【a5d:a6d】-[4]-(2)
イーヴィは苦笑を浮かべて小首を傾げた。
「……今の立場だと、『大佐』から『少佐』への命令ならば、抵抗なく行えるが、〝導師〟としての君と私は、今は対等だ」
カユーが「対等なんて」と云いたげな慌てた顔で首を振る。
「だから『任じる』――というのではなく、『君がそれを望むなら』と窺う云い方になってしまったのだが……、それはそれで、私の甘えだったのかもしれないな。己の責任を逃げた」
「そんなことはありません。もし『命令』でその任を負うていても、『結果』の責任は、私が負うのが当然なのですから、貴方に責任は無いのですから。――『甘え』と云うのでしたら、もう少し、イヴ様は我々に甘えて下さい。貴方がお一人で負おうとしている責任を、私にも分けて下さい」
もう一度、懇願するようにカユーが、イーヴィの手を包んだ拳に額を付ける。
「……。ならば、もう一つ、甘えても良いかな」
イーヴィが微苦笑を浮かべて、そんなことを云った。
何なりと、と云うふうにカユーは、目を輝かせる。
「それも、『本人が望むなら』であるが、……チォ君に会えたら、体が元に戻ってからで良いので、君の補佐をするように頼んで貰えないか。――彼は、『国を治め』たことは無いが、『経営』なら良く知っている。あちらの〝導師殿〟と君の二人だけで連携するよりは、うまく『治める』ことが出来るだろう」
「……! ……はい…」
イーヴィ本人は「甘え」などと云ったが、カユーにとっては――恐らくチォにとっても、それは「福音」だ。
己の心と身を削いで己を軽んじることで〝神〟に近づき、削いだ身と心を全て民に賜う、そんな〝導師〟は、敬われ、尊ばれ、慕われ――頼られる。頼られても、頼らない。そうして再び、己が身を削ぐ。
だからこそ、本当に彼を信頼している者は、彼から、「頼られたい」のだ。彼が心と身を削いで賜うなら、己も削いで捧げたいのだ。
それを己の「甘え」と云うイーヴィに、この「喜び」は伝わらないだろう――彼の代わりに、彼のために、己の出来ることがある、この歓喜は……。
それを悲しく思うが故に目が潤むのを、堪えるための笑顔をカユーは作って、
「必ずや、チォにも伝えます」
「重ね重ね、体が元に戻ってから本人が望むなら、だ。チォ君は、イー・ルに最早、未練が無いのだからね。『あの国』のために動きたがりはしないだろう」
真剣な顔をしてイーヴィが云う。対してカユーは、先ほどイーヴィが浮かべていたような微苦笑を見せた。
「無論、体が本調子でない者を使いはしません――イヴ様こそ、チォをご存じじゃないですね、『あの国』のためではなく、『貴方』のためになら、この上ない歓喜と共に働くでしょう」
――〝集会所〟を出た「後援部隊」のうち、車椅子のエ=ドンは廊下を行って医務室に向かい、ウィトは通信室へ向かった。スォ=ハムとクォンは、発電機の小屋に向かうために、一旦外に出た。
南西の角を曲がったところで、剛義と出くわす。
「〝映画鑑賞〟は終わったな。もう仕事に戻らるるかい?」
スォ=ハムとクォンは、苦笑を見合わせてから頷いた。
「〝同時上映〟の『バァさんち』は見てないっすけど」
「儂らには、こっちの方が大事ですからね」
肩を竦めながら、おどけた口調で云うと、剛義が「そらそうやな」と笑った。
「太狼と『テンパリ』の調査も終わったごたる。もう危険は無ぇごたんけん、エ=ドン先生から許可出たら、発電機の修理も始めらるるで」
「そうですか。先生は医務室に直行しとります、スォ=ハム、儂らも急ごう」
スォ=ハムの背中を、クォンが軽く叩く。若者が「うっす」と張り切った声を出した。
「っと、仁君はまだ出ちきちょらん? 〝同時上映〟にも付き合いよるんかな」
二人の背後を覗き込むようにしながら、剛義が尋ねた。
「いえ、『それ』の質疑応答をジンさんとは出来ませんからね、イヴ様に映写機の使い方をお伝えして、出てくると云っとりました」
「ああ…、やったら、じきに出てくるかな」
「ええ」
「俺、ちょっと仁君に用があるけん、修理の方は、うちの連中と宜しゅ頼むわ。今んとこ、段取りに変更も無ぇけん」
「はい」
スォ=ハムとクォンが、剛義を追い越して発電機の方へ向かっていく。
剛義は、クォンの背中をしばし見つめて、砦の玄関に向かい、ジンが出てくるのを待った。
――「直ぐ」と思ったから扉の前で待っていたのだが、なかなかジンが出てこない。流石に日光がこたえ、鍋と器を置いたテントの中に入り、まるで「待ち伏せ」でもしているように、西の壁から南に面した玄関を覗き込む。
もしかして、やっぱり「記者会見」にも付き合っているのだろうか、と思うくらいの時間が経って、ようやく、ジンの姿が見えた。
テントを飛び出して「よい、仁君」と声を掛けると、ジンは、
「済みません」
と慌てた顔をして、彼の方からも駆け寄ってきた。窘めるような渋面になっていたようだ。
「何か、私にありましたか。緊急の用件は伝えるよう、エールに云っておいたのですが」
若干言い訳めいた声でジンが云う。剛義は、「いや、そうじゃねえけど」と首を振った。
「クォンさんの様子がどげぇじゃったか、聞いちょこうと思うてな」
「ああ……」
ジンが合点した息を吐いて頷く。
「それで、どげなふうじゃった?」
「少なくとも、体調を崩すほど動揺した様子は見えませんでした。かと云って――というか、『だから』というか……、〝見えている〟のかどうかも判断は出来ないくらいに、他の方と同様でした」
本当に見えていなかったのかもしれないし、見えていても大して感情が動かない程度のものだったのかもしれない、心の準備があったから「見えたこと」への感情表現は我慢できたのかもしれない。
「その何れとも判別がつきませんでした。もう、ご本人に直接訊いてみるのが一番でしょう」
「ふぅん……」
落胆とも安心ともつかないような息を、剛義は鼻から吐いた。――先ほどのクォンの様子も、「普通」だった。怯える様子も、剛義に何か訴える様子も無かった――それが「見えてなかったから」と判断するのは、剛義にしてみても拙速だ。傍らにスォ=ハムが居たから、「普通を装っていた」可能性もあるので……。
まあいい、と云う風に首を振ってから、剛義が
「で、出ちくるのが遅なったんは、何で? 『記者会見』は、蝦さんに映写機の使い方だけ教えちくるっち、クォンさん達が云いよったけん、待っちょったんじゃけど」
「ああ、そうなんです――」
ジンは、映写機の使い方を教える「前」にあったやりとりを告げた。
剛義は、ちょっと驚いた顔をした後で、感心したふうに、「ほぉ~、そげんことになったか」と声を出した。
「EV隊ン人は、皆、良ぉ気が回るのー。最初に云い出したんは、ヤム君とベリー君なんじゃろ?」
「そのようです。それをオリバーさんが、『作戦』として磨いた感じですね。そして、『作戦』を、サヴァナとBR19の双方にとって理想的な形にするために、カユー殿が名乗りを上げてくれた格好です」
「感心するのぉ…。つくづく、イー・ルんしんごとねえ」
「オリバーさん達は、サヴァナに向かうための準備をしています。私は、〝ツルギ〟にそれを伝えて、詳細を打ち合わせますので、筆頭も同席して頂けますか。筆頭の決定事項として伝えた方が、話が早くなります」
「おぉい」
剛義は大きく頷き、ジンと共に探査車へ向かった。
出立準備はカユーの分まで終え、しかし、「記者会見」とやらがどのくらいの時間あるのか判らなかったので、オリバー達は玄関の前に荷を置き、しばし待った。
が、他の者が修理等で右往左往している気配を野外に感じていると、かなり手持ち無沙汰で居心地が悪くなってくる。
ヤムとベリーが、助けを求めるような顔を見せたので、オリバーが
「一度、集会所を覗いてみようか」
と云った。普段から、シフト交代の引き継ぎや作戦伝達などは、「祭壇」の前で行うのが原則である。今回も、「任務授与」と同様なのだから、イーヴィからの「儀礼」も行われる筈だ。
ヤムとベリーを伴ってそちらに向かい、廊下の陰からそっと集会所を窺うと、――映写機は作動していなかった。
カユーがどちらかというと背中をこちらに向けており、イーヴィは横顔が見える。オリバー達に気づいた様子がないので、
「――宜しいでしょうか」
と抑えた声を掛けながらオリバーが集会所に入った。
「……ああ、準備は終わったかね」
ヤムとベリーも居るのに気づき、イーヴィが立ち上がった。カユーも起立して振り返る。
オリバー達は敬礼を見せた。
「荷は玄関に置いてあります」
この後、何が行われるかは、全員分かっている。イーヴィとカユーは、祭壇の前に移動した。
オリバーは、祭壇を右に見る位置に立ち、ヤムとベリーは、卓を挟んでイーヴィとカユーの前に立った。踵を付けて直立し、敬礼をする。
その様子に、イーヴィとカユーが苦笑を浮かべた。
「済まないね、先に云わなきゃいけなかった。――まだ、そんなに堅くならなくて良いよ、一度、座って。オリバー君も」
カユーが、それぞれの前にある椅子を手で差し、促すようにイーヴィが真っ先に腰掛ける。
え?と拍子抜けした顔をして、戸惑いつつも、若人達は従った。
「あの後、もう少し――カユーに、別任務も与えた格好になってね」
そう云って、イーヴィが彼らに説明した。
戸惑っていたオリバー達の表情が、時折険しくなり、引き締まったものになり、時々「本国」への失望を思い出して悔しそうなものにもなった。最終的には、「軍人」としてだけでなく、E=V・フリアイ導師長の補佐・代理として働けるカユーに、「羨望」の眼差しも混じった。
「――今、目の前にあるのは、そもそもの『捜索』『救助』だから、君達がカユーを『隊長』として仰ぐべきなのは、先に決めた通りだよ。ただ、〝導師長〟としてカユーが働く時は、君達には『護衛』も務めて貰えないか」
「それはっ! 勿論です」
「光栄ッす」
ヤムとベリーが、少しばかり頬を紅潮させて頷いた。そんな二人にオリバーが微笑を浮かべた後、イーヴィとカユーに向かって小さく手を挙げた。
「一つ、宜しいですか。『救助した兵』の扱いについて。――長くなりますし、先ほど私が申し上げたこととは『矛盾』しそうで、恐縮ですが…」
「いや、構わないよ。――何だい?」
「負傷・衰弱した兵をサヴァナに一旦収容するのは、治療のために必要ですが、健康状態にそれほど問題が無い兵や治療が終わった兵については、イヴ様の仰った――カユー様が治める『コロニー』に、強いて、滞在させる必要は無いのではないでしょうか」
イーヴィが訝しげに目を細める。
「何故だね」
「『救助を不本意だと感じる者』については、監視のためにも、出来るだけ本国から距離を取った方が良いので、サヴァナの方で軟禁・監禁してもらう必要があるかもしれませんが……」
――それを直ぐに想像出来るのは、既にある程度「本国を諦め」ているオリバーだからだ。
本国から見放されているにも関わらず「救助を心から不本意と感じる」のなら、〝経典〟を誤って聞いている「生を諦めた者」、あるいは、「本国に媚びる可能性がある者」だ。それは、オリバーから見て、「イヴを罵る、または害なす可能性がある者」である。そんな者が「監禁」されて、何の感慨も無い。
だが――完全に絶望している訳でもない。




