【a5d:svn】(4) -[3]-(2)
「いや、あの、やっぱり、太狼さんと、似てらっしゃるなあ、と。そ、それに、きれいな名前だなあ、と思いやして……」
それも事実ではある言い訳を、口ごもりながら出す。大柄なのもそうだが、六花は髪の色が銀灰色だった。剛義が、若い頃は太狼と同じ髪色だったと云っていたので、六花と太狼の二人は父親の血が濃く出ているのだろう――小柄な百代の方は、目の色は六花と同じだが髪色は茶だったので、母方の血が濃く出たのかもしれない――。
六花は苦笑して、
「初子に『長生きするように』で『百代』、初めての男の子に『太狼』は良いとして、次女に『六』って何?――って、拗ねてたんですけどね」
肩を竦めた六花に、剛義が慌てた声で、
「まだふて腐れちょったんか、俺、説明しちやったろうが。本当は、百代の次じゃけん『千歳』っち考えちょったんじゃ――……コンさん、あんたは記憶無ぇかえ、昔、この辺じゃ相当珍しい大雪が降ったろう? この子は、その年に生まれたんよ、それで『ろっか』よりは『りっか』ち読ます方が美しかろうと思うてさ」
「ああ……成る程、そうですか。それはやっぱり、綺麗な、良いお名前ですよ」
確かに、自分が子供の頃、砂漠と平原では滅多に無い「雪」がまとまって降ったことがある。今のところそれが、クォンにとって最初で最後の「積雪」の記憶だ。
「じゃあ、もしかして、リッカ様とイヴ様は、同い年ですね」
クォンがイーヴィにも顔を向けてそう云うと、イーヴィは
「……。そうだね」
と頷いた。
剛義が、「へえ」と目を瞬かせ、
「蝦さんも、あの年の生まれなんかえ。――あんた、カミさんは居んの? 六花、まだ独身なんよ、どげぇな」
などと脳天気な声を出した。
イーヴィは苦笑を浮かべ、何とも返答が出来ない。
「お父! 何を急に馬鹿げたこと云い出すんかえ。ああもう、年はバレるし、散々じゃ」
大げさに六花が嘆く顔をするので、――クォンが「そういえば、儂から始まった流れじゃないか」と思い出し、慌てて頭を下げ、
「す、すいやせん。儂が何か要らんことを云うたせいで……」
と謝った。それには六花がまた慌てて――クォンが小柄な方なので少し身を屈め、
「いいえいいえ、別に貴方のせいじゃないです、お父が下らんことを云うただけです――」
ぶるぶると両手を振る。
そんな、一種微笑ましい様子に、イーヴィは苦笑を浮かべながら胸をなで下ろした。――クォンが己の年齢に何気なく言及した時、イーヴィは一瞬、表情に陰りを過らせていたのだが、それは誰にも見咎められなかったようだ――。
こほん、と一つ咳払いをして、イーヴィが少々、険しくなった声色で剛義に云う。
「しかし……、タケヨシ殿。筆頭のご家族がこんなに敵地へ入るのは、危ういのではないですか? 何かあったら申し訳無い」
只でさえ、まだSOSの段階で、当代筆頭と後継者が乗り込んで来たことに「呆れ」も感じていた――BR19をサヴァナの拠点と思っても良い、と云ったのはイーヴィだが、「安全」な訳ではない。
イーヴィの言葉に、六花が、ふ、と薄く笑みを見せて答えた。
「先代は、この方が良いと思ったんでしょうよ。当代が、『遺恨の無い者』を選べって念押したらしいから」
すると、百代も「うんうん」と頷く。
「家族じゃない子らだと、『遺恨』の有る無しなんか、そう簡単に分からないですからねえ。恨み辛みがあったって、『筆頭の命令だから』で黙って働く連中も居るでしょ。そういうのは結局、心身拗らせて、どっかでトラブルになるもんですよ。でも身内なら、筆頭に云いたい放題出来るでしょ。先代は、それも分かってんです、多分」
「ごく単純に、わたしらが身内だったから、直ぐ話が通じて、今日の内に着けたんだしね――剛義が照れ臭いとか、知ったことじゃないわ」
姉妹同士で「うんうん」と頷き合った後、剛義に向かって皮肉な笑みを見せた。
剛義は、大げさにむくれた顔をし、太狼達が居る方向へ顔を向けた後、
「多分、先にハム君に『テンパリ』を紹介しちゃったんじゃろうなあ。――蝦さん、今、俺とコンさんに何か用はあるかえ?」
何の脈絡も無く、イーヴィに問いかけた。
イーヴィから「いいえ」と答えを聞くと、わざとらしくクォンにだけ顔を向け、
「じゃったらコンさん、あんたにも面通ししちょこう。行こうえ、『テンパリ』を紹介しちょくわ」
とそちらに足を踏み出した。
クォンは戸惑った顔をしつつも、イーヴィ達に「それでは失礼」と云う風情で会釈し、剛義について行く。
剛義の背中に百代から、
「リーチ君じゃっちゃ!」
と呆れた声が投げられる。
やれやれ、と溜息をつくと、百代は搬送口を指しながら、
「其処は、医務室か手術室かですか。担架持ったまま押し入られそうな扉」
と、イーヴィとオリバーのどちらともなく尋ねた。
オリバーが「はい」と答えると、百代は頷いて、フローラに顔を向けた。
「成る程、それでここまで誘導したんや。グッジョブ、花ちゃん」
ウィンクとサムズアップをフローラに見せて、百代が笑う。フローラは真面目に、「恐れ入ります」と返した。
「お二人の準備は、もう出来てるのかしら? もうちょっと収容しやすく、救護車の後ろをこっちに向けて、中の設えも調整しましょう。花ちゃん、六花、ちょっと手伝って」
百代が云い、フローラは「畏まりました」と答えた。六花も、「うん」と頷く。
と、今まで黙って百代の傍に立っていたサリーが、
「あのー、百代さん……」
ともじもじした声を出した。
救護車の方へ足を踏み出しかけた百代は「あ、そうだ」と思い出した顔をして、
「ごめんごめん。救護車の準備はあたしらでやるから、サリーちゃんは『そっち』済ませなさい」
「すみません、有難うございます」
「あ、そうだ。六花ちゃん、こっちはそんな幾つも要らないから、あんたのライト貸したげなさい。花ちゃん、中はまだ暗いんでしょ?」
百代の確認にフローラが「ええ」と頷く。
六花が「そうね」と云って、手持ちの状態にしていたライトからストラップを引き出し、サリーの首に掛けてやった。
有難うございます、ともう一度云ったサリーに軽く手を振って、三人は救護車の方へ去った。その背中に、サリーはペコッと頭を下げてから、
「隊長さん、ちょっと宜しいですか。言付けがあるんです」
とイーヴィに云った。
イーヴィは意表を突かれて、「えっ?」と少々高い声を出した。オリバーも不思議そうな顔をした。
完全な初対面である。サヴァナに知り合いも縁者も居ない――「隊長」に、「敵方」の、しかもこんな若い女の子が、何の「言付け」を預かってきたというのか。
「すみません、中に入っても良いですか。テーブルとか、何か台があった方が良いので、外ではちょっと……」
サリーはちょっと迷うような顔をしてから云った。
そう云えば、彼女は車から降りてきた時から、荷物を抱えたままだ――サリーの体格から考えると、「大きい」と云える。
「気付かなくて済みません。その包み、お持ちしましょうか」
オリバーが少々焦った声で云った。
関心を持たないように意識していた訳でも無かったのだが――、荷物が大きいのに、彼女より大柄な六花や男性であるリーチに預ける素振りも無かったし、昼間、フローラから「ピシャリ」と云われてしまった時と同じシチュエーションだったので、無意識に「気にしないように」していたのかもしれない。
だが、やはり気付いてしまえば「申し出るべきこと」だと思われる。申し出た上で、昼間のように「余計な世話だ」と冷たくあしらわれる方が「まだマシ」だと自覚したオリバーだった。
サリーは、彼の申し出に対し、
「お言葉に甘えて、お願いします」
と、はにかんだ微笑を見せながらも、「恐る恐る」というのがしっくり来る慎重な仕草で差し出した。――それならそれで、フローラの態度との極端な違いに、表には出さないながら、オリバーは戸惑った。
オリバーも慎重に、底をしっかり両手で支える形で受け取ると、サリーは、
「有難うございます。正直、ちょっと重かったんですけど、他の方に持って貰う訳にはいかなかったので」
と苦笑混じりに小首を傾げて見せた。
それにはオリバーのみならずイーヴィも、「はて?」と首を傾げる。
サリーは首から掛けたライトの方を手に持ち替え、イーヴィとオリバーの足下を照らすように角度を付けた。
イーヴィが先導して医務室に入る。
医務室には、エ=ドン軍医とリモ、チォは当然として、ライズとソゥパも居た。
リモはストレッチャーの上で既に寝入っているようだ――息の音が安らかなので、イーヴィは安堵する。車椅子のチォは気の抜けた顔で、それでも隊長の顔を見たことで、小さな会釈を見せた。
ライズはストレッチャーの近くに立っており、チォよりは丁寧に、イーヴィへ敬礼を見せる。
医務室の「主」であるエ=ドンは、奥のデスクに添う形で、フローラから受け取った車椅子に座り直している――その直ぐ近くで、スツールに座っているのはソゥパだ。如何にも医者と患者が「問診中」の風情だったので、イーヴィが小さく眉を寄せ、
「どうしたね、ソゥパ君、また具合が悪くなったのか?」
と、ソゥパ本人とエ=ドンの両方に顔を向けながら近づいた。
エ=ドンが「いやいや、大丈夫」と薄い笑みを浮かべ
「少し、相談事を聞いていただけさ」
軍医の答えに、ソゥパも小さく頷きを見せた。
そうか、と息を吐いたイーヴィへエ=ドンが声を掛ける。
「外が賑やかになっていたね。医療班の方が来てくれたのだとか?」
「ああ。――リモ君とチォ君を迎えに、救護車で来てくれているよ」
とイーヴィが返すと、エ=ドンは「有り難いことだな…」と嘆息した。
「今、車両の設えをハナ殿と共に調整してくれているようだ。リモ君は、もうそのまま……寝かせたままの方が良いんだろう」
「そうだね」
そこで、医務室のイー・ル兵達にとり初対面のサリーが、チォへ視線を向けた。
「もうお一人は、こちらの方ですか? ――既に伺ってます、車椅子のままでも大丈夫ですから。楽になさってて下さい」
サリーはチォに微笑を見せ、穏やかな声で云う。ぼんやりとしていたチォは「エッ」と瞼を大きく開け、「ど、どうも……」と上擦った声を出した。
医務室に居た、ライズを除く四人は、まだキルシュに会っていない。彼女の気さくな雰囲気をまだ知らない彼らも、サリーの、幼さが残りつつも包容力のある素直な微笑に――やはり〝ハナ〟とのギャップで――鼻白んだ。
エ=ドンが、何か訊きたそうな顔をイーヴィに向ける。
「サリーさんと云う。ナースだそうだ、リモ君とチォ君を迎えに来た班の一人で、もうお一方は、タケヨシ殿のご息女でもあるモモヨというお医者様だ」
「それは……何とも、有り難いことだ……」
再び、エ=ドンが溜息混じりに、しみじみと呟いた。




