【a5d:svn】(4) -[3]-(1)
運搬車と探査車が西寄りに止まっているため、自分達もその辺りで止めようと思ったのか、車両二台がフローラの目にもそれと判る位置に来たとき、スピードを随分緩めたので、
「もう少し、前に進んで下さい」
と声を張りながら、招くように腕を振った。彼女の目には運転席に誰が乗っているのか未だ見えないが、向こうからは、それが「サヴァナの人員」だと判っている筈である。
太狼もフローラと同じように、「こっちこっち」と腕を振りつつ、医務室の搬入口の方へ誘導した。
賑やかになったのが分かったのか、砦の玄関からは剛義とクォンが、探査車の方からはイーヴィが駆け寄って来た。医務室からも、オリバーとスォ=ハムが出てくる。
太狼とフローラが「停まれ」と合図すると、素直に車両は止まった。
――そこで初めて、フローラは「おや?」と思う。一台は救護車だが、もう一台は〝野営仕様車〟だ。野営車は小振りなコンテナを一つ牽いて来ている。
程なく、運転席から人が降りて来た、一台から二人ずつ、計四名――太狼やフローラと親子でも可笑しくないくらいに見える熟年の女性が二人、それに対して、「まだ少女」と云えそうなくらいの若い女性が一人。もう一人は、太狼より少し年上に見える男性。
若い女性だけ、地味な色のポンチョにレギンスという装いで、風呂敷包みを抱えていた。他の三人はパッと見ほぼフローラと同じような格好だ、ポケットの収納が多い兵服か作業シャツにカーゴパンツ、という出で立ちである。その三人は〝懐中電灯〟を掴んでいたり首にぶら下げたりしていた。
剛義が「あらま」と目を見開いた。
「まぁ~、何でこう、身内ばっかりかえ。照れ臭ぇじゃねえか」
大げさに嘆く口調で云う。太狼も「本当じゃ」と、こちらは少々渋い顔になりながら呟いた。その顔ぶれに少々戸惑ったのはフローラも同じだった。義一には「男性の方が良いかもしれない」と云った筈だが……。
太狼が小走りになって、唯一の男性に近づく。
「リーチ兄やん、あんた、義一についち行くごつなっちょったんじゃねえんな。こげんとこ来ちから」
年は上だが、頭一つ分は背が低いので、太狼が渋い顔で見下ろして云う。
リーチと呼ばれた彼は軽く肩を竦めた。
「その義一さんから『おまえが行け』と云われたんだ。彼に随行する医者かナースは、別の『専門家』でも良いと思ったんだろう。――俺も、こっちの方が『近場』っちゃあ近場だ、カミさんと離れる出張は、そんな遠くない方が良い」
「……『出張』で終わるかどうか分からんで。『単身赴任』になるかしれん」
「そりゃあ、サウザーに行っても同じだろ」
太狼が砦の方をちらっと振り返ると、スォ=ハムに「おいで」と手招きをした。クォンの姿も見えるから彼が一緒でも構わないと思ったが、そちらは剛義やイーヴィに混じっていたため、取りあえず――。
何スか、とスォ=ハムが近づく。自分より背が高いから、「大きい」と思うのだが、太狼と比べると頭一つ分違うので、太狼の大柄さが目立つ――茶髪に白いものが混じり始め、目尻にも少し皺が見える男性を、太狼が手で指した。
「取りあえず紹介しちょくわ、この先、良く口聞くことになるかんしれんけん。俺の義理の甥っ子で『リーチ』さん」
「太狼君、せめて『子』は取れよ、俺、だいぶ年上だぞ。第一、『甥』を『義理』の関係に使うの、違和感無いか?」
太狼の紹介の仕方に、嘆く顔をして〝リーチ〟が横やりを入れた。
それを聞いたスォ=ハムも多少混乱した顔をして、「えーと、太狼アニィの義理の甥、ってことは……」と頭の中で家系図を作ろうとしていた。
太狼が小さく肩を竦め、スォ=ハムが家系図を完成させる時間は与えず、自分から教えてやる。
「あっちに『小母やん』が二人おるじゃろ、あれ、俺の腹違いの姉ちゃん。右に居る〝百代〟姉の娘の旦那なんじゃ。つまり、俺の姪の旦那じゃけ、義理の甥」
「あー……」
「剛義は、『テンパリ』やら悪ぃ呼び方をするんじゃが、それは流石に俺も云わん。お父が云いよんの聞いても、スルーしちょけ」
先程キルシュが云っていたようなことを、太狼もスォ=ハムに云う。
「『小母ちゃん』なんて、聞こえてたら二人とも相当気を悪くするぞ」
とリーチが苦笑混じりに太狼へ云うと、彼は澄ました顔でスォ=ハムを指した。
「この子から見たら、確実に『小母やん』じゃろうえ。兄やんが『義母さん』『叔母さん』っち云う方が気ィ悪かろう――リーチ兄やん、この子は『ハム君』じゃ」
「スォ=ハムっす。ど、どうも」
呼ばれる分には構わないが、流石に「ハム」で人に紹介されるのは適わない。スォ=ハムは太狼の声に被り気味に、自己紹介した。
「此処の隊で『二等技工兵』しよんのと。自分でも『下っ端』みたいなことを云うけど、腕は良いし真面目な子で」
「ああ……それで」
何故この若者を紹介してきたのか、リーチの方が先に合点し、笑みを浮かべた。スォ=ハムに握手を求めるように手を差し出し、
「リーチです。俺も、職人の端くれ」
と改めて自己紹介した。
ども、と握手を返しつつ、スォ=ハムは小首を傾げる。
「今、誰か、『医者やナース』が来た、とか云ってなかったッスか?」
「兄やんは医者もしよんのよ。じゃあけ、先代が、こっちに寄越すのに都合が良いと思うたんじゃろう」
本人に変わって太狼が云うと、スォ=ハムは目を瞬かせ、
「す、すげぇ。俺、医者って、すげぇインテリにしかなれねぇと思ってたッス」
「……不思議な考え方するなあ。それは『職人はインテリじゃない』、または『インテリは職人になれない』って聞こえるけど」
今度はリーチがきょとんとした後、苦笑しながら若者に云った。
スォ=ハムはもう一度、「あれ?」と目を見開く。
「『インテリ』ってより、医者も職人も『愚直にその道を求める』のは同じだよ。『医者』の方が少し、絶対的な『本のお勉強』の割合が多くて、『習うより慣れろ』って訳にはいかないだけさ」
それを聞いて、スォ=ハムは「ふむ…」と鼻を鳴らし、何か考え込むような顔になった。
「逆に、名乗るだけなら誰だって出来るよ。腕の悪い職人もいれば、医者にはやぶが居る。俺だって藪医者かもしんないし」
「リーチ兄やんは、藪っちゅうより、『マッド』の方じゃわ」
リーチの台詞に太狼が横やりを入れる。リーチは大げさに顔を顰めて、
「俺は謙遜して云ってんだから、そういうこと云うなよ」
「『愚直にその道を求める』を体現するのは、『藪』より『マッド』の方じゃろ、褒めよんので」
「それは褒めてんじゃなくて、褒め殺しだよ」
そんな軽口のたたき合いにも、神妙な顔をしているスォ=ハムであった。
太狼から「小母ちゃん」などと称された二人の女性は、幸いにもそれを耳にはしておらず、
「義一はどういうつもりかえ。身内全部こっちに寄越して、何か悪さしょうと思いよるんじゃなかろうな」
剛義から、そんな言葉を掛けられていた。
フローラもその輪に近寄り、物問いたげな顔をしている。
二人のうち年が上の方、しかし背は低い方が手を振って、
「いや、お父。あたしは〝戻る方〟やけん」
と返した。
太狼が唯一の男性に近寄って、スォ=ハム共々言葉を交わしているので、取りあえず目の前の三名に会釈した後、「こちらは?」と云う風にイーヴィが剛義に顔を向けた。
「こっちは、俺の娘、長女の『百代』、一応医者じゃ。こっちの娘さんは、百代と一緒に診療しよるナースの『サリー』ちゃん」
まず〝戻る方〟と云った女性を指し、次に「少女」のような女性を指して剛義が云った。
「モモ、こちらは〝蝦さん〟じゃ」
「EV隊隊長のE=V・フリアイと申します」
発音しにくいのは仕方ないとしても――スォ=ハムと同じく――それで人に紹介されるのは適わない。イーヴィは即座に自己紹介した。
百代が凛とした顔を向け、
「亡命を希望している方が居られると伺い、迎えに参りました。責任持ってお預かりします、どうぞご心配無く」
そう云うと、ペコッと頭を下げた。隣りに居た〝少女〟も同じくお辞儀する。
「この度はご足労頂き有難うございます。部下をよろしくお願いします――」
イーヴィもお辞儀しながら、しみじみとした声で云った。
そちらのやり取りを耳にした後でフローラが、もう一人の「小母さん」の袖を軽く引っ張って気を引いた――彼女は、太狼と三寸くらいしか背丈が変わらない大柄な女性なので、耳打ちが出来ない――。
「では、六花様とリーチさんが、此方に留まられるのですか?」
「そのつもりよ」
「――」
あっさり返答されて、フローラが目を細め、一度黙り込む。
「こっちは、次女の『六花』で、ナースじゃ。あっちで太狼と話しよるのは、百代の娘婿でテンパリ坊主」
「まだそげな仇名で呼ぶ。一人前の男性なんじゃけん、そろそろ止めちゃりよ」
百代が顔を顰めて、剛義を窘める声を出した。
「……可愛い可愛い孫娘を、あげなおっさんに捕られたんじゃ。もうちょっと出来が良うならなぁ、アガらせちゃるもんかい」
「親がもう認めちょんにい、祖父がガタガタ云うな。――済みませんね、あの男性の名前、本当は『リーチ』君ですよ」
百代が剛義の二の腕を軽く叩いてから、太狼が会話している彼の方へ顔を向け、イーヴィに云った。
六花が改めてイーヴィにお辞儀を見せてから、
「――リーチ君は医者で、技師……職人でもあるんですよ。施設の修復する工員は夜が明けてから来ますが、彼が先遣で来とけば丁度良いんじゃないかと――。剛義は悪態ついてますが、相当優秀ですよ」
補足するように云った。再び、微苦笑を浮かべた後で、真面目にイーヴィは「宜しくお願いします」とお辞儀する。
クォンとオリバーもイーヴィの傍らに控えていたので、彼と同じようにお辞儀するときはお辞儀し、名乗るときは名乗った。
――クォンは、剛義の娘だと云う二人の女性を、じっと眺めた。
彼女らは、太狼のような「未熟者」ではない――気を抜いていないということなのか、夜の暗がりの中で、太狼や剛義に見た「影」が見えなかった。
それでふと思いつき――剛義は「制御など考えなくて良い」と云っていたけれども――、クォンは「見るつもり」で彼女らを眺めてみた。が、それでも何も見えなかった。
やはりそれは、今まで――特に「死人」を――見ないようにしていたからだろうか、いざ、急に見ようと意識して見えるものじゃないようだ。
と、クォンの視線に気付いたのか、六花が、
「何か?」
と彼に首を傾げてみせた。
クォンは「し、失礼」と慌てた声を出し、ぺこぺこと頭を下げる。




