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そんなイーヴィを助けるつもりがあった訳でもなかろうが、エ=ドンが小さく挙手する。
「ジン殿、先にちょっと、今の段階での質問をよろしいですか」
「はい?」
首を傾げながらジンがエ=ドンに顔を向ける。エ=ドンは軽く肩を竦めてから続けた。
「イヴから聞いた話で想像していた『状況』と、実際の映像に大きな違いがあったものですから……、『医者』という、ある意味、杓子定規に細かく白黒つけたがる『学者』の視点で、確認しておきたい疑問が、湧いてまして」
「そうですか」
ジンがイーヴィに確認するような視線を向けると、イーヴィは頷き、エ=ドンへ「どうぞ、私も構わない」と許可した。
では、とエ=ドンは改めてジンに視線を向け、真摯な声で、
「今見る限り、晴れてますね。――『この後』もこんなに、天気が良いのですか」
きっぱりと問うた。
その問いに、キョトンとしている若手が何人か居た。
苦笑を浮かべたのはジンだ。
「ああ……成る程」
独りごちた後、ジンは「ええ」と頷き、苦笑を浮かべたまま、まずは質問者のエ=ドンへ
「済みません、筆頭以下我々の、説明に使っていた言葉が、無神経というか、あんまり曖昧だったようですね。ええ、当時はまさに『快晴』でした、この後も、ずっとこの青空が続きます」
エ=ドンの質問の意図も分かった上で、ジンが答えると、スォ=ハム辺りはまだ「え?」と首を傾げている。
隣のウィトが最初は「ん?」と唸ったのに、ジンの答えを聞いたときには「ああ、そういう…」と何か飲み込むように顎を引いたので、スォ=ハムは「どういう意味ッスか?」とコソコソした声で訊いた。
ウィトは、唇へ人差し指を当てる仕草を彼に見せてから、
「要は、『専門用語』の使い方の話さ。今詳しい説明は出来ないから、黙って聞いてな」
と同じくコソコソとした早口で云った。スォ=ハムは首を竦ませ、「分かりました」と頷く。
ジンに恐縮そうな様子が見えたので、エ=ドンが「いえ、こちらこそ」と手を振りながら返した。
「私も、細かすぎるかとは思ったのですが……。――この後、かなりの『悲劇』が起きるだろうことは、自分なりに予想しておりますけども、……もしかしたら、それを、ごく僅かなりとも和らげる『恵み』もあっただろうか、と想像しまして」
「つまり、〝竜巻〟ならば、『大雨』を伴っていたのではないかと」
「ええ」
「ならばやはり、希望を持たせてしまって申し訳ありません。――先を見て貰うとお分かり頂けますが、『つむじ風』と呼ぶには、移動した距離・時間、規模が極端なのです。発生の仕方に違和感もありますし……、『砂嵐』と呼ぶにも、『巻き』過ぎていると云いますか……」
「それは、はい、今の短い間でも理解できます。――お聞きできたことで、心の準備も出来ました、ありがとうございます」
ジンには、まだ何か言葉を探している様子があったが、エ=ドンはそれを遮るように云った。恐れ入ります、とジンが軽く会釈する。
そんな二人のやりとりを見て、イーヴィが全体へ声を掛けた。
「君達にも、今のうちに『予備知識』として先に聞いておきたいことはあるかい?」
すると、ウィトが「それじゃ…」と、おずおず胸元で挙手した。
「あの、今までの映像では、音が全然出てなかったですけど、元々映像の記録しかしてないんですか? それとも、音量を落としてるか、その機械だと再生出来ないってだけ?」
――そういえば、この若者は「通信技師」だったか。エ=ドンが「学者」の視点で疑問を抱いたように、「技師」として、ある種の好奇心に似た疑問が湧いたのだろうか。ジンは微笑を浮かべて、曖昧に小首を傾げながら答えた。
「定点カメラの分は、各カメラに集音器を沿わせる形で備えておりまして、今、ご覧になっている映像はカメラのデータだけです。隊員が操作していた観測機の方は映像と音声を同時に記録しており、無人観測機は、映像以外の気温や湿度、音声のみも独立して記録しております。どれも再生は可能なのですが、こう、今の四画面で再生すると集中を欠いてしまうノイズになると思いましたので、映像のみを出しました。どれか一つだけでも、再生させましょうか?」
それを聞いて、ウィトは少々慌てた顔をし、「あっ、いえ」と挙手した手を振った。
「いや、後で何か情報が欲しくなったり、いろいろ解析する必要が出たら、音もあった方がいいと思うんですけど、初見の今は……いいです。その……なんていうか、もしかして『今までが聞こえないくらい小さな音』だっただけで、この後の音はまともに聞こえるってことだったら、やっぱ、キツいかもしんないんで……」
「ああ……。――このまま、映像だけだったら見られそう、ですか」
ジンはウィトが頷くのを見て、全体にも視線を巡らせた。イーヴィも同じくである。
全員、「はい」と声に出したり頷いたりと、受諾する態度を見せた。
ジンが頷き、
「では、私からもう一つ前置きをしておきますが、この後、観測機が追跡不能になるまで、二時間くらいはあるのです。よって、私の判断で、ある程度は早回しをしますね。一旦最後までご覧頂いた後、質疑応答の形で解説するということで、宜しいですか。その際、確認したい箇所がありましたら、『巻き戻し』や『スロー再生』も出来ますので」
代表としてイーヴィに問うと、EV隊隊長は「はい」と答えた。
再び画面が、まずは早回しで動き始め――恐らく、経度がN33に揃うくらいの辺りで通常の速度になった。布陣の、南北中央で最西、つまり〝川〟に一番近い「基地」の周辺。佐官・尉官であるイーヴィやオリバーなどは、布陣内施設の配置や名称がある程度頭に入っている、「CB00基地」の西だ――黙ったまま、移動ルートのマップ映像とも照らし合わせ、己の記憶と実際を確認する。
数秒後、ほぼ全ての隊員が眉を寄せた。予想通り、〝竜巻〟はCB00に到達し、無骨なコンクリートの「箱」が、舞い上がる砂に覆われた。
改めてウィトは「音が出てなくて良かった」と、声には出さずに息を吐く。多分、実際は「バキバキ!」「ガツガツ!」というふうな耳障りな音が聞こえている筈だ。かなり頑丈な筈の通信アンテナが、さぞ焚き付けに適しているだろう乾いた小枝のように折れ曲がり、屋根からちぎれて上空に飛ばされる。
渦の内側で、先に剥がれたコンクリートやレンガが、壁にぶつかったり削ったりしたのか――「砂嵐」が通過した後、無骨に色気のない「箱」だった基地は、角が削れて「柔らかい」フォルムに変わり、まるで蔦のような無数のヒビに覆われた所為もあって、却って「生命を謳歌する自然美」を獲得したかのようにも見えた。
――そんな印象を持つのは、「死の悲劇」を思わす映像ではなかったからだろう。イーヴィはそんなことを思う。
〝竜巻〟によって破壊されたように見えるのは人工的な無機物だけ――恐らく、CB00はこの時点で完全に「空」だったのだ。だから――音は聞こえていないが――悲鳴を上げながら天高く舞い上がり、もがき苦しみ、砂に墜落する有機生命、そんな「悲劇」は映っていない。そんなものを目にしていたら、「美」とは感じないはずだ。
そしてそれは、「案の定」で――
映像が早回しになる。しばらくして、また元に戻る。
……「次」は、C1N12砦、ジンから聞いた話だけだと、ここも、この時点で人員は後退していた筈だが、発電を停止しないままだったのか、電線が引きちぎられて派手に火花が散った。後退時に使わなかったらしい軍用車が一瞬浮かび上がり、墜落し、その衝撃でまき散らされたオイルが砂に染みを作る。なぎ倒される運搬車もあった。――前のCB00と違い、「人工物」ではあれど、人間の活動により近いものが破壊される様子に、「恐怖」が過り始める。
「っ……」
再び早回しになったが、それは数秒だった。通常の速度になってからの映像で、施設が「飲み込まれる」様子はなかったけれど、渦巻く砂の縁がBR13砦を掠めていく。そのとき、ここまでイーヴィと同じくらい冷静だったカユーが、息を詰め、口元を覆った。
イーヴィが眉をひそめ、早口の小声で
「シド、君、居たのか」
と聞く。カユーは、こくっと頷いた。ライズが微かに哀れむような目をして、カユーに顔を向けている。
二人の様子に、「ライズとカユーが話し込んでいた」とのオリバーの言を思い出す。ライズは、「カユーには何があったのか」をある程度聞いているらしいと、イーヴィは察した。
「まさか、こんなことが起きていたとは、思ってもみませんでしたが…」
カユーが掌の中で呟く。それはそうだろう…、イーヴィが無言で頷きだけを返す。
この辺りでオリバーは、太狼との会話を再度思い出していた。BR19にこの〝竜巻〟が影響していないのは、自分自身がよく分かっている。が、実際、定点カメラの映像も併せて見ると、通常なら「気づかない筈は無い」くらいに巨大だ。斥候や警備で外に出ていたら、「避難」するために慌てて砦に戻っていただろう――。
そろそろ定点カメラの映像では、画角の隅に「霞」のようにしか見えない。よって、イーヴィ達も移動する観測機の映像に集中し始める。
渦は前進していき、カメラはそれを追う。だが、こちらの立場で見れば、後ろに下がっている……
「うわ…」「ヤバ…」
ヤムとベリーが、同時に、思わずという風情で呟いた。
〈ミサイル〉の発射に伴って後退を命じられた隊だろう――まだ砦や基地等の施設は周囲に見えない砂漠上で、――中隊程度の車列が渦に弾き飛ばされるように、ばらばらと横倒しになった。そのまえに、慌てふためいて車から飛び降り、頭を抱えて砂に伏せる隊員の集団も見えた。彼らが渦に巻き込まれなかったのは、ある意味で幸い、何なら、これこそ〝神のご加護〟とでも云えるだろうが、運転手が飛び降りたせいで制御を失って渦に飲み込まれてしまい、幌がちぎれ、積載していた物資を空に放つ羽目になった運搬車も映っていた。
渦の勢いは衰えることを知らず、むしろ増してすらいるように見える。奥に進むにつれ、より「悲劇」めいた風景が増えてくる。
その時まだ空ではなかったのだろう基地の倉庫が、壁をちぎられ、屋根を剥がされ、柱をねじ曲げられる風景が見える。剛義が「粒が揃って美しい」と思った砂の渦の中で、歪な形をした小石が転がされているかのようだ――潰れた箱やドラム缶、パラボラや乗用車までも、舞い上がり、ばらまかれる。――気のせいでなければ、……「人」の形をしたものが吸い込まれる様も、見えた。
――今、目に映っている「悲劇」は、EV隊から見たとき、ある意味「裏切り者」が被っている。EV隊を裏切った側が見舞われた悲劇なのだから、頭の片隅に、心のどこかに、僅かなりとも「ざまあみろ」という気分が、無いとは、云えない。
だが、本当のイー・ル人は、そんな感情を「〝神〟は決してお許しにならない罪」だと認識している。E=V・フリアイ導師長が隊長を務めている隊員は、それを罪だと理解しているからこそ、本国から見放された、と云える――何という皮肉だろうか。
そして、いよいよ、「C3」の手前で早回しが止まり、――EV隊員達は、隊長の推測が真実だったことを確認出来た。




