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「イヴ様、〝川〟寄りの最前線に残された兵、とは『EV隊と同じ境遇』に置かれた者、と云えますね」
「そうだ。――かと云って、サヴァナに救助されることを宜としないのは、充分考えられる」
それは何度も、想定している。オリバー自身が「さっき云ったこと」だ。彼はそれを前提として、「策」を上申した。
「しかし、きちんと交渉、『対話』さえすれば、話が通じる筈です」
「――」
「もしや、カユー様が『キィ』を使わざるを得ないほど、頑なに籠もった相手でも、それがカユー様であるなら、説得に耳を傾ける――イヴ様の言葉に耳を傾ける、期待が持てると――私は想像します」
イーヴィとカユーが顔を見合わせた。
「サヴァナからの救出を不本意だと思っても、シド・カユー導師とE=V・フリアイ導師の意向だと解れば、聞く耳を持つ可能性は充分あります。――だからこそ、最前線に居る、取り残されているのではありませんか」
サヴァナからの救出を不本意と感じながら、最前線に取り残され、イーヴィとカユーの言葉にも耳を傾けない者――となると、世界中、何処の国にあっても「犯罪者」になる極悪人である、「懲役」「死刑」代わりに戦場へ遣られた者だ。
そんな極悪人が、大人しく砦やトーチカに籠もって「神に祈って」いる訳はない、何ならグ・ルグ少将と同様、己のリュックにだけ水と食料を詰めて脱走でも図っているだろう。
「――そうだとして、『コロニー』に滞在させる必要が無いと、君が思う所以は? ――面映ゆいが――私やイヴ様の説法が〝魂〟に届いている相手ならば、サヴァナの中でもめ事を起こす恐れも少ないと思うよ?」
今度はカユーが訊いた。オリバーが、表情は理知的に冷静ながら、穏やかな声で答える。
「故に、『健康状態に問題が無い者』『治療の済んだ者』と申し上げたのです。――そうした者たちは、比較的被害の少ない砦に、留まらせていても良いのではないでしょうか。当然ですが、食料と水の補給は行いながら」
「……」
「イヴ様の言葉に耳を傾ける者ならば、BR19の――イヴ様の、『本国の意図を探る』という『目的』にも理解を示す筈です。大きな『その目的』に同調することは無いとしても、イヴ様やカユー様に逆らう者は居ないと思います」
「オリバー君……つまり、君は――」
「BR19以外の、〝川〟沿いの砦も、EV隊の拠点と出来る――イヴ様の、隊員が増える、と?」
イーヴィとカユーが続けて、オリバーに確認する口調で云った。オリバーが「はい」と頷く。
「――一つの砦を『確保』出来たら、『捜索・救助』の拠点とすることが出来、そこからまた『次の砦』へ捜索の手を向かわせられます。勿論、その都度、兵員も増えます、『救助された兵』が『救助する兵』へ。――そうすると、南北方向の移動も、それほど大きくしなくて済みますから、本営から気取られる危険を抑えられますし、『〝川〟を渡る』頻度も減らせます、サヴァナ側の隊員を我々に『付き合わせる』必要も無くなってくるでしょう」
「……」
カユーは無言ながら、感心したふうに息を吐いた。が、イーヴィは、少し目を細めて、オリバーの冷静な顔を見つめる。
オリバーは、イーヴィの視線を真っ正面から受け止めていた。
「――。私が管理する砦はBR19だけだ。私の責任の範囲で、サヴァナの御方へ『拠点としてくれて結構』と取引したのも、此処だけだ――君が云った『捜索』や『救助』の過程で、なし崩しにサヴァナの御方が『砦』を使うことになるのは、許容出来ないし、私の裁量の範囲では無い」
確認するようにイーヴィが云うと、オリバーは「勿論です」と頷いた。
「それは、イヴ様と筆頭殿との確認事項となりましょうか――。私は、平原の『コロニー』に『兵士』を入れずに済む策を考えて提案致しただけですので……。サヴァナの御方の『目的』に対して、イヴ様がどれだけ『譲歩』されるのかは、私のもの申すことではありません」
「――そうか」
オリバーの冷静な表情と声に、裏は無いと感じられたので、イーヴィは息を吐きながら承った。
――E=V・フリアイ導師長は、オリバー・ガ・トゥフという若者の、「本国」「生家」への「諦観」「失望」を知っているのだ。
オリバーの「策」は、ともすると、「緩やかな進撃」に見えなくも無い。
振り返り、本国を眺めることにしたイーヴィだが、本国からは、「E=V・フリアイ」の息の掛かった者が、〝川〟沿いの砦に並んで〝己〟を睨んでいるようにも見え、大導師長・中央政庁にとって、恐ろしく忌々しい様だろう。何なら、サヴァナと「背信者」が共に都へ攻めてくると感じても不思議じゃない。
諦観と失望を既に持つオリバーだからこそ、そうではないイーヴィやカユーよりも先に、「進撃する目線」を持って「策」が思い浮かんだ――それは、オリバー自身、否定するものではない。
だが、それをイーヴィが許さないなら、オリバーは従う。イーヴィに仇なす要因を排除する、それが、オリバーの、今の、「生きる目的」である。
だから、イーヴィが「サヴァナとの共存」を模索した結果として生まれる「コロニー」、イーヴィの命を受けたカユーが「治める」その場所に、トラブルを生じさせる可能性のある「兵士」を入れないための方法を考えただけだ。
それが、本国から、サヴァナとEV隊の〝共同戦線〟に見えてしまっても「知ったことではない」し、それで本国が恐れおののくなら、ともすると溜飲が下がる気分にもなる。そもそも、それは「被害妄想」なのだから、いよいよ呆れて、蔑むだけだ――。
故に、オリバーは冷静であり、イーヴィに対して後ろめたい部分は無い。サヴァナへ「暗に進撃を唆す」かのような策を述べたつもりは無いし、オリバー自身、サヴァナの眼中に「イー・ル国」など無いことを、完全に解っている――サヴァナが仮に「砦」を拠点にするとしたら、それは、〝川〟に向かって〝筋〟を観察するためだけだ、イー・ル国には、背を向ける筈である。
「うむ……。それは、君の云う通り、私とタケヨシ殿との、確認事項だ。詳細を詰める必要があるが、随時、君達にも伝える」
大きく頷くと、イーヴィはカユーに目配せし、ヤムとベリーにも「以上」と云うふうに頷きを見せ、起立を促すために両手を広げた。
改めてヤムとベリー、オリバーは「気をつけ」で敬礼する。
イーヴィとカユーは祭壇を振り返って、各種の「道具」を取り出す。
テキパキと燭台を卓に配して点火すると、「武運」と「息災」を祈り「友誼」を讃える経文を諳んじながら、イーヴィが経紙片に一枚ずつ香油を染みこませる。
今日は導師が二人居る、イーヴィの朗誦が響く中、カユーが、〝サリー〟から預かった〝聖生大典〟を恭しく掲げて、ヤムとベリーに近づいた。
ヤムがゴクッと唾を飲み、緊張した面持ちで膝を軽く曲げる。彼の頭にカユーが聖生大典の縁を軽く当て、次には胸に当て、「手を」と促し、卓に置いた。
――砦に置かれたボロボロの簡易版なら兎も角、こんな重厚な、〝正規〟の聖生大典に触れられる機会、そんな礼拝に参加出来る機会は、ヤム達の市民階級だと殆ど無かった。それこそ、己の生国が「歪」であることなど全く知らなかった「子供」の頃、目の前のカユー教導師が「青年」だった、あの「入学式」以来じゃなかろうか――鼻の奥が「ツン」としたので、ヤムはズッと鼻を啜る音を立て、一度、ズボンに汗を擦りつけてから、掌を大典に当てた。
その仕草を見届けて、カユーは大典をもう一度両手で捧げ持ち、今度はベリーの側で同じ仕草を行う。ベリーも同じような感慨に襲われたのか、彼の場合は、場にそぐわない「笑顔」に見えるほど、頬ぺたに力を入れて目を閉じていた。
カユーがイーヴィの傍らに戻って、大典を彼の前に置くと、入れ替わりにイーヴィがヤムとベリーに近寄り、それぞれに経紙片を握らせた。ヤムとベリーは、それを胸ポケットに納め、――この段階では「敬礼」ではなく、腹の上に両手を乗せた。
祭壇の前に戻ったイーヴィも、腹に手を乗せ、
「君達の前途は、険しい。だが、必ず、明るい」
厳かながら暖かな声で、そう云った。
ヤムは、顔をしかめて下を向き、ベリーは、天を仰いで歯を食いしばってから、
「ハイッ」
と大きな声を出して、敬礼をした。
「さあ、往きなさい」
両腕を広げ掲げて、イーヴィが宣う。あれが、君達の前途だ、と云うように、仄かな光が差し込む礼拝集会所の出口を指していた。
ヤムとベリーが一礼して、その道へ向かった。
「オリバー君、二人についてやってくれ、――シド君が残っている」
ヤムとベリーに「加護」の儀礼を行ったように、こういう場合、〝導師〟には導師ならではの「やること」があるのだ。それを知っているオリバーは訝しむこともなく、「畏まりました」と敬礼を見せて出て行った。
イーヴィがカユーに祭壇の正面を譲る。
カユーは、祭壇を振り返り、「短誦」を諳んじた後、
「――我が砂の肉体に与えられた役割が、僅かなりとも世界を照らす光となりますことを」
そう述べて、イーヴィと相対した。
腹の上に手を当てて頭を下げた後、「気をつけ」をして敬礼をした。〝導師〟として〝導師〟に、「少佐」として「大佐」に、礼を尽くす。
イーヴィも最後には「敬礼」をした――それをしなくても良い「礼拝」は、まだ来ない。




