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「君達が私に敬意を持ち、尊んでくれていることは解っているよ。それでも、今のBR19でリーダーとしての『存在感』をより発揮出来るのは、タケヨシ殿だ。私自身が、それを望んでいる部分もある――そう、私自身、タケヨシ殿に甘えてしまうかもしれない『余地』があって、『対等』の立場を忘れかねない恐れもあるのだ」
「――そこは、イーヴィ殿が、あくまで『BR19の長』であることを忘れずにいてくれれば、大丈夫ですよ。『EV隊隊長』というより、『BR19の長』」
イヴ様に限ってそんな馬鹿な――オリバー達が、やはりイーヴィに異議を唱えたそうな顔をしている中、ジンが肩を竦めながら云った。
「お忘れですか、我々サヴァナは、貴方方を〈同盟〉と考え、貴方のことを〈同盟国〉の国主と見なしてます。それを忘れて筆頭の『リーダーシップ』に甘えることがあるなら、それは砦がサヴァナの『出張所』となり、貴方以下EV隊がサヴァナの『支配下』に置かれるのと同様です」
オリバー達と同様、「まさか貴方に限ってそんなことにはなるまい」との意図を込め、ジンの声色は冗談めいていた。
真面目な声に戻って、ジンが続ける。
「イーヴィ殿のリーダーシップを案じる必要はありませんが、オリバー殿が〝川〟を渡るとなったら、私も、イーヴィ殿と同様の不安を覚えますね。――昨日の報告を聞いた限りでは太狼と〝ハナ〟は、貴方の立回りを評価して感謝し、信頼を寄せています。私も、昨日から今朝に掛けての様子を見て、貴方には頼りがいがあるように感じてますし」
オリバーは一度、照れくさそうに「いえ、そんな…」と小さな声を出し、小首を傾げた――内心では、太狼やジンは兎も角〝フローラ〟からの「評価」「信頼」という言葉に、驚いていたが――。
そこでふと、オリバーは自分自身で、イーヴィやジンが想定している「危惧」を覚えた。――自分が〝川〟を渡り砦を離れたとして、ライズを此処に残しておくのは、どうなんだろうか。
「サヴァナ」に対しての態度は軟化している。感情的な凝りもほぐれてきたようだ、が――、ライズの性格からして「後ろめたさ」も感じ始めているに違いない、本来は誠実な男だからこそ。かと云って……、「サヴァナ」は「本来警戒しておくべき相手」であるから、スォ=ハム等のように「親しみ」を持つことを自戒しているであろうし、ということは、素直に謝って水に流して貰う、というのも、彼には無理だろう――誠実で実直だが、その分、不器用でもあるのだ。
そして、フローラも砦に残っているじゃないか。
多分、いや、明らかに二人は「相性が悪い」。ライズ本人にもその自覚は生じている筈だ。フローラは「相性」などと云う「非合理的」なことを考えはしないだろうが……、砦に於いて何らかの「作業」「作戦」を行うことになった時、ライズが、彼女と「連携」「協力」など、出来るだろうか。
努力はするだろう、だが、己のパフォーマンスを落とすくらいに「ギクシャク」しかねないのが想像出来る。ともすると、――彼女の数少ない、ピンポイントの「逆鱗」に触れる言動で、トラブルを招く可能性も否めない……。
それを思うと、ライズとフローラに限った場合、己が「潤滑油」として間に入ることが「必要」になる場面もあるのではないか?
――成る程、隊長が最初に、「これは個人的なものか」と自問したのは、こういうことか……。今思い当たったこれは、隊内、砦の運営を考えた上でのことではあるのだが、EV隊副長というより、「オリバー個人」から生じた「不安」のような気がする。
しかし――だからと云って――
「――オリバー副長が〝川〟を渡るのが無理なら、ライズ軍曹だと、どうですか。あの方も、俺たちからしたら『隊長』です」
ヤムが口を挟む。ライズは、戦争中、「小隊長」の役を負うことは多かった。彼の言葉に、オリバーはぎゅっと眉を寄せる。それは駄目だ。
オリバーより先に、イーヴィがヤムへ「それは無い」ときっぱり返した。
「ヤム君、君もライズ君の昨日の態度は見ているだろう。今は落ち着いているが、サヴァナの隊と連携して行動出来るほどの割り切りは出来ていないよ、多分。彼も、その任務は拒絶するだろうね」
「あ……。……それは、そうかも」
「そもそも、ライズ君は『士官』ではないから、オリバー君の代わりにはならない。こう云ってはなんだが、『君達の上司』としてサヴァナに派遣するには、下位互換になってしまうんだ」
「――すみません」
自分の提案は「楽観的」で「安直」すぎたと判断がついたので、ヤムは頭を掻きながら謝った。謝ることはない、という意味でイーヴィが首を振る。
その任務を与えたとて拒絶する、もう一つの理由を、イーヴィは他者に云っていない――ライズには「イーヴィを監視する」という、彼が彼自身に課した任務が既にある、決して自分の目の届かないところに、己を置かないだろう。彼のその決心を、イーヴィは無下にするつもりはない。
しかし、そうなると――、イーヴィが再び、渋い顔をして額に手を当てる。
ヤムとベリーの提案も、無下にはしたくない。二人からオリバーへ伝わり、研磨された「作戦」も、〝同胞〟の捜索、救出という目的のために、良く出来ている――そう思うと、「オリバーに〝川〟を渡らせる」ことを渋っているのは、「わたくしごと」になってしまうのか……?
ジンも腕を組んで天を仰向き、目を閉じた。
警備隊長の〝ツルギ〟自身は、イー・ル兵を配下に置くことに抵抗も蟠りも無い。しかし、「同じ位置」で作戦を遂行する隊員達の中には、「思うところがある」者も居るだろう。表には出さないまま、そもそも「イー・ル兵を救出する」ことに不満を抱く者も居るかもしれない。
実際にサヴァナの隊員に〝川〟を渡らせ、砂漠での作戦実行となると、ヤムとベリー、昨夜のうちにサヴァナに向かったソゥパを、「小隊長」とするのが、指揮官から見た時には理想的なのだが、――オリバーも云ったとおり、サヴァナ内の指揮系統・情報伝達手段、機器の使い方すらも知らない三名を、「小隊長と思え」というのは……「感情的に非現実的」だ。砂漠での指揮を任せられる「イー・ル側の士官」は居てくれた方が良いが――
イーヴィとジン、今ここに居る「最上位」の幹部が、ある意味「袋小路」と云える迷いに囚われたところで、
「イヴ様、ならば私が」
とカユーが挙手した。
全員、彼に注目する。
「イヴ様、私が少尉の代わりに、〝川〟を渡りましょう」
「シド? ……いや、しかし――」
カユーは「EV隊」ではない。
カユーを信頼はしているが、サヴァナと通じているのはEV隊である――万が一の時、彼まで「処罰」の対象にしてしまわないよう、巻き込まないつもりが、イーヴィにはあった――正確には、カユーが名乗りをあげて初めて、それを自分が考えていたことに気づいた。
「イヴ様やオリバー君と違って、私は半分左遷される形で士官教育を受けましたが……、腐っても『少佐』、オリバー君より階級も上です。年齢的にも恐らく、サヴァナ側の隊長殿と、より対等に近く、渡り合えると思いますが」
「――」
それは多分そうだな、と小さく頷きを見せたのはジンだ。少しばかりやつれているので、カユーの実年齢ははっきりしないが、少なくともオリバーが〝ツルギ〟と対等の立場に置かれる場合より、反感は招かないし、なめてかかる隊員も居ないだろう。
カユーがジンに視線を向ける。
「BR19に居られるサヴァナの御方からしても、私の方が、後からやってきた、いつの間にか居た『新参者』でしょう。既に信頼を築いているオリバー君が改めて新参者としてサヴァナ側に参入せずとも、どちらにせよ新参者の私が、〝川〟を渡る方が――『両得』とは云えませんが、少なくとも『損』はありません」
それはそうかもしれない……オリバーとイーヴィも思った。
「しかし、シド……、君はEV隊の隊員とも馴染みがある訳じゃないだろう?」
イーヴィがヤムとベリーに視線を向けて云う。
EV隊隊員は、戦争が始まった当初より、全て志願して隊に属しているから、カユーが馴染んでいないというより、隊員の方が、他の士官・軍兵から「率いられた」ことが無いのだ。
ヤムとベリーは、イーヴィの視線を受けて何とも返さず、二人で顔を見合わせて曖昧に首を捻った。カユーの方が、さほど戸惑う様子も見せず、軽く肩を竦めたくらいだった。
「確かに、軍兵として『率いた』ことはありませんが、導師として『指揮した』ことはありますので、馴染みはあります。問題無いと思います」
「えっ?」
イーヴィが目を見開く――今朝、自分の代理を務めてくれたことは聞いたが――。ヤムとベリーも、何だか笑みが混じった驚きの表情を浮かべた。
「ヤム君とベリー君は、私が〝教導師〟の資格を持って初めて配属された〝小学校〟、その年の新入生でした。――君達の〝同級生〟に、ソゥパ君のお姉さんが居たよね?」
「お、覚えてて下さってたンスか」
ベリーが狼狽えながらの喜びで声を裏返すと、カユーは微笑を見せ、「もちろんさ」と力強く頷いた。
「私の、最初の『教え子』だもの。――今は軍属だから気を引き締めていたけど、今朝の〝礼拝〟は、とても懐かしかったよ」
そんな縁があったか――とイーヴィの頬も少し緩む。
「それに、イヴ様――そういう『案』が出されたとなると、私自身に、〝川〟を渡りたい欲求が生まれています」
「そうなのか?」
「はい。――私にも、『亡命』の意思はありません……が、昨夜、イヴ様から話を伺って、それでもう『永の別れ』かと思っておりましたが――チォに、せめて一言、別れの言葉を掛ける『機会』が出来たのだと、『喜び』に似たものが、湧いてきました」
カユーがほんの僅かながら興奮の混じった声色で云い、イーヴィは、「ああ…」と息を吐いた。
「そうか――」
イーヴィは大きく頷き、ヤムとベリー、オリバーにも視線を向けた。三人も、コクッと頷く。
最終的に、ジンに顔を向ける。
「ジン殿、――そちらでは、問題ありませんか」
「今のところありません。――というか、お忘れですか、私の方が貴方よりは先に、オリバー殿の提案に乗り気でした」
ふ、とジンが笑みを見せて云い、イーヴィは苦笑した。




