【a5d:svn】(4) -[6]-(1)
リーチが聴診器を外し、六花が血圧計を片付けてエ=ドンの下に再び集まる。
その様子を見て、イーヴィも彼らに近づいた。
「容態はどうだ?」
小さな声でエ=ドンに問うと、彼はイーヴィを見上げ、
「脱水症状と栄養失調があるが、そんなに深刻じゃない。――彼らが来るまでのEV隊の方が酷かったくらいだ」
そう云ってチラッと太狼の方へ目を向けた。
「目が覚めたら、自分で水も飲めるだろうし、我々と違って固形物も口に出来るだろうよ」
「そうか――。じゃあ、ウドゥ、君も休んでくれ、私が付いておいて、目が覚めたら水を飲むように云うよ。そういえば、本当は君が一番酷い状態だったのに、最後までこき使う事になってしまった、済まない」
イーヴィがホッと息を吐いて、微苦笑を浮かべながら云うと、エ=ドンも彼と同じような表情を見せて首を振った。
「そうしたいのは山々だがね……。目を覚ますのを悠長に待てるほど、楽観出来る状態でもないんだ。このまま放っておくと、脱水が進んで本当の昏睡状態に陥ってしまうかも知れない」
エ=ドンの表情は直ぐに真剣なものに戻った。
「リモ君と同様、点滴を始められたら良いんだが時間が掛かる。それが終わった後の処置を、イヴ、君に任せられんだろう。まだ俺は休めんな」
「――」
イーヴィが「そうか…」と思案げに頬を擦ってから、
「ハナ殿は、リモ君にノ・ウーで、栄養剤の注射だけはしたと云っていただろう? その時、痛みで目を覚ますことも無かったから深刻だと……」
「うん。――多分、彼はそこまで深刻ではないと思う。それは点滴でも同じだが……」
チラッとカユーの顔を見て、エ=ドンはリーチと六花にも顔を向けた。
「注射の痛みで目を覚ますようなら、後は水を飲めって云えば良いだけだから、俺も直ぐ休めるけどね。かと云って、今、覚醒されても困るだろう、もう一度、お二人とタロー殿には、少し隠れてて――」
「う……ぅ――、――フリアイ……さま……?」
――イーヴィとエ=ドンのこそこそした声が耳に付いたのか、カユーが譫言のような声を出し、うっすらと瞼を開いていた。
一瞬、医務室に緊張が走り、危惧が現実のものとなった。
薄く瞼を開いたカユーの顔は、イーヴィの方へ向いていなかった――
「だ、誰っ……!? 何故、女が此処に――!?」
カユーは、「銀灰色」の頭髪を持つ六花を見上げていたのだった。長身の彼女を、イーヴィだと思っていたのに、胸の膨らみに気付いて動転したようだ。
カッと目を見開き、肘をついてガバッと起き上がると、顔を左右に動かして周りを見渡す。暗がりの中、全く知らない人物が少なくとも三人居る。しかも、その装いからして、イー・ル軍人ではない――。
「だ、誰だ――、イ、イヴさんに、兄弟姉妹は居られなかった筈です、どういうことですか、これはっ……」
「黙れ、カユー」
カユーが、やっとイーヴィ本人の姿を見つけ、焦った声でまくし立てる――イーヴィが返答する前に、エ=ドンが、先程ライズやイーヴィにも向けた強烈な顰めっ面を見せ、カユーの口に掌を押しつけた。
「ここは医務室だ。既に寝入っている者も居るんだ、大声を出すんじゃない」
「むぐ……」
「――羨ましいくらいに元気だな、貴様は。取りあえず、栄養注射を一本だけ打ってやる。その後は自分で水を飲んで、空いた就寝室で寝ろ。御託は後だ」
横になるよう促すように――いや、強制するように、エ=ドンはカユーの口に当てた手に力を込める。
相変わらずカユーは狼狽の表情を浮かべていたが、あまりに軍医の表情が険しいので、大人しく彼に従い、再び横になった。
六花とリーチも、エ=ドンの剣幕に少し驚いた――フローラは「医者とはそういうものだ」などと云っていたが、リーチは其処まで「鬼」に豹変する医者ではないらしい――。二人は顔を見合わせた後、六花がエ=ドンに向かってトレイを差し出し、リーチはランタンを掲げてエ=ドンの手元を明るくした。
トレイに準備された消毒ガーゼで皮膚を拭い、エ=ドンがぷすりと注射針を刺す。狼狽えた表情のまま、きょろきょろと目玉を動かしていたカユーは、そこで「イッ」と小さな声を出して眉を寄せた。
ガーゼと中身の無くなったシリンジをエ=ドンがトレイに戻すと、六花がすかさず、それらを処分すべく厚手の紙で包み、堅くテープを巻いた。
「塩が少し入ってる水だ。君は自分で飲めるだろう」
片手で持てる太さのボトルをエ=ドンがカユーに見せ、彼の手に掴ませた。
「イヴ、彼は医務室に居なきゃならないほどの状態ではないから、どっか連れてけ」
イーヴィの顔を見上げ、エ=ドンが随分素っ気ない声で云う。イーヴィは微苦笑を浮かべてから小さく頷いた。
「起きられるかね?」
イーヴィがストレッチャーを回り込み、注射したのとは逆の肘を軽く掴んで尋ねた。カユーは「恐れ入ります」と云ってイーヴィの手は辞し、自分で肘をついて起き上がると、慎重にストレッチャーから降りた。
――立ち上がりはしたものの、足下は覚束ない。ライズが近寄って肩を貸した。
「済まない……」
ライズに小さな声でそう云って、カユーは物問いたげな顔をイーヴィに見せる。
イーヴィは一つ息を吐き、
「……大きな疑問を解消するまで、君はもう一度寝入ることが出来なさそうだね」
そう云って、「行こう」と廊下に続く扉へ手を差し出す。
困惑の表情を浮かべつつもカユーは頷いた。
イーヴィが処置台の上にあった余りの懐中電灯を一つ取ってから、
「ウドゥ、今度こそ君も休んでくれ。こき使うことになって済まなかったな」
エ=ドンに声を掛けた。エ=ドンは「そうさせてもらうよ」と返してから、
「そうだ、サリーさんからの頂き物は、俺が礼拝所へ持って行っといたよ。取りあえずテーブルに置いただけだ、収納は君がやりたまえ」
と告げた。イーヴィは「ああ、それは有り難い」とため息交じりに返して、じゃあ、とカユー達を促し出て行った。
イーヴィ達三人の姿が消えたところで、リーチと六花、ついでに太狼も、ほう、と息を吐く。
「……修羅場にはならなくて、よござんした」
リーチが肩を竦めながら云った。
「エ=ドン先生、見かけによらず、なかなかの『熱血』でございますね」
感心口調で六花が云うと、エ=ドンは「ふ」と口元を綻ばせた。それから、はあ…と大きな溜息を吐きつつ、背もたれに身を預ける。
その様子を見て、リーチが彼の正面に立ち、少し身を屈めた。
「お休みになる前に、足を診ましょうか。包帯も替えておいた方が良いのでは?」
包帯を巻いた足下をチラリと見て、そう云った。エ=ドンは「ああ…」と息を吐いた後、少しばかり悩ましげな顔をする。
「昼間に、〝ハナ〟殿から包帯を替えて貰ったばかりなのです。勿体ないので、明朝で良いと思っていたのですが……」
「『包帯が勿体ない』という程に治っているのなら、むしろ外した方がムレなくて良いですよ? そうじゃないんなら、節約は考えなくて良いです、補給の目処が立ってるんですから」
苦笑混じりにリーチが云うと、エ=ドンも無理に彼と同じような笑みを作った。
「同業者に痩せ我慢は通じませんね。――正直なところ、一安心したら痛みが強くなってきてしまいました、リッカ殿、経口の鎮痛薬を一服出しておいて貰えませんか」
リーチに「頼む」と云う前に、エ=ドンは六花に声を掛けた。畏まりました、と六花が薬棚に近寄る。
「今日の昼間まで脱水症状が酷くて、傍からは、そちらの方が見るからに危険でしたから――それ以上イヴ達を心配させないようにと、自分の足の状態をちゃんと告げていないのです。深刻な怪我に見えるでしょうが、私なりに悔いもなく納得はしていますので、殊更に哀れむことはございませんよう、お願いします」
エ=ドンは肩を竦めながら、前もってリーチにそう云った。リーチは目を細めた後、承知しました、と頷いて包帯を外す。
「こりゃあ、酷いなぁ」
哀れまないでくれ、と云われた傍から、リーチは思わず眉を寄せ、溜息を漏らした。「憐憫」は見せない心積もりをしていたが、……「感想」が思わず出てしまったのだ、実際に酷い怪我を「浅い」と思い込んで嘘を云うことは出来ない。




