【a5d:svn】(4) -[6]-(4)
「私は、『サヴァナに助けを求めるくらいなら』とは、一切思わなかったのだ。当時、生き延びるために最善の方法は『東西』にSOSを発信することだと判断した――今、それを、後悔もしていない」
イーヴィのきっぱりした言葉に、カユーは一瞬狼狽の表情を浮かべ、視線を己の手に落とした。
「シド君、……君と我が隊の『極限状態』は程度や経緯が異なるのかもしれない。だから、『自分だったらどうしたか』を想像して貰おうとは思わないよ、考えなくて良い。……ただね、シド、君を助けに行ったタロー殿――彼は、トーチカに蜥蜴と蛇の死体が転がっているのを見て、感心したと云っていたよ。極限状態に於いて、自刃を選ばず、狩りを選ぶ人物だったことに――『助け甲斐がある』と」
「――」
「……私も、タロー殿からそれを聞いた時、安心したよ。君が、『生きること』を諦めなかったことに」
「――イヴさん……」
「君が絶望の末、『命運』を〝神〟に任せるような歪んだ覚悟をしてしまわなくて良かった。まして、『自決』など――我らの〝神〟は『生き方』を教えて下さっているのだ、『死に方』を伝えてなどいない」
「……」
「『敵』に助けを求めてまで生き延びる『恥知らず』、『自決』を選べぬ『背信者』――そう罵って私を『罰する』のは、軍と中央政庁だ。違うか、シド・カユー導師」
祭壇画の前で、イーヴィが真摯な問いを投げかけてくる。カユーは一つ息を飲み、
「違いません――」
と呟いた。
「僕は、サヴァナが〝神の敵〟であるのかどうか、分かりません――分からないから、『軍』に属した以上は、国が『戦争相手』と見なした対象と戦争をせねばならないと、そちらを覚悟しただけです……――しかし、今、フリアイ導師様から云われて、やはり……、少なくとも自決だけは、それこそが、〝神〟を裏切ることだと――その禁忌だけは、僕の魂に、染みついています」
時折、口調は淀みながらも、カユーは上司だったこともある同胞へ、己の想いを告げた。
「それが、生き恥だと云うのなら、僕は一体、誰のために戦争をしているのでしょうか」
カユーの表情が「無念」を表すように険しくなり、握った手が微かに震える。
「――だから、私は今、敵方から『助けられている』ことに、何の後悔も無いのだ、シド君」
きっぱりと、イーヴィが云う。カユーは顔を上げ、相変わらず狼狽の表情を見せる。
ふう…と息を吐くと、イーヴィは彼から目を離し、さっきのカユーと同じように、己の手を見ながら、独り言のような口調で云った。
「導師たる我々は、〝経典〟に則して母国が〝神の座〟に相応しくあるよう、努めてきた筈だ。〝経典〟は『生きる標』であり、『死への標』ではない、と――シド、我々は、政争に敗れた結果、最前線に居るのじゃないか」
「――」
カユーの表情が再び、無念そうに歪み――小さく、首肯した。
隈に縁取られつつも、目の光は濁ってなどいない……イーヴィが吐き捨てるような口調で、
「私や君が『自決』して喜ぶのは、大導師長と中央政庁だ。〝神〟ではない」
そう云って、ぶるっと首を振る。
カユーの顔が、今度は一瞬、泣き出しそうなものになる、そして大きく頷いた。
イーヴィが再びカユーに顔を向けた。
「……〝神〟の御目から見て、サヴァナが『悪魔』なのかどうかは、君と同じく私も分からない。ただ、私は彼らを『悪魔』とは思わない。――『戦争の敵』が発したSOSにも応じ、最大限の救いの手を差し伸べる、そうした『情』を持つ者を、『悪魔』と呼んで良いとは思わん」
「……。――懐柔や誘惑、と考えることも出来ます」
イーヴィの真摯な声に、カユーも心から「同調」している。が、一つ息を飲んだ後、カユーはライズよりは冷静に、そう云った。
イーヴィも、カユーからそれを云われることは想定しており、こくりと頷いて見せてから、冷静に続けた。
「そうだ、だから、私の判断が『罪』だと〝神〟が審判されるのであれば、私は全て受け入れる。――事実私は、『国』『軍』からであれば『背信』と見なされて申し開き出来ぬ『取引』も、サヴァナの筆頭殿と交わしている……〝神〟から見て真に〝悪魔〟である者からの『懐柔』に負けて今の状況に至ったというのなら、〝神〟からの罰を受け入れる覚悟は、ある」
「――」
「こんな極限に至るまでに、他のアクションを起こせる機会はあったのじゃないかと、悔やむ部分も、正直、無くはないがね――自決こそ選ばないにしても、SOSを出さずに、飢餓の状態に身を委ね、ひたすら聖典の詠唱をするだけでは、ただの『諦め』だ。それは『殉教』や『覚悟』じゃない、己の生死の責任を〝神〟に委ねてしまった『卑怯者』……私からしたら、それこそ〝悪魔〟の誘惑に負けて死の安寧に逃げた者に映る。――そんな背信をするくらいなら、私は、『本当の悪魔』かどうかは分からない戦争相手からの『救い』を受け入れる、その上で審判を〝神〟に委ねる……そう覚悟したんだ――言い訳や開き直りに取られても仕方はないが――」
薄い苦笑を浮かべながら漏らした最後の台詞に、カユーは小さく首を振った。
「『軍人』としての私は、国家に於いて裏切り者だと自覚していても、決して〝神〟を裏切って〝悪魔〟に魂を売ったつもりは無い、その罪悪感は、実際に無い」
「……」
「何にせよ……私は現在、確実に、『サヴァナを悪魔と呼ぶ』のは過ちだと認識している。サヴァナは、国家が戦争の相手と定めただけであって、〝神の敵〟ではない。――シド君、私は、サヴァナの筆頭であるタケヨシ殿とも、二人きりで会話する機会があったのだがね……、〝経典〟が『魔術』と『魔法使い』を否定しているからと云って、『魔法使い』が〝悪魔〟であるのかどうか――そう云えば、〝経典〟はそんなことを仰っていない、と、それも思い出したのだ」
「え……?」
イーヴィのしみじみとした声に、カユーが今度は訝しげな声を出した。傍でライズも「え?」と目を細めている。
「シド君、そもそも我々は、〝経典〟が否定している『魔法』や『魔法使い』は一体どんなものなのかも、ちゃんと分かっていない、知らないのだよ――」
「……」
「サヴァナが『魔法使い』を多く擁している集団であることは間違い無い。かといって、サヴァナが〝神〟の敵たる〝悪魔〟なのではないし、『魔法使い』が必ずしも〝悪魔〟であるのかどうか、我々の方が知らないんだ」
混乱してきた、というふうに困った表情を浮かべたカユーへ、イーヴィは、剛義の「例え話」を簡単に告げた。
――父祖たる大昔のイー・ル民族が持っていた「能力」が、現在の我々には「魔術」と映るのかもしれないこと、現在の我々が持つ「技術」が父祖には「魔術」と映るかもしれないこと……
「――殺気を帯びた敵が背後に近づいた時、振り返りもせずにその攻撃を避けられる私は、それが出来ない友軍兵……君達から見て、『悪魔』『魔法使い』に、一瞬でも映りはしないか――」
イーヴィはカユーだけでなく、ライズにも一度顔を向けてそう云った。
「……それは…」
「――」
彼の仕草に釣られ、カユーとライズは互いに視線を交錯させた後、少しばかり後ろめたさの滲む表情を浮かべた。
「〝経典〟には、それを『魔術』や『悪魔』、『神』と呼んではいけない、そちらが書かれていたのじゃなかったか、シド君」
「は――……」
「我々は、〝神〟が否定なさっている『魔術』がどんなものかも知らないのに、〈魔術〉〈魔術士〉という『言葉』だけで、サヴァナを否定しているのだ。それは――導師の『私』が、一番やってはならないことだ」
「……」
「まして、それを敵方の筆頭殿から気付かされるなど、何とも恥ずかしいことだよ」
溜息混じりに云ったイーヴィに、カユーが訝しげな表情を浮かべる。
「――筆頭殿は、余程、それをご存知なのだよ、シド。〝経典〟の中身を、〝神〟の仰っていることの本質を、今のイー・ル中枢より余程、理解なさっている」
「それは……買い被っている…のではないですか? 単に、サヴァナが目の敵にされる覚えは無いという、弁明では……」
カユーが戸惑ったふうな顔と声で云うと、イーヴィは冷静に首を振った。
「いいや、そうじゃない。――シド、筆頭殿は、決して我々の〝神〟への〝信仰〟をお持ちでは無いのだ。なのに、むしろ彼の方が、〝経典〟の言葉尻だけを濫用した結果として現在の戦争が続けられていることに、嘆かれている……彼は、『国家』が戦争をするために、『魔法』『魔法使い』『悪魔』『神』という言葉を使っているだけだと、良くご存知なんだ」
「――」
「先程、私や君が自決して喜ぶのは大導師長と中央政庁だと云ったが、本当にそれだけだ。敵方の大将首とて、それを良しとしない」
何なら、「そんな国はすりつぶす」とまで剛義は云っているのだが、カユーにそれは云わず、イーヴィが軽く首を振った。
「〈魔術士〉が現在〈魔術〉として駆使しているものが、〝経典〟に否定されているものなのかどうか、彼ら自身も知らない。もしかしたら、我々の父祖も〈魔術〉とは呼ばなかった『能力』を、彼らも〈魔術〉と云っているのかもしれないし、我々の子孫も〈魔術〉と呼ばないかもしれない『技術』を、今の我々も彼らも〈魔術〉と呼んでいるのかもしれない。それでも、どちらの子孫も父祖もやはり〈魔術〉と呼ぶものを〈魔術士〉は駆使しているのかもしれない。……だから、自分達を我々が悪魔と呼ぼうが呼ぶまいが知ったことでは無い――どうでもよい、と。しかし、イー・ル人の私自身、〝神〟が否定する〈魔術〉はどんなものであるのか、知らないではないか――導師として、どんなに〝経典〟を理解した自負があったとしても、戦争を始められるほどにまで彼らを否定する資格は、私には無い」
イーヴィが、「君にはその資格があるか?」と云うように、真っ直ぐ貫くような視線をカユーに向けた。カユーはいたたまれず、瞼を伏せて目を逸らす。
――その資格があるのは、〝神〟ご自身だけだ。カユーの胸にも、その想いが過った。




