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「――実際、サヴァナの筆頭や先代は、〈魔術士〉としてかなりの実力者です。〈同盟〉のサウザー領には、〝世界中〟で考えても希有な存在が居られ、領主も、〝世界中〟の〈魔術士〉から一目置かれています。彼らと違い、かなりの若手でありながら高みにある〈魔術士〉がフリュス村にも居ります。そうした〈同盟〉にある『我々』ですが、それでも『こんな〝竜巻〟を発生させる魔法』は誰も知らないのです。――でも、我々は、世界中の魔術士を一人残らず知っている訳でもありません。我が〈同盟〉に於ける偉大な〈魔術士〉ですら足下にも及ばない、思いもよらない〈魔術〉を手にした存在が、『居ない』とは限らない――『居ない』と云ってしまっては、傲慢すぎます」
ジンのあっさりとした冷静な声を聞き、――昨日、イーヴィが痛感し、恐れ入ったサヴァナの精神、そこから来る己の羨みや妬み、同時に感動を、導師としてカユーも遅れて感じ入り、軽く下唇を噛みながら腹を両手で押さえた。
「その上で、先ほどのイーヴィ殿のお言葉に、少し訂正をさせて頂きたいのですが、我々〈魔術士〉は、相手が〈魔術士〉というだけで〝同胞〟という意識は持ちません。ある程度の共通哲学・理念を持ってはいますが、それぞれに出自があり、人生に基づいた人格がありますから、〈魔術士〉である『敵』、決して『友』にはなれない〈魔術士〉も居ます。ですから、今はサヴァナを敵視はしていないイーヴィ殿が、『その他』の〈魔術士〉に疑いの目を向けたり、これまでのように敵視したりしても、それは当然のことです。――〈魔術〉とは技術、〈魔術士〉とは技術者、くらいの意味で捉えて頂き、〝同胞〟という言葉を使って違和感の無い〝国民〟や〝民族〟〝人種〟のような見方は、しないで下さい」
ジンの声色に皮肉めいたものはない。誤解を避けるための「訂正」を淡々としただけだ。しかし、聞いたイーヴィとカユーには、改めて生国の「情けなさ」を思い起こさせる。
これまで、イー・ルは、同じ〝信仰〟を持つというだけで、リモのような〝名も無き漂泊民族〟を〝同胞〟扱いし、圧政に置いた。その理屈と態度が通じるならば、〝それでも同胞〟と見なすべき〝サヴァナに属する信徒〟を、〝背信者〟と呼んで憎悪した――。
ジンは、サヴァナは、「傲慢」とは何かを解っている。だから、それを自戒している。己の生国は、「傲慢」を理解していないが故に、己が「そう」だと思わない、だから、傲慢なのだ――。
カユーの想いに気がついたのか、隣のイーヴィが、彼の心臓の裏を暖めるように背中へ掌を当てた。その感触に、カユーは思わず涙ぐみそうになってしまう。
それを堪えるために、
「……。ジン殿。『フェア』と云うのが違うのなら、貴方の精神は『謙虚』と云うのです」
感情の奔流を言葉にして、独り言のように吐き出した。
ジンは目を細め、小首を傾げる。質問でもなかったから、何と返したら良いのか分からない。
不自然な沈黙が数秒あった――カユー導師の真意を推し量ることは出来ないが、何だか「感傷的」な空気が漂っている気がする。しかし、今の時間が、そういう雰囲気に流されるのは、「イヴ様の」意図から外れるのではないか。
明白にそんな意識があった訳ではないけれども、どうせ自分にも質問したいことがあったので、
「あのぉ」
ある意味「空気を読まずに」割り込む格好で、スォ=ハムが小さく挙手した。
カユーへの返答に困り、若干戸惑いを覚えていたジンは、それを有り難く感じながら、声色は冷静に、「何でしょう」と応じた。
「タケさんがゆうべ、〝黒い筋〟の方は、『〈魔術士〉にも全く何にも分からない』ってきっぱり云ってたッスけど……。〝竜巻〟の方は、実際、『もしかしたら〈魔術〉』の可能性があるんスか?」
「――」
それを聞いて、ジンは暗がりの中、誰にも気づかれない微笑を浮かべる。剛義も感じたように、ジンも、「この若者は、やんちゃそうに見えて、思慮深く鋭い」と感心した。
「となると、〝筋〟と〝竜巻〟には、『関係が無い』可能性だって、出てきちゃいますよね。それって、ぶっちゃけ『ややこしすぎ』ません?」
今度はジンも明白に微笑を浮かべて、一度頷いた。
「そうですね。『全く関係ない二つの謎が同時に表出した』と云える訳ですから」
先ずはそう返すと、スォ=ハムは一層、「めんどくさい」と云いたそうな拗ねた顔をした。
「とは云え、『謎』の方は、『それを解明したい側』の手間を考えて生じている訳ではありませんしね。あらゆる可能性・仮定を考えて調査する方針で居ないと、取りこぼしが生じる可能性もあります――どんなに無駄・不要に思えるデータでも、それがどんな手がかりになるかも分かりませんから、収集『しまくって』いる最中です」
「……。だったら、『どっちも〈魔術〉じゃない』って前置きで、一つのもんとして調査する方が、楽じゃないっすか?」
スォ=ハムが小首を傾げて素朴な声で云うと、ジンは苦笑を浮かべた。また、イーヴィとカユーは顔を見合わせ、「スォ=ハム君には、もう少し〝第二章の三節〟を分かりやすく解説すべきだね」と囁きあった。
ジンがそんな導師の様子をチラリと見てから、スォ=ハムに云う。
「イー・ルの場合だと、どういう考え方になるのか分かりませんが、〈魔術士〉は、その『前置き』だと怖いんですよ、スォ=ハムさん」
スォ=ハムは、きょとんとして、「怖ぇんすか?」と繰り返した。
ジンは全体に視線を巡らせてから、エ=ドンに尋ねた。
「――エ=ドン先生、今は『謎』だとしても、『いつかは、この〝竜巻〟の発生原因と構造を〝科学〟で解明できる』『〝科学〟で解明出来たなら、〝再現〟出来る、〝説明〟出来る』と、考えられますか」
エ=ドンは、ジンの質問に「うっ」と息を飲み、思わず、微かに震える手で、口を覆った。
「少なくとも、私が生きている間に、『説明』出来る程の『解明』が進むとは……とても思えません――が……、かと云って〝科学〟をベースにして『医者』となった私は――」
口を覆っていた手が拳になって卓に置かれる。その拳を、カッと見開いた目で見つめながら、声を絞り出す。
そんなエ=ドンを見て、ジンがこくりと頷く。
「解明『出来ない』と断言するのは、貴方の『矜持』が許しませんよね。――そして、『解明出来ない、ならば、何だ』と考えてしまうと――」
「ええ、ええ……。そう、それは『恐怖』です」
ジンに全てを云わせず、エ=ドンもこくこくと頷く。
「我々サヴァナの者にとって、エ=ドン先生がその身を捧げた〝科学〟と〈魔術〉は、同等であり並行なのです。――実のところ我々も、この〝竜巻〟が、〈魔術士〉による未知の〈魔術〉である可能性は、かなり低いと考えています。最初のエ=ドン先生のご質問とも関わってくるのですが、我々〈魔術士〉の視点……特にサヴァナの者からすると、『この現象』を、つむじ風、砂嵐等、はっきりとした〝風〟の名前で呼んで良いのだろうか、という疑問が生じているのですよ」
今は静止画が投影されている壁を手で指しながら、ジンが云った。
「だったら、本来、『大雨』を――せめて厚い雲と湿気を――伴う筈の〝竜巻〟という言葉で示す方が、『曖昧』になってくれるので『使いやすい』。話し合って正式に決定した訳ではなく、暗黙の了解、という感じで、皆が選択した――そういう経緯があったかと」
「……成る程」
「エ=ドン先生の〝科学〟、〈魔術士〉の〈魔術〉、そのどちらでも絶対に説明できない『現象』だと結論付いてしまったら――、何が残るのでしょう」
ジンの声が、少しばかり冷たく冴えたものになる。――多分、ジンは判っていて尋ねている。
〝貴方方には、とても便利な言葉があるでしょう〟
エ=ドンは無言だ。そして、導師であるイーヴィとカユーも、「絶対に口にしない」と意思表示するように唇を噛み、胸の内で、慟哭する――〝その言葉〟は、こんな段階で、簡単に使ってはいけないのだ、本当は!――。
ジンの質問を「皮肉」とは捉えていないスォ=ハム達も、黙っている。意識はしないながら、「〝あの言葉〟を口にしてしまったら、俺たちは、大導師長やグ・ルグと同じになってしまう」との抗いがあったのかもしれない。
――ずっと画面に目を向け、表情を変えることなく無言だったクォンは、そこで、「ああ、そうか」と思った。
エ=ドン医師は……、「治す」御業を持っているだけじゃなく――最初から、〝神〟の威光に浸りきらずに生きているから、大導師長にとって「穢れ」なのだ。
ジンの声色と視線がもう少し柔らかくなり、スォ=ハムに向かう。
「つまり……、『どちらも〈魔術〉ではない』という前置きから始めてしまうと、いきなり『何も出来な』くなるのです。〈魔術〉だけでなく〝科学〟も同様です、我々は『この現象』をどう受け止めれば良いのか、どういう態度を取れば良いのか、――今まで自分が生きてきた土台、『足場』を失ってしまうのと同じなのです」
「それが、『こえぇ』ってことなんスね――」
スォ=ハムが「ふむ…」と頷く。
「故に、己の『足場』に縋りながら、徹底的に調査するのです。見落としは無いか、取りこぼしはないか、己は知らずとも誰かは知らないか――〝目撃談〟や〝伝承〟……昔話、神話、都市伝説、ただの噂話、そんなものでも、何らかの手がかりにならないとも限りません」
そこでスォ=ハムは、昨夜、剛義が云っていたことを思い出す――当然、イーヴィやライズ達も思い出していた。
〝あれが何か知っているというのなら、大導師長に土下座しても良いくらいだ〟――あれは、そういう意味で、本気だったのだ。
「じゃあ……ということは…、〝黒い筋〟の方も、今はタケさんたちが断言するくらいに『解らない』ものでも、『いつかは解るかもしれない』ってことッスよね」
「その通りです。『理解』出来れば、我々は『足場』を増やすことが出来る、補強することが出来る。我々の目的は、『あれが何か解らない』を結論にしないことです」
ジンは力強く云い、スォ=ハムも、それに呼応するように頷いた。
ありがとうございました、と云うように若人は頭を下げた。スォ=ハムにはこれ以上質問が無いらしい。
ジンがオリバーへ、
「オリバー殿の疑問は、整理出来たでしょうか? ――今の間に、疑問が『晴れた』とは思えませんが」
と問うた。
オリバーは「いえ」と小さく手を振った。
「私が先ほど抱いた疑問は、ジン殿に質問することではないと思うので、結構です」
「というと?」
「結局、私の疑問は、ジン殿が抱えている問題と『同じ』だということです。『あれは何』『これは何故』――ジン殿をはじめとしてサヴァナの方々は既に『調査』し始めている。私が今疑問に感じたそれをジン殿に質問しても、貴方は『解らない』と答えざるを得ないだろうことが、今の間に理解出来ました」
微苦笑を浮かべながらの答えに、ジンも「成る程」と頷く。
ジンが改めて全体に視線を巡らせ「他に何か」と問う。
挙手等は無いので、
「では、〝竜巻〟については、取り敢えず良いですね」
と云いながら映写機に手を伸ばした――が、
「ジン殿」
とカユーから声が上がったので、「何か?」と彼に顔を向ける。
意を決した、というふうな真剣な顔をしていて、卓の陰になっているが、みぞおちの辺りに両手を乗せているのは分かった――その仕草が何を意味しているのか、知っているジンは、訝しげに目を細めた。
「ジン殿。――今のうちに、私から、云わせて下さい」
「……。何をです?」
「ジン殿、イー・ルの導師として、貴方のような方々に戦をしかけたことを、心からお詫び申し上げます」
腹に両手を乗せたまま、そう云った。
それを聞いたジンは、パチパチと瞬きをし、慌てたような、呆れたような、微妙な表情を浮かべた。
「……。今のうちに、って…。今、云うようなことでしょうか。立てなくなるくらいに、話の腰を折られた気がします」
カユーは、「ふ」と微笑を浮かべて、
「それは、申し訳ありません。――私には、今でなくては、『まこと』の言葉にならない衝動がありましたので……」
昨日、イーヴィが剛義へ、云わずに居られなかった言葉である。カユーの目の前にはジンが居たから彼に、それを口にせずには居られなかった。それを宣わずして、「導師」を名乗ることなど出来そうになかった。




