【a5d:svn】(4) -[2]-(1)
ランプを置いた木箱を挟み向かい合う格好で、昼間イーヴィが使っていたスツールにクォンを座らせ、剛義は比較的丈夫な木箱に腰掛けた。
クォンが若干不安そうな顔をしているので、剛義は先ず、
「御免なあ。〝筋〟見て驚いたところに、立て続けで。まだ怖ぇこと云わるんのかと、ドキドキしよるじゃろ」
と断りの言葉を出した。
否定しては嘘になるが――この状況で、剛義が自分に只の怪談を聞かせる訳もないので、クォンは軽く首を振り「大丈夫ですよ」と返した。それから一つ唾を飲む。
「――何か、『儂は聞いておくべきこと』があるんじゃないんですか。それか、タケさんが儂に訊きたいこと」
「――うん」
剛義が厳かに頷く。クォンはもう一度、ごくりと喉を鳴らした。
「蝦さんが、エグメリークの記者会見と、〝竜巻〟の映像を、隊員とも一緒に見るごつ考えちょるんじゃけどな」
「聞きました。さっき、ジンさんって方がライズ君と一緒に、集会所へ映写機を持って来ましたよ」
「ああ、あんたも居ったんか。――記者会見は兎も角、〝竜巻〟の方。そっちの映像は、あんたが見る前に、ちょっと云うちょかないけんことがあんのよ」
剛義が、膝に肘をついた格好で軽く身を乗り出す。
「――昼間、あんたには『魔法』が目に見えちょるっちゅう話をしたよな。それは、〈魔術士〉でも見えるとは限らん、っち」
「へ、へい……」
「コンさん、――もしかしたらな、あんたは、〝竜巻〟の映像を見た時、それが竜巻には見えんかもしれん」
随分と真摯な声で剛義が云う。表情も厳しい。クォンが「えっ……?」とたじろいだ。
「ど、どういうこってす……?」
「実はな――」
イーヴィを代表としてEV隊員の前ではずっと〝竜巻〟としか云っていなかったが、剛義が「現実」で目にした時、〝竜巻〟であったのは一瞬のことであり……実は「別のもの」に見えていたのだ――と、クォンに語った。
「じゃあけん、俺自身、〝映像〟を見た時驚いたんじゃ。うちの隊が『撮』った映像には〝竜巻〟しか映っちょらんかったけん」
「……。タケさんは、何に見えてたんです……?」
「俺には、とんでもねぇ大きな『鳥』――この世に居る鳥っちゅうより、『鳳凰』んごつ見えた」
「――」
「俺に限らず、より上位っちゅうか……、簡単に云やあ『強ぇ』〈魔術士〉は、〝竜巻〟より、そういうのを見ちょる。――けど、それも、見えたもんはバラバラでな。俺は『鳳凰』と思うたけど『天使』っちゅうた人も居るし、それこそ『悪魔』っちゅうた人も居る。何にせよ、『翼』が見えたっちゅうことじゃろうが――俺みたいにハッキリ見えた人と、〝竜巻〟ン中に『そういう影』が見えた、っちゅう人も居る」
クォンが俯き加減になり、右手で自分の左の二の腕を軽く掴んだ。
「それが『撮影された映像』では〝竜巻〟にしか見えんかったけん、『強ぇ魔法使い』ほど却って狼狽えたんじゃけど……コンさん、魔法使いでも見えんもんが見えるあんたはな――」
「儂は、『映像』の中でも『鳳凰』を見るかもしれねえ、ってことですか……」
クォンの方から、そう呟いたので、剛義が「……そういうことじゃ」と肯んじた。
「――さっき、〝筋〟見た時に、蝦さん達が自分と違う見方をしよると思うて、相当動揺したろう? あれと同じような感じになるかもしれんけんな……。しかも、それが『実際にあんただけ違うもんを見よる』ことになるかもしれんから、先に云うちょかないけんと思うたんじゃ。自分だけ〝竜巻〟には見えんっちなると……」
「……お気遣い、ありがとうございやす」
溜息混じりにそう云って、クォンは剛義に頭を下げた。
――と、そこで玄関扉の向こう側から、「ドン」と「コン」の間くらいの音量で三回、ノックしたらしい音が聞こえた。
「どうぞ」とか「誰だ」とか云う立場に剛義は無いので黙っていると、扉は直ぐに開いた。フローラである――それを耳にしたとき忘れるのが得意とは云っても、既に密談が行われていることを知っている場所へ入るのに予告は必要だと考えたようだ――。
「大事なお話中に失礼します。休憩するのに水と補給食を取りに来ました。――私に構わず続けて下さっても結構ですが、余程に他の耳が気になるお話なのでしたら、少しお待ち下さい」
一方的にそう云って、フローラは部屋の隅に積んだ箱をライトで照らしながら、テキパキと中身を取り出した。
フローラならば、聞かれて困ることも無かったが、結局
「では、失礼します」
と彼女が出て行くまで、剛義とクォンは無言だった。
扉が閉じるのを見届けて、
「――実際、先に聞かせて貰って良かったですよ。皆と一緒に見た時、もしや自分だけ別のものを見てたとしても、しれっとすることが出来ますから」
クォンがそう云って、ふう、と息を吐く。そんな彼に、剛義が「そうじゃろう」と頷きを見せた。
「かと云って、あんたが本当に映像で〝竜巻〟を見らんかったっちゅうことになると、後で隊員さんと話が通じらんけん、蝦さんには、『鳳凰』やらのことも云うちょこうと思いよるけどな」
「ああ、はい……」
「ついでに――。さっき、蝦さん達が居るところでは『蛇足』になるけん黙っちょったんじゃけど、あんたには今のうちに云うちょくわ」
「何です?」
「サウザーの〝火の玉〟と、フリュスの〝土塊〟もな。〈魔術士〉の目の前で、それぞれ『巨人』と『猛獣』……『豹みたいな獣』に変わったらしい。……ち云うてん、『肉持った生き物』じゃあねえ、『人の形した炎』、『豹の形した土』ちゅう意味。じゃあけん、『この世のもん』と思われんのは『鳳凰』と似ちょる」
クォンが少しの間、思案げな顔をした後、項垂れる格好で剛義に尋ねた。
「……タケさん。儂の〝目〟は、〈魔術士〉と同じような修行をしたら、もうちょっと洗練されるもんなんですかい?」
「ん?」
「洗練というか……、『使い勝手』が良くなる、というか」
剛義は訝しげに目を細め、
「何故今更、そげんこと思うん」
と尋ねた。
「云うてん、あんたはイー・ル人じゃ。本当に〈魔術士〉になっちしもうたら、この先が生き難いで」
「魔法使いになりたい訳じゃねえんですよ。もうちょっと――この〝目〟が、自分の思い通りにはなってくれねえかと思って」
「――」
「昼間、コンテナに掛かった『錠』の魔法を見た時、何となく解った気はしやしたが、まだ『勘』みたいなもんでしか無ぇんで……。あの錠前と〝黒い筋〟の違いは判らねえんですよ。どっちも『この世のもんとは思われねえ』。でも、タケさんは、〝黒い筋〟の方を、魔法使いでも解らねえ、つってたでしょう」
「ああ……」
「『死人』と『タロー君に見たもの』、『魔法の錠前』、〝黒い筋〟……あれらが『違うもん』だと直ぐ判る〝目〟になれば、少なくとも、その場で取り乱すことはねぇんじゃねえかと思いやして……」
儂も職人の端くれですから、愚直な修行は苦になりません、とクォンが薄く笑う。
その気持ちは解らなくも無い、と剛義が腕を組んで頷く。が、直ぐに難色を示すように首を捻った。
「――俺は……、今、あんたがそげな修行をしてもしょうがねえ、と思うわ」
「やっぱり、『もっと若ぇ頃ならまだしも』……ですか」
「そういうことじゃねえ。――あ、いや、ある意味、そうも云えるか……」
一度否定した後、悩ましげに頬の肉を揉みながら剛義が呟く。
「コンさん、〈魔術士〉に『なる・ならん』の話したら、修行だけでどげぇかなるもんじゃねぇで、『運』みたいなもんもあってな……。『いつのまにか、なっちょった』っちゅうことも珍しゅねえんよ」
「――」
「あんたの場合、『なりたいのに、いくら修行しても中々なられん』子と比べたら、もう『卵』でもねぇ、それこそ『ケツに殻付けた雛』くらいかもしれん。――ただ、やっぱりあんたは『イー・ルに』生まれ育っちしもうたもんじゃけん、自分が孵化しちょることにも気が付かれんじゃった。あんたは、『なる・ならん』の〝運〟……それか、〝縁〟から、遠ざかるように育ったんじゃ」
もしや、クォンは既に〈意志の疎通〉までは至っているのかもしれない。ともすると、〈精霊〉の側は、クォンを〈友〉と見なしている可能性もある――だが、イー・ルでは、それを「遮断」しなくては市民権が無いのである。
「イー・ル人に」〈精霊〉の話をしても、全く通じないだろうと剛義は考えているので、〈意志の疎通〉〈友〉〈マスター〉のプロセスも説明が出来ない。よって相当言葉を選ぶことになるので、剛義も困り顔になりながらそう云った。
「かと云って、〈魔術士〉の俺も、蝦さんのお父つぁんと蝦さんの『導き』が間違うちょるとは思わんけん、あんたは『そのまま』で良いと思う。――あんたは、蝦さんについち行くつもりなんじゃろ? 蝦さんは、俺達には理解があるが、〈魔術〉を受け入れちょる訳じゃあねえ。〈魔術士〉に近づくような修行やら、せん方が良いで」
「……そういうもんですか」
「――まあ、蝦さんも、あんたを『気の毒』には思うちょるふうじゃけん、〈魔術士〉になる・ならんは兎も角、修行で〝目〟を制御出来るようにはなるっちゅうんじゃったら、許容してくれるかもしれんけどな。それは、お父つぁんとは違うアプローチで、『あんたを正しい方向に導く』方法ではあるかもしれんから」
「――」
今度はクォンが悩ましげに首を捻る。
剛義は少しばかり恐縮そうな顔と声になって続けた。
「……云うてん、実のところなぁ…――俺の都合で、今、あんたに〝目〟の制御をされると困るのもあるんよ」
「え?」
クォンが瞬きをして、「どういうこってす」と首を傾げる。
「あんたには『酷なこと』っち云えるけん、申し訳ねぇんじゃけど……。あの〝黒い筋〟を観察するのに、あんたの〝目〟を、そのままで貸しち欲しいんよ。『死人』だけは、もうある程度『見らんようにする』ことが出来ちょるごたんけど――『見ろうと思えば見える』のもそうなんじゃろう? 『現実』と〈魔術〉、俺と太狼の『影』、それが全部、普通に目に見えるっちゅう、あんたの〝感覚〟は貴重じゃ」
「……」
「錠前見た時に得た『何となくの勘』、それが良いんよ。――さっき〝黒い筋〟見た時、蝦さん達が自分の『目で』見たもんをそのまま信じんと『頭で』見よったせいで、あんたもショック受けたろう」
「は、はあ……」
「それは、蝦さんやオリバー君達は、『現実』の〝理屈〟に合わんことは、『頭が』受け付けきらんから、なんじゃ。――あんたには済まんが、あの時と同じ事が、俺にも起きんとは限らん」
「え? ど、どういうこってす」
さっきよりもっと申し訳なさそうに剛義が云ったので、クォンは少々焦った顔をした。
「蝦さん達の『現実』んごつ、俺は俺で、〈魔術〉の〝理屈〟が身に染みちょるせいで、そっちの『思考』が『感覚』の邪魔をする――かもしれん」
「それが……何で、儂に『済まん』ってことになるんです?」
「あんたは、〝筋〟と『魔法の錠前』の区別が付かん、っちゅうのを『不安』に思うちょるのに、俺にとっちゃそれが『有り難ぇ』ち云いよるんじゃけん、そりゃ申し訳ねぇわ。今、あんたから『悪魔』っち罵られてん、俺は当たり前じゃと思いよるで」
「――」
「純粋に『感覚』だけで物を見るあんたは、貴重じゃ――それは翻って、あんたを『孤独』にする」
それを聞いて、一度クォンは項垂れるように顔を下に向けた。
「――あんたのことを本当に理解出来る他人は、そうそう居らんっちゅうことじゃ。〈魔術士〉と同じような『修行』をすれば、そっちに近づくことが出来るのに、それを『せんで良い』っち云いよんのじゃけ、申し訳ねえのは真よ」
俯いていた顔を上げ、剛義に苦笑を見せると、クォンはゆるく首を振った。
「そんなの、タケさんが恐縮することじゃねぇですよ。――『孤独』など、イー・ルでとっくに慣らされておりやす」
「……」
「儂に限らず――他人のことを『完全に』理解出来る人など、そうそう居やしませんさ。もし居たら、本物の〝神〟でござんしょう」
「――まあ、それはそうじゃろうな」
剛義も苦笑を作って云い、「ふぅ」と息を吐く。
「あんたを直接の『危険』に晒さんようにするのは絶対じゃけど、及ぶ限り、心身の負担も掛けんように頑張るけん、俺達に、その〝目〟で協力してもらえんじゃろか」
「――イヴ様には、既に話を通しておられるんで?」
「うん」
「だったら、儂にも『否』の選択はありやせんよ。役に立てるかどうか、自分では全く解りませんが」
クォンがそう云うと、剛義は
「そげぇ遜らんで良い。あんたの〝目〟は、確実に俺より良いんじゃけん――おおきに」
と力強く頷きながら返した。




