【day2】(3)-[4]-(6)
ギンは既に〝ユカリ〟と面識があるらしい……。一層リオンは不思議な気分になり、
「だから、何だよ、そのリアクション。それこそ、よっぽど小兄ちゃんの方が嫌いだからとかか?」
今度は少々口を尖らせた。
ギンがまず、
「いやあ、何て云うか、『説明が難しい』ってだけなんだと思うよ。一言で云えば、ユカリって、とっても個性的な人なんでね。――まあ、僕の印象や想像を云えば、アサギ君とユカリがケンカするってことは、実際、考えにくいねえ……」
「あ、呼び捨て。……ギンさんは仲良いの?」
「仲良い……かどうかは判んないけど――まあ、自分と年がそんなに離れてなくて、お互い子供の頃に知り合ってるから……幼なじみっていうか…。実は、僕ら兄弟、今のフリュス家の人の中ではアサギ君だけ、今回の来訪でほぼ『初めまして』だったんだよね」
「ほぼ?」
「アサギ君が赤ちゃんの頃に一度対面してるんだけど、当然アサギ君が覚えてないだろ。ケン兄は、君を抱っこしたことがあるよ」
「あ、そうだったんですか」
ギンの言葉にアサギが目をぱちくりとさせ、リオンは「へえー」と素直に聞き入れている。そんなリオンへ、やはり薄く笑みを見せてから、ギンはアサギに云った。
「――アサギ君、まだユカリちゃんの話をしたこと無かったんだね。さっき、『昨日』、副隊長から呼び止められたときに、とか云ってたよね、リオン君。その時初めて司祭様とアサギ君の間に、まだお兄さんが居ること知ったんだ?」
「そうっすよ。〝小兄〟って云ったから、『あ、まだ居るんだ』と思って――そんで、今日は今日で、サンハルさんがバーナードさんにアサギを紹介するとき『三男』って云ったから、じゃあ、兄ちゃんは二人ってことか、と」
「――ギンさんの仰る通り、ちょっと……説明が難しいだけです。この先、もし顔を合わせる機会があるようなら、その時ご紹介出来ればいいかなと思って……。機会が無ければ、まあ、それはそれでも」
アサギも苦笑を浮かべてそう云ったが、リオンはますます口を尖らせ、
「でも別に、兄ちゃんが二人居るっていう、アサギの自己紹介としてチラッと云ってくれててもいいじゃん? そうじゃないと、俺、アサギの兄ちゃんって『フリュスで一番偉い人』一人だけだと思ってたからさー。何かこの先雑談で、あんたが無意識に『二人の兄ちゃん』の話出したりした時、――もう一人がそんな『個性的』ってんなら尚のこと――混乱すっかもしんなかったじゃんよ。もしかして、まだ姉ちゃんとか弟妹は居るとかじゃないよな」
「ああ……、そうですね、すみません。あの、他にはもう兄弟姉妹は居ません、姉みたいな従姉なら居ますけど……」
アサギは微かに助けを求めるような顔をギンに見せ、ギンは軽く肩を竦めて微笑を見せているだけだ。
そんな二人に、リオンがプッと頬を膨らませる。別に、そこまでアサギの「家庭環境」に首を突っ込むつもりはないのだが、「仲間外れ」にされている気がしているのだろう。
「何なん。――そりゃ、異父・異母兄弟とか養子だとかって複雑な事情があるんなら、突っ込まないけどさ…」
「いえいえ、そういうのじゃありません」
慌てて手と首を振るアサギに、リオンは「だったらいいじゃん」と呆れたような声を出した後、
「じゃあ、今度はおまえの兄ちゃんのこと教えろよ」
と詰め寄った。
困ったように首を傾げるアサギ、そんな彼の様子に却って好奇心が刺激されたらしいリオン――二人の様子を、ギンは黙って笑みを浮かべつつ眺めている。
――そんなギンの背後……、食堂の入り口から、新たに誰かが入って来た。それからコソコソと小さな話し声が上がっていた。自分達と同じように、食事時からずっと、恐らく会議の感想の延長で「黒い筋」「異形」について、意見を交わしているらしいグループがあるのは解っていたので全く気にしていなかったのだが、そのため、そちらの会話の内容が少々変化したことに、ギン達は気付いていなかった――。
よって、
『アサギ君とリオン君を見なかった?』
『あ、ずっとあそこでギンと喋ってますよ』
そういう、自分達の名前が出てきた会話であったのに、振り返ることも無かったのだった。
「でも、本当に、百聞は一見に如かずというか……僕も、まだお会いしたこと無い方に、前情報としてって云っても、ユカリ兄様のことは上手く紹介出来ないんですよ、どの辺りから説明するのが良いのかなあって…。ホントに、お会いして貰ってからの方が良いかと……」
「えー、何ソレ」
「だから、一言で云えば『すごく個性的な人』なんだよ、リオン君。少し……と云わず心の準備が要るような」
「だったら、だからこそ説明してくれても良いじゃん。コエーよ」
「凄くユニーク、っていうのだけ心の準備しとけば、それこそアサギ君の云う通り『百聞は一見にしかず』ではあるのさ。――会えばすぐ理解出来るよ」
「何それー。――もしかしてギンさん、俺がその『ユカリ』さんと対面したときビビるの期待して、面白がってない?」
「そんなことは無いよ――」
「――ギン」
名前を呼ばれて、そこでやっとギンが振り向いた。
視線の先に居た人物を見て、ギンは慌てて立ち上がり、敬礼をする。
――声を掛けてきたのは、長兄だったが、その斜め後ろにルナールが居た。
ルナールが軽く手を振り、「ああ、良いわよ」と苦笑する。
「貴方、非番だったんじゃないの。座ってて。アサギ君とリオン君まで緊張しちゃうでしょ、敬礼はいいわ」
副隊長の言葉にギンは「恐れ入ります」と云いながら腰を下ろした。
アサギとリオンも、テーブルの横に並んだ〝見〟とルナールを見上げる。
――黒髪、長身、どちらかと云えば細身、そしてどちらも〈水〉の術士――その者が持つ雰囲気――。ケンは、ルナールと違って肩までの長髪をオールバックにして後ろで引っ詰めているのだが……、こうして見ると、二人とも良く似ている。例えば今此処に、ギン達兄弟やルナールのことを全く知らない人物が居たとしたら、明らかにケンとルナールの方を姉弟だと思うだろう。ケンとギンが三つ子のうちの二人だということの方を信じまい。
「何か、指令でしたか」
ギンが恐縮そうな顔をしてルナールに問い、ケンにもチラリと目線を向けた。
ルナールは「いいえ」と手を振り、
「アサギ君とリオン君の方を探していたの。――正面ホールの傍聴会場で貴方と一緒のところを見かけたって聞いたから、ケンに訊ねてみたら彼も一緒に探してくれて……。お二人とも、ずっとギンと此処に居たの?」
それならそれでアサギとリオンが慌てた顔をし、
「あっ、済みません、もしかして随分探されたんでしょうか」
「御免、マジでずっとここに居た」
そんなことを云う。
ルナールは苦笑を浮かべて
「謝るようなことじゃないの、まさか、会議が終わった後から今までずっと探してた訳じゃありませんよ」
と首を振った。
ケンの方が弟に、少々険しい声色で、
「ギン、非番だからって、気を緩めていなかったか? 今後、魔術士隊は、いつ緊急招集されるものか解らんのだから、体調管理には一層気をつけなくてはいけないのに…、ましてお客人を付き合わせるのは」
そんなことを云った。アサギが慌てて腰を浮かせてケンに訴える。
「あ、あの、お話を聞かせて欲しいと云ったのは僕なんです。僕らの方がギンさんを引き留める形になって…」
「そうなんだ、ケンさん。俺らの方は、凄く勉強になる話を聞かせてもらったし、ギンさんが俺らを付き合わせたって訳じゃないんだよ」
リオンも焦った顔をしてギンを庇う。ケンは切れ長の目を一層細め、ギンに「そうなのか?」と云うふうに目配せをした。――それをハッキリ「うん」と云っては若いお客人二人が一層恐縮してしまう、ギンは軽く肩を竦めるだけだった。
ルナールが苦笑したまま、
「勉強になる話……? お二人とも、今日の会議の傍聴もしていたのでしょう?」
「あ、はい」
アサギが頷くと、ルナールは大げさに呆れたような声を出した。
「貴方達の方こそ、今日は何の義務も無かったのに、それじゃあ『学習』漬けの一日になったのね」
アサギとリオンは顔を見合わせ、「そういえば、そういうことになるか」と、彼女と同じように苦笑を交わした。――ギンとケンは午前中のことを知らないから、「何のことだろうか」と小首を傾げていたが、特に問いはしない。
ルナールは表情を苦笑から普通の微笑に変えて、
「……夜も更けたけど、もう少しだけ頑張る気力はある? 流石にもう眠くなったと云うなら、無理は云わないけれど」
「えっと、何スか?」
リオンが首を傾げてルナールへ訊ねると、
「タオ様が、午前中、貴方方の話を結局聞かないままだったのを、気になさってるの。――ああ、恐縮しないで、気に病んでるって程じゃないわ、タオ師も少し前にやっと一人になれたから、もし二人の方が大丈夫なら今聞こうかって仰っただけなのよ。明日の朝からは、また色々と立て込んでしまいますからね」
「はあ……」
どうする?と云うふうにリオンがアサギに顔を向ける。アサギがルナールへ、
「明日の朝、魔術士隊の方はどういう予定になっているんですか? 訓練は……」
「明日午前中の訓練も『自主』ということにしました。そうでなければ、正規隊員は『待機命令』と思ってても良いわね。午前中はまず幹部会議を行なって、例の……『特殊対策本部』の計画を立てて、その任務に就く隊員の編成を、出来るだけ早く発表したい、というところなんですが。――アサギ君とリオン君にも伝えておくべき予定というのは、今のところ無いですね」
それじゃあ行く、とリオンが先に頷いた。
「あの、タオ先生は大丈夫なのですよね? まだお休みじゃないんですね」
「ええ。――多分、タオ様の方が、まだ寝付けないからそんなことを云い出したのだと思うわ。……貴方方がもう休みたければ、そっちを優先して一向に構わないのよ?」
アサギが念を押すと、ルナールは肩を竦め、再び苦笑を浮かべて頷いた。
「いえ、じゃあ……僕も伺います」
とアサギも頷く。
まずギンに
「有難うございました」
とお辞儀して、アサギとリオンはコップを手にしながら腰を上げた。が、ギンが
「ああ、いいよ。僕が下げておこう」
そう云って二人のコップを素早く取り上げた。それにまた「有難うございます」と若者二人は礼を云った。
「……とは云え、タオ師も今日はもう、書斎を兼ねた寝室に下がっておいでなの。お二人はまだ、そちらに行ったことないでしょう――ご案内するわ」
そう云いながら歩を進めたルナールの後ろに、アサギとリオンがついていく。背後で、二人と入れ替わりに腰を下ろしたらしいケンとギンが何か会話している声が段々遠ざかっていくが、自分達に「講義」していた時とは段違いにギンの言葉数が少ないことは伝わってきた。ケンがポツリと何か云い、ギンが「あ」「おう」「そう」とかそんなことだけ呟いている……。
それでも、〈通信〉が得意な兄弟が〈魔術〉を使っている訳ではない。きっと、あれこそ「阿吽」というものなのだろう。ああいう兄弟も居るのだ、とアサギはしみじみ、一人で頷いた。
【day2】学習の日
to the Next section: (4)深夜:講義(説諭)、質疑応答




