【a5d:svn】(4) -[1]-(3)
――キルシュがイーヴィとオリバーに軽く会釈を見せ、太狼の傍らに立っていたフローラに駆け寄った。
「車椅子は持って来たよ。今のうちに下ろしとく?」
フローラが「ああ……そうね」と、少々気のない返事をする。
「二台?」
「貴方がそう云ったんでしょ?」
あら、とキルシュが目を見開く。フローラは小首を傾げ、ほんの微かだが申し訳なさそうな顔をした。
「……必要そうな人が三人居て、救援物資の中に一台あったから『あと二台』と思って云ったんだけど……そのうち二人が川を渡るのよ。一人が今使ってて、一人はストレッチャーに寝かされてるから、救護車が来るのなら、そのままで良いと思うのよね」
「ああ……。一台だけで良かった、って意味かぁ」
「手間掛けさせてごめんなさい」
「謝る程の手間じゃないわよ、『結果的にそうなった』だけなんだし。何かあった時の予備とでも思って、置いとけば?」
「まあ……、そうね」
「タロさん、今お暇でしょ? 持ってって下さる?」
フローラと違ってキルシュは、太狼に向かって随分きさくに声を掛ける。太狼はあっさり「おぉい」と承った。
三人で探査車に近寄る。メインの機材を積み込んだ巨大なコンテナと運転席の間にトランクルームがある、それをキルシュが横から開けて乗り込み、車椅子を一台ずつ太狼に渡した。
折りたたみであるから、太狼は二台とも脇に抱え、先回って
「俺一人で持たるるで」
と云い、行こうや、と医務室の方を顎で指した。
はい、と頷き、フローラがキルシュに目をやると、彼女はこの場を離れるつもりが無いらしい。トランクから降りて来たキルシュは「行ってらっしゃい」と云うふうに太狼とフローラへ軽く手を振った。フローラも「それじゃあ」と云うふうに振り返し、太狼共々医務室の搬送口へ向かう。
キルシュと位置を入れ替わる形で剛義がジンに近づいて、
「蝦さんが、〝バァさんちの会見〟も確認してぇっち云いよるんじゃ。後から来る奴に持っち来るよう、云うちくれるか」
と云った。ジンはまず、微かに呆れた顔をして「蝦さんって……」と呟き、
「もうお持ちしてます。七日前から情報が遮断されていたとなれば、当然ご存知ないでしょうから」
「おー、気が利くのう」
剛義が大げさに目を見開き、笑ってジンの背中を叩く。傍で聞いていたイーヴィとオリバーも、感心した顔を見合わせた――この場合、単に「気が利く」というより、「優秀」とまで云って良いと思う――。
ジンは探査車を振り返り、イーヴィに声を掛ける。
「その『録画』と……――筆頭よりお聞き及びかと思いますが――五日前に発生した〝竜巻〟についても、映像や資料をお持ちしております。探査車で見ることは可能ですが、如何致しますか」
「……? 恐れ入ります、『どうする』とは――どういう意味でしょう?」
イーヴィが首を傾げて質問を返す。
「ああ、済みません――。探査車でお見せできるのは『このくらい』の画面なんです、空間も狭くて……。隊長殿と……副隊長のオリバー殿お二人だけが確認して、他隊員には今のところ伏せておくという判断でしたら、それで良いでしょうけども」
ジンが、両手の人差し指で四角を空中に描きながら、そう云った。
「――他の隊員の方々とも認識を共有したいのならば、比較的広く、壁の一枚が無地の場所が砦にあるようでしたら、『映写機』でご覧頂けますので持ち込みますが。如何致しますか」
イーヴィが「ああ……成る程」と合点し、オリバーにも目線を向けた。それを受けて、オリバーはこくりと頷き答えた。
「『映写機』をお借りするのが良いのではないでしょうか。エグメリークは兎も角、〝竜巻〟の映像を実際に目にすれば――特にライズは、今度こそ、腹が決まると思います」
「――私もそう思うよ」
イーヴィは微かに口元を綻ばせて頷きを返す。――傍らに居た剛義が、そのやり取りを聞いていて、ふと何か思い出した顔をし、思案げに顎を擦った。
「砦に〝礼拝所〟になっている空間があります。西の壁が完全に無地ですから、そちらで使わせて頂きたい」
「畏まりました。――キルシュ!」
ちょっと失礼、というふうに小さな会釈を見せ、探査車に足を向けながら部下を呼ぶ。
「『映写機』が要る。そっちは俺が運ぶから、例の〝メモリィ〟を出しといてくれ」
「はぁーい」
手を挙げながらジンが云い、キルシュが朗らかな声で応じて、助手席に回り込んだ。
……オリバーは、つくづく、キルシュの雰囲気がフローラと違うことで、「困惑」に近いものを感じた。
ハンドルのついた「映写機」をぶら下げたジンと、小振りなバッグを持ったキルシュがイーヴィ達の下へ戻ってきた時に、ライズがウィトを連れて扉から出て来た。
ウィトは初めて見る、太狼やイーヴィと同じくらいに大柄な男性と、お下げ髪の小柄な女性が居た。その二人――ジンとキルシュが、先にペコッとお辞儀してきたので、ウィトは「あ、ど、ども」と慌てた声を出し、同じく軽く頭を下げた。
「俺、通信技師やってる、ウィトって云います。えっと……」
「私は、サヴァナの諜報隊長で仁と云います。宜しく」
「キルシュです。私も、主な役目は通信技師です」
キルシュが、ニコッと笑って名乗った。ウィトもオリバー達と同様――〝ハナ〟姐さんとは随分雰囲気違うなあ、と――少なからず動揺する。
キルシュは、先ずライズに近寄り、
「ライズさん、でしたよね。これ、持ってってくれます?」
手にしていたバッグを彼の胸元に、ほぼ押しつける形で差し出した。ライズが「え、え?」と目を白黒させて、押しつけられたバッグを慌てて抱える。
説明を求めるような顔をしているライズには構わず、
「ウィト君、ちょっと聞きたいことがあるの、来て」
――ぱっと見で同年代か年下と思ったのか、少しばかり年上だとしても役目が同じことで親近感が湧いたからか――キルシュはいきなり距離を詰めた言葉遣いで云って、ウィトの手首を掬うように掴み、こっちこっち、と砦の西の方向に引っ張った。
異性からいきなり手を取られたことに何より動揺し、引っ張られたことでバランスを崩して、ウィトの体がふらついてしまう。
「おいおい……、〝さっちゃん〟、この人ら、まだ『健康体』とは云われんので。気を遣わんか」
剛義が大げさに苦言口調で云う。
「あっ、ご、ごめんね」
キルシュがウィトに対して慌てた声で云い、よろけた体を支えるように、彼の両の二の腕を掴んだ。――実のところ、イー・ルという国は異性間の距離が「近いとは云えない」国なので、ウィトは大層狼狽え、
「だ、大丈夫ッス!」
裏返った声を出し、ビクッと背筋を伸ばす。
ほう、と息を吐いてから、キルシュは砦の屋根――今ちらりと見えている〝アンテナ〟を指し、
「電波飛ばしてる方向、ちゃんと知りたいの」
と改めて云った。
「わ、分かりました」
どぎまぎとした声でウィトが返す。
今度は手も取らず、彼の歩調に合わせて砦の西の角に歩を進めたキルシュだったが、一度振り返り、
「〝さっちゃん〟って誰、筆頭。それ、止めてって云ってるでしょ」
と口を尖らせた。
バッグを押しつけられて呆気にとられたライズに、ジンが先ず「済みません」と謝った。
「……キルシュは、『自分のやること』が決まると――『張り切る』と云ったら聞こえが良いですが、せっかちになるところがあるものですから」
「あ、はぁ……」
ライズは曖昧に相槌を打つ。
「〝メモリィ〟というのが、その袋に入っているのですか」
イーヴィが確認するようにジンへ声を掛けると、ええ、と頷いたので、
「先程、君も聞いてただろう。――エグメリークの記者会見の録画を、既に持参してくれているそうなんだ。『映写機』を使って見られるように、〝礼拝所〟へ持っていって貰うから、ライズ君、ジン殿を案内してくれるか」
〝竜巻〟には触れずにイーヴィがライズへ云う。彼はジンの手元をちらっと見て、「……分かりました」と答えた。
こちらへ、と扉の方へ手を差し出し、ライズが先導する。扉の中に入ったジンは、「物凄く暗いな」と思ったので、ポケットから太狼やフローラも持っていたライトの付いたペンを取り出し、
「これ、どうぞ」
とライズに差し出した。ライズは、きょとんとした後で、
「お、恐れ入ります」
と口ごもりながら受け取った。
元から居た太狼とフローラ、新たに増えた二人も含め「人員」が居なくなり、剛義とイーヴィ、オリバー――どちらかと云えば「幹部」の三人が取り残された。
この三人で残されると、所在に困るのはオリバーである――思案げな顔をしていた剛義が、ちょっと申し訳なさそうに、
「――オリバー君、ちょいと、蝦さんと二人で話してえことがあるんじゃけど……」
と云ったので、却ってオリバーは「願ったり」と、
「では、私は席を外しましょうか」
食い気味に云った。
「うん……。もう休みてぇごたったら、それでも良いんじゃけどな。あと一踏ん張り、良かったらコレ、見ちょっておくれ」
剛義はそう云って、手にしていた〈板〉を差し出した。
オリバーは、「大丈夫です」と云いながら、それを受け取る。――受け取りはしたが、少々困った。今まで見たことがない「機械」だ。
〈板〉の表面は真っ黒く、下の方で大きめの赤い丸が点滅しており、上部の方では白い小さな点が見えたり隠れたりしている……「レーダー」のようなものだろうか、と何とか思い当たったが、自分が知っているそれとは全く違い、機械的な厚みが無く、本当に只の〝アクリル板〟に黒いペンキを塗っただけのようなもので、何らかの操作をするためのボタンやレバーのような物も無い。
剛義がオリバーの隣りに立って、〈板〉を指差す。
「この赤ぇ点が『此処』じゃ。今見えたり見えんかったりしよんのは、仁君達を追いかけてこっち来よる奴じゃわ。この白い点が、ちゃんとこっちに来よるか、見ちょってくるるかな。――あんまり外れたとこ行きかけよるごたったら、話に割り込んでん良いけん云うて。それか、太狼か花ちゃんか仁君が戻って来たら、云うて」
「は、はい。承知しました」
「俺達が乗ってきた、あのトラックの傍が一番都合が良いけん」
救援物資を積んできた最初のトラックを指差して云い、オリバーは「畏まりました」と頷いて、小走りにその場を離れた。




