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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(4)
289/302

【a5d:svn】(4) -[6]-(4)

「私は、『サヴァナに助けを求める()()()()()』とは、()()思わなかったのだ。当時、生き延びるために()()()方法は『東西』にSOSを発信することだと判断した――今、それを、後悔もしていない」

 イーヴィのきっぱりした言葉に、カユーは一瞬狼狽の表情を浮かべ、視線を己の手に落とした。

「シド君、……君と我が隊の『極限状態』は程度や経緯が異なるのかもしれない。だから、『自分(きみ)だったらどうしたか』を想像して貰おうとは思わないよ、考えなくて良い。……ただね、シド、君を助けに行ったタロー殿――彼は、トーチカに蜥蜴と蛇の死体が転がっているのを見て、()()したと云っていたよ。極限状態に於いて、自刃を選ばず、狩りを選ぶ人物だったことに――『助け甲斐がある』と」

「――」

「……私も、タロー殿からそれを聞いた時、()()したよ。君が、『生きること』を()()なかったことに」

「――イヴさん……」

「君が絶望の末、『命運』(生きるか死ぬか)を〝神〟に任せるような()()()()()をしてしまわなくて良かった。まして、『自決』など――我らの〝神〟は『生き方』を教えて下さっているのだ、『死に方』を伝えてなどいない」

「……」

『敵』(サヴァナ)に助けを求めてまで生き延びる『恥知らず』、『自決』を選べぬ『背信者』――そう罵って私を『罰する』のは、軍と中央政庁だ。違うか、シド・カユー導師」

 祭壇画の前で、イーヴィが真摯な問いを投げかけてくる。カユーは一つ息を飲み、

「違いません――」

 と呟いた。

「僕は、サヴァナが〝神の敵(あくま)〟であるのかどうか、()()()()()()――分からないから、『軍』に属した以上は、国が『戦争相手』と見なした対象と戦争をせねばならないと、そちらを()()しただけです……――しかし、今、フリアイ導師様から云われて、やはり……、少なくとも自決だけは、それこそが、〝神〟を裏切ることだと――その禁忌だけは、僕の魂に、染みついています」

 時折、口調は淀みながらも、カユーは上司だったこともある同胞へ、己の想いを告げた。

「それが、生き恥だと云うのなら、僕は一体、()()()()()戦争をしているのでしょうか」

 カユーの表情が「無念」を表すように険しくなり、握った手が微かに震える。

「――()()()、私は今、敵方(サヴァナ)から『助けられている』ことに、何の後悔も無いのだ、シド君」

 きっぱりと、イーヴィが云う。カユーは顔を上げ、相変わらず狼狽の表情を見せる。

 ふう…と息を吐くと、イーヴィは彼から目を離し、さっきのカユーと同じように、己の手を見ながら、独り言のような口調で云った。

「導師たる我々は、〝経典(神の声)〟に則して母国(イー・ル)が〝神の座〟に相応しくあるよう、努めてきた筈だ。〝経典〟は『生きる標』であり、『死への標』ではない、と――シド、我々は、()()()敗れた結果、最前線(こんなところ)に居るのじゃないか」

「――」

 カユーの表情が再び、無念そうに歪み――小さく、首肯した。

 隈に縁取られつつも、目の光は濁ってなどいない……イーヴィが吐き捨てるような口調で、

「私や君が『自決』して喜ぶのは、大導師長と中央政庁だ。〝()()()()()

 そう云って、ぶるっと首を振る。

 カユーの顔が、今度は一瞬、泣き出しそうなものになる、そして大きく頷いた。

 イーヴィが再びカユーに顔を向けた。

「……〝神〟の御目から見て、サヴァナが『悪魔』なのかどうかは、君と同じく私も分からない。ただ、()()()()()『悪魔』とは思わない。――『戦争の敵』が発したSOSにも応じ、最大限の救いの手を差し伸べる、そうした『(なさけ)』を持つ者を、『悪魔』と()()()()()とは思わん」

「……。――懐柔や誘惑、と考えることも出来ます」

 イーヴィの真摯な声に、カユーも心から「同調」している。が、一つ息を飲んだ後、カユーは()()()()()()()()()、そう云った。

 イーヴィも、カユーからそれを云われることは想定しており、こくりと頷いて見せてから、冷静に続けた。

「そうだ、だから、私の判断が『罪』だと〝神〟が審判されるのであれば、私は全て受け入れる。――事実私は、『国』『軍』(イー・ル)からであれば『背信(うらぎり)』と見なされて申し開き出来ぬ『取引』も、サヴァナの筆頭殿と交わしている……〝神〟から見て真に〝悪魔〟である者からの『懐柔』に負けて今の状況に至ったというのなら、〝神〟からの罰を受け入れる覚悟は、ある」

「――」

「こんな極限に至るまでに、他のアクションを起こせる機会はあったのじゃないかと、悔やむ部分も、正直、無くはないがね――自決こそ選ばないにしても、SOSを出さずに(何もせぬまま)、飢餓の状態に身を委ね、ひたすら聖典の詠唱をするだけでは、ただの『諦め』だ。それは『殉教』や『覚悟』じゃない、己の生死の()()を〝神〟に委ねてしまった『卑怯者』……私からしたら、それこそ〝悪魔〟の誘惑に負けて死の安寧に逃げた者に映る。――そんな()()をするくらいなら、私は、『本当の悪魔』かどうかは()()()()()戦争相手(国家の敵)からの『救い』を受け入れる、その上で審判を〝神〟に委ねる……そう()()したんだ――言い訳や開き直りに取られても仕方はないが――」

 薄い苦笑を浮かべながら漏らした最後の台詞に、カユーは小さく首を振った。

「『軍人』としての私は、国家(イー・ル)に於いて裏切り者だと自覚していても、決して〝神〟を裏切って〝悪魔〟に魂を売ったつもりは無い、その罪悪感は、実際に無い」

「……」

「何にせよ……私は現在、確実に、『()()()()()悪魔と呼ぶ』のは過ちだと認識している。サヴァナは、国家(イー・ル)()()()()()と定めただけであって、〝神の敵〟ではない。――シド君、私は、サヴァナの筆頭であるタケヨシ殿とも、二人きりで会話する機会があったのだがね……、〝経典〟が『魔術(まほう)』と『魔法使い』を否定しているからと云って、『魔法使い』が〝悪魔〟であるのかどうか――()()()()()、〝経典()〟はそんなことを仰っていない、と、それも思い出し(気付い)たのだ」

「え……?」

 イーヴィのしみじみとした声に、カユーが今度は訝しげな声を出した。傍でライズも「え?」と目を細めている。

「シド君、そもそも我々は、〝経典〟が否定している『魔法』や『魔法使い』は()()()()()()()()()()も、ちゃんと分かっていない、知らないのだよ――」

「……」

「サヴァナが『魔法使い』を多く()()()()()集団(コミュニティ)であることは間違い無い。かといって、()()()()()〝神〟の敵たる〝悪魔〟なのではないし、『魔法使い』が必ずしも〝悪魔〟(神の敵)であるのかどうか、()()()()()知らないんだ」

 混乱してきた、というふうに困った表情を浮かべたカユーへ、イーヴィは、剛義の「例え話」を簡単に告げた。

 ――父祖たる大昔のイー・ル民族が持っていた「能力」が、現在の我々には「魔術」と映るのかもしれないこと、現在の我々が持つ「技術」が父祖には「魔術」と映るかもしれないこと……

「――殺気を帯びた敵が背後に近づいた時、振り返りもせずにその攻撃を避けられる私は、それが出来ない友軍(イー・ル)兵……()()から見て、『悪魔』『魔法使い』に、一瞬でも映りはしないか――」

 イーヴィはカユーだけでなく、ライズにも一度顔を向けてそう云った。

「……それは…」

「――」

 彼の仕草に釣られ、カユーとライズは互いに視線を交錯させた後、少しばかり後ろめたさの滲む表情を浮かべた。

「〝経典〟には、()()を『魔術』や『悪魔』、『神』と()()()()()()()()、そちらが書かれていたのじゃなかったか、シド君」

「は――……」

我々(イー・ル)は、〝神〟が否定なさっている『魔術』がどんなものかも知らないのに、〈魔術(まほう)〉〈魔術士(まほうつかい)〉という『言葉』だけで、()()()()を否定しているのだ。それは――導師の『私』が、一番やってはならないことだ」

「……」

「まして、それを敵方(サヴァナ)の筆頭殿から気付かされるなど、何とも恥ずかしいことだよ」

 溜息混じりに云ったイーヴィに、カユーが訝しげな表情を浮かべる。

「――筆頭(タケヨシ)殿は、余程、それをご存知なのだよ、シド。〝経典〟の中身を、〝神〟の仰っていることの本質を、今のイー・ル中枢より余程、理解なさっている」

「それは……買い被っている…のではないですか? 単に、サヴァナ(自分)が目の敵にされる覚えは無いという、弁明では……」

 カユーが戸惑ったふうな顔と声で云うと、イーヴィは冷静に首を振った。

「いいや、そうじゃない。――シド、筆頭(タケヨシ)殿は、決して我々の〝神〟への〝信仰〟をお持ちでは無いのだ。なのに、むしろ彼の方が、〝経典〟の()()()だけを濫用した結果として現在の戦争が続けられていることに、()()()()()()……彼は、『国家(イー・ル)』が()()()()()()()()、『魔法』『魔法使い』『悪魔』『神』という()()()使()()()()()だけだと、良くご存知なんだ」

「――」

「先程、私や君が自決して喜ぶのは大導師長と中央政庁だと云ったが、本当にそれ()()だ。敵方(サヴァナ)の大将首とて、それを良しとしない」

 何なら、「そんな国はすりつぶす」とまで剛義は云っているのだが、カユーにそれは云わず、イーヴィが軽く首を振った。

「〈魔術士(自分たち)〉が現在〈魔術〉として駆使しているものが、〝経典()〟に否定されているものなのかどうか、彼ら自身も知らない。もしかしたら、我々(イー・ル)の父祖も〈魔術〉とは呼ばなかった『能力』を、彼らも〈魔術〉と云っているのかもしれないし、我々(イー・ル)の子孫も〈魔術〉と呼ばないかもしれない『技術』を、今の我々も彼らも〈魔術〉と呼んでいるのかもしれない。それでも、どちらの子孫も父祖も()()()()()()()()()()を〈魔術士(かれら)〉は駆使しているのかもしれない。……()()()自分達(サヴァナ)我々(イー・ル)が悪魔と呼ぼうが呼ぶまいが知ったことでは無い――どうでもよい、と。()()()、イー・ル人の私自身、〝神〟が否定する〈魔術〉はどんなものであるのか、知らないではないか――導師として、どんなに〝経典〟を理解した自負があったとしても、()()()()()()()()()()()()()彼らを否定する資格は、私には無い」

 イーヴィが、「君にはその資格があるか?」と云うように、真っ直ぐ貫くような視線をカユーに向けた。カユーはいたたまれず、瞼を伏せて目を逸らす。

 ――その資格があるのは、〝神〟ご自身だけだ。カユーの胸にも、その想いが過った。


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