【a5d:svn】(4) -[5]-(1)
R2車に二人で駆け寄ると、太狼が当たり前のように運転席に回るので、ライズは多少戸惑いの表情を浮かべた。
「運転は自分が――」
「いや、君が助手席に回った方が良い」
ライズの言葉を遮って云い、太狼は問答する間を作らず運転席に乗り込む。仕方なしにライズは助手席に乗り込んだ。
「それ、ちょお貸して」
ジンからイーヴィへ貸され、ライズに渡された「無線機」に太狼が手を伸ばす。ライズが渡すと、指先で幾つかボタンやダイヤルの類いを弄り、
「持っちょって」
とライズに返してから、車のエンジンを起動した。
「取りあえずの方角は?」
ハンドルを握って太狼が尋ねると、ライズが「南です」と答える。
「じゃ、行くで」
宣言し、太狼はアクセルを踏んだ。
しばらくしてから、太狼の方がライズへ云った。
「云うてん、君はまだ体力と気力が万全じゃなかろう。運転で要らん神経使わんで良いよ。俺は多分、君よりか夜目が利くしな」
「――」
「それに、俺は、車載の無線とかレーダーの使い方をまだ、よう知らんし」
助手席側に集まっている機器をチラッと一瞥して太狼が云うと、
「ああ……それもそうか……」
とライズが呟く。そうだ、目的地近くの軍用車から発せられているという電波も、追う必要があったのだった――。それを思い出し、慌ててライズはそのための設定をする。
「イビさんからは『詳細を省』かれたけん、君が状況を教えて」
ヘッドライトが砂だけを照らしている前を見たまま、太狼が聞いてきた。それでライズが
「〝川〟の向こうで、サヴァナの諜報隊が、近くのトーチカに生体反応があるのを察知したらしくて……」
と説明した。
ふむふむ、と己の説明を聞く太狼の横顔を見て、――そういえば、太狼とまともに対峙するのは、これが初めてかもしれない、とライズは思いつく。
スォ=ハムやウィトは彼に既に「兄貴分」のような信頼、憧憬を持ちかけているなどとイーヴィが云っていたが……ライズは未だ、それが良く分からない。
剛義に垣間見えるカリスマ性のようなものは感じないし、フローラのように「冷徹」「厳格」な面も見えない。さっき会ったばかりのジンの方が、余程に威厳を感じた――サヴァナ筆頭の子息、後継者という割りに、「上に立つ者」だけが持つ特異性が見受けられず、「結構働き者の実働員」のような印象しか無い……工兵・技師であるスォ=ハムやウィトには、それこそが「憧憬」を抱く理由として何より、ということなのだろうか……?
今こうして己が状況を説明している間の表情にも、それほどの変化は無かった。冷静と云ったら聞こえが良い、まるで「愚鈍」に思える程、感慨の揺れ動きが見受けられないのだ。先程、ジンという彼の上司は、太狼を「〝ハナ〟よりは情が先に来る」と評価していた筈だが……。
――自分がサヴァナに対して、完全な信頼を寄せている訳では無いことを、彼も分かっているだろうに、本来なら敵である筈の己を太狼はどう思っているのか、全く伝わって来ない。そんなものだから、ライズは、却って剛義やフローラよりも、警戒心を未だ残していた。
ライズが手にしていた、サヴァナ側の無線機から、ノイズ混じりのジンの声が聞こえてきた。
「こちら、ジン。少し進路がずれています、気持ち東に向かって下さい、十一時の方向」
どちらが運転しているのか分からないからだろう、言葉が丁寧だ。それが少し琴線に触れたのか、ジンにとって部下である太狼が、口元を綻ばせた――その表情を見て、ライズは少し驚く。愚鈍というより、肝が据わっている……ということだろうか。今、自分達はある種の「危険」に向かっている、緊張を強いられた状況にある筈だが、その笑みは、決して引き攣ったりしておらず、随分朗らかだった。
「了っ解!」
運転席の太狼が、無線機と離れているので、少し大きな声を出した。
次に無線機から聞こえてきたのは、イーヴィの声だった。
「ライズ君、対象車両の電波は感知出来たかね?」
ライズは正面の機器を確認してから、手にした無線機の表面を見て少し狼狽えた顔をした。すると、太狼が、
「どっか押さえたり口近づけたりせんでも、普通に喋れば良いで」
横目にライズの顔を見、あっさり云った。
大声を出しただけで太狼の声は通じたらしいから、特に操作は不要なのは判ったが――今まで使ったことがある「無線機」と違い、マイクらしき網目等が無いものだから、大声を出さない場合、何処に向かって喋れば良いのか直ぐに判らなかった。
ライズは「……すいません」と太狼に小さな声を出してから、無線機の相手である隊長に向かって答えた。
「駄目です、まだ捕捉出来ません。SOSに限らず、位置表示の発信機も正常に動作していないのか、レーダーに出ません」
「……そうか。ならば、このままこちらからナビゲートする。運転しているのはタロー殿なのだな?」
「そうです」
ライズが答えると、指示するのが再びジンに代わった。
「太狼君、トーチカまで三百メートル程になったら予告するので、徐行してくれ。君が目視で確認出来るようなら百メートル手前から一旦ライトを消せ。停めるのは五十メートル程度、最も近くて二十メートルは離せ」
「了解!」
太狼が答えると、またしてもジンからイーヴィに代わり、
「ライズ君、車を降りたら、トーチカに向かう前に、対象車両の状態を確認したまえ。電波の不調が、故障等の機械的なものなのか、それとも意図的なものなのか。それを先ず確認するんだ。機械的な判断が君に難しいようなら、タロー殿に見て貰いなさい。意図的に電波を弱らせているのでは無いことが判ってから、トーチカ内部を確認しろ」
「――。了解しました」
少し間が空いてライズが答え、通信はそこで一旦切れた。
そこからしばらく、車は何事も無く砂漠を走った。その間、ライズは車載のレーダーと無線機を見つめていた。手にしているサヴァナの無線機からナビゲートの声が聞こえないので、方向は間違っていないのだろうが……、レーダーに反応が無い。ライズが段々やきもきしてきたところで、太狼が「お?」と声を出しながら、スピードを緩めた。
ライズがピクリと顔を上げ彼の横顔を見ると、太狼はハンドルを片手で持ち、片手で前方を指差した。
「何かある。……何やろ、随分平たいなあ」
独り言のような口調で太狼が云い、チラッとライズの顔を見た。
ライズも彼の指差す方向に目をこらしたが、――暗闇だ。
夜目が利くとか云っていた、一体どのくらいの距離に、何を太狼は見ているのだろう。
「後どのくらい、距離があるように見えますか」
ライズが尋ねると、太狼が、「一キロは無い…か?」と答えた。それを聞いて、ライズは軽く呆れた。他の施設からの人工的な灯りが背後に見えているとかなら兎も角、その距離がこの星明かりだけの暗闇で見えるのか。
と、その辺りで、レーダーにぽつりと光が灯った。
その光の色からすると、トーチカからの位置情報信号が、やっと捉えられたようだ。
「――『平たい』と云いましたね」
「うん、天井?が低すぎて、『小屋』にも見えんわ」
「じゃあ、それです。砦と違ってトーチカは、空間が地下に埋まっているんです。――今、位置情報が捉えられました、方向は間違ってません。もうすぐジン殿から合図が来ると思います」
その予想通り、ジンの声が無線機から聞こえてきたので、太狼はよりアクセルを緩め、ゆるゆると近づいて行く。
先に云われていたようにライトを消すと、トーチカの影はおろか目の前の砂の地形すら見えなくなって、ライズは不本意ながらゾクッと背筋を震わせた。
その時、無線電波も捉えられた。シャー……と平らだった音が、ジャリジャリとした耳障りな音に変わる。聞いていた通り、どうもSOSの〝モールス信号〟のようだ――が、はっきりそれと判らないくらいに、ブツブツと細切れで聞こえてくる。
動いている実感が無い程の徐行になり、太狼が、
「四角の面が、東西南北に向いちょるな。どこら辺に停めるんが、一番安全なん?」
とライズに尋ねた。
「もしかして『罠』かもしれんっち云うんなら、向こうに気付かれん位置に回った方が良いじゃろ?」
「あ、ああ……そうですね――。じゃ、東側に停めて下さい。そっちは、偵察用の小窓等が無いので、中からは見えません」
「了解」
若干ハンドルを動かし、じわじわと太狼が東側に回る。
「で、どうする、ライズ君? 俺は五十メートル離れても全然構わんけど、君にはあんまり暗ぇけん、不安がありゃせんかえ。二十メートルで停めるか」
「――。出来たら、そうして下さい」
自分の中で何となく悔しいというか恥ずかしいというか、そんな気分もあったが、自分の目が全く利かないのもそうなので、ライズは「お願いします」と頼んだ。
オッケ、と軽い口調で応じ、太狼はトーチカの東側、南を正面に見る形で停車した。
停めたは良いが――段取りはどうすべきか。イーヴィは、先ず放置された車両を確認してから、トーチカの内部を探れと云っていた、安全を確保してそれをするためには……。
目をこらして顔の角度を変えれば、星空が背景になって、ライズにも何とかトーチカの影が見えるのだけども……、いざ、車を降りて「歩く」ことを考えたら、かなり心許ない。這いつくばって手探りの移動か――?




