【a5d:svn】(4) -[6]-(3)
ライズに肩を借りて廊下に出たカユーは、その暗さに先ず驚いた。
常夜灯の間隔が、余りに長すぎる。廊下の突き当たりも判らない。
三人が並んで歩ける幅の廊下じゃないので、背後からイーヴィがライトを付けた。それでやっと、足下の不安が無くなる。
カユーがチラッと振り返ると、イーヴィは彼でなくライズへ、
「礼拝集会所までお連れしてくれ、ライズ君」
と云った。ライズは「畏まりました」と答え、そのまま真っ直ぐ歩いて行く。
「無理をさせて済まないが、君と語り合うなら、就寝室よりも祭壇の前の方が良いだろうからね、カユー君」
「……」
一体、イーヴィの隊と砦に、何があったというのか。
――トーチカでライズが所属を名乗ってきた時、カユーは心底「安堵」し、恐らくそのせいで脱力して気絶もしてしまったのだと思う。無事にこの世で目を覚ますことが出来たら、己の身に降りかかった出来事を、「フリアイ導師」に吐露する気が満々だった。……しかし、己より余程の事態に、BR19は見舞われているようである。
カユーは困惑の表情を消すことが出来ないまま、ただライズの肩を借りてよちよちと歩を進めていく。
集会所の空間に入ると、イーヴィがライズとカユーを追い越し、テーブルに近づいた。
テーブルの真ん中に、ジンが持って来てくれた映写機が鎮座しており、サリーが提供してくれた風呂敷包みは、祭壇画に近い端に置かれている。
イーヴィは、懐中電灯をランプに持ち替え、祭壇画を背にする位置の席に移動し、先ずは灯を入れた。
「カユー君、此処に掛けなさい」
ランプをテーブルの角に置き、イーヴィは祭壇画を右に見る位置の席を掌で差した。
ライズが其処まで連れて行き、ゆっくりとカユーを座らせた。カユーはライズに「済まない」と小さな声を出し、ライズは会釈してテーブルから離れ、「休め」の格好で立つ。
そんなライズに、イーヴィが
「ライズ君、君はもう休んで良い」
と告げる。しかし、ライズは
「いいえ、此処に控えております」
と返す。
イーヴィは一瞬目を細め、
「……まだ『監視』していなくては不安かね」
と静かに問うた。
ライズは狼狽えること無く、彼も真面目な声のままで「違います」と答えた。
「――中立的な傍観者、場合によっては仲裁者として、自分は居ても良いのじゃないかと、思うからです」
「……」
「今となっては、EV隊隊員として、隊長の方針に逆らうつもりは――余程のことが無い限り、ありません。しかし、カユー様は、ノ・ウーから戻って来たばかりの自分と、立場が今は同じであり、心境が理解出来ます。――勿論、カユー様は自分より余程、冷静に事態を受け止められるとは思いますが……二人きりで話されるよりは、中間の立場の自分が居ても良いのじゃないでしょうか。――余計な口出しはしないつもりでおりますので」
「成る程」
イーヴィが口元を綻ばせて、頷いた。カユーは事態が見えていないので、戸惑いの表情を浮かべたままだ。
「では、ライズ君。君も軍人然として立っていないで、座りなさい。――私は君が居ても居なくても良いので、居眠りを始めても話が終わるまで起こしはしないし、君も、限界が来たと思ったら何も断らず寝に戻って構わないよ」
「……。畏まりました」
少しの間があって、ライズは承り、二人から最も離れた席に着いた。
さて、と云うふうにイーヴィが一つ息を吐き、テーブルの上で手を組んで、カユーの方へ顔を傾けた。
「カユー君、君に何があったのかは、未だ聞かない。それに、私もかなり疲れているので、この砦と我が隊に何があったのかも、今は詳細を語らない。ちゃんと休んで朝になってからにしよう」
「……。はい……」
薄い苦笑を浮かべてイーヴィが釘を刺してくる。納得は出来ないが、「疲れているので休んでから」、その言い分に逆らうことも不本意である。
――改めて、ランプの炎に揺らいでいるイーヴィの、この衰えた顔と云ったらどうだ。頬はこけ、目の下に隈……何日触っていないのだろうか、毎日整えているからこそ威厳の象徴だった髭が、みっともなく不揃いに伸びている。
「簡単に云ってしまえば、君と同様、我が隊と砦にも、『救命信号』を発信せねばならない事態が起きたのだ――一つだけ云っておくなら、それは敵方の攻撃・襲撃に因るものではない――……それで東西の二班に分けて、SOSを発信しながら車両を出させた」
「……何故、そんな……」
カユーが一瞬目を見開き、狼狽えた声を出す。イーヴィがピクリと目を細めて、
「それを語るのは休んでからにしよう、と云っているのだが……『何故、西に』という疑問だと受け止めて――最も『合理的』な答えを返すならば」
素っ気ないくらいに冷静な声で、そう前置きをした。
「東から南に掛けての扇状、自陣側に車両を出すと、リスクが高かったからだ。時間や燃料、距離等々の条件が余りにも悪く、友軍がSOSをキャッチして救援が来るよりも前に、砂漠で立ち往生してしまう恐れがあった。ならば、少なくとも己の位置を見失うことは無く、確実に誰か人が居るであろう真西へ車両を向かわせる方が、生存の可能性が高かった」
「――」
カユーが唇を引き結び、膝の上で拳を作っている。彼の表情を見て、イーヴィは
「もう察しているね、カユー君。先程、医務室で君が見た人達――我々を助けて下さったのは、川向こう、西から来たサヴァナの御方だ――彼らだけだ」
カユーは息を飲み、眉を寄せ、項垂れるように俯き加減になった。
イーヴィが一つ「ふう…」と息を吐き、彼から目線を逸らして、
「……友軍陣地側の真東に向かったのは、彼なのだが――」
ライズを掌で差すと、顔は下に向いたまま、カユーが彼にチラリと視線を向ける。
「ライズ君は、N33基地が『空』であることを確認しか出来なかった――友軍に救援を望めなかった」
ライズも冷静を保とうと意識はしつつも、一瞬唇を噛むのを我慢出来なかった。
カユーは膝の上の拳を解き、鳩尾に手を当てて深呼吸をした。数分、彼の息の音ばかりで、誰も口を開かない時間が過ぎた。
――カユーが顔を上げイーヴィと目を合わせ、「フリアイ導師様……」と微かに震えた声を出した。彼の顔に滲んでいるのは、憤怒や侮蔑ではなく、哀れみだった。
その表情に、イーヴィが一瞬だけ微笑を返し、直ぐに平静の顔に戻って、部下であった者に語りかけた。
「シド、もしかして、トーチカで君を救助したのは私だと思っているかもしれないが、それは違う。――気絶していた君をトーチカから出してBR19まで連れてきたのは、彼、ライズ君と、先程医務室に居た、サヴァナ筆頭のご子息である『タロー』殿だ」
「……っ、筆頭の……?」
「――今になって『〝敵〟から助けられるくらいなら、自害しておけば良かった』と悔やんでいるかね?」
静かながらに真摯な声で、イーヴィが問う。
カユーは狼狽の表情を浮かべていたが、「……いえ、それは…」と首を振った。
「生きて、こうしてフリアイ様と再び会えたことを……悔やむことなどありません――」
「かと云って、彼らに『感謝』することも難しいか」
ふ、と小さく口元を綻ばせ、イーヴィが云う。ハッキリと返答し難く、一瞬、カユーの瞳が揺らぐ。しかし直ぐに、若干の焦りも滲んだ顔をして、カユーはイーヴィと視線を合わせた。
「しかし、フリアイ様……、何故、こんなに深くサヴァナが砦に入り込んでいるのです……。『サヴァナの筆頭の息子』だなんて、そんな立場の者までが、医務室にも入り込んで、エ=ドン様と一緒に同胞の治療をしているなんて……単なるSOSではないじゃないですか」
「タロー殿は治療には参加していなかったよ」
イーヴィが口元を綻ばせたまま、軽く肩を竦める。
「治療に協力してくれていた男性は、筆頭の義理のお孫さん……君が私と見間違えた女性は筆頭の『ご息女』だよ。ちなみに、筆頭閣下ご自身も、既にこの砦に居る」
「な――……っ?」
「――君が今訊ねた『何故』。原因については後にすると、もう一度云っておくよ? ……君とは、別の『何故』を語ろう」
目を白黒させているカユーに、イーヴィは「ふう…」と息を吐く間を開けてから、そう云った。
「……シド、君も、サヴァナを『悪魔』だと思っているか。私が、〝神〟に背いて〝悪魔〟の側に堕落したと?」
「――」
祭壇画を背に、揺らぐ灯火の中、イーヴィが真っ直ぐ自分の目を見て訊ねてくる。カユーは苦しげに目を細めるばかりで、直ぐには答えられない。
カユーが今襲われている葛藤は、自分も通過した――ライズが傍で顔を顰め、唇を引き結んでいる。が、思った通り、カユーは自分よりは落ち着いている、イーヴィの「信仰心」の強さを同胞として良く知っているが故に、イーヴィから裏切られたような気には、全くなっていないのだ。
「……まさかイヴさんが、堕落するなどとは思えません。しかし――〝神〟が『魔術』とそれを駆使する『魔法使い』を、〝経典〟で否定なさっていることも間違いありません。僕は、イヴさん自身に、〝神〟に背いた自覚は無いのかと……それが、何と云うか……不思議です。罪悪感のようなものは、無いんですか」
カユーもイーヴィと同じようにテーブルの上で手を組み、彼に正面向いて尋ねた。
「罪の可能性の意識は有るよ。――私は、今の自分の選択と行動が、〝神〟の御目に罪と映り、罰が下されるものならば、甘んじてそれを受ける覚悟は出来ている」
イーヴィは、こっくりと頷きながら、真摯に答えた。
カユーが唇を引き結んで一瞬息を飲み、組んだ手に力を込める。
「あくまでも、〝神〟からの罰ならばね」
念を押すように、イーヴィが繰り返した。――その言葉に、含みがあるように思え、カユーは「え…?」と訝しんで目を細める。
イーヴィは一つ息を吐いて続けた。
「我々にとっての『敵』が『悪魔』であるのは間違いない。だが、『敵』を『悪魔』と呼ぶことを、〝神〟はお許しになっていただろうか」
「――」




