【a5d:svn】(4) -[5]-(3)
トーチカの高さは一メートルくらいしか無い。北・西・南には、外の様子を見るため、地面と同じ高さに嵌め殺しの小窓があるが、そこから内部の様子を探るのも、今の段階では危険だ。
東の壁の北寄りに、上から下に押し込んで開ける扉がある、此処は入り口専用の滑り台になっていて、危険が迫ったとき迅速に避難するためのものだ。南東の屋根には重いハッチがあり、こちらは梯子で出入りする。
二つとも開扉を試みたが、不可能だった。――ということは、中が無人である可能性は低い。
南東角のハッチは、物資の補給が定期的に為される――ことになっている――のに加え、位置が判り易いので、盗難等を防ぐためにも普段からロックされていて不思議では無い。
ただ、シュートの方は、緊急時の避難を想定しているから、速やかに飛び込めるよう、施錠しないのが原則だ。外からの施錠と解錠は、尉官級以上の者しか鍵を持っていないため、ライズには不可能だった訳だが――、中が無人なのを解っていて敢えて施錠した者が居るとすれば、取り返しの付かないミスか、とんでもない「悪意」によるものである。故に、中が有人だから開かない、と考えるのが最も自然だ。
東の壁の真ん中辺りに、BR19の中央扉と同じような「壁と少し色の違う機械」が埋め込まれている。ライズは、身を屈めてそれに手の平を当てると、昼間のオリバーと同じように〝経典〟の一節をもじった合い言葉を口にした。
数秒して機械から、
「……誰だ……所属と名を云え……」
とノイズ混じりの声が聞こえた。
聞き覚えのある声だが、誰だか思い出せない。しかし、記憶を探ってみた時、「悪意は感じない人物」の分類に入っている気がした。
「EV中隊所属の、ライズ・モーム軍曹であります。微かながらSOS信号を受信した気配がありましたので、参りました。大丈夫ですか」
「EV隊――フリアイ様の……? ああ…! 助かっ……――私は、シド・カユーだ――……」
「! カユー様!? ――梯子側の扉を開けて下さい、自分は避難シュートの鍵を持っておりません」
弱々しい声に、ライズが目を見開く。シド・カユーは、イーヴィが教導省に居た頃に部下だった者だ。彼に疑心を持つ必要は全く無い。
「がこっ」というふうな重い音が聞こえた。
ライズがトーチカの南東に駆け寄り、天井に飛び乗ってハッチの把手を力一杯引き上げた。
口にライトをくわえ、両手で体を支えながら慎重に降りる。
もわ、と淀んだ空気が纏わり付いてくる。少しばかりすえた匂いもして、ライズは一瞬顔を顰めた。
ライトを前に向けると、東側の機械がある場所と自分が今立っている場所の丁度中間くらいで、うつ伏せにカユーが倒れていた。頭はライズの方へ向いている、ハッチのロックを外した後、自分からも出口に近づこうとして力尽きた……という様子だ――ロックが遠隔で解除出来るようになっていて良かった、これが手動のみの閂だったりしたら、彼には梯子を登ることなど無理だったろうから、ライズが中に入ることも出来なかった――。
「カユー殿! しっかり!」
ライズが腕と肩を掴み、うつ伏せから仰向けに姿勢を変える。
ナップサックから水筒を取り出して、カユーの上体を起き上がらせると、
「水があります、飲めますか」
水筒を口元に持っていった。
カユーは、薄目を開いて「うぅ…」と小さく呻くと、がっくり項垂れてしまった。
「カユー殿!?」
慌てて耳を彼の口元と胸に近づけ、息と心臓の音を確かめる。どちらかが止まった訳では無いので、一度安堵の息をつく。気絶してしまっただけのようだ。
とは云え、このまま本物の「意識不明」に陥られても困る。
ライズは、そっと彼の体を仰向けに横たわらせ、慌てて梯子に戻って上体を出し、声は出さずに「来てくれ」と口だけを大きく開け、手招きをした。
太狼が直ぐに近寄ってきて、
「……俺が入っても良いんか」
と小声で尋ねた。ライズが頷き、
「気絶してしまった。此処から俺一人で脱出させるのは無理だ、手伝ってくれ」
同じく小さな声で早口に云うと、太狼が「分かった」と答えた。
ライズが床に降り、背の高い太狼は殆ど飛び降りるように地下へ入った。
カユーのもとに駆け寄って、ライズが彼の体を起き上がらせようとする。太狼は一度空間の全体を眺め、南の壁に目を留めると、そちらに近寄ってしゃがみ込んだ。
ライズが「何をしてる」と小さな声を出すと、太狼は答えないまま、手元で「ざらざら」と何か引きずるような音を立てた。
直ぐに二人の下に近寄り、太狼は半纏を脱ぐと、気絶している男性の手首を帯で纏めて縛り上げた。
「何すんだ」
ライズが、今度は険を帯びた声を思わず出す。太狼は「シッ」と人差し指を口元に当てた。
「……目ェ覚めて、俺の顔見られたらどうする」
囁く口調で太狼が云う。せめて、ライトを消せるようになるまでは……。
ライズは顔を顰めた。
太狼が身を屈め、縛って輪になった彼の腕に己の頭を通してから背を向けた。そして、先程見つけた縄――南の壁際にあった木箱が敷いていたものだ――をカユーの腰と臀部に回してから、己の腰にも括り付ける。
ライズが「は…」と目を見開いて息を吸った、負ぶおうしているのか――。
最後に太狼は、半纏もカユーに羽織らせて、己の腕を袖に通す。布はパツパツになって、カユーの体を太狼に押しつけている。
「おんぶ紐」にした縄の残りの端っこをライズに渡し、
「ライズ君、君は先に上がって、コレを梯子の一番上に縛ってくれ」
「……。分かった」
一つ嘆息を漏らしてから、ライズは頷き、云われた通り梯子を登った。
――「愚鈍」に思える程、何を考えているのか分からない、などと感じていた自分が、ここに至ってつくづく恥ずかしい。
「熱」の有る無しだけで「冷静」という言葉は使われるものじゃないのだ……。実際、太狼が「クール」には見えないし、理性的・論理的という印象は無いのだが、行動が――行動に先立つ判断が、「冷静」なのだ――。
ライズが縄を梯子に結わえ付け、二人が登ってくるのを待つ。
背の高い太狼は、一度に三段分ほども跳ばして、直ぐに上がって来た。とは云え、気絶している大の男一人を負ぶっているのは首にぶら下がられているのと同じだから、太狼にも余裕は無い。
最後の一段を掴んで外に頭を出し、屋根に肘と腕をついてグッと体を持ち上げる。急いで屋根の上に這い上がって四つん這いになり、深呼吸しながらカユーの腕を束ねる帯を解いた。
ライズも梯子に結んだ縄を解く。
太狼は、カユーの臀を支えながら屋根に腰掛ける格好になってライズへ顔を向けると、「後ろ支えろ」と云う風に、背中の方へ指を振った。
ライズは指示通り、カユーの背後で彼が倒れないように肩を掴んでおく。太狼は腰の紐を解き、半纏の袖から腕を抜いた。
ここまで来たら、自分にライトは要らない――太狼は、屋根から降りて、
「消しても良いで」
とライズに頷きを見せた。
――そうは云っても、ライズにはライトが必要だ。幸い――と云ってはなんだが――カユーはまだ気を失ったままである。ライズは、太狼にライトが当たらないよう、背けるだけにした。
それほど大柄な人物ではなかったが、リモほど華奢でもないので、「お姫様抱っこ」は避けたい――途中で目を覚まされる可能性も考えると――。
太狼は再び背中を向けて、今度は束ねていないカユーの腕を己の肩に回した。ライズも腋に手を回して支え、カユーを太狼の背中に預ける。
本当に子供を負ぶうように太狼が臀を支え、ライズに「行くぞ」と云うふうに顎をしゃくってみせた。
ライズはコクッと頷き、己が乗ってきたR2車に向かう。
後部座席の背もたれを倒して平らにし、荷台と合わせて広くなった場所へカユーを寝かせると、何故か太狼もライズと一緒に助手席の側へ向かった。
扉を開けたところで、太狼が
「ライズ君、乗り込む前に、俺ン所の無線」
シートの上に置いてあった無線機を指す。
ライズがそれを手にすると、太狼は小声で、
「帰還するっちゅう報告と、これから無線切るちゅうのを、君が云いよ」
「――無線を切る? 何故」
「往路ん時のごつ、俺かたの隊長の声が不意に聞こえたら困るやろ」
「ああ……そうか…」
チラッと後部座席の扉を見て、ライズが頷いた後、小首を傾げた。
「でも、ナビは……? ――車載のレーダーも、ある程度近づかないと効かないかもしれない」
冷静を繕いながらも若干不安そうに眉を寄せてライズが云うと、太狼が来た道を振り返るように顔を動かした。
「来た時の轍が未だ少し見ゆる。飛ばせば、レーダーでBR19捕捉出来る所までは、無事に着くと思うで」
「――」
こともなげに云った太狼に、ライズは思わずぽかんと口を開けて、思わず振り返る。
カユーを負ぶって戻って来た、たった今の軌跡なら兎も角、此処に着いた最初、R2車から放置車両まで歩いた足跡も風に吹かれて薄まってきているのに……彼の目には、轍が見えるのか。
――しかし、今更、彼の……彼らの特殊能力に、いちいち感嘆や不審を抱いている場合でも無い。
ライズは「分かった」と頷くと、その場で
「ライズです、要救護者を収容しました、これから帰還します。万全を期すために、無線は切ります」
一方的にそう云って、無線機を太狼に手渡した。
太狼が無線機を「オフ」にすると再びライズに持たせて、運転席の方へ駆けて行った。




