【a5d:svn】(4) -[1]-(4)
オリバーの姿が運搬車の影に隠れたところで、イーヴィから剛義に、
「……話というのは」
と、微かに緊張感のある声が掛けられた。
剛義は頬を擦りながら、「んー、うん……」と一度曖昧に唸った。
「ちょっと、聞きにきい、『デリケート』なことなんじゃけどな……。蝦さん、あんた、コンさんの体質のこと、知っちょる?」
「――え…?」
イーヴィが一瞬答えに窮す。そういえば剛義はクォンのことを「コン」と発音しているのだった、と思い出すのと、〝体質〟が意味するところを飲み込むのに間が空いた。
飲み込んでからは、微かに眉を寄せ、重々しく、
「……『理解』と云ったら怪しいですが、『知識』――『情報』として、存じております」
「それは、あれな、お父さんから聞いちょるっちゅうことな」
剛義の質問に、訝しげに目を細めてから、イーヴィは頷いた。
「ええ……。先代から、『一応知っておくように』と引継の形で――クォンさんは、貴方にそうしたことまで語ったのですか」
「こう云うちゃなんやけど、コンさんの理解者っちゅうたら、俺の方がよっぽどじゃねえかえ? コンさん本人は、あんたのお父上とあんたに相当の恩義と忠義持っちょるふうじゃけん、そこは疑わんで良いんじゃけど――自分自身でも訳が分からん〝体質〟に、長らく疑問を持っちょったのもそうなんじゃろう。イー・ルには絶対居らん業界人に、訊ねてみてえこと、聞いち欲しいことが、実は溜まっちょったんじゃろうぜ」
「ああ……」
イーヴィも嘆息する。クォンの、その「心情」は理解出来る――自分自身、彼の〝体質〟について「理解」は怪しいと、たった今口にしたばかりだ――。
「あの〝筋〟を見に、クォンさんも連れて行ったのは、それがあったからですか」
「まぁな……。案の定、誰より早く気付いた」
「……」
「あんた達にも見える、っちゅう確信が得られたのも、今の段階で収穫じゃああった。けど、やっぱりコンさんは、目が良すぎるくらい良い――コンさんが動揺しちしもうたけん、ぼやかして云うたけど、もしかしたら、俺とも全く同じようには見えちょらんかもしれん」
剛義が「はぁ…」と息を吐きながら云い、イーヴィは眉を寄せた。
「と、云うと――」
「あの御仁、〈魔術士〉にも見えんようなものが見えちょる様子があるんよ。花ちゃんが武器コンテナに掛けちょった『錠前の魔法』が、目で見えちょった。――俺にも、目では見えんのに」
「……何と……」
「〈魔術〉の修行をした人間じゃったらな、俺の場合は『肌』で分かるようなことが『目』で分かる、っちゅう者が居るのは、分からんこともねぇ。『目』に限らず、耳や鼻――音や匂いで分かるっちゅう人も居るかしれん、自分の『どの感覚』で分かるつもりで居っちょんのかは、人それぞれじゃ。しかし、〈魔術〉の業界に全く縁が無ぇのに、〝体質〟で元から目で見えるっちゅうのは……そげな人は、俺も聞いたことが無ぇ」
「――」
「子供の頃からっちゅうんじゃけん……サヴァナに生まれちょったら――いや、うちに限らず〈魔術〉に造詣ある土地じゃったら、コンさんは、相当優れた〈魔術士〉の〝素質〟持っちょったっち云ゆるわ。……でも、イー・ルに生まれたんじゃけん。生まれた以上、其処で生きちいかないけん、あんたやお父上の『導き方』は間違うちょらん、正しかったで――そげん顔せんで良い」
やはり、己はクォンの感情や魂――人格に、きちんと寄り添えてはいなかったのだ――そんな自責が過り、イーヴィが苦しげに顔を顰めていたので、剛義は苦笑混じりにそう云った。
「それで、な――あんたが知っちょったんなら話が早ぇ。ハム君も、どこまで『理解』しちょるか分からんが、コンさんが『見える』のは知っちょるっちゅうけん、あんたに云うちょきてぇこと――頼みてぇことがあんのよ」
「? スォ=ハム君が知ってる……何故?」
イーヴィが意表を突かれた顔をして、首を傾げた。言いふらすようなことではないだろうに。
剛義は軽く肩を竦める。
「若ぇ頃の〝武勇伝〟のオマケでな、ちょっと話したことがあんのと。――コンさんから聞いたが、あの子もやんちゃしよったことがあんのじゃろ? 『不良少年』っちゅうのは万国共通や、大多数の『大人』が『いい』っち云うもんに反発して、『わるい』っちゅうもんに憧れるもんよ。イー・ルの場合、ハム君にとってコンさんは相当『憧れ』の対象になるじゃろ、そっからの延長で受け入れたごたる」
それを聞いて、イーヴィも微苦笑を浮かべながら「成る程…」と呟く。
「砦の修理すんのには、コンさんが『棟梁』になっち貰わな困るけど、追っ付け、サヴァナから職人も来て工員増えたら、実際の作業を、隊の最年長っちゅうコンさんが、強いてやらんでもいいじゃろ?」
「まあ……それはそうです」
「俺達の方も、〝筋〟観察すんのにコンさんが時々居っちくれたら、助かりそうにあんのじゃわ。じゃあけん、ある程度はハム君に任せて、コンさんを貸しちくれんじゃろうか。――ハム君はコンさんの助手みたいなもんっち聞いちょるけど、砦の『図面』は全然頭に入っちょらんくらいに、ぺーぺーなんかい?」
「いえ、そこまでではない筈ですが――『設計図』は私が責任者として持っているのですけれども、私より余程スォ=ハム君の方が『読める』でしょうし」
そういう意味で、スォ=ハム君の名前も出て来たのか――、イーヴィが納得して頷きを見せた。
「あんたには何より、先に断り入れちょかんとな。コソコソ連れ出して何かしよったら、『サヴァナの悪魔』がコンさんを引き抜きにでん掛かりよるように見ゆるじゃろ。そんで、出来たら他の隊員さんにも、コンさんじゃねえといけん理由があって手伝うて貰いよるっちゅうことを、納得させちゃって欲しいんじゃ――あー、〝体質〟の本当のところを、あんたが詳しゅう云う必要はねぇけん、何かそれらしい、適当な方便使うて」
「ああ……、それで……」
それで、今最も彼らを警戒しているライズにも、敢えて〝筋〟を見せ、話を聞かせたのか――。
イーヴィはこっくりと頷く。
「承知しました。――貴方は私を励まして下さいましたが、現実、何処かで区切りが付いて真っ当に都に戻り、〝国立図書館〟や〝禁書保管庫〟に入れるようにでもならなければ、私が貴方方に直接お役に立てることは無いのですから……、隊員がお役に立てるのでしたら、喜んで承ります」
「……つくづく真面目じゃなあ、あんたは」
剛義が、ふ、と小さく苦笑を漏らし、若干呆れた口調を交えてそう云った。
「とは云え、クォンさんの意志を尊重した上で、彼に危険が及ばないこと――心身の安全に充分配慮することを、条件とさせて頂きますが」
「それは勿論じゃ」
今度は剛義も真面目な顔で、こくっと頷きを返し、顔の前でピッと一本指を立てた。
「それじゃあ、早速じゃけど、一つ具体的に頼みてぇことがある。――いや、ある意味、『忠告』じゃろうか」
「――何でしょう」
「仁君が持っち行った映写機で映像見るときにな、エグメリークの記者会見は兎も角、〝竜巻〟見る時は、コンさんを外しちゃってくれんか」
「――どういう意味でしょうか」
「……コンさんの『心身の安全』のためじゃ」
イーヴィが訝しげな顔をしたので、剛義も真剣な顔付きで返した。
「もうちょっと細こ云うと――隊員皆で『それ』を見る時、コンさんも一緒に『初見』にはならんようにしち貰いてえんじゃ。ただ一緒に見る分には良いんじゃが、――コンさんには、それを見る前に『予備知識』入れちょきてぇんよ。じゃあけん、他の隊員さんと一緒に映像見るより前に、コンさんだけに見せる時間、それか、話だけでん聞かせちゃるために、俺と二人きりになる時間をおくれ」
「何故です――?」
「今、云うたろう。――コンさんは、俺にも見えんもんが見えちょる様子がある。もしかしたら、その映像で、誰も見てねぇもんを、コンさんだけが見る可能性が、無くは無ぇんじゃ」
沈めた声で剛義が云うと、イーヴィも腕組みをして「ふむ…」と鼻を鳴らした。
「例えば、先程お話し下さった『化け物』のような……?」
「ああ……、まあ、それもあるか」
「――?」
剛義が随分気のない返事をしたので、イーヴィは「おや」と瞬きをする。
「違うんですか?」
「うん、そういう意味じゃねぇでさ――そっちの予備知識なら、コンさんに限らず、あんたにも入っちょるやん。仮にコンさんだけが映像で見た、っちゅうてん、あんたも、『見えん』だけで知っちょるのはそうや」
「……」
「そうじゃなくて、もっとコンさんの〝体質〟に限った話よ。――サヴァナの〈魔術士〉ですら見えんようなもんを、もしやコンさんだけが見る、っちゅうことになら、相当ショックじゃろ。そこんとこを、本人に説明して、心の準備をさせちゃっちょきてえのよ」
「――。しかし、それは、クォンさんだけが入れておくべき『予備知識』ですか? 隊長の私が、知らなくても良い……と?」
若干不審げに目を細めてイーヴィが云ったので、剛義は軽く手を振る。
「勿論、隊長にだけ伝えないけん『情報』もある、けど、あんたの場合は、映像を見た後なんじゃ。あんたにだけ云うた話を隊員の皆にも伝えるかどうかは、隊長の裁量だけじゃけん、俺の関知するところじゃねぇがな――コンさんの場合、〝竜巻〟の映像見る前に、コンさん本人のために、『予備知識』が要るのさ。それはあんたには必要無ぇ」
「――」
むぅ…と唇を引き結び、イーヴィは顔を顰めている。
「何か不審なことがあるかい?」
と剛義が、小首を傾げて尋ねる。
「不審と云いますか……」
特に根拠はなく、漠然とした――「勘」だろうか。彼が話した内容の何処にも違和感は無いのだけども、剛義が、何か「隠し事」をしているような気がするのだ。
クォン自身が剛義に己の〝体質〟を相談したことは兎も角、此処までの間、剛義はずっと、まず隊長の己に何らかの説明や是非を問う質問をした上で、コトを進めてきたと思うのだが……――絶対に自分には理解が出来ないだろうことも予測しながら〝黒い筋〟のことも話したくらいに――。ここで急に、「クォンだけ」?
しかし――ここで今更、己や隊の「不利益」や「危険」に繋がるようなことを剛義が行うとも思わないので、やはり「不審」と云うのは違う。
イーヴィは一つ息を吐いてから、腕組みを解いた。
「――では、タケヨシ殿。私にも、先ず一人で映像を確認する時間を貰えませんか、隊員達に映写機で見せる前に」
「ふん?」
「クォンさんと一緒でなくても構いません。先程ジン殿が仰っていた小さな画面ででも構いませんので……、私に話すべきことは『見た後』にあると云うのなら、先ず私が一人だけで確認したいです」
「――。俺に『その時間をくれ』っち云うのは、ちょっと的が外れちょるで。こっちは別に、あんた達全員が〝竜巻〟の映像を見ようが見まいが、どっちでもいいんじゃもん」
剛義が「ふっ」と小さく吹きだしてから、「ええで」と頷いた。
「あんたが一人で見る分は、俺がコンさんに話をする前でも後でも構わんけん、仁君に云うちょこう。――あんたがまだ寝入らんのじゃったら、今夜のうちに見ちょってん別に良いわ。彼が戻っち来たら云えば良い」
「お願いします」




