【a5d:svn】(4) -[1]-(5)
剛義から渡された板を、取りあえず彼に云われたとおりに見守っていたオリバーだったが――、白い点が段々近づいてはくるのだけども、軌跡が若干、南に振れているように見える。縮尺が良く分からず、目安になるような他のマークや座標の数値も無いので、どう判断すれば良いのか、今一つ分からない。西の方に目を向けても、まだ灯りも見えないし……。
迷う顔をして剛義とイーヴィの居る方を見るが、二人はまだ話し込んでいる様子である。割り込んでも良い、と剛義は云っていたけども、割り込んでも良いくらいに「大きく外れている」のかどうかが判断出来ないのだ。
トラックの影から少し移動し、ウィトを砦の西の角に連れて行ったキルシュの方も見てみるが、そちらも、ペンライトを屋根の上や地面に向けながら、身振り手振りで何事か話している、さて、どうしたものか。
――と、医務室の方から太狼とフローラが戻ってくるのが見えたので、オリバーは思わず「あぁ」と嘆息し、無意識に口元を綻ばせていた。
「タロー殿、ハナ殿! ちょっと宜しいですか」
手を大きく挙げながら、オリバーが二人に近づく。向こうも「何だ?」という顔をしながら、オリバーに近寄った。
板を一先ず太狼に手渡し、剛義から賜った言葉を告げる。
「――私には、どう判断すべきか分からなかったので……。これは、大きく外れているんでしょうか?」
太狼が手の位置を下げてフローラにも見せながら、「あー」と声を出した。
「大きくっちゅうほどじゃなかろうが、ちょっとこっちからナビしちゃった方が良いかもしれんなあ」
「そうですね、BR19以外の砦からも見えるような範囲に入ってしまうと、危険ですし」
太狼とフローラが顔を見合わせて、うん、と頷き合う。
「仰って頂けて良かったです、少尉」
真面目な声でフローラから云われ、オリバーは「あ、はあ、いえ」と口ごもった。
「ナビはキルシュにやって貰った方が確実です。行きましょう」
そう云いながら、フローラは既にキルシュとウィトの居る方へ足を踏み出し、〈板〉を手にしている太狼も「そうじゃのー」と云いながらついて行った――オリバーも、つい、流れでついて行ってしまう。
「――んーと、じゃあ……、西北に三十メートルは離せば、もう心配しなくて良いかなぁ?」
「そうッスね。イー・ルの他の基地や砦に飛ばしてる発信ッスから、西側は関係ねぇし、ここより北には、イー・ルの施設何も無いんで」
「目安、ここね」
とととっ、と軽やかに走って砦の壁から離れ、キルシュが足で砂に線を描く。
「と、なると~……、あの辺りが、平らで良いかな~……」
腰に手を当てて独りごちた後、再び軽やかな足取りでウィトに駆け寄った。
「……ねぇ、何なら、その『応答請う』発信って、サヴァナからの『攻撃』の体で切っちゃっても良くない?」
「へ?」
「『如何にも電源が切れたふうに自然と』とかじゃなくっても、サヴァナからの妨害電波で通信不能になった……って体で、私らがやっちゃっても良くない?」
「あー……。その手もありかも……。――て、っと、いや、隊長からの指示だから、それ『作戦』なんで、ここじゃ決められないッス」
腕を組んで首を捻った後「一理ある」というふうに頷いたウィトだったが、はっ、と慌てた顔になり、胸の前で両手を振った。
キルシュも、素直に「あー、そっかー」と受け止める。
「そういや、サヴァナも今まで、砦にそんなこと滅多にやんなかった訳だから……、急にそんなこと、この辺でやっちゃ不自然だもんねぇ。何かおかしなことになってる、って思われちゃうか」
小首を傾げ、指でこめかみを軽く叩きながらキルシュが独り言つ。
――と、其処に、副隊長と云っていた男性の、少し大きな声が聞こえ、「ん?」とキルシュは不思議そうな顔をし、そちらに顔を向けた。
何事か言葉を交わしたらしい後、フローラを先頭に、太狼と副隊長の彼も近寄ってくる。
「どうしたの?」
キルシュが尋ねると、太狼が〈板〉を彼女に渡した。フローラがざっと説明し、
「……このままだと、ちょっと危なくない? 此処に着く前に、他のトーチカとか基地からも、見える位置に入っちゃうかもしれない」
「あー、そうね。此処から正確なナビした方が安心かも」
キルシュが頷き、一旦〈板〉をしっかりと抱える。
「じゃあ……――あ、そうだ。ちょうど良かった、タロさん。探査車、大体置くとこ目星が付いたのよ。移動してくれる? 私が運転するのはキツイし。その間にナビしとく」
「おぉ、えぇど」
運搬車までなら、フローラやキルシュも運転が出来るが、諜報探査車の一番は、男性でないとミッション操作が重いのだ。太狼は素直に頷き、「どの辺にやったら良い」とキルシュに尋ねる。
キルシュは、ライトをそちらに向けながら、
「あそこに線引いてるでしょ? あれに揃える感じで、運転席をこっちに向ける形で駐めてくれる? キッチリ揃えなくても良いわ、西側に少し離れる分にはオッケ」
承知、と太狼が探査車の方へ駆けて行く。
キルシュはウィトに顔を向け、ウエストポーチから一つ何かを取り出し、彼に差し出す。
「何スか、コレ」
マッチ箱くらいの小さな直方体だ。側面にスピーカーのような網目があり、握り込んだ時、親指が来る位置にボタンがある。
「すッごく簡単な通信機」
そう云って、キルシュはウィトに渡したのと同じ物を、もう一つ取り出した。
「車両置く位置決めるのに、電波に問題が無いか、それで報せてくれる? 取りあえずの移動が終わったら、ピーピッピ、って合図送るから、確認して。問題が無ければ、ピーィーィー、って長押しして。ヤバかったら、ピッピッピッピッ…って短く切りながら押し続けて。OKになるまで、タロさんに移動して貰う」
「ああ……」
「OKになって移動も完了したら、こっちからも、ピーィーィー、って合図するね。その後はもう良いから、ウィト君はこっちに戻らず、そのまま休んで大丈夫よ。ソレ返してくれるのは明日で良い。――じゃ、行って」
太狼が運転席に乗り込み、大きな車両がジリジリと動き始めた。キルシュに促され、ウィトは「分かりました」と頷き、踵を返す。
「お願いねー、お疲れ様、お休みなさ~い」
恐らく、これで今日この後、ウィトと顔を合わせることは無いだろうから、キルシュは手を振ってそう云った。――ウィトの方は、意表を突かれて振り返り、慌てた声で「お、お休みなさい」と返し、扉の方へ駆けて行く。
ポーチから取り出した小さな「箱」を、キルシュは胸ポケットに入れて、
「じゃ、その隙にっ…と」
さて、と西の方へ向き、〈板〉を左手で支える。
右の腰のストラップに引っかけていた二十センチくらいの〝棒〟を取ると、それを軽く振った。
すると、「シャリリン」と小さな音が鳴り、〝棒〟は音が出たところで折れ曲がって半分の長さになった。
折れ曲がった箇所をキルシュは口元に寄せ、
「ニー・ヤクシ・フー・キシム・ウォー・ジン・オー・ソウ」
――何を云ったのか、オリバーには全く分からない声を出してから、
「こちら、キルシュです。――ちょっとズレかけてるんで、〝糸〟追ってくださーい」
そう云うと、〝棒〟を筆のように持ち〈板〉に立てる形で乗せ、何事か描く仕草を見せた。
数分間それを眺めると、特に何か「やり取り」をした様子は無く、キルシュは「オッケー」と満足げに頷いて、〝棒〟をストラップに戻し、〈板〉はフローラに返した。
「大丈夫そう?」
フローラが尋ねると、キルシュは「うん」と頷く。
「他のイー・ル施設から見付かっちゃった気配も無いよ」
「良かった」
――彼女らにとっては当たり前なのだろうが、〝ハナ〟が所謂「タメ口」で喋っていることに、オリバーは何だか、奇妙というのか新鮮というのか、軽い感動を覚えている。
キルシュの方は、先程彼の声を耳にした時に感じた違和感を思い出し、
「えーっと、オリバーさんって、仰いましたっけ」
まず名前を確認した。オリバーが「はい」と真面目に頷く。
キルシュは首を傾げながら訝しげに目を細め、
「ねぇ、フローラ、何でオリバーさんに〝ハナ〟って呼ばせてるの?」
と彼女に尋ねた。
それを聞いたオリバーは余程に驚いて、
「え、えっ……?」
と困惑の表情を浮かべ、二人の顔を交互に眺めた。




