【a5d:svn】(4) -[4]-(4)
「――それで。周囲に〝危険〟は? よし、そうか。……うむ、俺が指示するまでは、絶対に捕捉を外すなよ、見失うな」
若干語気を荒げたジンは、手早くレバーを弄り、少し姿勢を変えて、左手の壁に集まった機械へ顔を向けた――そちらは、イーヴィ達には全く読めない文字か記号が、各種のボタン等に書き添えられている。
それらの機械をいくつか触ると、ジンはインカムを外して首にぶら下げ、険しい表情をイーヴィに向けた。
「……何かありましたか」
改めて、さっきよりは冷静な声でイーヴィが問うと、ジンは中央のモニタを向いた。イーヴィとライズも、自然とそれに釣られる。
「先に、一つ目の報告について、お伝えしておきます」
と云うと、イーヴィからの相槌は待たないまま、ジンは布陣マップの南端を指差した。
「――要請がある以前より、今まで通常の偵察を行っていた隊の解析結果で……、この辺り、布陣の『縁』を伝うような感じで、二日ほど前から西進している集団があるそうです。二十名前後が、トーチカを辿りながら移動しているようです」
マップ上の灰色の小さな点を指しつつ、早口にジンが云う。イーヴィが軽く目を細めた。
「……軍、兵士ですか」
「正確には分かりませんので、そのまま、〝カメラ〟も使いながら追跡するように云っておきました。――ただ、動物を連れているようなので、もしかすると、一般市民かもしれません」
「動物……?」
「馬か駱駝か牛か……比較的大型の、人以外の動物です。一昔前のキャラバンを思わせる様子だそうです、〝自動車〟を使っていません」
「――。『亡命』しようとしている市民……かもしれませんね。南側で、動物を連れて砂漠を渡っている……ということだと、もしや、リモの民族かも――」
ライズが、顰めた声で呟いた。イーヴィも小さく頷く。
「トーチカを辿りながら、となると、脱走兵が市民の亡命を先導しているということも考えられるな……。――ジン殿、もし、その集団が非武装民であり、〝川〟まで辿り着くことがあったら、悪しからずご対処ください」
布陣の、「南」の縁を移動しているとなると、「北の端」から救助に向かうことが、少なくとも今は、出来ない……イーヴィが掠れた声を出すと、ジンは「はい」と頷き、直ぐに「次」と云った。そちらの集団よりも「喫緊」の状態があると云いたそうだ。
「イーヴィ殿、この位置のトーチカ近くで、イー・ルの軍用車両が一台、停止しているそうです」
冷静ではあるが、さっきより余程張り詰めた声で、ジンが云う。彼が指差したのは、BR19から三~四キロ程度の場所にある避難拠点だ。
イーヴィは目を見開き、拳を握り締める――イーヴィ自身はそれを知らなかった訳だが、五日前から戦闘は行われていない。それでいて、この位置のトーチカに車両が一台だけ停止しているというのは、不自然である。ジン以下、サヴァナの方が余程にイー・ル前線の後退を把握してもいるから、川向こうでも、こちらも、「これはおかしい」とぴりついたのだろう。
「車両に人は乗っていないようです。――が、トーチカ内部に、小動物ではない生体反応がある、とのこと――」
「小動物ではない……というのは」
「まだ『人』だと断定は出来ない、ということです。体長一メートル以上の生物が少なくとも一体、としか」
「――」
ジンの冷静な声が、「悠長」に聞こえ、イーヴィは一度唇を噛んだ。ライズも、ギュッと眉を寄せる。
大型の猛禽類がかなりの上空を舞っていることはよくあっても、この砂漠で体長一メートル以上の野生生物など、滅多にお目にかかれるものじゃない。
非常時に飛び込んで数日耐えられるよう、トーチカには、定期的に補給車が訪れて水と食糧を置いて行く。それを狙って入り込んだ蛇や虫が干からびていることはたまにある。しかし、この砂漠では、野生の哺乳類が殆どいない。
以前なら、ジャッカル等の肉食獣や、ごく稀に象が見られたりもしたが、数十年前、砦や基地の建設で「布陣」が完成して以降は、そうした獣を見ることがほぼ無くなった。現在は、居ても一メートルまでの蛇や蜥蜴である。まして、この最前線のラインは、補給車が来るスパンがかなり長い。野生動物すら見向きしない程、既に空になって久しい可能性が高い――。
探査車が察知した「生体反応」は、まず「人」の筈だ。
「電波が微弱で、〝川〟の探査車では確信が持てないようですが、車両がSOSを発信しているかもしれない、と。……しかし、車両の運転席、『舳先』は、北を向いています。西ではありません。現時点で、我々サヴァナの側が自主的に救助に向かうことは、決断出来ません」
確実に「西」へSOSを発信しつつ向かったオリバーとは違う――。
イーヴィがライズに顔を向け、
「R2車がまだ生きている。そちらで電波を拾いながら、救助に向かおう」
きっぱりした声で宣言し、ジンに「有難うございます」と早口に云って、扉に足を踏み出した。
ライズが慌てて引き留める。
「待って下さい、隊長! まさか、隊長が直々に向かうつもりですか」
「他の皆には既に休むように云ってしまった。それを覆して任務に当たらせられる体調の者も居ないだろう」
イーヴィが「それが当然だ」というようにキッパリした声を出すと、ライズも狼狽えることなく、
「駄目です、隊長は砦に待機してください! 俺が行きますから」
「君一人では危険だ、ナビは確実に要る。救助を必要としている対象が衰弱していたら、収容するのも一人では無理だ、君の体調も万全ではない」
「SOSが罠だったらどうするんですか! トーチカ伝いに暗殺者が近寄っているのだったら!」
苛立ちにも悲哀にも聞こえるような声をライズが出し、イーヴィは「ライズ君!」と恫喝に近い声を出す。
「明らかに同胞の車両から発信されているSOSに、そんな疑いを向けるのか!」
厳しい叱責に、ライズは怯まなかった。
「グ・ルグなら出来ます!」
隊長を睨みつけるような顔付きになって、ライズも強い口調で云う。
「事実、あいつは籠城解除命令を、友軍物資の強奪のために使った!」
イーヴィが一瞬口を噤んだ――その隙に、ジンが口を挟む。
「……貴方方からのSOSを受け取った際、サヴァナの先代も、若い衆にイーヴィ殿と同じ叱責を投げました。――が、SOSを罠に使うような卑しい人物が、既に具体的に思い当たるのでしたら、警戒をしてし過ぎるということはないですよ、イーヴィ殿」
「――」
「私が向かいましょうか」
ジンの冷静な声に、イーヴィが驚いて目を見開く。
「本当に救助を要しているのだとしても、全く見ず知らずの者が向かうより、『見覚えのある』者が行く方が良いでしょう?」
――ジンが、右手でスッと自分の顎を覆った。その仕草を見て、イーヴィは眉を寄せ、首を振る。
「駄目です。――それでは、同胞を『騙す』ことになってしまいます」
ぐっ、と唇を噛んだ後、イーヴィは険しい目つきをジンに向けた。
「そちらの後継者を危険に晒す厚かましさに、今は目を瞑って下さい。――ライズ君、タロー殿と共に向かってくれ。彼なら、ただ『私と見間違う』だけで済む」
ジンが魔法でEV隊隊長だと「偽る」よりも……。
その提案に、ライズは顔を顰めたが、ジンはぴくっと目を細めただけだった。
「タロー殿に何かあった時は、私を魔法で処刑して下さい。その時、首を差し出すことに何の抵抗もありません。私を〈同盟〉とまで見なして下さった貴方方の恩を仇で返す罰は、『〝神〟に背く自死の方法』でお受けします」
イーヴィが真摯にそう云うと、――ジンは微かに口元を綻ばせ、
「……貴方を処刑せねばならぬ程の危険は、太狼に及ばないと、私は思います。一応、筆頭にも話を通してから出発して下さい」
頷きながらそう云った。
それから、右側の壁際に集まった機械を振り返り、カチッと音をさせて一部を取り外した。
こちらは、イーヴィ達にも見覚えがある「トランシーバー」のような箱形の機械だ。
「停止している車両からの電波は微弱なようですから、R2車とやらで正確に拾えるかどうか判りません。ただでさえ暗闇です、貴方方も迷走してしまうかもしれない。私も探査車に残ってナビゲートしますから、こちらをお持ち下さい。使い方は太狼が知っています」
ジンは一旦イーヴィに無線機を渡し、ライズに顔を向けた。
イーヴィが「恐れ入ります」と頭を下げ、ライズを促して一度探査車を出て行った。
運搬車の近くに剛義と太狼がまだ立ったまま、何事か言葉を交わしていた。
イーヴィとライズが共に駆け寄り、
「今は詳細を省きます。タロー殿、ライズと共に、R2車で同胞の救援に向かって下さい。但し、罠の可能性も否定は出来ませんから、武器をお持ち下さい」
イーヴィが早口に云って、剛義にも頭を下げた。
「タケヨシ殿、後継者を危険に晒して申し訳無いが――どうか、お願いします」
此処ではライズも渋い顔などしない。イーヴィにだけ低頭させられないと、隊長に倣った。
「俺の倅が危険なら、あんたの部下もまだ危ねぇわ。――それでん、あんたは隊長なんじゃけん、此処に居って部下の方を遣わさなならん。『申し訳無い』っち頭下げるのは俺に今じゃねえで、蝦さん。――太狼、行け」
剛義は真面目な声で云い、くいっと顎をしゃくった。太狼が「おぉい」と答え、トラックの運転席に飛び込む。自分とフローラが持参していた小銃を取るためだ。
「救助に向かうんやったら、医者も付けようか? リーチが居るで」
剛義がそう云うと、イーヴィは「いえ」と首を振った。
「ノ・ウーの時と違い、車両を引き上げる必要も無く比較的距離も近いですから……直ぐに収容して戻って来ます。万が一の危険がありますので、人数は少ない方が良いです」
「そげぇな」
太狼が運転席から降りて来て、フローラの小銃をライズに渡す。
受け取りはしたものの、若干眉を顰めているので、太狼が軽く、
「それは普通の鉄砲じゃ、〝魔法〟は掛かっちょらん」
そう云うと、相槌も待たないままトラックの荷台へ飛び込み、簡素なナップサックを肩に掛けて出て来た。
「水は一応、持っちょった方が良かろう?」
ナップサックの紐を掴んで、イーヴィとライズに確認するような顔をした。イーヴィが頷いたので、
「じゃ、行くか。よろしくな」
とライズに顔を向けた。
「ライズ君、私は探査車に戻っておくので、指示が必要な場面があったら、連絡したまえ」
イーヴィがジンから受け取った「無線機」を、ライズに渡しながらそう云った。
「畏まりました」とライズは答え、太狼と共にR2車に駆け寄っていく。
イーヴィは踵を返して探査車に戻り、剛義もそれについていった。
筆頭もイーヴィと共に探査車に入って来たので、ジンが簡潔に説明すると、剛義が
「――成る程」
と飲み込む。
太狼とライズが救助に向かったトーチカの方は、イーヴィの判断に口を挟む必要は無い。代わりに剛義は、
「仁君、その南側の隊列とやらを、見失ったらいけんで。索敵と一緒にするのが大変なごたったら、人員増やしよ。川っぺりまで辿り着けた時のために、皆に前もって通達して、収容出来る準備はしちょけ」
それを指示した。ジンが「畏まりました」と答えて、再度、インカム越しに川向こうへ命令を送る。




