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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(4)
278/279

【a5d:svn】(4) -[4]-(2)



 ライズに支えられてオリバーが医務室に入ると、エ=ドンが

「其処に横になりなさい」

 と簡易ベッドを手で示した。

 ライズは素直にそちらへ足を向けたが、オリバーが少々慌てた声を出し、

「いえ、エ=ドン先生、椅子で良いです」

 と軍医へ云った。

 エ=ドンは血圧計を膝に乗せて車椅子をベッドの方へ進め、

「今は横になって貰った方が、血圧測定をしやすいんだよ。丁度良い保定台が無いから」

 と冷静な声で返した。

 ――「専門家」の側からそう云われると、返す言葉も無い。ライズの方が先に、促す形で足を踏み出して、オリバーをベッドに座らせた。

 戸惑った顔のまま、軍靴(ブーツ)をやっと脱いで横になったオリバーだったが、

「……正直、横になったら『即』で、眠ってしまいそうなんです」

 と口ごもる。するとエ=ドンは微笑を見せた。

「構わないよ。――車椅子(これ)を提供して貰えたから、私が、普通に就寝室へ戻って休めば良いだけだ」

 エ=ドンが車椅子のホイールを軽く叩いて云うと、オリバーは「はぁ…」と曖昧な相槌を打った。

 オリバーを宜しく、と云うふうにライズがペコッと頭を下げ、医務室を出て行った。それと入れ替わりに、スォ=ハムとクォンが入ってくる。

 エ=ドンがそちらを見ると、スォ=ハムが言い訳がましい口調で云った。

「あ、すいません、通路みたいにしちまって……。寝室に戻るのに、玄関から入るよりこっちが近かったので」

「ああ、別に構わないよ」

 エ=ドンがあっさり返し、スォ=ハムは軽く会釈して廊下に続く扉に向かおうとしたが、

「……スォ=ハム、済まねえ、ちょっと待ってくれ。――エ=ドン先生、そこの椅子に座らせて貰って構いませんか」

 クォンが、先程までソゥパの座っていたスツールに目を向けて、そう云った。

 スォ=ハムが「大丈夫ッスか?」と慌てた声で尋ね、クォンの肩と腕を掴んで支えてゆっくり椅子に座らせた。

 エ=ドンも険しく目を細め、

「こちらが終わったら、直ぐに診ますから」と返し、

「先生、私の方が後で良いです」とオリバーも続けた。

「いえ、大丈夫ですよ。……何だか、急に疲れが出て来たのか、体が重くなっちまって。ちょっと座ってりゃ、就寝室(へや)に戻るくらいの元気は戻りまさあ」

 弱々しい苦笑を浮かべてから、クォンは猫背になり、膝に両肘を付く。

 ――そんなところへ、タイミング良くリーチが会釈しながら入って来た。

 クォンの()()()()()な様子と、傍らに立っているスォ=ハムの心配そうな表情に、リーチは「おや」と目を見開いた。

 簡易ベッドでは、車椅子の軍医がオリバーの血圧を測っている。

 自分の用件は別のことだったのだが――リーチが、訝しげな顔をしているエ=ドンへ、

「俺、クォンさんを診ましょうか? 百代さんは迎えに来る方でしたけど、俺は残る方の医者です」

 と改めて自己紹介した。それを聞いてエ=ドンは「ああ……」と嘆息し、

「お名前はリーチ殿……と仰いましたか。お願いします」

 はい、と頷いて、リーチはクォンに近づき、座っている彼に合わせて身を屈めた。

 彼と己の額に手を当てて「熱は無いですね」と呟いてから、片膝を付く形で姿勢を低くし、右手でクォンの手首を取ると左手の腕時計を覗き込んだ。

「ちょっぴり心拍が弱いな……。持病あります?」

 そう云ってクォンの顔を覗き込む。「いいえ、別に」とクォンは答えた。

「頭痛や目眩は無いんですか?」

「ええ、そういう訳じゃねぇです。単に、一日の疲れが今ドッと出た、って感じですよ。就寝室まであとちょっとだと思ったら、屋根の下に入っただけで糸が切れちまって体が重くなったというか……。年のせいで、スォ=ハムより辛抱が効かなかっただけです。座って少し休ませて貰えば、ベッドまでは自力で歩けやす」

「あー……。そういや、俺達みたいな見ず知らずの人間が急に増えてバタバタもしたし。緊張もしたでしょうしねえ」

 納得、というふうに頷いて、リーチは一旦立ち上がった。

「じゃ、クォンさん、ゆーっくり、深呼吸もしときましょうや」

 項垂れた格好の彼にそう促して、エ=ドンに顔を向けた。

「そっちの血圧計空いたら、一応、計っとくのが安心でしょうが。元々心臓に疾患があるとかじゃないんだったら、取りあえず心配無いと思いますよ。緊張と緩和の落差ですね、アドレナリン全開(どーん!)の後、インシュリン効きすぎ(ばーん!)って感じ」

「そうですか」

 肩を竦めながら多少大げさな表現で云ってきたリーチに、エ=ドンは苦笑しながら頷いて、本人の云う通り既にうとうとしているオリバーの顔を見た――彼と同じ状態だな、と――。

「スォ=ハム君、クォンさんとは寝室が一緒?」

 リーチが彼に顔を向けて訊ね、スォ=ハムは「そうッス」と答える。

「じゃあ、クォンさんを寝室まで連れてってあげたら、君はもう少し頑張って、二人分の水筒を取りに行きな。そんで、枕元にでも置いといて、水分補給出来るようにしとくと良い」

「分かりました」

 スォ=ハムがコックリと大きく頷く。

 エ=ドンは血圧計を片付け、足下に畳まれた毛布をオリバーに掛けてやると、車椅子を漕いでリーチに近づいた。

「恐れ入ります、助かりました」

「ああ、いや……、タイミングが良かっただけです。――俺がちょっと、軍医殿(あなた)に用事がありまして、医務室(こちら)にお邪魔したら、偶々っていう」

「用事? ……何でしょう」

 首を傾げたエ=ドンに、リーチが「少しお時間良いですか」と前置きをした。

「貴方の方も、本当は安静にした方が良いだろうし……。もうお休みになるようなら、明日の朝でも」

「――。一応、ご用件は伺っておきます。慎重な判断が必要な質問等がおありなのでしたら、今はちょっと、回答が無理なのですが…」

 エ=ドンは、真面目な声で是非を濁した。リーチは「ごもっともです」と返す。

「貴隊の隊長閣下からは『医務室・衛生設備の復旧を急ぎたく、そのために発電機の復旧も急務』と要請されたそうで。それで、俺が一先ず先遣で来たんですけど、朝になったら、サヴァナ(あっち)の職人達も入って来ます。彼らは『専門家』じゃないので、今のうちに『段取り』に要望があるようでしたら、俺が先に打ち合わせとこうかと思いまして。どうでしょうか?」

「――。は?」

 ちょっと意味が分からない……。エ=ドンが首を傾げた。

 補足するように、脇からスォ=ハムが口を挟む。

「エ=ドン先生、リーチさんって、『職人(工員)』でもあるんですって。すげぇッスよね。――俺とおやっさんも医務室とかのメンテは、先生から細かく指示されてからじゃないと、自分の判断だけで適当なこと出来ないじゃないッスか。でも、エ=ドン先生、今()()()()状態だし……。リーチさんだったら『専門的』なとこの理屈も一緒に正確に(ちゃんと)伝わるから、そこら辺、何か無いかって、前もって聞いときたいんじゃないスか」

 エ=ドンの車椅子を指して云い、スォ=ハムがリーチに顔を向けると、

「フォロー有難う、助かった。どうも言葉足らずですいません、そういうことです」

 と、リーチはスォ=ハムとエ=ドンの二人に苦笑を見せた。

「ああ、そういう……そうですか、それは素晴らしい」

 とエ=ドンは納得しつつ、先ず、感嘆の息を吐いた。

 それから、少し思案げな顔をして、次には「はっ」と何か思い出す表情になり、最終的に随分と厳しく真摯な顔付きになった。

「そういうことでしたら……――クォンさん、スォ=ハム君、先ず君達に云っておきたいんだが……。――発電機は『直ぐ』に修復が出来そうな状態なんだろうか?」

「――それは、開けてみなくちゃ分かりませんで……今までは、その『開けてみる』のが難儀だったものですからね。体力のある工員さんがサヴァナから来てくれるんだったら、状態によっては、早々と復旧するかもしれやせん」

 座ったままクォンが答えると、エ=ドンは「そうか」と頷きつつも、何故か眉間に皺を寄せた。

「では、復旧が直ぐに可能なのだったら、少し待って貰えないか、私が許可するまで」

「……は?」

「へっ?」

 クォンとスォ=ハムが意外そうに目を見開き、間抜けな声を出して顔を見合わせる。

「あるいは……、私は、()()()()の配線のことを技術的に分かっていないんだが、医務室等への送電を止めておくことは出来るかな?」

「えぇと……、不可能ではないと思いますが……。何故です?」

 クォンが困惑気味の声で返した。彼に対しては、「直ぐに通電すると、ちょっと危険かもしれないんだ」とだけ云い、エ=ドンは改めてリーチに真面目な顔付きで、

「リーチ殿、――ガスマスクや防護服は、物資の中にございますか」

 と尋ねた。

「物騒ッスね。そういう施設があるんですか?」

 リーチはパチパチと瞬きをして、軽く肩を竦めた。一瞬苦笑を見せて、エ=ドンは首を振る。

「『毒ガス製造』や『臨界実験』の施設が、こんな前線の小さな砦にある訳じゃないですよ。――地下に浄水設備がありまして、発電機を破壊された時から停止しているんです。誤って隊員達が近寄らないよう通用口は封鎖しているんですが……汚水や薬品の化学反応で、有毒、可燃性の液体やガスが生じている可能性も否めません、まして、それが通路に漏れていたら大変危険ですから」

「ああ……だから、発電機が復旧しても、直ぐに通電しちゃヤバい、ってことですね。ともすると、『今』は安全な(何ともない)のに、通電したその瞬間(とき)に、毒ガスが発生しないとも限らない」

「そういうことです。そちらを点検して、安全性が確認されてからでないと――」

 傍でスォ=ハムとクォンも「成る程」と頷き合っている。

「分かりました。じゃあ、そっちの点検作業を真っ先にやらなきゃ、ですね。ガスマスクに防護服か……どうだったかな、持ってっかな。取りあえず、直ぐ確認します。無かったら朝一で来る班に持ってくるよう云っときますよ。――その点検作業は、俺と誰か、サヴァナの者がやっちゃっても良いですね?」

「ええ、構いません」

 リーチが確認すると、エ=ドンはきっぱりと答えた。

「儂らは、朝一で配電盤の確認をするぞ、スォ=ハム。よし、そのためには良く寝とかなきゃあな」

 クォンが殊更張り切った声を出し、スォ=ハムを見上げる。

「ああもう、そんな意気込んじゃって。また立ちくらみでもやっちゃうッスよ」

 スォ=ハムは大げさに呆れた声を出しながら、クォンに手を貸し、ゆっくり立たせた。

 一瞬だけ微笑を浮かべて、エ=ドンは三人に「宜しくお願いします」と頭を下げた。


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