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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(4)
279/280

【a5d:svn】(4) -[4]-(3)



 六花の背中を見送ったイーヴィは、改めて探査車の方へ歩を進めつつ、

「ライズ君、ヤム君とベリー君はどうしてる。もう休んだかな」

 と尋ねた。

「礼拝集会所で座ったまま居眠りしかけてたんで、就寝室に戻るよう云っときました」

「そうか。――ウィト君は」

「無線室で何か作業してたみたいですけど……、すいません、その後どうしたのかは把握してません」

「……そうか…。まあ、クォンさんとスォ=ハム君に、ああ云ったんだ、ウィト君にも、休むよう促してはくれるだろう」

 ふう…と息を吐き、探査車の扉を確認すると、件の「札」は掛かっていない。

 扉までにはステップが数段有るので、それを上がってノックをし、イーヴィは名乗った。ライズは、ステップの手前で「気をつけ」をしている。

 程なく扉が開き、ジンが顔を見せた。階下に居るライズにも、チラリと視線を向ける。

「後続の医療班が、着いたようですね」

 ジンが云うと、イーヴィが頷いた。

「リッカ殿と、リーチ殿が残って下さっています」

「おや、そのお二人が」

 ジンは軽く目を見開いた。彼の後ろでスツールに腰掛けていたキルシュが、

「まあ、先代ったら、()()()()()()近場に指示出したもんですねぇ」

 などとおどけた呆れ声を出した――ジンとキルシュも、二人が剛義や先代の身内であることを良く(わか)っているらしい――。

「キルシュ殿。リッカ殿からご伝言を賜りました。野営車でお出でになっているのですが、それを女性陣の宿舎にするそうですから、お休みになるときはそちらへどうぞ」

「わー、そうなんですか? 有り難いっ。済みません、お手数掛けました」

 それをわざわざ云いに探査車(ここ)へ来たとキルシュは思ったらしい、背中を反らせてジンの体の隙間からイーヴィの顔を覗き込み、謝って来た。

 イーヴィは微かに笑みを浮かべ、小さく首を振る。

「いえ、こちらこそ、伝言は『偶々ついで』のことでしたので……。――ジン殿、その後、何か進展はございましたか」

 真面目な顔になって、イーヴィが云う。

「進展――というほどのことはありませんが……。入られますか?」

 曖昧に言葉を濁し、ジンは背後を振り返った後、ライズにもチラリと視線を向けた。

 それを受けてライズは敬礼を見せ、

「内密のお話があるのでしたら、自分は此処で待機します」

 と真面目な声を返す。それにジンは苦笑して、

「そういう意味じゃないです。――お二人とも入られるのでしたら、相当窮屈になりますよ」

 再び背後を振り返り、そう云った。

 それを耳にしてキルシュが、

「あ、じゃあ、私出ますよ。仮眠取ってきていい? 仁さん」

 云いながら、既に立ち上がってイーヴィの直ぐ傍までやってくる。

 イーヴィの方が余程戸惑い、目を白黒させた。ジンは軽く肩を竦め、

「そうだな……、構わないよ」

 とキルシュに云った。

 扉とステップは一人分の幅しか無いので、イーヴィは一旦ステップを降りた。

「それじゃ、失礼しまーす」

 軽やかにステップを降り、イーヴィとライズに小さな会釈を見せ、野営車の方に駆け出して行った。ライズも、若干呆れたような顔をしてその後ろ姿を見送る。

 ジンが扉から、「どうぞ」と促してくるので、イーヴィ、ライズの順で探査車の中に入った。

 ライズが入って来たところで、ジンは自分で扉を閉め、鍵を閉めた。

「……キルシュ殿は、ハナ殿と全く雰囲気が違いますね」

 イーヴィが嘆息混じりに云うと、ジンは「〝ハナ〟……?」と呟いた後、「ああ……」と合点した息を吐いた。

 剛義や太狼が呼んでいる名前が、イーヴィの隊に自然と浸透し、彼女も誤解を解こうとしなかったらしい――フローラ本人が訂正しないのなら此処で自分がすることもないので、ジンは小さく笑みを浮かべ、「ええ、そうですね」と頷いた。

「敢えてのことではないんですが、二人一組で任務に当たる場合、タイプの違う者が一緒になることが多いです。〝感覚的〟な者と〝論理的〟な者、情熱的(ホット)理性的(クール)。太狼君と〝ハナ〟は、シフトが重なるので良くバディを組みます、彼らが貴方方のSOSを受信する巡り合わせになったのは、相当ラッキーでした」

「――タロー殿も、冷静ではあると思いますが?」

「まあ、そうですね。しかし、〝情〟に揺らぐ場面に出くわした場合、〝ハナ〟は『私情』を抑えた合理性や公益性を先ず考えますが、太狼(次代)は彼女よりは情――『私情』(己のやりたい方)が先に来ます」

 そんなことを云いながら、ジンが壁に近寄り、先程医療班が来る前までイーヴィが座っていたベンチを下ろすと、

「ライズ殿、どうぞ此方へ」

 と促した。ライズは、少々迷う顔をした後で、「……。恐れ入ります」と腰掛けた。

 続けて、ジンは、

「イーヴィ殿は、こちらにどうぞ」

 床に一部色の変わっている箇所があり、其処からスツールが引き出された。先程までキルシュが座っていたスツールの斜め後ろだ。

 恐れ入ります、とイーヴィも返し、ジンはキルシュが座っていた真ん中のスツールに腰掛け、首に引っかけていたインカムを耳と口元に戻し、前を向いた。

「……ライズ君、見たまえ」

 イーヴィが、彼を振り返り、真ん中奥のモニタの方向へ小さく顎をしゃくる。――隊長から促されずとも、ライズは既にそれを目にし、軽く眉を顰めていた。

「サヴァナの諜報隊が調べて作り上げた、イー・ルの布陣、砂漠側のマップだ。――随分正確だろう」

「……」

「その上、ジン殿の話では、都には既に三名もの間諜が、市井レベルながら潜入していると云う」

 何の感情も籠もっていない声でイーヴィが云う。ライズは、目を見開いた後でムッと唇を引き結んだ。

イー・ル(我々)には、只の一人として〝川〟を渡れた者も居ないというのに。タケヨシ殿が『イー・ルをすり潰そうと思えば、今までの間にも出来ていた』と仰っていた、それが法螺(只の大口)では無かったことが、良く解るというものだ」

「……俺には、『蛇の生殺し』という言葉が浮かんで来ます」

 ライズが、喉につかえたものを一緒に吐き出したような、掠れた声で云った。

 イーヴィは苦笑を浮かべる。

「サヴァナは、『防衛』に徹し、イー・ルには決して侵攻して来ない。それを〝サディスティック〟と云っては的外れだろう」

「……」

「一方的な宣戦布告から、どれだけ消耗・疲弊しようが『停戦』しようとしないイー・ル(われわれ)が〝マゾヒスティック〟なんじゃないか」

 ライズは言葉を返せない。イーヴィも、ライズにはそれ以上何も云わなかった。――「サディスティック」を云うなら、「中央政庁が自国兵士に」なのは、ライズも分かっている。

「ジン殿、――このライズ君が、日中、この位置の基地に向かって、無人になっていることを確認しています」

 イーヴィが腕を伸ばし、〝N33〟を指した。ライズがまたしても目を見開く。

「規模はお調べの通り、此処(BR19)と比べれば大きなものです。N33と名称が付いています」

「左様ですか」

 ジンがそれを聞いて、手を少し動かす。画面に特に変化は無い。

「隊長――そんな、それが、〝情報交換〟ですか……ッ」

 ライズが声を絞り出す。冷静を保とうと意識しつつも、動揺を抑えきれない――それが良く伝わる声色だ。

 イーヴィは彼を振り返り、

「――ジン殿にとって……サヴァナにとっては、既に判っていることを確認するだけの情報だ。私は『N33』という『ラベル』を差し上げただけなんだ」

 サヴァナは既に、五日前、イー・ルが後退したラインを大方把握している――冷静にイーヴィが云う。

「緑色の太い線が、〝竜巻〟の通過した軌跡、赤の線が〈ミサイル〉の軌道だ。見たまえ、()()()『C3』が入っている。まさか、これを『虚偽』だとは云うまいね、ライズ君」

 こんな「虚偽」の資料を作る暇など、サヴァナにはあったか。これが虚偽なら、サヴァナはどれだけ周到に「筋書き」を用意していたのか――「虚偽(うそ)」だと思うことの方が、非現実的(ナンセンス)なのだ、あとは――「今」はもう、それを()()「信じるか信じないか」だけだ。

 ライズは、拳を握りつつも、コクッと頷いた。

「同時に、オリバー君は、この位置から半径三~四キロ程度、無人になっていることを確認しています。我々はこの位置を『ノ・ウーの谷』と呼んでおります。砂丘の形状は変わりやすいのですが、此処は必ず『谷』になりますので」

「成る程」

 イーヴィがまたモニタを指し、ジンは手を動かす。

「それで、その後……捜索の進展はありましたか」

 隊長の声色が少し変わったので、項垂れかけていたライズが顔を上げた。何だか、深刻そうな……ほんの僅か、不安そうな響きがあった。

 ジンも微かに眉を寄せ、「済みません」と小さく首を振った。

「貴方にお伝え出来る有益な情報は、まだ入って来ておりません。〝川向こう〟から捜索してますから……やはり距離がネックです。向こうでデータを処理する時間が多少かかっているというのもありますが――探査一番車(わたし)()()()からも直に捜索出来るかどうか、その検分も同時に行っております。安全が確認された場所は、私がこちら側からも精査します」

「ああ……、成る程、――そうですか」

「隊長――〝捜索〟って……、何のですか」

 ライズが、顔を顰めつつ尋ねると、イーヴィとジンの二人ともが振り返り、

「〝川〟に近い最前線(西)から()に向かい、()()()が居ないかどうか、トレースしております」

 ジンがイーヴィに先回って答えた。

 ライズがまたしても目を見開く。

「イー・ル体制にとり『厄介』と思われている人員が、優先的に前線へ送られたということならば、他の砦や基地に、貴方方と同じような状況の方が、居ないとは限りませんので」

「――っ……」

 ジンの冷静な回答に、ライズは顔を顰め、「……そう、ですか……」と声を震わせた。

「一先ず、『BR00S』を重点的に調べていた班からは、〝異状なし〟の連絡が来ています。この砦は、撤退の時点で、無線や発電機等が動作を止めたことを確認出来ていますが――」

 N33と同じ状況である。

「その後、砦から百メートル四方以内で、特筆すべき変化は起きていないようです。北側の壁から砂に埋もれ始めている、というくらいで――念を入れ、百メートルを越え、周辺のトーチカ等にも何らかの異状は無いか調べるよう、指示しております。『BR13』『NC08』については未だ報告が――……ん?」

 中央のメインモニター手前に密集した機械の一角で、二つランプが点滅した。

 手元で伏せられていた小さなモニターを一つ立ち上げながら、小さなレバーを左手で弄り、インカムのマイクを右手で摘まむ。

「――こちら一番、仁、ふん、……うむ、……そのまま追跡しろ、こちらからのアクションは必要無い」

 向こうが何を云ったのか、イーヴィとライズには聞こえていない。ジンは続けて、別のレバーを弄り、同じように「こちら一番」と別の隊に応答した。

「――っ、何だと――」

 先の応答よりも、ひりついた声をジンが出した。

「何かありましたか」

 思わず、イーヴィが僅かに腰を浮かせて問いかける。ジンは「シッ」と手の平を彼に翳して、

「少し黙っていて下さい」

 と眉は顰めつつも冷静な声で返した。

 イーヴィはグッと口を噤み、ライズも背後で息を詰めている。


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