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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(4)
269/277

【a5d:svn】(4) -[1]-(6)

 フローラは相変わらずの冷静な顔と口調で、キルシュの質問に答える。

「筆頭と御次代がそう呼ぶのを聞いて、自然と、〝ハナ〟って覚えられたみたいだったから――訂正する必要も、特に無いと思って」

「何でよぉ」

 キルシュが大げさに呆れた声を出す。

「ってか、そもそも筆頭とタロさんに文句云いなさいよぉ」

「だって……訂正したらしたで、筆頭が、咄嗟の場面で『フロ』って呼ぶのよ。だったら〝(ハナ)〟の方がマシだわ。キルシュ、貴方もあんまり〝(さっ)ちゃん〟を拒んでると、『キル(kill!)』って云われるかもしれないわよ」

 キルシュが顔を顰め、「それはあんまりだわ」と首を振った。

「あの……ハナ殿――あ、いえ……」

「オリバー殿、お気になさらず」

 困惑したままのオリバーが何か云いかけたので、それを遮るように、フローラは軽く手を翳して止めた。

「ここまで長く貴方方と()()()()()することになったのは、『結果的に』でしょう。SOSに応じて物資を置いて、ある程度の救助活動を(おこな)ったら、もう二度とお会いすることも無いと思っていましたから、私自身、本来の名前をお教えする必要は無いと思ったんです。それで、隊の皆様にも自分で『ハナとお呼び下さい』と申し上げたのですもの、今更訂正する気は、私にも無いですよ。()()()名前の『意味』はどちらでも同じなので、貴方が恐縮(気に)しなくても大丈夫です」

「……は、はあ……」

 相変わらずの声色でフローラは云い、オリバーは戸惑いながら頷く。彼女のことを、冷静で合理的な思考をする人だと感じていたが、こうなるとそれが「エキセントリック」な方に出ている――オリバーはそう思った。

 傍でキルシュは「やれやれ」と云うふうに肩を竦めている。

「よい、〝桜〟、この辺でどげぇか!」

 運転席の窓から顔を出して、太狼が大きな声を出してきた。

 ピクッ、とキルシュが目を細めた。「全く、筆頭のご家族は……」と口を尖らせたが――あんまりブツクサ云っていると、あれが「キル!」になるかもしれないのか、と思うと――、

「――エンジンは止めないまま、ちょっと待っててくださーい」

 小言は云わずにそう返し、ポケットに入れていた小箱を取り出してウィトに合図を送った。



 最初の目安が適切だったらしく、キルシュが合図を送ると、ウィトからは直ぐに長押しの信号がやってきた。

 満足げに頷き、キルシュが

「タロさん、オッケー! もうエンジン止めて大丈夫ですー」

 と手を振る。

 重々しい音が消え、太狼が運転席から降りて来た。

 既に「集合場所」のようになった砦の入り口前へ、自然と四人とも足が向かう。

 剛義とイーヴィが何事か話しているところに、ジンが混じっており、何故かクォンとスォ=ハムも出て来ている。

 オリバー達に気付いて、その二人が軽く手を振りながら近づいて来た。

 最年長者(クォン)の歩調が万全じゃないのは分かっているので、先ずオリバーが、自分から小走りになって近寄る。

「どうしたんです? もう休んでても大丈夫ですよ」

「ウィト君が何事か仕事しているようだったので……、儂らも何か、手が必要かと思いまして」

 クォンがそう答えると、それが聞こえたのか、後ろからキルシュが大げさに手を振り、

「あっ、もう大丈夫ですよー、有難うございます」

 明るい声で云いながら、二人に駆け寄った。クォンとスォ=ハムも、彼女の雰囲気に少々鼻白む。

「私はキルシュって云います。――筆頭やタロさんは〝さっちゃん〟だの〝桜〟だの呼びますけど、渾名みたいなものなんで、気にしないでほっといて下さい」

「はあ……」

 フローラと違い、キルシュは前もってそう釘を刺した。太狼が背後で軽く肩を竦めている。先程のやりとりを思い出して、オリバーは微苦笑を浮かべた。

 そこに、ジンから声が掛かった。

「キルシュ、後続の車両は、後どのくらいで着きそうかな」

 イーヴィや剛義も、キルシュ達の方に視線を向けている。キルシュはフローラを振り返り、「ちょっともう一回見せて」と、先程彼女に返した〈板〉へ手を差し出した。

 フローラから渡された〈板〉を眺め、

「順調だったら、三十分くらいです。大きな砂山があったら多少上乗せになるでしょうけど、それでも一時間以内かな」

「そうか。――どうしますか、その時間だと全ては無理ですが、ざっと『早回し』でも?」

 キルシュの答えを聞くと、ジンがイーヴィに何事かを尋ねた。イーヴィはコクリと頷いて、

「はい、お願いします」

 と返す。ではこちらへ、と云うふうに、ジンは太狼が移動させた探査車の方へ手を伸ばす。

「どうかしたんですか?」

 キルシュが尋ねると、ジンは「ちょっとな」と曖昧な返事をした。

「通信設備を起動するのは、まだ後だ。君はちょっと休憩しとけ」

 そう云って、ジンはイーヴィを連れて探査車の方へ歩いて行く。

 キルシュだけでなく、太狼とフローラ、オリバーも剛義へ何事か問うような表情を見せた。

 剛義も、ジンと同じように、

君達(わぁどう)は気にせんで良いで。――コンさん、ちょっと」

 そう云って、クォンを手招きする。

 何です?と近づいたクォンに、自然とスォ=ハムもついて行こうとしたが、剛義が手を翳して止めた。

「あぁ~、御免な、君はちょっと遠慮しちょくれ。コンさんにだけ話しちょかないけんことがあんのよ。――冷えるけん、中入ろう」

 大げさに申し訳なさそうな顔をしてスォ=ハムに云い、クォンの背中に手を当てて砦に入るよう促した。

 はぁ…と戸惑いながらスォ=ハムは頷き、――太狼達と顔を見合わせる。

「えーと……」

(ほた)られたなあ。どげぇしょうか」

 太狼が肩を竦めながら、――今傍に居る者は全員自分よりも背が低い――皆を見下ろしてそう云った。

 隊長が特に何の指令も無く姿を消したので、オリバーも今やるべきことは無くなってしまった。スォ=ハムは尚のことである。

「タロさんとフローラは、もう就寝した(やすんだ)ら? そう云えば、朝のシフトから今までずっと動いてるんでしょ?」

 キルシュが取りあえず、「仲間」である太狼とフローラに云う――傍でスォ=ハムが「フローラ?」と小首を傾げたので、オリバーが苦笑しながら、小さく「今質問すると、場がややこしくなるから、後で私が説明するよ」と耳打ちをした――。

 フローラは首を振り、

「もう少し頑張るわ。後続が医療班ってことなら、サヴァナに向かう二人のことをちゃんと託しておきたいから」

「タフだわね」

 大げさに感心した声でキルシュが云ってから、オリバーとスォ=ハムに顔を向けた。

 そう云えば、彼女にちゃんと紹介がされていなかったので、オリバーがスォ=ハムを手で指し、

「我が隊の二等技工兵で、スォ=ハム君です。先程の年配の男性は、一等技工兵のフ・ラ・クォンさん」

「ああ、はい、宜しくお願いします。――私やフローラよりはマシだけど、筆頭ったら、『クォン』さんを『コン』さんって云ってたのね」

 スォ=ハムに笑みを見せた後で、キルシュが小言の口調で独り言つ。

 別に剛義()を庇うつもりは無いが――間接的に自分が小言を云われている気になったので――、太狼が口を尖らせて、

「しょうがなかろうが、俺達には発音がし(にき)いんじゃ」

 とキルシュに云った。キルシュは澄ました顔で、

「ねぇ、スォ=ハム君。あなた、もしかして『ソハム』とか呼ばれてない?」

 などと彼に尋ねた。スォ=ハムはパチパチと瞬きした後で、少し笑った。

「っつうか、タロさんからもタケさんからも、最初から『ハム』って呼ばれてるッス」

「まぁ、酷い。タロさん、それって貴方が『ロウ』って呼ばれてるのと同じよ? 筆頭(タケさん)は『ヨシ』って呼ばれてるのよ、それじゃ誰だか解んないわ。ねえ、酷いよねぇ」

「ソーとかスーとか、そっちで気が抜けた呼ばれ方するよりはマシだから、別に良いッスよ」

 大げさに同情するような顔でキルシュが云ってきたので、スォ=ハムは苦笑して手を振った。ここでスォ=ハムも「ハナ姐さんとは雰囲気が全然違う」と思った――。

 キルシュが一つ区切りを付けるように息を吐き、砦の入り口を見やる。

「ジン隊長から休憩しろって云われたけど、筆頭は人払いした上で、自分達ばっかり『冷えると悪い』って中入っちゃったわ。酷いボスね、どうしようかしら」

 ぷっと頬を膨らませて、キルシュがそんなことを云ったので、フローラがほんの微か笑みを浮かべる――オリバーとスォ=ハムは「今、笑った?」と思わず顔を見合わせた――。

「私が、水と補給食を取ってくるわ。運搬車の荷台にでも入って待ってましょう」

 声色はいつも通り――スォ=ハムは「タメ口」にまた少し驚き――、フローラが云った。

「でも、筆頭は内緒話してるんでしょ?」

「私は、それが内緒話って解ってるときは、耳に入っても、忘れるのが得意よ」

 ああ、そうね、とキルシュも笑みを見せて、お願い、と軽く云った。

 それでキルシュは自然と、トラックの方へ歩き始める。オリバーとスォ=ハムは躊躇った様子で立ったままだったので、太狼が二人の背中に手を当てて促した。

「遠慮せんと君らもおいで、俺のお父だってん、君達(わんがた)の砦に自分方んごつ入っち行ったんじゃけ。――実際、此処に(こけ)立っちょくんは冷えるけん。折角、元気が出て来たねえ(のに)、今度は風邪引いちしまうわい」


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