【a5d:a6d】-[3]-(1)
何と返したら良いのか分からないので、ジンは小首を傾げ、指示棒を握った手で軽く頭を掻き、「えぇと…」と呟いた後、イーヴィへ、
「〝竜巻〟については、もう宜しいでしょうか」
と尋ねた――本来なら自然な流れであるはずが、カユーから「話の腰を折られた」ために、まるで「不自然に話を逸らした」ような声色になってしまった――。
「ええ、そうですね、今のところは――ただ、もう少し、見返したい部分もあるのですが……」
「後ほど、拡大可能なメモリィをお持ちして交換しましょう。映写機の操作方法もお伝えして、こちらにしばらく置いておきましょうか」
「ああ、そうして頂けると有り難いです」
ジンが、投影した画面を一旦消し、「では――」と何事か操作しかけたが、「ああ」と何か思いついたような声を出す。
「もう、今のうちに操作方法をお伝えしときましょうか、そんな難しいものではありませんので。〝竜巻〟が一段落ついたので、次は例の『会見』ですけども、それに関しては私が解説する余地などありませんし――」
「ああ……」
「『質疑応答』は既に、映像の中で完結してます。見たままが全てです」
ジンが軽く肩を竦める。それはそうだ、「エグメリーク皇太后の逝去」に関する「質疑応答」を、ジンと行ってもしょうがない。
「そうですね、ジン殿にも、隊長としての役目があるのですから、ただ映写機を操作するだけのお時間を取らせるのも申し訳ない」
そう云ってイーヴィは、ジンのもとに近寄り、
「ウィト君か、スォ=ハム君にも、操作法は覚えといて貰おうかな…」
視線を巡らせた。――と、そこで、
「恐れ入りますが、イヴ様」
恐縮そうな声を出しながら、クォンが挙手した。イーヴィが視線を彼に向ける。
「あの……、こう云っては不遜というか、差し出がましい口かもしれやせんが……。正直、儂らに、その『記者会見』の映像を見なくちゃいけない理由……価値は、あるもんでしょうか」
イーヴィが「ん?」と目を細める。本人の云う通り、無礼な「不平」を云ったように聞こえたので、オリバーやスォ=ハムはぎょっとして軽く目を見開いた。
「エグメリークの記者会見は、どっちかいうと『政治的』なもんでしょう? イヴ様やカユー様、――副隊長のオリバー君には、今後の隊の方針を考える意味でも必要かもしれませんが……、儂ら、『現状は他にやること』がありやすんで、席を外さして頂きたいかと…」
「儂ら」という複数形の意味を示すように、クォンは「後援部隊」の他三人へ視線を巡らせた。
実際にそれは、イーヴィへ「不平」を云ったようなものなので、クォン自身の口調も歯切れは悪かったし、ウィトやスォ=ハムはクォンから視線を逸らして、もじもじと肩を揺らしたが、エ=ドンは堂々と、大きく頷いた。
それで、エ=ドンがクォンの後を引き継ぐ。
「それはそうですよ、クォンさん。――イヴ、俺たちにしたら、会見内容は『新聞で概要を知る』くらいでも構わないものだ。フルで確認するのは時間の無駄でしかない」
母国のために必要なことではあるかもしれない、隊長の立場でなら、隊のためにも必要なことかもしれない、だが、俺たちは目の前に、EV隊のために「やるべきこと」があるのだ。
意志の強い旧友の視線と声に、イーヴィは微笑を見せ、彼と同じく「そうだな」と大きく頷いた。
イーヴィの承諾を補強するように、ジンも笑みを見せた。
「『新聞で概要』程度でも宜しければ、論点を箇条書きにした程度の文書は既に作ってますよ。『概要』だけでなく、全てを文字に起こしたものもありますのでイーヴィ殿には、そちらも後でお渡ししますね」
「ああ、それは有り難いことです――それじゃあ、EV隊としては、これで一旦散会としよう。皆、それぞれの持ち場に戻って良いものとする」
そう云って、イーヴィが起立を促すように、腕を広げて煽った。
それに従い、「後援部隊」の三人は真っ先に立ち上がった。
ライズも立ち上がると、敬礼を見せ、エ=ドンの車椅子を押して集会所を出て行った。
「シド、君は残って私と一緒に会見を確認してくれ。オリバー君、君は私が居ない間、全体を見ててくれるか。――では、ジン殿、操作方法を――」
「あ。あの、イヴ様」
イーヴィの意識がジンに移りかけたので、オリバーが少し慌てた声を出す。先ほど、クォンが挙手したときと同じような恐縮そうな響きもあった。
ん、とイーヴィがオリバーに顔を向ける。
「どうしたね」
「会見の映像をご覧になる前に、――ヤムとベリーの話を、聞いてやって頂けませんか」
そういえば、エグメリークの記者会見など、クォン達と同様、概要でも興味が無いだろうヤムとベリーが、席を外さないままである。
恐縮そうな顔をして、チラチラとジンにも視線を向けながら立ったままの二人を、オリバーが手で指した。二人は、イーヴィに「恐れ入ります」という意味で、一旦敬礼を見せる。
「――私の耳が気になるようでしたら、一旦席を外しましょうか?」
ヤムとベリーの視線に気づいていたので、ジンがそう云うと、
「あ、いえ、その必要はありません。――というか、ジン殿にも居て貰った方が良い……かもしれません」
オリバーがやはり少し慌てた声を出して引き留めた。その言葉の意味が直ぐに伝わらなかったので、ジンはイーヴィと顔を見合わせ、「私には心当たりがありません」と云うふうに小首を傾げる。
――ヤムとベリーの二人ともに、何となく緊張している様子があるのと、オリバーの表情にも真摯な色が見えたことで、思い当たったことがあり――
「ヤム君とベリー君も、サヴァナに向かう意思が固まったのかね」
イーヴィは、自分から問うてやった。
ヤムとベリーは、「うっ」と息を飲んでから、小さく、首を動かした――が、それは、はっきりとした「是」が通じない、曖昧な動きだったので、イーヴィが「違うのか?」と目を細める。
ヤムとベリーから、「相談」なり「宣言」なりを先に聞いていたのだろうオリバーにも、二人の曖昧な態度を咎める様子が無いので、イーヴィは「どういうことだ」というふうな顔を副隊長に向けた。
「ジン殿にも居て貰った方が良い……というなら、そういうことかと思ったのだが。そうではないのなら、何なのかな」
イーヴィはオリバーに向かって訊いたが、オリバーは、
「ヤム君、ベリー君。君達が『考えたこと』は、君達自身から、イヴ様へ述べる方が良いよ」
穏やかながらに真摯な声で、二人に促した。
「『具体的に整理したこと』は、私が話すから」
二人は、オリバーにこくんと頷いてみせ、ヤムが口を開いた。
「イヴ様、俺たち……、『〝川〟を渡ろう』と思ったのは、そうなんですけど、……チォさんやリモとは――ソゥパのこと聞きましたけど、あいつとも、意味っていうか、動機っていうか、……違うんです。脱走とか亡命とかをしたいっていう意思じゃなくって…」
「――?」
イーヴィが「どういう意味だ」と目を細めた。
「ライズさんから聞きました――今、ジンさんやサヴァナに協力して貰って、〝川っぺり〟で俺たちと同じような状況に置かれてるイー・ル兵が居ないか、捜索して、もし居たら救出するつもりで、動いてるんですよね」
今度はベリーが云って、ジンにも視線を向けた。
「そんなことになってるんだったら、俺ら、〝川向こう〟から、捜索に協力して、救出の実働、出来るんじゃないかって、思ったんです」
それを聞いて、イーヴィとジンは目を見開き、顔を見合わせた。
「ソゥパの『様子』も聞いたんですけど……、自分で決心してサヴァナに行ったつっても、『EV隊員では居たい』のに『イー・ルからは逃げたい』の方が勝っちまった、ってんなら、多分、あいつ、自分責めてくよくよしたり、してんじゃないかと……。でも、〝川〟渡ってもEV隊員として出来ることがあったら、元気出るんじゃねえかなって――」
「だから、あいつとも一緒に、俺たちが小隊組んで、その『捜索・救出作戦』の、一端を担えないかと、思って」
「成る程」
と納得の声を出したのは、イーヴィより先にジンの方だった。イーヴィは口元に拳を当てて眉を寄せ、無言だ。まだ何とも反応しない。
ジンが、
「イーヴィ殿、お二人の提案は、悪くないと思いますが」
そう云うと、――無責任に軽々しいことを云わないで頂きたい、そんな厳しい意を込めて、イーヴィは横目に彼を見つめた。
ジンの方は、「軽口を叩いたわけでは無い」証拠に、険しい視線を意に介さず、映写機をもう一度触って、マップだけの画面を出した。ジンには「より具体的」に、それを「悪くない」と云えるビジョンがあるのだった。
「捜索・救出の行動を取るにあたり、このBR19を中心拠点とすると、動きが狭小、あるいは鈍重になってしまいませんか」
指示棒を使ってBR19を差し、イー・ルの布陣側へ放射状に滑らせた。
「砂漠側で広範囲に素早い行動をとると、BR19が生きていることを、本営・本国側に悟られてしまうのでは」
「――」
「サヴァナ側でなら、南北の移動がかなり迅速に出来ます。それをイー・ル側に『動き』と取られて警戒されたとしても、あくまで我々の動きですから――却って、BR19から目を逸らす効果も見込めるかもしれません」
ジンの指示棒が〝川〟を越えて左右にシュッと滑る。
それを見て、イーヴィの眼光の険しさは消えたが、まだ是とも否とも口にはしない。
オリバーが、ジンの解説にコクッと大きく頷いてから、口を開いた。
「私も、ヤムとベリーから相談を受けたとき、『悪くない』と思ったのです」
オリバーが、「ここからは私が意見する」と示すように、イーヴィへ敬礼を見せた。
「ジン殿の仰るとおり、BR19のみを拠点とした場合、砦を死に体に保つ方針を維持したままでは機動力の点で難があります。移動距離が増えてはしまいますが、〝川〟の対岸なら、南北方向の速度は段違いになります」
「それは実際、そうだろうね――」
イーヴィは頷いたが、表情はやや渋い。
「かと云って、その実働を、サヴァナの方々だけにお任せしてしまうのは――『恐縮』という感情的なものをさておき、『目的達成』を難しくしてしまうのではないかと、危惧も生じます」
「というと?」
今度は、ジンが尋ねた。
「砦なりトーチカなりに取り残されている兵が居たとして、――その者が、サヴァナの御方から『救出』されることを良しとするかどうか、全く判りません」
それは実際に昨夜、ライズと太狼をカユーの救出に向かわせたときに危惧したことだ。




