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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(4)
287/302

【a5d:svn】(4) -[6]-(2)

「〝花ちゃん〟が施したのは、消毒と包帯と湿布だけですか」

 剛義達の――義理ではあるが――身内である分、その呼称が使われている「場」であれば、リーチもそれが自然と出てくる。彼の言葉に、エ=ドンは小首を傾げ、

「ハナ殿は、抜糸もやってくださいました。――ああ、いえ、その前に、彼女の助けは何より、点滴を私に施してくれたことですよ。彼女のおかげで体力が回復して、今、頼りなくはあっても軍医としての務めを果たせた」

 そう云って苦笑を浮かべた。

「彼女は『ナース』ということですから、医者(わたし)からの指示無しには、他に何をすべきか、決められなかったでしょう」

 リーチの顰めた眉と思案げな表情から、彼が何を考えているのか同業者として何となく察し、エ=ドンは「彼女(〝ハナ〟)の判断と処置が間違っていた訳では無い」という意味を籠めて、そう云った。

「ハナ殿は、抗生物質も含んだ点滴を開始すべきか、と尋ねても下さったのですが、私が栄養剤だけで良いと答えたもので――」

「……そうですか」

 はあ、と息を吐きながらリーチが頷き、

「この砦に、〝レントゲン室〟は無いんで?」

 隅に転がっている超音波検査機へチラリと目を向け、改めて尋ねた。

「有りません。――打撲を越えて骨折が疑われる負傷兵は、もう一つ後ろのラインの砦に移送す(さが)ることになっているんです、原則は」

「――」

 原則に従うことが出来なかった、金輪際出来ない、訳か。

 リーチがエ=ドンの顔を見上げ、冷静な声で問う。

「欠けてるかヒビか折れてるか――御自分でも、骨が()()()()予想は出来てるんですよね? 今んとこ皮膚(おもて)に壊死が見えてはいませんが、皮下で血腫が出来てる可能性も否定出来ませんよ、このまま放っておくと切断する羽目にならないとも限らない。貴方こそ――亡命というのじゃなく、ちゃんとした検査と治療のために、一旦、サヴァナにいらしてはどうです」

 後ろのラインに下がれないなら、いっそ前線を越えれば良いのだ……と。

 ――リーチが「誘惑」「懐柔」をしようとしているのじゃないことは判っている、純粋に「心配」してくれているのだ。しかし、エ=ドンは迷う様子も見せずに首を横に振った。

「そうした『医師の見解』を知ってしまえば、恐らくイヴも、私にそれを勧める……いえ、命令までするでしょう。()()()私は黙っているのですよ」

「……」

「私自身、もう己を『軍人』ではないと思っています。()()()()()、足の一本を切断する羽目になったとて()()()()()()()――死にさえしなければ良い。今のイヴの傍らから離れることは、私が生きている()()を失うことです」

 それほど熱の籠もった声ではないが、云いよどんでいる訳でも無い――強い意志を感じる。

「元々『野戦病院』というのは、野蛮な治療が普通ですよ。貴方方がいらっしゃらずに足が腐りかけでもしていたら、自分で切り落とす覚悟はしてました――まあ、その前に、脱水で死んでいたかもしれないのですが――。それを思えば、貴方方がいらしてくれた今は、相当恵まれています」

「まあ……それはそうでしょうけどもね」

 ふう、とリーチが溜息をつく。

 エ=ドンも、リーチが目配せした超音波検査機に視線を向けた。

()()が無事であってくれれば、切断ほど雑な処置ではなく、切開して血腫だけ取り除いたりも考えていたでしょうが、あの通りですから――サヴァナの御方、修理は出来ませんでしょうか」

「ああ、そうですねぇ……――蹴倒されただけならまだ望みがありましたが、一回(ボコ)られた様子がありますからねぇ、ああいう精密機械は流石に、『ちゃっちゃ』と直るものじゃないでしょうな……」

 リーチがそこで太狼にも顔を向ける。太狼は肩を竦めた。

「いくら兄やんより俺の方が手先は器用でも、そげな専門的な機械は一人じゃ修理しきらん。兄やんに付いち貰うて細かく(こまこ)指示を受けりゃ何とかなるかしれんけど、あんたはあんたで、やることがあるやろ」

「まあ……、それもそうだ」

「修理が難しいち云うんなら、百代姉ちゃんに連絡して後続の()に云うち貰うち、サヴァナ(向こう)にあるのを持って来さしたらどげぇな。診療所のおっけなん(大きいもの)だけじゃねえで、往診用の、簡単じゃけどこんめなん(小さいもの)もあるやろ?」

 鎮痛剤と水を処置台の上に準備した六花がリーチに云うと、彼も「ああ、それが良いッスね」と口元を綻ばせながら大きく頷く。

 それからエ=ドンを見上げた。

「決まりだ。工員が来るときに、検査機器も持って来て貰います」

「恐れ入ります――」

「隊長さんに添うて居りたいっていうエ=ドン先生の意思は尊重しますが、検査の結果によっちゃ、この先は()()()()で『熱血医師』しようとせず、此処で可能な最善の処置をちゃんとやって、安静にする(やすむ)ことを約束しちゃ貰えませんか。――そうでなけりゃ、俺もさっきの貴方と同じように、無理くりにでもサヴァナの百代さんちに搬送させますよ」

 多少困惑した表情も見せながら頭を下げたエ=ドンに、真摯な声でリーチが続ける。するとエ=ドンは薄く笑みを浮かべて、「心します」と返した。

 そんじゃ取りあえず、とリーチが傷を消毒し、湿布と包帯を取り替える間に、六花がエ=ドンに薬と水を手渡す。

 処置と服薬を終え、エ=ドンは再び背もたれに身を預けた。

 その様子を見届け、六花がライトを手に取り、エ=ドンの背後に回る。

「私が寝室(おへや)まで車椅子を押しますよ、エ=ドン先生。案内して下さい」

「え、いえ……大丈夫です、自分で漕げますよ」

 肩越しに振り返り、エ=ドンが微かに焦った声を出す。

「遠慮することぁないです。もう相当疲れておいででしょう、楽出来るときには楽すりゃいいんですよ」

「いえ、本当に、大丈夫ですから」

 もう少し焦った顔と声になって、エ=ドンは固辞する。そんなやりとりに、太狼が苦笑して(六花)に声をかけた。

「――姉ちゃん、イー・ルの男性(おとこし)は、年齢(とし)関係無く、相当『硬派』か『奥手』のごたるで。()()しちょんのじゃねえ。軍事施設なんじゃけん『私室』(自分の部屋)じゃあねえちゅうても、異性(おなごし)に『寝室』入らるんのは()なんじゃわ」

「あらま」

 六花が目をぱちくりとさせた。エ=ドンは、太狼のからかい混じりの声色に多少眉を顰めつつも、否定はしない。

 フローラは「紳士」と表現していたが……成る程、「硬派」か「奥手」、そういう表現もあるか。

「それはまあ、デリカシーの無い事を云うてすいませんでした」

 そう云うと、六花はドアの方へ視線を向けた。エ=ドンが「こちらこそ、すみません」と少しばかり口ごもる。

 六花はエ=ドンの正面に立ち、懐中電灯を手渡すと、少し腰を曲げて彼の顔を覗き込んだ。

「……しかし、それにしたってね、エ=ドン先生。性別意識したせいで、()()()()身を委ね(あまえ)るのを()()拒むようじゃ、行きすぎってもんですよ? ナース(あたしら)にしてみたら、『患者』に老若男女の別はありゃせんのですから、痛い時は痛い、苦しい時は苦しい、助けて欲しいときは助けて、って、異性同性気にせんと云えば良いんです」

 六花は、まるで子供に云い聞かせるように顔の横に指を立て、エ=ドンに語った。

 エ=ドンは微かに戸惑いの表情を浮かべた後、苦笑して、

「それはその通りですな……。医者(わたし)も同じです」

 と頷きを見せた。

 六花はスイングドアまでは車椅子を押してやり、

「リーチ君は朝から何事かやることあるんでしょ、仮眠取った方が良いでしょうから、私が医務室(ここ)に控えておきますよ。あの子の具合が悪くなった時、誰も居ないのは困るでしょうしね」

 オリバーが寝入っているベッドの方に顔を向け、エ=ドンにそう宣言した。エ=ドンは「宜しくお願いします」と返す。

「搬送口の扉、真ん中に閂があります。それを閉めておいて貰えますか。大きな閂の方は必要ありません」

 六花が扉を掌で押さえておき、エ=ドンが一漕ぎしながら彼女に云った。

「承知しました、お休みなさい」

「お休みなさい、有難うございました」

 エ=ドンが闇に向かって懐中電灯を照らし、去って行く。

 六花は振り返り、

「リーチ君、太狼(タロ)、あんた達はもう寝なさい」

 義理の甥と弟に向かって母親のような口調で云った。

 ほれほれ、と二人を搬送口の方にせき立て、苦笑混じりに「お休み」と返した二人が外に出ると、六花はエ=ドンから云われた通り、閂を閉めた。


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