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エ=ドンが、それではお願いしますと百代に告げ、
「ライズ君、搬送口の扉を固定してくれ」
と云い、ライズが「はい」と答えたところから何人かの人々が右往左往し始めたので、医務室の中が少し賑やかになる。そのせいでリモがうっすらと目を開けた。
それに気付き、
「寝てて大丈夫ですよ」
と、――サリーやキルシュほどの朗らかさは相変わらず無いが――一応面識のあるフローラがあっさり云ったので、リモは「ああ、そうか」と深く考えずに、また瞼を閉じた。
まず、そのリモが寝かされたストレッチャーから医務室を出た。
搬送口の目の前に、サヴァナの救護車が、後部扉を全開にして待っている。
救護車の近くに、剛義と太狼、クォンとスォ=ハムが立っていた――他の力仕事ならば積極的に手伝うつもりだったが、要救護者の収容は、専門家から云われるまで黙っていることにしたらしく、ただ見守っているだけだ。
ストレッチャーが出て来たので、スォ=ハムが思わず足を踏み出して近づいたが、リモは大人しく寝ているようだったので、グッと唇を引き結び、声かけは堪えた。
救護車の中にあった担架にリモが移され、車両設備のベッドに移されると、次にはスロープが出され、チォの車椅子を収容した。
スロープの後にステップが出され、ソゥパがオリバーから支えられた状態でそこまで歩く。
チォの車椅子を押したリーチが、車両の中から腕を差し出している。ソゥパがオリバーに
「有難うございました」
と云って離れ、リーチの手を取り、ゆっくりステップを上る。
ソゥパがベンチに座ったところで、彼と入れ替わりにリーチが車両から降りた。
百代とサリーが、開け放たれたままの医務室を振り返る。エ=ドンとイーヴィが敬礼を見せた。
作業を手伝うのに外へ出ていたオリバーとライズ、傍で見守っていたクォンとスォ=ハムも、同じく敬礼をしている。
チォとソゥパは――もう、己は軍人であることを棄てたとハッキリ自覚していたが、EV隊隊員としては、「未だそうであり、そしてこれが最後だろう」とも分かっていたので、彼らと同じく敬礼を返した。
最後に百代が、
「確かに、お預かりいたしました」
と真摯な声で云って、――彼女は「兵隊」ではないので――サリー共々、深々とお辞儀をした。
「お願い致します」
イーヴィの声を聞いてから、百代がステップを上って後部扉を内側から閉め、サリーが運転席の方へ回った。
程なく、救護車は西の方へ去って行く。バックライトもどんどん小さくなり、少し規模の大きな砂の丘を下ったところで、完全に見えなくなった。
――そこで一つ、糸が切れたのだろうか、オリバーの頭が振れて、左の膝がカクンと曲がった。
傍に居たフローラとライズが、両脇から彼を支える。フローラは腰にしがみつくようにして抱え、ライズは胸を押さえるように腕を差し出した――既に「敵方」がどうこうをさて置いて、ライズはフローラに苦手意識が出来ているものだから、オリバーを挟んで随分距離が近くなったことに、条件反射で顔を顰めた――。
「大丈夫ですか」
フローラの――こんな状況でも冷静な――声が聞こえ、オリバーが
「あ、済みません、大丈夫です。――ちょっと、気が緩んでしまっただけです」
そう云って、足を踏みしめ、フローラとライズから離れた。
しかし、その様子を見ていたイーヴィが、
「オリバー君、君は今度こそ休みなさい」
と少々厳しい声を出した。戸惑った顔をしてオリバーが振り返る。
「ウドゥ、診察して、君が『もう寝ろ』と雷を落としてくれ」
車椅子のエ=ドンを見下ろしてイーヴィは云い、外に出た。エ=ドンは微苦笑を浮かべて頷き、
「オリバー君、来なさい。ちょっと血圧を測ろう」
そう云って手招きする。オリバーは戸惑いの表情を浮かべたまま、「恐れ入ります……」と呟く。
「女、オリバーは俺が連れて行く、おまえはもう良い」
ライズがフローラを見下ろしてそう吐き捨て、ノ・ウーの谷で自分がオリバーからされたように、彼の腕を自分の肩に回し、腰を掴んで歩かせた。
「私のことは〝ハナ〟とお呼び下さい、と申した筈ですが。――それが嫌なら、貴方は『フローラ』でも良いです」
相変わらず冷静な声でフローラは云い、あっさり踵を返して六花の下に近寄った。
――彼女の台詞で思わず「えっ?」と振り返ってしまったライズに、オリバーが、ククッと小さな笑い声を漏らした。
「……そうだな、君は『フローラ』でも良い」
「どういう意味だよ」
「後で説明するよ――。どうせ、君も直ぐには、素直に彼女の名前を呼べないだろう?」
旧友が少しばかり皮肉な声で云ったので、ライズはムッと口を尖らせた。
救護車の方角を見たまま、背中を向けている剛義と太狼、クォンとスォ=ハムにイーヴィが近づく。
スォ=ハムが、不意に片腕を上げ、それに顔を伏せるようにして肩を震わせだした。イガグリ頭をクォンがゴシゴシと撫で、背中を太狼が優しくポンポンと叩いている。
背後のイーヴィに気付き、剛義が振り返った。それに気付いて、三人も振り返る。
スォ=ハムは慌てて、腕で顔を――目元をゴシゴシと擦る。
イーヴィが穏やかな声でスォ=ハムに尋ねた。
「スォ=ハム君、君もリモ君とともに、サヴァナへ向かった方が良かったのじゃないかね?」
「いっ、いいえっ」
スォ=ハムは赤くなった目を見開き、ぶるぶると首を振る。
「隊長、俺、俺は砦に残るッス。っつうか、クォンさんの傍に居るつもりッス。そう、決めたッス」
リモのことで感傷的にはなったが、スォ=ハムの意志は固まっているらしい――彼は、厳しい顔付きでイーヴィにそう宣言した。
イーヴィは「……そうか」と大きく頷いて承った後、微笑を浮かべた。
「では、今日の所は、二人ともこれで休みなさい。タケヨシ殿、クォンさんへの話は、もうお済みですか」
剛義が頷き、彼もクォンに顔を向けて
「隊長さんの云うとおり、もう休みよ」と云った。
「夜が明けたら、サヴァナから工員の方々が来てくれると云う。――そちらは、君達に直接の『担当者』をやって貰うことになるのだからね……もう今日は寝なさい、しっかり休んで」
再び促され、クォンとスォ=ハムは顔を見合わせた後、イーヴィに「分かりました、お休みなさいませ」とお辞儀した。
玄関に回るよりも、目の前に医務室の扉があるので、二人がそちらに向かうと、入れ替わりにライズが出てくる。
ライズはイーヴィの下に近寄った。
剛義に声を掛けようとしていたイーヴィが意外そうに、
「ライズ君? どうしたんだ」
と首を傾げた。
「――隊長の方こそ、もうお休み下さい」
「……。私はまだ、やり残したことがある」
「ならばお供します」
「――」
イーヴィが目を細めた後、苦笑を浮かべた。
「『そういう体』が、まだ必要だと思うのかね」
「……。隊長、正直、俺はまだ、自分の軸足を何処に置けば良いのか、完全には解っていません。――今の国家体制に不信感があるのは隊長と同じなんですが、隊長の『行動』が、軍人として『背信行為』であることも、事実です」
隊長の問いかけに一瞬絶句したライズだったが、萎縮はしないように冷静を保ち、気丈にそう返した。
イーヴィが「それはその通り」と頷く。
「イヴ様、俺は、チォさんやソゥパと同じように、貴方について行くつもりなのは、そうなんです。俺の〝主〟は、貴方だけです。だから、貴方に危険が及ぶようなことには、なって欲しくない」
「……」
「サヴァナが、表向き敵方であるから、警戒心を失ってはならないのも、そうだけど――」
剛義と太狼を一瞥してから、ライズが一つ息を飲んで続けた。
「――『自分の方針にそぐわない可能性が有る隊員には監視を付ける』と仰ったように、……隊長が致命的な背信行為を行ってしまわないよう、俺が貴方を監視するのは、いけないことですか」
「……」
「俺だって、イー・ル国の民として、貴方の部下として、祖国も仲間も貴方も、裏切りたくないし諦めたくないのは、同じなんです」
両手を拳にし、段々俯き加減になりながらライズが声を絞り出す。
イーヴィは、ふ…と微笑を浮かべて、
「そうか――。君はそっちの『体』が必要だと思って、『行動』を選択したのだね」
「……隊長…」
「私と君の『方針』は、一致している――ならば、好きにしたまえ、私は今、君に『ついて来るな』と命令はしないから」
ライズが顔を上げると、イーヴィは笑みを浮かべたままそれだけ云って、「タケヨシ殿」と振り返った。
――放り出されたようで、ライズは狼狽の表情を浮かべたが……、イーヴィは「方針は一致している」と云った上で、「好きにしろ」と云った。これこそ、隊長としてではなく、導師としてのイーヴィの「導き方」だ、〝神の声〟は伝えた上で、「己の誠に従い、己の行動を選択・決断せよ」と……、決して、放り出されたのじゃない。
イーヴィには見えていない敬礼をした後、ライズは、彼の背後を守る位置に立った。
「……あんたの方こそ、もう休んでいいとは、俺も思うがな」
剛義が呆れた苦笑混じりに云ってから、「何か用?」と首を傾げた。
「ジン殿との情報交換が途中だったのです。――再度、探査車に入らせて貰っても大丈夫でしょうか」
「ああ……。『DO NOT DISTURB』の札が掛かっちょらんかったら、ノック三回して名乗りよ。向こうから開けちくれるやろ」
「『起こさないでください』?」
イーヴィが声を裏返したので、剛義が「洒落よ、洒落」と笑いながら手を振った。
「――まあ、本当に中に居る者が仮眠中のこともあるがな。元々の意味、邪魔すんな、周りで騒ぐな、っちゅうことよ。周りが火の海にでもなっちょらだったら、俺でん、その札が掛かっちょる時は開けられんし声も掛けられん」
「……。その札が掛かっていないのなら、ノックしても良いのですね?」
呆れた顔をした後で、イーヴィが確認口調で云うと、剛義は一度「いい」と頷いてから、真面目な顔になって続けた。
「後で仁君と、『こっちはイー・ルの者ですよ』っち直ぐ分かるような、ノックのパターンでも決めちょきよ。多分、諜報隊の者も交替要員で来るじゃろうけん、いちいち面通しして自己紹介の場ァ作るよりは、引継がスムーズに行く」
「ああ……それはそうですね。――お二方も、そろそろお休みになっては……。何の用意も出来ていないので恐縮ですが、就寝室に余りがありますから、そちらへ」
イーヴィがそう云うと、剛義は「ああ、気にせんで大丈夫」と手を振った。
「俺達ゃ、運搬車の荷台ででも寝るつもりじゃったけん。寝袋があるんよ」
イーヴィは、「いや、それでは余りに……」と恐縮そうな声を出したが、剛義はおどけた声で云った。
「いや、これで意外と、俺も太狼も、枕が変わると直ぐには寝られんタチでな」
「は……」
「『枕』っちゅうか、空気じゃけど」
太狼も肩を竦めてみせる。イーヴィがまた呆れたような顔をした。――「そんな恐れ入ることはない」と己を庇うために云った方便だか、それとも、本当にそんな「デリケートな一面」がある二人なのだか……全く分からないが、それ以上食い下がる言葉は思いつかず、「そ、そうですか…」と了承したイーヴィだった。
「では――我々にお声がけは無用ですので、お二人も頃合いを見て、お休みください」
そう云うと、イーヴィは探査車の方へ足を向けた――ライズも、二人に黙って会釈だけして、ついて行く。




