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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(4)
275/276

【a5d:svn】(4) -[3]-(3)

「サリー殿、こちらは、我が隊所属の軍医で、ウドゥ・エ=ドンと申します」

「初めまして、サリーです。――軍医殿、あの、恐れ入りますが、こちらの処置台を、少しの間貸して頂けますか?」

 手術用の大きな――今は何の役にも立たない――ライトの下に処置台がある。今のところ、ランタン以外に何も置いていない。それを指し示すように己の手持ちライトでも照らしながら、サリーがエ=ドンに問うた。

 エ=ドンは「ええ、どうぞ」と頷き、サリーはオリバーへ、

「じゃ、包みはこちらに置いてください」

 と告げた。

 云われるまま、オリバーはそっと処置台に風呂敷包みを置いた。

 イーヴィとオリバーだけでなく、立っていたライズも――近づいては好奇心が露骨なので遠くからチラチラと――包みに視線を向ける。

 サリーは手持ちのライトを横に置いて、風呂敷の結び目を丁寧に解きながら――手元に視線が行っているので独り言のように――云った。

()()()()から言付かって来たんです。『軍事』が付くとは云えイー・ルの施設なんだから、備品(大きな物)はダブっちゃって余計なお世話になるかもしれないけど、消耗品はあって困るものじゃないだろうと……」

「――」

 何のことだ、とイーヴィは――「嫌な予感」とも「期待」とも判断が付かない胸のざわめきを感じながら――目を細めた。

 サリーは風呂敷を綺麗に広げ、

「隊長さんには、説明の必要も無いでしょうけれど」

 と云いながら、手で荷を指す。――彼女の云うとおり、イーヴィは、見ただけで驚き、目を見開いた。

「〝聖生(せいしょう)大典〟と〝教導抄集〟。こちらは、香炉と燭台です。私が持てるようにって、小さいのを選ばれたそうですけど、素材は略式ではないです」

 どっしりした装幀の書物が二冊――〝神の声〟が記された本と、その中から「導師」が特に耳を傾けるべき章を抜き出した文献。〝神〟を感じ、通じ合う時間に必要な、器、調度――。

 イーヴィは今日何度目か、相当「混乱した」。一瞬完全に言葉を失っている間に、サリーはそれらと一緒に包まれていた箱の蓋を上げ、

「こちらは、見ての通り、〝経紙片〟と蝋燭・紙燭、抹香と香油です。お納め下さい」

 そう云って手の平を見せる形で指し示した。〝礼拝〟で()()する品々だ――実際、補給も断たれた今、これらは完全に失われている。

 ――この時には、サリーの声で何が起きているのか判り、エ=ドン達も困惑の表情を浮かべていた。

 イーヴィの傍でオリバーも驚いて息を飲み、同時に一つ合点したことがあった。

 これらの「消耗品」は、〝異教徒〟が触ると「無意味・無価値」になる――と思われている――物だ。だからサリーは〝先生〟から言付かった品々を、リーチや六花に預ける訳にはいかなかったのだ。

 視点を変えると、リーチや六花(サヴァナ側)も、()()()()()()()()()ということになる。サリー以外が触れてはいけないから、「重そうだから持ってあげる」という()()()をしなかった……のだ、()()()()()申し出て初めて、サリーは彼に重い荷物を預けることが出来た。

 イーヴィが、掠れた声でサリーに問う。

「こ、これは……、どういうことでしょうか。一体、何故――こんな」

 その問いがサリーには「あまりに曖昧」だったので、少し困ったような顔をした。

「ええと……。ですから……、百代さんがイー・ルから亡命される方を迎えに行くというので、お供するのに私も呼ばれたんですけど……〝先生〟の方にも、先代の筆頭が一応、前もって声を掛けておられたみたいで、私に言付けを」

「――それが、良く分かりません……。〝先生〟というのは? 何故、先代の筆頭閣下は、その方にお声がけなどを?」

 やはり、「期待」「嫌な予感」のどちらともつかない動揺で、鳥肌が立ちそうなのを堪えながら、イーヴィは重ねて問うた。

 「ああ……」と息を吐いた後で、サリーは先ず「失礼しました」と自分の言葉足らずを謝った。

「御免なさい、そうか、〝先生〟だけじゃ分からないですよね。私と私の家族を含め、サヴァナの信徒を()()()()()()()()()()です。――イー・ルでは、細かく階級があって色々名前があるようですが、サヴァナには〝私たちの先生〟である導師様がお一人だけで……」

「――ッ」

 もしや、と感じていたことが、事実だと確認されて、イーヴィは絶句する。

「隊長さんが『導師様』でもあることは伺いました。そういう方が居られるのでしたら、戦時にあっても、〝礼拝〟は出来るだけ略さず行われているのではないかと――。亡命されるお二人が、改宗されるのではないのでしたら、サヴァナに居られる間は、先生が〝礼拝〟の〝指揮〟も執られると仰ってましたので、イーヴィ様には、ご安心下さいませ」

 ペコッ、とサリーから頭を下げられ、イーヴィは、知らぬ内に固い拳にしていた両手をゆっくりと開き、腹の上に手を当ててお辞儀を返した。

「心から、御礼申し上げます……。もし、その機会がありましたら――そんな僥倖が私に訪れることがありましたら……、貴方を導く御方とも、ゆっくり言葉を交わしたいものです――」

 余りに純粋な、この若い女性(おとめ)に、今自分が感じている動揺、「悔しさ」や「羨み」、それが故の「歓喜」を悟らせることは出来ない――声が震えそうになるのを必死に堪え、イーヴィが丁寧に言葉を紡ぐ。

 寝入っているリモを除き、医務室に居る皆がサリーに向かって頭を下げていた、まるで、〝女神〟に拝謁したかのように――。特にライズは下げた頭をしばらく上げず、眉を寄せ、唇を噛んで、両手は強く拳を握っていた――。


 搬送口が「コンコンコン」と音を立て、少しだけ開き、「宜しいかしら」と百代が顔を見せた。

 イーヴィが「どうぞ、お入り下さい」と返答し、百代と六花、リーチ、フローラが入って来た。

 先の三名はエ=ドン達が初めて見る顔である、イーヴィが皆へ、一先ず名前だけを紹介した。

 エ=ドンが車椅子を漕いで百代に近寄り、

「隊の軍医を務める、ウドゥ・エ=ドンと申します。私がこんな具合で、何とも役に立たないものですから、皆様にご足労頂くことになりました、恐れ入ります」

 怪我した足を膝から軽く上げて云うと、百代が不憫そうに目を細め、「どうぞ、お大事になさって」と声を掛けた。

「隊の皆様には、やはり馴染んだお医者様の方が気楽でございましょうが――こちら、妹の六花と娘婿のリーチでございます、この二人もそれなりにお役に立てる筈ですから、どうぞ何でもお申し付け下さい」

 六花とリーチを振り返って、百代が丁寧に云う――エ=ドンだけでなくライズも、剛義と太狼(先の二人)のきつい訛りとのギャップで、多少驚いた――。

 六花とリーチも軍医に会釈を見せ、

「取りあえず、お二人、サヴァナに向かわれると伺ってますが。今までの間に増えてはおりませんか? 当人の意思以外に軍医殿のご判断で、より高度な治療や検査が必要と思われる方とか居られたら、まだ乗車の余裕はありますんで……」

 リーチがエ=ドンとイーヴィに問うと、エ=ドンが、ちらっとソゥパに目を向けた。

 ソゥパが、彼の視線に頷きを見せ、ゆるゆると立ち上がる。足下がふらついたので、一番近くに居たオリバーが支えた。

「すみません、オリバー()()

 「小隊」単位だと、オリバーも彼の隊長にはなるので、ソゥパが頼りない声で呟いた。オリバーは軽く首を振る。

 ソゥパは、オリバーの肩に腕を乗せた格好で、中隊長のイーヴィに今にも泣き出しそうな顔を見せた。

「たった今、決心付きました――イヴ様……俺も、サヴァナに行きます……」

「そうか」

 既に、察してはいた――イーヴィは冷静に頷きを見せた。

 今度はライズも取り乱さなかった。もしかしたら、先程エ=ドンが「相談事」と云っていたのは、()()だったのかもしれない、ライズは傍で聞いていたのか――。

「俺、もう、サヴァナと戦争したくない……、イー・ル軍には居たくない、居られないッす……――でも、でもっ……俺、イヴ様の傍に、この隊の中には、居たいんです……。俺が戦死する時には、イヴ様に(おく)って欲しかった、大導師長の戦没者葬礼(月例行事)に纏められるなんて真っ平だった……だから、せめてEV隊に志願したんです、今でも、イヴ様の傍には居たいッす……でも……もう……軍に居るのは無理ッス。――イヴ様、俺、俺はっ、いつか必ず、イヴ様の傍に戻って来ますから……、どうか、それを覚えてて、下さい……」

「――」

「だからイヴ様はっ、ぜ、絶対にッ……、グ・ルグとか、大導師長とかから、()()()ずに、居て、ください……」

 ソゥパが悲痛な声を絞り出す。イーヴィは、こっくりと頷き、

「分かった、ソゥパ君。――私は君といつか再会することを、待っているよ」

 厳かに、そう云った。

 オリバーの肩に掛けた腕と逆の手で、ソゥパが顔を覆い、嗚咽を漏らす。

 ――この砦で何があったのか知らないが……彼らがとても不憫に思えてきて、サリーは口元を押さえていた。そんな彼女にイーヴィが声を掛ける。

「サリー殿、たった今受け取ったばかりで大層不躾ですが――『貴方の導師(先生)』からの贈り物、有り難く頂戴します。――失礼」

 イーヴィは「消耗品」の箱の中から、もう一度小箱に収められた物――〝経紙片〟と香油の瓶を取り出した。

 五センチ角くらいの〝経紙片〟を一枚取り出し、香油をほんの一滴染みこませ、四つに折りたたんで額に当てた。目を閉じて〝信徒〟にしか分からない「短誦」を口にする。それを三枚分行うと、まずソゥパへ、

「君の前途が暗いと思った時は、今日のこの時を思い出しなさい。――今より暗い道は、君の目の前に無い」

 そう云って、香油の染みた四つ折りの〝経紙片〟を、彼の胸ポケットに入れた。

 ソゥパが「うぅ…」と呻いてから、

「あっ、有難う、ございます……」

 と声を震わせた。

 イーヴィは続けてチォの手にも、〝経紙片〟を握らせた。

「――チォ君。君は、イー・ルに未練は無いが、〝神〟への忠誠は揺らいでいないと云ったね。ならば、『導師』が()()()()()()()、きっと、その心を揺らがせてはいけないよ――私も〝神〟ではないのだから」

 大導師長が〝神〟なのではないのと同じく――。

 誰より尊敬する導師から直接受け取った〝経紙片〟を、ギュッと握り締め、チォは頭を下げ、再び鼻梁を濡らした。

 イーヴィは、寝入っているリモの胸ポケットにも〝経紙片〟を入れてやると、サリーに向き直った。

「サリー殿、貴方の『導師(先生)』に、私からも言付けをお願いします。どうぞ、三人をよろしくお願いします」

「はい、――確かに、承りました」

 サリーも真摯な表情をして、腹の上に手を当ててお辞儀をした。


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