【a5d:svn】(4) -[2]-(2)
外から見ていた時は、小屋を一軒引っ張ってきたと思うくらい大きく感じたが、中に入ってみたらそうでもない。
大柄なイーヴィとジンが真っ直ぐに立つと、頭が支えてしまいそうな高さだ。
〝モニター〟だとか計器類だとか、ボタンやレバー等の入出力装置だとか、各種機械が詰め込まれており、外から見た時の印象と違って床が高くもある、足下にも色々と収められているのかもしれない――。
人が居られるスペースは限られている。ここに太狼まで入って来たら、相当窮屈に感じるだろう。
ジンが壁に設えられた折りたたみのベンチを指し、
「こちらに掛けてください」
と云って、座面を倒してきた。
イーヴィが促されるまま腰掛ける。ジンは、制御装置の近くに固定されたスツールに掛け、
「〝竜巻〟の映像をお見せする前に、イーヴィ殿へ告げておくことがあります」
と冷静な声で云った。
「……。タケヨシ殿は、私には『映像を見た後』で伝える情報があると、仰っていましたが……?」
目を細めてイーヴィが云うと、ジンは「ああ……」と息を吐いた。
「――筆頭が、『後』で伝えるべきと考えた事柄が、どれのことなのか、私はハッキリ判りませんが……。私が今告げようと思ったのは、『前に云っておかなくてはフェアじゃない』と考えた事柄です」
「……。何でしょう」
イーヴィが尋ねると、ジンは冷静に、かつ真摯な声色で答えた。
「貴国の都には、サヴァナの諜報隊から三名が、既に潜入しております」
「――」
それを聞いて、イーヴィが一瞬ギュッと眉を寄せた後、額に手を当てて俯き加減になった。
少しして顔を上げると、無理矢理に口元を綻ばせて呟いた。
「タケヨシ殿が、我が国を『すりつぶそうと思えば今までにも出来ていた』と仰ったのは、真に誇張ではなかったのですね……。我々からは誰一人、〝川〟を渡って平原に入ることも出来ていないのに、そちらは既に、都まで潜入しているとは……」
「――」
ジンは、その呟きに、直接の相槌は打たない。
「――と云っても、あくまで『土地』の意味で『都』です。中央政庁や軍部中枢にまで潜り込んでいる訳ではありませんから、市井レベルで判る『内政』や『市民の実状』くらいの情報収集しか行えていません。また、情報を得てもそれを都の外に出すのが難儀ですので、我々の方に必ずしも『最新』の情報が伝わっているとは限りません。よって――イーヴィ殿が現在知りたいことは、私からもお伝え出来るかどうか、保証は出来ません」
「――。それでも、私よりは貴方の方が、ここ最近のイー・ルのことをご存知でしょう」
ふ……と自嘲気味な笑みを漏らし、イーヴィは云った。
ジンはそれを否定はせず、「さて」と小首を傾げただけだ。
イーヴィも、胸中では自嘲ばかりでなく、一種の感嘆を覚えていた。先程、「己とBR19を〈同盟〉だと認識している」と云っていたのも誠だったのだ――。
あの時、イーヴィが「あくまで己はイー・ルの軍人である」と答えていたら、こんな重要な事実を、ジンは告げていないだろう……「先に云わなければフェアじゃない」というのは、そういうことだ。
ジンが冷静な顔付きと声色に戻り、
「それを踏まえまして――」
と云いながら、機械類の方へ振り返った。
出力装置が集まっている箇所で伏せられていた「板」を立て、何処かを弄ると、黒かった板が仄かに光を放ち白くなる。機械の中央最奥に、イーヴィでもそれと判る大きな「モニタ」はあるが、その板も「モニタ」らしい。
「映像は『カメラ』で撮影した動画ですけれども、他の観測機器でも〝竜巻〟を追跡はしておりました。が、どちらも、砂漠側の戦地――イー・ルの軍事施設が置かれている『布陣』の途中で途切れています」
「それは、どういう意味で?」
「『機械』の性能の限界、という意味で。〝竜巻〟に巻き込まれたのでも、イー・ル軍から発見されて撃墜されたのでもありません」
「そうですか――」
「よって、〝竜巻〟が消滅した地点を、平原からは判別出来ていないのですが――、都に入った諜報員からの『都が竜巻・砂嵐に襲われた』という報告も、来ておりません」
「……。そうですか」
イーヴィが、フーッと息を吐き、再び額を掴むようにして下を向く。
いよいよ、この砦と隊が完全に・意図的に放置されている、という気分がしてくる。〝竜巻〟が都まで達して甚大な被害が生じているというのなら、今まで音沙汰が無いことも、まだ理解出来る気がしていたのだが――それこそ中央政庁・大導師長は「戦争どころじゃない」という状態に陥っているかもしれないから――。
「ただし――」
ジンの声に、イーヴィが「え?」と顔を上げる。
ジンは、一度拳を口元に当てて、軽く眉を寄せた。言葉を探しているのか、それとも、口が滑った、と後悔しているのか、そんな仕草と表情だ。
「……いくら我が隊を〈同盟〉と認識しているからと云って、それでも『機密』というものはあるものです。まだ私に云うべきではないことを続けかけたというのならば、今は結構ですよ」
イーヴィの方からそう云って軽く首を振ると、ジンは「お気を使わせてしまったようで、申し訳無い」とまず云った。
「云うべきではない、というより……、単に『話の流れがそうなったから』というだけで今申し上げるには、余りに複雑すぎる内容かと思われたもので――もしかすると、筆頭が『後で』と云っていたのは、『それ』のことなのかもしれません」
「……ならば、『後』で結構です」
薄い笑みを見せてイーヴィが頷く。
「都に諜報隊の方が既に潜入しており、都まで竜巻が到達した様子は無い――私にとっては、それだけでも既に相当の収穫です」
ジンはもう一度「恐れ入ります」と返してから、気を取り直して、という風に、先程立てた板に軽く手を乗せた。
「イーヴィ殿、〝竜巻〟の『映像』は、当時リアルタイムで、そのものを撮影した分ですが、お持ちした資料は他にもあります。観測機のデータを分析して、移動ルートを記したマップもあるのですけども、ご覧になりますか?」
その言葉に、イーヴィはハッと目を見開き、若干前のめりになった。
「そういうものがあるのでしたら、今は映像よりも先に、そちらを見せて頂けますか」
「畏まりました」
ジンが頷いて、立てた板は伏せ直し、真ん中の「モニタ」を起動させた。
程なく、真っ黒な背景に、少しだけ明るい灰色の升目が顕れ、その上に大小様々な点や文字が顕れた。
「画面の上が東方向、つまりイー・ル本国の方角です」
ジンはそう云って、左下の角を指差す。
「画面最下部の青い横線は、〝川〟を示しています。この、塗りつぶしの赤丸が此処、『BR19』です。反対側の線の赤丸は、我々が把握している中で最も〝川〟に近い南端の砦です」
画面の左下、右下と指して、そう続けた。イーヴィが「成る程」と頷きを見せる。
「白い丸は、此処と同程度の規模の砦、少し大きな四角は、〝ヘリコ〟の発着場や小型機の滑走路を備えていると思われる基地を示しています。黄色い三角は、工廠、あるいは補給拠点と推測しているもの。――灰色の小さな丸は、斥候や偵察が、移動の際に目安とする防御用トーチカ、あるいは、野営の拠点かと推測しております」
「――」
イーヴィは黙っていたが、再度、剛義の「出来るけどやらんかっただけ」という言葉を思い出していた。かなり、正確に把握されている――。
「此処が『BR19』という名称なのは、初めて知りました。他の施設の名称も、当然と云えますが、私は分かりません。位置と施設の規模・目的についても分析した結果の『大方』ですから、実際と異なる部分がありましたら、イーヴィ殿が頭の中で修正して下さい」
――実際と異なる部分があるなら「教えてくれ」とは云わずに、ジンは機械を弄り、マップ上に緑色の線を表示した。
「……これが、〝竜巻〟の辿ったルートです」
その線は、随分太い。誤差を考えて表示しているからか、それとも、実際に〝竜巻〟の直径が大きかったからだろうか……。
イーヴィが、顔を顰めた後、何かを飲み込むように顎を引いた。
――やはり、〝竜巻〟はC3を通過している……。
「……〈ミサイル〉の軌道は、記録していませんか。これに、重ねて表示することは不可能でしょうか?」
厳しい声色でイーヴィが云うと、ジンは「いえ、可能です」と答えた。彼が手元を弄ると、赤い点線が顕れた。
イーヴィは、相変わらず険しい顔付きで、それをジッと眺める。剛義も、「ミサイルの軌道をなぞるように」と云っていた、その通り、〝竜巻〟の緑色と〈ミサイル〉の赤色は、殆ど重なっている。
そして、その軌道が掠める位置――というより、ほぼ発射地点に近い箇所にC3はある。〝竜巻〟の進路は〈ミサイル〉の軌道を追い越してから途切れていた。
「ジン殿、〈ミサイル〉が発射される前にイー・ル前線が後退するのも察知したと、タケヨシ殿は仰っていましたが、当時、どの辺までの隊が、何処まで下がったのか、その記録はありませんか」
それには、ジンが目を細め、「すみません」と返した。
「そちらは、まだ正確な資料がありません。こちらの人員も後退を始めていたので、観測機の操作とデータの集積が、しばらく混乱していたんです。一応保管されたデータはありますから確認作業中、という現状でして……、今日の所は、第三者にお見せできる程の信頼性が無いので、持参していません」
「そうですか……」
「発射より以前から変化があった分も含めた、私の記憶でも宜しければ――大体、この範囲の施設からは、人員が撤退したようです。下がったラインは、この辺り。先に申した通り、位置が確定はされていませんが、その後、再配置された様子はありません」
ジンが少し腰を浮かせて、中央のモニタに左手を伸ばした。人差し指で〝川〟から縦方向に線を書いた後、横線を描く。
それを見て、イーヴィが「ふむ」と鼻を鳴らす。
――「大体」でも構わない……、ジンの仕草で、〝竜巻〟が通過した際、恐らくC3は空ではなかったことが判る。それだけで充分である。
ジンは振り返って、イーヴィと目を合わせた。彼も、少しばかり険しい顔付きになっている。
「『だから』と云えるでしょうか――我々はこの最前線に人員が残っていることを、把握していませんでした。よって……『最前線の他の砦に兵員が残っている』可能性も、否定はしきれません」
イーヴィも一層険しく眉間に皺を寄せ、口元を擦った。




