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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(4)
288/302

【a5d:svn】(4) -[6]-(3)



 ライズに肩を借りて廊下に出たカユーは、その暗さに先ず驚いた。

 常夜灯の間隔が、余りに長すぎる。廊下の突き当たりも判らない。

 三人が並んで歩ける幅の廊下じゃないので、背後からイーヴィがライトを付けた。それでやっと、足下の不安が無くなる。

 カユーがチラッと振り返ると、イーヴィは彼でなくライズへ、

「礼拝集会所までお連れしてくれ、ライズ君」

 と云った。ライズは「畏まりました」と答え、そのまま真っ直ぐ歩いて行く。

「無理をさせて済まないが、君と語り合うなら、就寝室よりも祭壇の前の方が良いだろうからね、カユー君」

「……」

 一体、イーヴィの隊と砦に、何があったというのか。

 ――トーチカでライズが所属を名乗ってきた時、カユーは心底「安堵」し、恐らくそのせいで脱力して気絶もしてしまったのだと思う。無事にこの世で目を覚ますことが出来たら、己の身に降りかかった出来事を、「フリアイ導師」に吐露する気が満々だった。……しかし、己より余程の事態に、BR19は見舞われているようである。

 カユーは困惑の表情を消すことが出来ないまま、ただライズの肩を借りてよちよちと歩を進めていく。

 集会所の空間に入ると、イーヴィがライズとカユーを追い越し、テーブルに近づいた。

 テーブルの真ん中に、ジンが持って来てくれた映写機が鎮座しており、サリーが提供してくれた風呂敷包みは、祭壇画に近い端に置かれている。

 イーヴィは、懐中電灯をランプに持ち替え、祭壇画を背にする位置の席に移動し、先ずは灯を入れた。

「カユー君、此処に掛けなさい」

 ランプをテーブルの角に置き、イーヴィは祭壇画を右に見る位置の席を掌で差した。

 ライズが其処まで連れて行き、ゆっくりとカユーを座らせた。カユーはライズに「済まない」と小さな声を出し、ライズは会釈してテーブルから離れ、「休め」の格好で立つ。

 そんなライズに、イーヴィが

「ライズ君、君はもう休んで良い」

 と告げる。しかし、ライズは

「いいえ、此処に控えております」

 と返す。

 イーヴィは一瞬目を細め、

「……まだ『監視』していなくては不安かね」

 と静かに問うた。

 ライズは狼狽えること無く、彼も真面目な声のままで「違います」と答えた。

「――中立的な傍観者、場合によっては仲裁者として、()()()居ても良いのじゃないかと、思うからです」

「……」

「今となっては、EV隊隊員として、隊長(イヴさま)の方針に逆らうつもりは――余程のことが無い限り、ありません。しかし、カユー様は、()()()()()()()()()()()()()()()()()と、立場が今は同じであり、心境が理解出来ます。――勿論、カユー様は自分より余程、冷静に事態を受け止められるとは思いますが……二人きりで話されるよりは、中間の立場の自分が居ても良いのじゃないでしょうか。――余計な口出しはしないつもりでおりますので」

「成る程」

 イーヴィが口元を綻ばせて、頷いた。カユーは事態が見えていないので、戸惑いの表情を浮かべたままだ。

「では、ライズ君。君も軍人然として立っていないで、座りなさい。――私は君が居ても居なくても良いので、居眠りを始めても話が終わるまで起こしはしないし、君も、限界が来たと思ったら何も断らず寝に戻って構わないよ」

「……。畏まりました」

 少しの間があって、ライズは承り、二人から最も離れた席に着いた。


 さて、と云うふうにイーヴィが一つ息を吐き、テーブルの上で手を組んで、カユーの方へ顔を傾けた。

「カユー君、君に何があったのかは、未だ聞かない。それに、私もかなり疲れているので、この砦と我が隊に何があったのかも、今は詳細を語らない。ちゃんと休んで朝になってからにしよう」

「……。はい……」

 薄い苦笑を浮かべてイーヴィが釘を刺してくる。納得は出来ないが、「疲れているので休んでから」、その言い分に逆らうことも不本意である。

 ――改めて、ランプの炎に揺らいでいるイーヴィの、この衰えた顔と云ったらどうだ。頬はこけ、目の下に隈……何日触っていないのだろうか、毎日整えているからこそ威厳の象徴だった髭が、みっともなく不揃いに伸びている。

「簡単に云ってしまえば、君と同様、我が隊と砦にも、『救命信号(SOS)』を発信せねばならない事態が起きたのだ――一つだけ云っておくなら、それは敵方(サヴァナ)の攻撃・襲撃に因るものではない――……それで()西()の二班に分けて、SOSを発信しながら車両を出させた」

「……何故、そんな……」

 カユーが一瞬目を見開き、狼狽えた声を出す。イーヴィがピクリと目を細めて、

「それを語るのは休んでからにしよう、と云っているのだが……『何故、西()に』という疑問だと受け止めて――最も『合理的』な答えを返すならば」

 素っ気ないくらいに冷静な声で、そう前置きをした。

「東から南に掛けての扇状、自陣側に車両を出すと、リスクが高かったからだ。時間や燃料、距離等々の条件が余りにも悪く、友軍がSOSをキャッチして救援が来るよりも前に、砂漠で立ち往生してしまう恐れがあった。ならば、少なくとも己の位置を見失うことは無く、確実に()()()()居るであろう真西(〝川〟)へ車両を向かわせる方が、()()の可能性が高かった」

「――」

 カユーが唇を引き結び、膝の上で拳を作っている。彼の表情を見て、イーヴィは

「もう察しているね、カユー君。先程、医務室で君が見た人達――我々を助けて下さったのは、川向こう、西から来たサヴァナの御方だ――()()()()だ」

 カユーは息を飲み、眉を寄せ、項垂れるように俯き加減になった。

 イーヴィが一つ「ふう…」と息を吐き、彼から目線を逸らして、

「……友軍陣地側の()()に向かったのは、彼なのだが――」

 ライズを掌で差すと、顔は下に向いたまま、カユーが彼にチラリと視線を向ける。

「ライズ君は、N33基地が『(から)』であることを確認しか出来なかった――友軍に救援を望めなかった」

 ライズも冷静を保とうと意識はしつつも、一瞬唇を噛むのを我慢出来なかった。

 カユーは膝の上の拳を解き、鳩尾に手を当てて深呼吸をした。数分、彼の息の音ばかりで、誰も口を開かない時間が過ぎた。

 ――カユーが顔を上げイーヴィと目を合わせ、「フリアイ導師様……」と微かに震えた声を出した。彼の顔に滲んでいるのは、憤怒や侮蔑ではなく、()()()だった。

 その表情に、イーヴィが一瞬だけ微笑を返し、直ぐに平静の顔に戻って、部下であった者に語りかけた。

()()、もしかして、トーチカで君を救助したのは私だと思っているかもしれないが、それは違う。――気絶していた君をトーチカから出してBR19まで連れてきたのは、彼、ライズ君と、先程医務室に居た、()()()()()()()()()()である『タロー』殿だ」

「……っ、筆頭の……?」

「――今になって『〝敵〟(サヴァナ)から助けられるくらいなら、自害しておけば良かった』と悔やんでいるかね?」

 静かながらに真摯な声で、イーヴィが問う。

 カユーは狼狽の表情を浮かべていたが、「……いえ、それは…」と首を振った。

「生きて、こうしてフリアイ様と再び会えたことを……悔やむことなどありません――」

「かと云って、彼らに『感謝』することも難しいか」

 ふ、と小さく口元を綻ばせ、イーヴィが云う。ハッキリと返答し難く、一瞬、カユーの瞳が揺らぐ。しかし直ぐに、若干の焦りも滲んだ顔をして、カユーはイーヴィと視線を合わせた。

「しかし、フリアイ様……、何故、こんなに()()サヴァナが砦に入り込んでいるのです……。『サヴァナの筆頭の息子』だなんて、そんな立場の者までが、医務室にも入り込んで、エ=ドン様と一緒に同胞の治療をしているなんて……単なるSOSではないじゃないですか」

「タロー殿は治療には参加していなかったよ」

 イーヴィが口元を綻ばせたまま、軽く肩を竦める。

「治療に協力してくれていた男性は、筆頭の義理のお孫さん……君が私と見間違えた女性は筆頭の『ご息女』だよ。ちなみに、筆頭閣下ご自身も、既にこの砦に居る」

「な――……っ?」

「――君が今訊ねた『何故』。()()については後にすると、もう一度云っておくよ? ……君とは、別の『何故』を語ろう」

 目を白黒させているカユーに、イーヴィは「ふう…」と息を吐く間を開けてから、そう云った。

「……シド、君も、サヴァナを『悪魔』だと思っているか。私が、〝神〟に背いて〝悪魔〟の側に堕落したと?」

「――」

 祭壇画を背に、揺らぐ灯火の中、イーヴィが真っ直ぐ自分の目を見て訊ねてくる。カユーは苦しげに目を細めるばかりで、直ぐには答えられない。

 カユーが今襲われている葛藤は、自分も通過した――ライズが傍で顔を顰め、唇を引き結んでいる。が、思った通り、カユーは自分よりは落ち着いている、イーヴィの「信仰心」の強さを同胞として良く知っているが故に、()()()()()()()()()()()ような気には、全くなっていないのだ。

「……まさか()()()()が、堕落するなどとは思えません。しかし――〝神〟が『魔術』とそれを駆使する『魔法使い』を、〝経典〟で否定なさっていることも間違いありません。僕は、イヴさん自身に、〝神〟に背いた自覚は無いのかと……それが、何と云うか……不思議です。罪悪感のようなものは、無いんですか」

 カユーもイーヴィと同じようにテーブルの上で手を組み、彼に正面向いて尋ねた。

「罪の()()()()意識は有るよ。――私は、今の自分の選択と行動が、〝神〟の御目に罪と映り、罰が下されるものならば、甘んじてそれを受ける()()は出来ている」

 イーヴィは、こっくりと頷きながら、真摯に答えた。

 カユーが唇を引き結んで一瞬息を飲み、組んだ手に力を込める。

()()()()()、〝()()()()()()()()()

 念を押すように、イーヴィが繰り返した。――その言葉に、含みがあるように思え、カユーは「え…?」と訝しんで目を細める。

 イーヴィは一つ息を吐いて続けた。

()()にとっての『敵』が『悪魔』であるのは間違いない。だが、『敵』を『悪魔』と()()ことを、〝神〟はお許しになっていただろうか」

「――」

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