【a5d:svn】(4) -[5]-(2)
「……ん?」
太狼が何か気付いた声を出して、眉を寄せる。
「――もしかして、無線が途切れたんと違うか?」
〝モールス信号〟のような音を繰り返し発していた機械が、再び「シャ……」と凪を思わせる平らな音に変わった。さっきよりずっと近くに居るのだから、「よりハッキリ」聞こえるのならまだしも……。
ライズは顔を顰め、む、と喉で呻いた。
――最初は「愚鈍」にも見えるほど感情の揺らぎが見えない、等と太狼に対して思ったが……。たった今のライズは、自分に対して「今更、妙な感情を優先させるのも愚かだ」という気分になっていて、
「タロー殿には、放置された車両と、トーチカがハッキリ見えてるんですか」
と尋ねた。太狼はあっさりと、「見えるよ」と頷いた。
「車両はどの位置に?」
太狼は顔を南西方面に向け、「あの辺」と指差した。
「建物は、今、真西にあるで。この車のケツを北の壁に揃えるくらいで停めた」
と云うことは、取りあえず、車を降りて真っ直ぐ歩けば、トーチカの入り口がある壁には辿り着ける。
少しばかりライズが何か考え込む顔をしていたので、太狼が「提案じゃけど」と声を出した。
「イビさんが、車両は俺に確認させても良い、っち云うたろ。俺が先に降りて、車を見てこようか?」
ライズがぴくりと目を細め、「え?」と声を出した。
「何故です?」
「車両が無事なくせに、わざっと死にかけのごつ偽装して、罠に嵌めようとしよるんかしれん可能性を、『先に潰せ』っちいうことなんじゃろ? 車両や車載設備が不調なら、トーチカにマジで救助の要る人が居るかもしれん、っちゅう」
「まあ……、そういうことですが――」
「俺が先に車見て、不調なんを確認出来たら、この車のライトを、投光器代わりに付けても良いんじゃねえか?」
「――」
太狼の提案にライズは腕を組んだ。それもそうか――と一度は思う。
が、もう少し深く考えてみて、顔を顰め、
「いや、それは駄目だ」
「そうかい?」
「――あんたに万が一のことがあっちゃ、俺の首一つで済むことじゃねえ」
ぶるっと首を振り、思わず、強い口調で吐き出す。
目をぱちくりとさせた太狼に、ライズはハッと目を見開き、
「し……失礼しました」
と口ごもった。
太狼は相変わらずきょとんとした顔で、
「は? 何が」
と随分素朴に首を傾げた。
「――筆頭のご子息に対する口のきき方では、無かったかと……」
「はっ」
太狼が今度は呆れた息を吐いた。
「別に構わんよ、全く気にせんで良い。却って馬鹿にされた気がするで、俺や親父は全然気にせんと田舎モン丸出しの訛りで喋りよんのに、そげんこと謝られたら、嫌味んごとある」
「あ、いや、そういう訳じゃ……」
「俺の立場がどうあれ、無理矢理で丁寧な言葉使われるのは、余所余所しくて慣れん――イビさんとかオリバー君は、それが身に染みとるだけで、距離がある感じはせんけん、別に何とも思わんけど。……〝花ちゃん〟を見なぁ、かなり丁寧な言葉を使うが、それで余所余所しい訳じゃねえやろ。あんた自身、礼儀正しく距離縮められて、ブスブス刺されたやん」
太狼が苦笑して軽く肩を竦めた。思い出して、ライズは思わず眉を寄せる。
「ああいうお人は丁寧な言葉の方が『喋り易い』んじゃろうけん、無理に崩した言葉を使えとは俺も云わん。――同じように、あんたも、無理にタメ口きけとは云わんが、そげんことは気にしなさんな、一番気が楽な喋り方すりゃあいい」
苦笑が、何の他意も無い「ニカッ」と朗らかな笑顔になって、ライズは「はあ…」と頷きながら、若干、後ろめたい気分になった。
一つ息を吐き、太狼が「で」と話題を戻す。
「何で、そこまで強く『駄目』やと思う」
ライズも「気を取り直して」というふうに表情を引き締めた。
「妄想、疑心暗鬼と取られてもしょうがないけど、万が一、EV隊――イーヴィ隊長を抹殺しようとしている暗殺者の罠だったら、何処にどういう危険があるか判んねえから……」
グ・ルグ少将の人間性を全く信用していないのは、イーヴィ隊長より自分の方が余程だ――。
イーヴィは、グ・ルグのことを「強奪はしても、直接の殺傷行為を選べる人物じゃない。軍医に怪我をさせたのも本意では無かった筈」と云っていた――実際ライズも、そういう人物だと評価しているからこそ、トーチカに暗殺者が潜んでいるとして、直接、自分達を襲撃するとは限らないのじゃないか、そう思い当たったのだ。
「トーチカに入った途端撃ってくるとか切りつけてくるとか、そういう直接的な行動じゃなく……――流石に、自分の陣地内で地雷はしかけやしないだろうけど、車両の方に爆弾でも仕掛けておいて、我々が爆死するのを確認するだけの『暗殺者』がトーチカに潜んでいる……、そんなことも、無くは無いかと」
「あ~……成る程?」
太狼が「解らんことは無い」と納得する息を吐いた。太狼も、BR19を襲った「少将」とやらの人物像を「卑怯な臆病者」だと想像した。己の想像にある「少将」は、「そういうやり方」の方を選びそうだ。
「太狼に何かあったら首を差し出す」とイーヴィはジンに宣った――それが、駄目だ。己の命と引き換えてでも、太狼を「守」らなくてはならない。そうでなければ、「諸共」でなくては。自分一人が生き残るような状況は、一番駄目だ。
思い詰めた表情のライズに、太狼が目を細め、
「俺は、そう簡単に死なんけどな。――まあ、じゃったら二人で降りるか」
それでも足下が不安だろう、と太狼がポケットから、スォ=ハムにも貸したペンライトを取り出してライズに差し出す。
ライズが、受け取りはしたものの難色を示すように小首を傾げたので、太狼は苦笑して少しばかりからかうような声を出した。
「それとも、手ェ繋いでエスコートする方が良いか?」
するとライズは「むっ」と唇を引き結んだ後、
「――取りあえず車見るまで灯りは使わない。俺の肩に手を乗せて背後に付いてくれ。俺は真っ直ぐ歩くから、見えてるあんたが、方向を修正してくれないか、手を引っ張るんじゃなく」
あんたを「盾」にする訳にはいかないんだ――ライズが冷静な声色を心がけて云う。
太狼は「そうかぇ」と頷き、
「じゃ、降りるか。俺がそっちに回るけん、動かんで待っちょけ」
そう云って運転席を降り、小走りになって助手席側に回った。ライズの背後から両手を肩に乗せ、彼の体の向きを変える。
「このまま真っ直ぐ歩きよ。ずれたらまた修正する」
こくっと頷き、ライズが小股に歩き始めた。――利き足の関係か、体が本調子では無い故のバランスの歪みのせいか、本人は真っ直ぐ歩いているつもりでも、途中、やはり太狼から何度か微調整が加えられ、三十歩にはならない程度歩いたところで、
「止まりよ」
と少し強めに肩を掴まれ、引き寄せられた。
「腕伸ばしたら指が触るくらいのところに、車があるで」
それを聞いて、ライズはゆっくりと腕を水平に伸ばした。中指の先端に何か掠る感触があった。「夜」というのは本来なら、こんな近くにあるものが見えないくらいの「闇」なのか――満月が照っていれば、まだもう少し目は利きそうだが……。
太狼の手がライズの肩から離れ、彼の隣りに立った。
「……取りあえず、爆弾が仕掛けられちょる様子は無ぇな」
「何で判る?」
「俺は、目だけじゃなく、耳と鼻も君よりは良い。爆弾のごつ露骨な火薬の匂いはせんし、油が漏れよる匂いもせん。――と、云うより……」
そこで、太狼は――ライズには全く顔が見えないが――訝しげに目を細めた。
「油の匂いが、しなさすぎるなぁ……。もしかして、この車、もう〝ガス欠〟しちょんのじゃねえか?」
「――」
それを聞いて、ライズはちょっと呆れた――そこまで「鼻が良い」ともう、自分より良いとかいう問題じゃなく、犬並みじゃないか?――そして、彼も眉を寄せる。
「『動ける車』からは匂う筈の、燃料の匂いがしない、ってことか…」
「うん」
太狼は車に一歩近づくと、撫でるように扉や側面に手の平を当てた。
「時限爆弾があるような音もせんし、ドア開けた拍子に火花散ってどっかに引火したりとか、凝った仕掛けも有るふうじゃねえ。君は一先ず、中の無線機を見てみよ。俺はちょっと『前』に移動する。ボンネットに仕掛けが無ぇのを確認したら合図するけん、開けてくれ」
それで今度こそ、ライズはライトを付けた。先程指に触った位置に、やっと車が見える。
太狼が移動し、ライズは恐る恐る車のドアを開け、ステップを上がって車内を照らす。
車載機器がある場所へライトを向け、ライズは顔を顰めた。
――スイッチが「ON」の側に向いているのにも関わらず、作動していない。
ライズが車の前方に顔とライトを向けると、太狼が頭の上へ腕を上げて「○」を示している。然るべきレバーを引いてボンネットを開けた。
少しして、太狼が戻ってくる。彼の表情も渋い。
「――想像通りじゃ。〝バッテリーがアガ〟っちょんわ」
そう云うと、運転席の近くの〝イグニッション〟も見て、「ふむ」と鼻を鳴らした。
「――さっき、無線が途切れたのは、そのせいか。今正に、切れたんだ」
ライズは溜息混じりにそう云った。そうじゃろうな、と太狼も頷く。
「となると、早くトーチカの中を探らんとな」
太狼がそう云って、建物の方へ足を向ける。ライズは、焦った声を出して「ちょっと待った」と彼を止めた。
「タローさん、あんたは、此処で……ちょっと離れて待っててくれるか」
「何で?」
太狼がきょとんとして振り返った。
「こげえ云うたらなんじゃが、君も、この『半地下』から弱っちょる人間を一人で引き上げられる力は無いやろ、今は。まして、相手が意識無かったりしたら」
「意識が無いようなら、遠慮なくあんたにも手助けを頼むよ。でも意識がはっきりしていたら、明らかに友軍じゃないあんたを見て、こんなところで一悶着起きてしまうかもしれない」
「あ~……」
成る程、と太狼が合点する。
「その時は、俺はライトを消して助力を頼むよ。あんたは、要救助者を収容するまで声も出さないようにしててくれ。暗がりの中でシルエットだけなら、イヴ隊長だと思ってくれるかもしれないから」
「分かった」
太狼はこっくりと頷くと、肩に掛けていたナップサックを彼に渡した。
「飲み水じゃ。持っちょった方が良いじゃろ」
ライズも頷きを返して受け取り、ライトで足下を照らしながらトーチカに近寄った。




