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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(4)
282/292

【a5d:svn】(4) -[5]-(2)

「……ん?」

 太狼が何か気付いた声を出して、眉を寄せる。

「――もしかして、無線が途切れたんと違うか?」

 〝モールス信号〟のような音を繰り返し発していた機械が、再び「シャ……」と凪を思わせる平らな音に変わった。さっきよりずっと近くに居るのだから、「よりハッキリ」聞こえるのならまだしも……。

 ライズは顔を顰め、む、と喉で呻いた。

 ――最初は「愚鈍」にも見えるほど感情の揺らぎが見えない、等と太狼に対して思ったが……。たった今のライズは、()()に対して「今更、妙な感情(プライド)を優先させるのも愚かだ」という気分になっていて、

「タロー殿には、放置された車両と、トーチカがハッキリ見えてるんですか」

 と尋ねた。太狼はあっさりと、「見えるよ」と頷いた。

「車両はどの位置に?」

 太狼は顔を南西方面に向け、「あの辺」と指差した。

「建物は、今、真西にあるで。この車のケツを北の壁に揃えるくらいで停めた」

 と云うことは、取りあえず、車を降りて真っ直ぐ歩けば、トーチカの入り口がある壁には辿り着ける。

 少しばかりライズが何か考え込む顔をしていたので、太狼が「提案じゃけど」と声を出した。

「イビさんが、車両は俺に確認()させても良い、っち云うたろ。俺が先に降りて、車を見てこようか?」

 ライズがぴくりと目を細め、「え?」と声を出した。

「何故です?」

「車両が無事なくせに、わざっと死にかけのごつ偽装して、罠に嵌めようとしよるんかしれん可能性を、『先に潰せ』っちいうことなんじゃろ? 車両や車載設備が不調(ヤバい)なら、トーチカにマジで救助の要る()が居るかもしれん、っちゅう」

「まあ……、そういうことですが――」

「俺が先に車見て、不調(マジ)なんを確認出来たら、この車のライトを、投光器代わりに付けても良いんじゃねえか?」

「――」

 太狼の提案にライズは腕を組んだ。それもそうか――と一度は思う。

 が、もう少し深く考えてみて、顔を顰め、

「いや、それは駄目だ」

「そうかい?」

「――あんたに万が一のことがあっちゃ、俺の首一つで済むことじゃねえ」

 ぶるっと首を振り、思わず、強い口調で吐き出す。

 目をぱちくりとさせた太狼に、ライズはハッと目を見開き、

「し……失礼しました」

 と口ごもった。

 太狼は相変わらずきょとんとした顔で、

「は? 何が」

 と随分素朴に首を傾げた。

「――筆頭のご子息に対する口のきき方では、無かったかと……」

「はっ」

 太狼が今度は呆れた息を吐いた。

「別に構わんよ、全く気にせんで良い。却って馬鹿にされた気がするで、俺や親父は全然気にせんと田舎モン丸出しの訛りで喋りよんのに、そげんこと謝られたら、嫌味んごとある」

「あ、いや、そういう訳じゃ……」

「俺の立場がどうあれ、無理矢理で丁寧な言葉使われるのは、余所余所しくて慣れん――イビさんとかオリバー君は、それが身に染みとるだけで、距離がある感じはせんけん、別に何とも思わんけど。……〝花ちゃん〟を見なぁ、かなり丁寧な言葉を使うが、それで余所余所しい訳じゃねえやろ。あんた自身、()()()()()距離縮め(ふところ入)られて、()()()()()()()()やん」

 太狼が苦笑して軽く肩を竦めた。思い出して、ライズは思わず眉を寄せる。

「ああいうお人(タイプ)は丁寧な言葉の方が『喋り易い』んじゃろうけん、無理に崩した言葉を使えとは俺も云わん。――同じように、あんたも、無理にタメ口きけとは云わんが、そげんことは気にしなさんな、一番気が楽な喋り方すりゃあいい」

 苦笑が、何の他意も無い「ニカッ」と朗らかな笑顔になって、ライズは「はあ…」と頷きながら、若干、後ろめたい気分になった。

 一つ息を吐き、太狼が「で」と話題を戻す。

「何で、そこまで強く『駄目』やと思う」

 ライズも「気を取り直して」というふうに表情を引き締めた。

「妄想、疑心暗鬼と取られてもしょうがないけど、万が一、EV隊――イーヴィ隊長を抹殺しようとしている暗殺者の罠だったら、何処にどういう危険があるか判んねえから……」

 グ・ルグ少将の人間性を全く()()していないのは、イーヴィ隊長より自分の方が余程だ――。

 イーヴィは、グ・ルグのことを「強奪はしても、直接の殺傷行為を選べる人物じゃない。軍医(エ=ドン)に怪我をさせたのも本意では無かった筈」と云っていた――実際ライズも、()()()()()()だと評価しているからこそ、トーチカに暗殺者が潜んでいるとして、()()、自分達を襲撃するとは限らないのじゃないか、そう思い当たったのだ。

「トーチカに入った途端撃ってくるとか切りつけてくるとか、そういう直接的な行動じゃなく……――流石に、自分(イー・ル)の陣地内で地雷はしかけやしないだろうけど、車両の方に爆弾でも仕掛けておいて、我々が爆死するのを確認す(見て)るだけの『暗殺者』がトーチカに潜んでいる……、そんなことも、無くは無いかと」

「あ~……成る程?」

 太狼が「解らんことは無い」と納得する息を吐いた。太狼も、BR19を襲った「少将」とやらの人物像を「卑怯な臆病者」だと想像した。己の想像にある「少将」は、「そういうやり方」の方を選びそうだ。

 「太狼に何かあったら首を差し出す」とイーヴィはジンに宣った――それが、駄目だ。己の命と引き換えてでも、太狼を「守」らなくてはならない。そうでなければ、「諸共」でなくては。自分一人が生き残るような状況は、一番駄目だ。

 思い詰めた表情のライズに、太狼が目を細め、

「俺は、()()()()()死なんけどな。――まあ、じゃったら二人で降りるか」

 それでも足下が不安だろう、と太狼がポケットから、スォ=ハムにも貸したペンライトを取り出してライズに差し出す。

 ライズが、受け取りはしたものの難色を示すように小首を傾げたので、太狼は苦笑して少しばかりからかうような声を出した。

「それとも、手ェ繋いで()()()()()する方が良いか?」

 するとライズは「むっ」と唇を引き結んだ後、

「――取りあえず車見るまで灯りは使わない。俺の肩に手を乗せて()()()付いてくれ。俺は真っ直ぐ歩くから、見えてるあんたが、方向を修正(ナビゲート)してくれないか、手を引っ張るん(エスコート)じゃなく」

 あんたを「盾」にする訳にはいかないんだ――ライズが冷静な声色を心がけて云う。

 太狼は「そうかぇ」と頷き、

「じゃ、降りるか。俺がそっちに回るけん、動かんで待っちょけ」

 そう云って運転席を降り、小走りになって助手席側に回った。ライズの背後から両手を肩に乗せ、彼の体の向きを変える。

「このまま真っ直ぐ歩きよ。ずれたらまた修正する」

 こくっと頷き、ライズが小股に歩き始めた。――利き足の関係か、体が本調子では無い故のバランスの歪みのせいか、本人は真っ直ぐ歩いているつもりでも、途中、やはり太狼から何度か微調整が加えられ、三十歩にはならない程度歩いたところで、

「止まりよ」

 と少し強めに肩を掴まれ、引き寄せられた。

「腕伸ばしたら指が(あた)るくらいのところに、車があるで」

 それを聞いて、ライズはゆっくりと腕を水平に伸ばした。中指の先端に何か掠る感触があった。「夜」というのは本来なら、こんな近くにあるものが見えないくらいの「闇」なのか――満月が照っていれば、まだもう少し目は利きそうだが……。

 太狼の手がライズの肩から離れ、彼の隣りに立った。

「……取りあえず、爆弾が仕掛けられちょる様子は無ぇな」

「何で判る?」

「俺は、目だけじゃなく、耳と鼻も君よりは良い。爆弾のごつ露骨な火薬の匂いはせんし、油が漏れよる匂いもせん。――と、云うより……」

 そこで、太狼は――ライズには全く顔が見えないが――訝しげに目を細めた。

「油の匂いが、()()()()()()なぁ……。もしかして、この車、もう〝ガス欠〟しちょんのじゃねえか?」

「――」

 それを聞いて、ライズはちょっと呆れた――そこまで「鼻が良い」ともう、自分より良いとかいう問題じゃなく、()()()じゃないか?――そして、彼も眉を寄せる。

「『動ける車』からは匂う筈の、燃料(あぶら)の匂いがしない、ってことか…」

「うん」

 太狼は車に一歩近づくと、撫でるように扉や側面に手の平を当てた。

「時限爆弾があるような音もせんし、ドア開けた拍子に火花散ってどっかに引火したりとか、凝った仕掛けも有るふうじゃねえ。君は一先ず、中の無線機を見てみよ。俺はちょっと『前』に移動する。ボンネットに仕掛けが無ぇのを確認したら合図するけん、開けてくれ」

 それで今度こそ、ライズはライトを付けた。先程指に触った位置に、やっと車が見える。

 太狼が移動し、ライズは恐る恐る車のドアを開け、ステップを上がって車内を照らす。

 車載機器がある場所へライトを向け、ライズは顔を顰めた。

 ――スイッチが「ON」の側に向いているのにも関わらず、作動していない。

 ライズが車の前方に顔とライトを向けると、太狼が頭の上へ腕を上げて「○」を示している。然るべきレバーを引いてボンネットを開けた。

 少しして、太狼が戻ってくる。彼の表情も渋い。

「――想像通りじゃ。〝バッテリーがアガ〟っちょんわ」

 そう云うと、運転席の近くの〝イグニッション〟も見て、「ふむ」と鼻を鳴らした。

「――さっき、無線が途切れたのは、そのせいか。今正に、切れたんだ」

 ライズは溜息混じりにそう云った。そうじゃろうな、と太狼も頷く。

「となると、早くトーチカの中を探らんとな」

 太狼がそう云って、建物の方へ足を向ける。ライズは、焦った声を出して「ちょっと待った」と彼を止めた。

「タローさん、あんたは、此処で……ちょっと離れて待っててくれるか」

「何で?」

 太狼がきょとんとして振り返った。

「こげえ云うたらなんじゃが、君も、この『半地下』から弱っちょる人間を一人で引き上げられる力は無いやろ、今は。まして、相手が意識無かったりしたら」

「意識が無いようなら、遠慮なくあんたにも手助けを頼むよ。でも意識がはっきりしていたら、明らかに友軍(イー・ル人)じゃないあんたを見て、()()()()()()で一悶着起きてしまうかもしれない」

「あ~……」

 成る程、と太狼が合点する。

「その時は、俺はライトを消して助力を頼むよ。あんたは、要救助者を収容するまで声も出さないようにしててくれ。暗がりの中でシルエットだけなら、イヴ隊長だと思ってくれるかもしれないから」

「分かった」

 太狼はこっくりと頷くと、肩に掛けていたナップサックを彼に渡した。

「飲み水じゃ。持っちょった方が良いじゃろ」

 ライズも頷きを返して受け取り、ライトで足下を照らしながらトーチカに近寄った。


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