【day2】(3)-[4]-(5)
「師匠がサンハル隊長のように――ディナム老師が云ってたみたいに――例えば魔術士隊に志願してそれ一本だったら、ウィリアムさんも、いい年して『妹』をライバル視するなんて真似してない――っと、これは僕の言葉じゃないよ、ウィリアムさん本人曰くだ――。でも、アエラ師匠は結果として……それはそれで師匠の『縁』だったのか、城に入った。ならば、ウィリアムさんは負けられない。――星を抱えて背負う覚悟や意志なんて最早無いけども、この〝層〟に於いて、どれだけ多く大きく重い『荷物』――民の命、生活、それに対しての責任や覚悟を『背負う』のか、それを恥じること無く全う出来るのか、ウィリアムさんはその『背中』を兄として、アエラ師匠に見せつけていたいんだよ――少なくとも『政界を引退』するまではね――。師匠が『背中を見せられると燃える』タチであるからこそ、見せられる背中を維持するという意味で自分自身を磨いて律する、ウィリアムさんのモチベーション、そういう『ライバル心』なのさ」
ギンの言葉にアサギとリオンが「ほう…」と息を吐く。
「そういえば……フーコーさんが会議の時、何処かの段階で凄く真面目な顔をされましたよね……。キリッと引き締まって、ちょっと怖いくらい厳しいお顔」
アサギが独り言の口調で思い出したことを云うと、リオンも頷いた。
「フーコーさんも、そういう……『背中』に気付いてるのかな。まだ自分が『兄ちゃん』の背中を見てることを、自覚してる?」
リオンの言葉に、今度はギンが――二人に――頷いてみせた。
「恐らくそうだろうね。〈魔術士〉としてのアエラ師匠はテラ=テール大師匠を、純粋に追いつき追い越す『ライバル』と思って、情熱にしてた。でも、『為政者』に、そういう単純な競争心は不要だ。だからこそ……ウィリアムさんがマッカンさんを通して、アエラ師匠が領主代理となることに『異存はない』『やるんなら全うせよ』『出来なければ〝ユピタ=バルムの〟恥になる』、そういう、ハッパというかプレッシャーというか――を掛けてきたことに緊張したろうし、いくら師匠でも少しは怖くもなったろうと思うよ――単純に『カチン』と来てただ奮起するようなら、それこそウィリアムさんから見て未熟ってことにもなるだろうけど、師匠もそこまで鈍くないさ――。ユピタ=バルムの大統領に、しっかりとしたサウザー領主代理の姿を見せること――将来にも離脱などせず、サウザー領内に在るのを出身地の民から望まれるような領を維持すること、領主代理の職務を全うすることが、離れて随分経つ出身地、実家、兄に見せるべき『今の自分の姿』だと、アエラ師匠は、きっと考えただろう――」
再び、アサギとリオンは感心したふうに「ほう」と息を吐いた。
「じゃあ、仲が悪いどころか……結構な信頼関係があるんだね。そんな兄妹の……個人的な会話なんか全く無いまま、会議の場でお互い、そういう…コミュニケーションが出来てるってことは」
リオンが云うと、「そうだね」とギンが頷いた後、
「でも、今の話をアエラ師匠本人が聞いてたら、きっと思いっきり否定してると思うよ? 何たって〝ツンデレ〟だから」
大げさに肩を竦めながら、おどけた声を出した。
リオンが「はは」と笑い、アサギも笑みを見せた後で、「ふうん…」と何か納得するような息を漏らした。
――そういう兄妹の関係もあるのか。それを理解して漏れた息だ。
自分と兄の場合と異なるのは、勿論個々の性格に因るところも大きいだろうが、最初にギンが云った通り、国・村の有り様も関係しているのかもしれない。
当然のことだが、自分が生まれた時には既に兄が居た。将来「フリュス家」の家長として「フリュス村」の最高権力者となる彼を支える役目を、アサギは生まれた時から与えられていた。それに疑問を持ったことが無い。同じく、兄のスオウは兄弟の中で一番最初に生まれてきたという巡り合わせのみを以て、「フリュス家」と「フリュス村」を背負う役目を持たされた――「フリュス家」は家督を継ぐ順位が男女を問わず「長子」からという原則になっているので――。
対して、アエラとウィリアムの場合、生まれた時に与えられる「役目」というものは無い。まっさらな状態から、〝己〟という国を建国するところから始まるのだと云う――それは、自分が生きている間の「役目」、やるべきことを「探す」「決める」とも云い替えられるだろうか。
既に生まれた時からそれを与えられていた自分には、そうした「生き方」がなかなか想像し難く、とても「大変」なことのような気がするが、――少なくともアエラ・ヴァン・フーコーを見ていて「可哀想」と思ったことは無いから、きっと「不幸」ではないのだ。
では、生まれた時から「役目」を持っている自分は、逆に、アエラなどから見てどうなのだろうか?
世襲君主制の土壌に育った自分は、全くその状況に疑問を抱いたことがないし、フリュス村から出て行きたくなったことも一度もない。ならば、ウィリアムのような人物から見て、〝己〟という国は「フリュス」から「独立」していない「植民地」「属国」ということになってしまうのだろうか?
いや、それは違うな、とアサギは小さく首を振った。そんな自分を「可哀想」と思われることや批判されることは不本意だと思うから、無理矢理「フリュスの植民地」にされている訳では無い。自分はあくまで、「フリュス村」の村民であり、現フリュス家家長のスオウを「支える」役目を持っている。〝己〟という国は、植民地というのではなく……サウザー領に所属しているユピタ=バルム共和国と同様に、フリュス村内に属している〝己〟という独立した小国家だと思う。
ああ、ギンさんが云ってた「それが良いか悪いかは傍が云うコトでは全く無く、アサギ君自身が決めること」というのは、そういうことか――それも合点して、アサギはもう一つ息を吐いた。
「――師匠とウィリアムさんの話だと思ったら、随分長いこと余計な話もしちゃったけど――ああ、二人は『余計』だとは思ってないんだっけね――、それで、アサギ君の好奇心は満たされたのかな」
ギンが問うと、アサギは微かに頬を染めて一度目を伏せる。
「好奇心って云われると、何だか、恥ずかしいんですが」
「いや、もちろん、ゴシップ的な興味じゃないのは、もう解ってるよ。司祭様と自分の関係性と違うから、って云ってたろ?」
「ええ……、最初の、権力についてのお話や〈マスター〉のことも、凄く勉強になりましたし――。参考っていうとちょっと違いますけど……、フーコーさんが『お兄さん』に対して〝ツン〟な部分がある、その理由が納得出来ました。そういう関係性もあるんだなあって――お二人とも為政者ならではの……もう兄妹を越えたところで、人と人としての、時には反発や対立も当たり前の、関係があるんですね」
アサギが云うと、ギンがにっこりと笑った。
「そうだね。――僕の方も、君の好奇心が理解出来るよ。アサギ君の場合は、既に『臣』であるからこそ兄でもある『長』に対して〝ツン〟な態度ってのが、全く理解出来なかったんだろ。『為政者ならではの』『兄弟を越えたところで』って云うんなら、アサギ君だってその筈だよ? だけど、君の場合、『人と人としての』って部分……その素地が違うんだよね。言葉が悪いけど、師匠達と違って、最初から序列があるっていうか」
「……そうですね」
「――『臣』から見て『王』の判断に過ちさえ無ければ、反抗なんかする必要がないってのがまずあるから、個人的に何か釈然としないことがあったとしても、『王』に誤りがないと『臣』が判断出来るなら、『弟』として『兄』に対する反発心も湧かないんだ。多分――お兄さんであるスオウさんの方はどうか知らないけど、アサギ君は、僕らや世間一般にあるような『兄弟関係』の意識が、少し薄いのかもね」
先ほど一人で考えの整理に沈んでいた、それをギンからも指摘されて「そうだと思います」と苦笑混じりに頷いた。
そこでリオンが、何か思い出した顔をしてアサギに顔を向ける。さっき、ギンもちらっと名前を出した……
「でもさ、アサギって、もう一人兄ちゃん居るんだろ? ――昨日、ルナールさんから呼び止められたとき、〝小兄〟って云ってたよな?」
「〝小兄〟? ――ああ、ユカリちゃん」
アサギが答える前にギンが、ふと、そう云った。リオンが
「そうそう、さっきギンさんもそう云ったよね。――アサギんちの地方の命名常識って知らないけど、俺は女の名前と思ったのに、〝小兄〟って云ったんで、最初少し驚いたんだ」
うんうんと頷きながらそう云うと、何故か――ギンとアサギは顔を見合わせ、妙な顔をした。ギンは微苦笑を浮かべ、アサギは困ったふうに首を傾げている。
そんな二人の様子に、
「え? もしかして、俺、何かヤバいこと云った?」
ちょっと焦った声でリオンが云うと、アサギも苦笑して「いえ、そんなこと無いです」と手を振った。
「――はい。長兄がスオウ、今のフリュス家の家長、大司祭で、その下に次男のユカリが居ます――けど、それが何か?」
改めてアサギが答えると、リオンは、「うん」と頷いて、
「その司祭っていう兄ちゃんが、いくら兄ちゃんでも『王様』と同じだってのは解るけど、小兄ちゃんとは、フツーの兄弟ゲンカとかしねえの? 『先に生まれたってだけで偉そうに』っていう〝反発〟とか、男同士ならではのライバル心とか……俺は一人っ子だけど、年近い親戚とか近所のあんちゃんとかに、そういうの、あるんだけどなあ。――まあ、あんたの性格だと、そもそもケンカとか避けそうだし、取っ組み合いとかいよいよ想像付かないけどさ、――その〝ユカリさん〟も、あんたから見ると、兄ちゃんってより上司って感覚になっちまうのか?」
彼も改めて尋ねた。
すると、アサギとギンは再び顔を見合わせ――ギンは、何だか「にやにや」にも見える意味深な薄笑いを見せており、アサギの方は困ったように小首を傾げている。
[3.20-3.21は、10:00|20:00 の1日2回投稿にします]




