匠のことも、尊敬してるし憧れてもいるだろうが――他の人なら最初からそんな対象にしないだろう『雲の上』みたいな偉大な方ですらライバル視することで、自分の行動の理由、エネルギーにするんだね。ウィリアムさんは〈魔術〉にはさして情熱が無かったけど、子供の頃であれば妹のアエラ師匠から見て、先に勉強を始めてる分、追いかける対象になる」
「……あ、うん。フーコーさんがそうだろうことは、俺も解るけど…」
「そんな『妹』の性格を、ウィリアムさんは良く知ってるんだよ。先に云ったみたいに、〈魔術〉に関しては、ウィリアムさんは妹から追い抜かれたって、何ともなかった。ある程度のところまでライバルや目標になれていればそれで良かった――けど、師匠が、城の職員になった」
「……」
リオンとアサギが顔を見合わせた。
「学生時代の、雑用臨時職だけならまだしも……正式採用されて城に入るとなれば、それは『政の実務』に身を置くということだ。末端とはいえ、『権力』の一部に組み込まれるんだよ。――ウィリアムさんから見たら、アエラ師匠が自分と同じ土俵に上がって来たんだ」
ギンの言葉に二人は困ったように首を傾げ、何か云いたげだった。だが、何と云って良いのか解らない……そんな風情の二人に、ギンの側から先ほどと同じように、「複雑?」と訊いた。
「僕の云い方が、少し誤解を招くものなのだろうことは、解ってるよ」
そう云ってギンは、軽く肩を竦めた。
「そこに『ライバル』という言葉を使うことに抵抗があるんだろう。本来、まつりごととは競うものではないし、アエラ師匠とウィリアムさんは『政敵』という訳でも無いのだから。それに、お二人がどっかの権力者のように、『権力』そのものを欲している筈も無い――どっちが『より上位の権力者』になるかを競っているのでもない」
「……そりゃ、俺達も…フーコーさんとか、その兄ちゃんを、そういう人だとは思わないけどさあ……」
リオンが戸惑いの表情を浮かべて首を捻り、アサギも同じような顔をしてギンに首を傾げてみせた。
ギンは小さく首を振った。
「君達が何だか複雑な気分になってるのは、『好敵手』ってのを、ごく単純な、勝ち負けや順位が生じる意味の『競う』相手、と受け取ってるからだよ」
「……え?」
「何かを競う時に勝ち負けが生じるのは、それが決着する何らかの地点、『ゴール』があるからだ。……『政』に『ゴール』があるかい?」
「……」
リオンはただ首を捻り、アサギは小さな声ではあったが、「いいえ」と答えた。
ギンが「だよね」と笑みを見せる。
「『政』に決着は無いよ。『人間』が『社会』を作ってる限り続く――これもまた『鶏が先か卵が先か』みたいに思えるけどね――。個人の『政治生命』に終わりはあるけど、政界から退いたらその人の『負け』かって云ったら、それも違うよね?」
「はあ……」
「違うんだよ――ウィリアムさんは、少なくともこの次元に於いてだけは〝国〟と〝民〟っていう『世界』を『懐に覆い入れ背負う』……本来あるべき『支配者』『権力者』であろうとしている。その生き方を先に志した以上、そこは兄として、妹から追い抜かれたくないんだ。自分の方が『妹』の手本で居たい、アエラ師匠に、常に背中を見せていたいんだよ」
ギンは相変わらず微笑を浮かべたまま続けた。
「アエラ師匠は〈魔術〉の方に熱意があった分、城勤務を志したのも、サンハル隊長やタオ様の『後輩』であったことが動機として大きいと思う。『〈魔術士〉として尊敬する人』が為政者――将来の権力者でもあったから、そちらを追いかける形でね。だけど師匠は、比較的早く……成人する前に実家を出ているから、ウィリアムさんが見ていたような、お祖父様やお父様の背中は、殆ど見てないんだよ。現実的に自分が生きている〝層〟で避けては通れない、『人間だけに通用する理屈』を生き様のメインに置いていた、先達としての、お二人の背中はね……」
「……」




