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「起こさないでください」の札は見えなかったので、イーヴィがステップを上がり、昨夜決めておいたリズムでノックする。
直ぐにドアが開いて、ジンが顔を見せた。
「おはようございます、ジン殿」
「おはようございます。良くお休みになられたようですね」
既に陽が暮れていたことを差し引いても、昨夜よりイーヴィの顔色が良いのが分かったので、薄く笑みを浮かべてジンが云う。
おかげさまで、と返しつつ、ジン以外に人の気配があったので、イーヴィが彼の背後を軽く覗き込む。
ジンが一歩後ろに退くと、モニターに向かっていた者が振り返り、イーヴィに向かって会釈を見せた。
「おはようございます、伺っております、フリアイ隊長殿。ジンの部下の〝エール〟です」
オリバーと同じ年の頃の青年だ。それだけ云うと、直ぐにモニターに向き直った。
素っ気ない態度にも思われるが、イーヴィに、あるいはイー・ルに殊更敵意があるようには見えない。単に、職務に集中しているだけだ。
「他に二人、〝マドラ〟〝ブル〟という者が来ておりますが、ブルは今、〝川〟方面へ出ております。マドラは先程仮眠を取るよう云いました――ちなみに……イー・ルの方々には、少々お気遣いをさせてしまうかもしれませんが、マドラは女子ですので、野営車で休んでいる筈です」
ジンが微苦笑を見せて云い、イーヴィも同じような表情を見せて曖昧に首を振った。
「何か御用ですか? ――今のところ、急いでイーヴィ殿の耳に入れるべき情報はありませんが……お休みの間に入って来た、偵察の状況をお知らせしておきましょうか」
表情を冷静な「諜報隊長」のものに戻して、ジンが問うと、イーヴィは「いえ」と返した。
「今、お手すきではないでしょうか、ジン殿。例の映像を隊員達に見せておきたいので、宜しければ、映写機の操作と、当時の状況の解説を……お願いしたいのですが」
「ふむ」
鼻を鳴らしてジンは振り返り、モニターや機器のランプ等の状況を確認すると、イーヴィに頷きを見せた。
「分かりました。――エール、緊急事態が起きたら、直ぐに報せてくれ」
そう云って、壁に掛かっていたヘッドセットを取り、「行きましょう」とイーヴィを促した。
承知しました、と答えたエールにも軽く会釈を見せてから、イーヴィはステップを降りた。
イーヴィとジンが礼拝所に入ると、ウィト以外の者は既に揃っていた。
ジンは昨夜の内に配置していた映写機に近寄り、イーヴィは自然と祭壇画に近い位置でカユーと並んで座る――祭壇画を中心に上座・下座が出来、それが即時判るのが、イー・ル人には自然なことらしい――。
ウィトが最後に慌てた様子でやってきて、「済みません、遅れました」とイーヴィに云い、スォ=ハムと並んで腰掛けた。
「構わないよ。それより、作業を中断しても大丈夫だったかね?」
イーヴィが確認すると、ウィトは頷き、
「キルシュちゃ……、あ、キルシュさんに、後は頼めるところまでは、済んだので」
途中口ごもりながら、顔を赤くして答えた。
イーヴィは微笑を見せて「そうか」と承り、ジンへ「お願いします」と声を掛けた。
まだ電源が回復していないので、元から暗い。灯りを消す必要は無く、直ぐにジンが映写機に触れる。西側の壁に、パッと四角い光が浮かんだ。
ジンが、映写機のボタンをいくつか複雑に触ると、光が四分割され、それぞれに異なる映像が顕れた。
ジンは胸ポケットから細い棒を取ると、両端を握ってシュッと伸ばした。
四分割された画面のうち、右下を指す。そこに顕れているのは他の三つと異なり、のっぺりと黒色の背景に、灰色の小さな点が散りばめられているだけのものだ。
「こちらは各種の観測機、偵察機からの分析で作成した動画です。他三つの画面と同期させて、〈ミサイル〉と〝竜巻〟のルートを表示します」
ジンが冷静に云う。「ミサイル」と聞いた瞬間、カユーが「ごくり」と一つ息を飲んだ――が、イーヴィやジン、あるいは他の者に、耳打ちででも質問したりはしなかったので、ある程度、経緯は分かっているらしい。
「他は、ご覧の通り、『撮影』した映像です。全ての映像は同期しています。この数字が時刻」
四分割の交差点に表示された数字を、ジンが指す。
「監視そのものは、〈ミサイル〉準備が判明した時点で開始しましたが、――準備から発射までにかなり間が空きましたので、今はだいぶ早回しにしています」
ただでさえ表示はミリ秒単位で行われているところに「早回し」であるから、数字が読めないくらいに目まぐるしい。
「左上のこちらは、〝砂の川〟から五十メートルほど離して南北に並べていた、無人の定点カメラによる映像です。今映し出しているのは、当時、〈ミサイル〉の軌道に最も近いと推測された一台が撮影したものです。――右上、こちらは上空に飛ばしていた無人偵察機の映像。五千メートルを上限に、〝センサー〟の反応によって、自動で高度を変えるように設定されてましたので、画面がかなり揺れて多少酔いそうな場面もあるかと思いますが、ご容赦の程。左下……これは、平原側から、操作は隊員が行いつつ、〈ミサイル〉と、その後の〝竜巻〟を追跡した〝観測機〟による映像」
指示棒でそれぞれを示しながら云うと、一旦ジンは口を噤んだ。
昨夜は結局、竜巻とミサイルの軌道を重ねた静止画を見たきり、前線の生存者捜索を前提とした情報提供にシフトしたので、イーヴィも動画映像は見ていない。よって、イーヴィ自身も初見となるため、「それを見た隊員達の様子」まで観察する余裕は無く、じっと壁にだけ顔を向けている。
数字がカウントアップされていく以外、画面に移ろいは無いまま、現実世界で五分ほど経った。画面の中では数時間が経っている。――この間、BR19砦のEV隊は、緊張の糸をピンと張ったまま、暗くひもじい三日目の朝を迎えていたのだ――「観客」達の中には、やたらと顔を顰めている者が何人か居た。
「そろそろ早回しを止めます」
ジンがそう宣言して、映写機の一部に手をやった。数字の変化が、実際の秒の速さに戻った。
其処からまた、数分したところで、まず、無人偵察機の映像が変化した。
「うっ……」
誰だか判らないが、喉で呻いた者が居た。
ぎゅん、ぎゅんっ、と何度か急激な高度の変化があり、高度が大方安定したところからは〈ミサイル〉と並行する速度で姿を捉えていた。
次に、定点カメラが睨んでいる砂漠の地平線、その向こうの空に黒い点が見えたかと思うと、みるみる大きくなっていき――
「うわっ」
定点カメラの映像は急に激しく揺れ動き、画面全体が黄褐色の砂に覆われた。それに驚いて、スォ=ハムが思わず声を上げた。
恐らく、その定点カメラは吹き飛ばされたのだろう。青い空と砂漠を分断する地平線を映していた筈が、数秒後、爽やかな青空を仰向いたままになってしまった。
「一旦止めます」
ジンがそう云って、映写機のボタンに触れた。四つの映像全ての動きが止まる。
「今のが、着弾……あ、いえ、それはしていないので、『竜巻発生』の瞬間ですね。――此処からは、定点カメラの映像を別の位置のものに切り替えます。もう少し北から砂漠を見ていた物――この砦を十時四十分くらいの方向に見る位置の分です」
そう云うと、再び映写機を何回か触る。
「その上で、少し時間を巻き戻します。――先程の反応からすると、無人偵察機や定点カメラの映像の方が衝撃的だったので、気を取られた方も多いようですが……」
指示棒が左下の画面を指す。操作は隊員が行っていたという分だ。
「今度は皆さん、この画面に注目してて貰えますか。これの方が、〝竜巻〟との間隔を一定に保った画角になっていますから、竜巻の大きさや移動の方向が把握しやすいかもしれません」
ジンがそう云うと、再び映像が動き始めた。
スォ=ハムをはじめとしてヤムとベリーのような若手は、素直にジンの指した画面を注視した。が、イーヴィやカユーのように「上層部」に入る年長者は、五割の意識では「解説者」に従ってその画面に集中し、残りの五割では時刻も含め、まんべんなく状況を把握しようとしている。
そして、ジンは、彼にそれとは気づかれぬようさりげなく、クォンに注目し始めた――剛義から、ある程度のことを聞いている。彼は「映像」であっても「見えてしまう」のか、もし「見えてしま」うことがあり、それで心身に何らかの負担がかかる様子は無いか、気をつけておくよう云われていたのだ――少なくとも、今の段階でクォンの様子は先ほどと変わらない。彼の方も剛義から先に「予備知識」を得ていたから「しらばっくれる」ことが出来ているのか、それとも本当に見えていないのか……それが分からないくらいに、「普通」だった。
竜巻が、この砦と同じくらいの経度に達したところで、再び映像が止まった。
イーヴィが「おや?」と云うふうにジンの顔へ視線を向け、他の者も小首を傾げた。
「ジン殿、……機械に何か問題でも?」
竜巻「発生」の瞬間は、かなりショッキングな映像だったが、正直、「その後」は、ただ砂が渦巻いて奥に進んでいくだけで、まだ特に何も起きていない、――「見る意味があると思えない」数分間だったので、ジンがこんなところでわざわざ止めたとは思えなかったのである。よって、イーヴィが代表して問うた。
ジンは微苦笑を浮かべ、「いいえ、私が一旦止めました」とイーヴィに返してから、全体に向かって云う。
「この後には、少々……と云ってしまうと、他人事が過ぎますね――人それぞれで程度の差はあるでしょうが、何にせよ、心理的な動揺を誘う映像になっていますので、……その前置きをした方がよいかと思いまして」
「……」
スォ=ハムはゴクリと唾を飲んだ。他の者も、眉を寄せたり隣の者と戸惑いの表情を見合わせたりしている。
イーヴィは口元を擦りながら、カユーと互いに何かを伺い合うような視線を交わし、エ=ドンとジンにも一度視線を向ける。
それから、隊長として隊員達へ声を掛けた。
「……君達には、タケヨシ殿からの情報を私の口から伝え、その上で、ある程度の『推測』もしたのだから、今から見るものも、『想像』は出来るね。――実際の映像を見てしまうのが『キツい』気がするなら、少し席を外していても構わないよ。……誰か居るかね」
挙手、あるいは首肯で意思を見せる者は居なかったが、ヤムとベリーは迷う顔を見合わせた。クォンも一瞬頬を引きつらせ――その場所をほぐすように擦った。
イーヴィに続いてジンが、
「情報を共有するために見て頂いている訳ですから、実際の映像と同期している間は席を外しておいて、移動ルートの動画だけを後で確認する、ってことも出来ますよ」
と補足した。
それを聞いて、表情を緩める者が――ヤム達以外にも――居たが、かといって「では自分は席を外したい」と云い出す者も居ないし、「このまま見続ける」と明言する者も居ない。
となるとどうしたものか、と今度は多少イーヴィが困る。――今のこの場は些細なケースだが、「民主的」な隊長を気取ると状況が停滞する、典型だ。




