【a5d:svn】(4) -[1]-(2)
「イーヴィ殿。当代筆頭・剛義は、『貴方がイー・ル国より謀殺されるようなことがあれば、イー・ル国自体を滅する』と決断し――貴公にも既に宣言しているそうですが」
「それが――何故……」
それを受け入れている訳ではないが、剛義が何度も強く述べたのは事実である――「是」と、言葉には出来ないものの、先を促すべく「だから何だ」という意味の呟きをイーヴィは漏らした。
「それはつまり、『サヴァナは、貴方を護る』のが命題になった、ということです」
「……な…」
「我々とて、イー・ル国を滅ぼすことなど望んでおりません。『貴方が謀殺されることがあるなら』という条件が付くのならば、それを避けるために行動します、我々は」
「――っ…」
イーヴィは思わず、両手を拳にし、
「何故……、何故、貴方方は……サヴァナは、そんなにも、高潔な魂を持っておいでなのだ――」
顔を顰めて声を絞り出した。
余りにも、己の母国と、違う――ジワジワと胸に滲んでいた「不快さ」の正体は、悔しさと羨みでもあったのだ――。
ジンは不思議そうに瞬きをした後、苦笑して小首を傾げた。
「高潔なのじゃありません、単純なだけです、イーヴィ殿」
「……」
「〝風〟は、何物にも縛られず止められない。己の気の向くままに吹いて凪ぐ〝風〟に、そよぎ、乗る、サヴァナの連中は、只それだけなんですよ。かと云って、〝この世〟で『集団』を形成するには、それでは余りにも無秩序なので『統率する者』は一応居る訳ですが……」
そう云うと、ジンは太狼と剛義をちらりと一瞥し、改めてイーヴィに向き直る。
ジンの声が、少しばかりピリッと冴えたものになり、
「イーヴィ殿、貴方の存在意義が、イー・ル軍の『一大佐』『一隊長』に過ぎない――己の命と魂よりも上位に『イー・ル』を頂いた者としてあるのなら、私もそれなりに対応します。まだイー・ル国との戦が終わった訳では無いのですから、サヴァナの諜報隊長として、貴公に提供する情報は、慎重に選ぶ必要があります」
「――。それは……当然のことでしょう」
こくっ、と息を飲んで、イーヴィは冷静な声を作り、そう云った。だが、ジンは「しかし」と続ける。
「――筆頭から話を伺った限りでは、我々は貴公のことを、『この砦の長』だと考えるのが、自然なのだと……感じております」
「……?」
それは実際にそうだが……、何を云っているのだろうか。
イーヴィの表情を見る限り、「伝わっていない」と思い、ジンは一度軽く首を振って云い直した。
「この砦は最早、イー・ル軍の一施設ではない、という意味で申しております。貴方は、BR19という国土と十一人の隊員を負った、唯一の国主」
「――ッ!」
イーヴィだけでなく、オリバーとライズも息を飲み――そして、表情を引き締め、頷いた。
イーヴィは狼狽の表情を、剛義や太狼、フローラやキルシュにも向けた。筆頭だけならまだしも、他の者も、誰も、それを否定しない――。
胸が熱くなった気がして、イーヴィは、無意識に心臓の辺りへ掌を当てた。
「――そう思えば、貴方と、この砦は、サヴァナから見た時、先ず筆頭と友誼を深め契った、〈同盟〉と変わりありません。フリュスやサウザーと同様に、貴方と隊、砦に協力し、護ります。――それは、筆頭に忠誠を誓った我々、サヴァナ・ギルドにて役を負った者にとっては、ごく単純に当たり前のことなんです」
ジンの声は、冷静ながらに頼もしく、イーヴィは苦しげに顔を顰めた。
「改めてお訊ねしますが、イーヴィ殿、我々はそう考えて構いませんか? 貴方は、〝BR19国〟の国主であり、イー・ル国の人員ではないと」
「……」
「あくまでもイー・ル国の人員だと仰るなら、私は貴方に『秘密』にしておかなければならないことが、多くあります。――そうではない、と仰るのなら、私は貴方に最大限の情報提供が出来ますが、……その中には、貴方が本国から『裏切り者』だと判断されるものも含まれているでしょう」
さっき、フローラから〝鍵〟を預かったときと同じだ――イーヴィは己の中の天秤を揺らし、オリバーには、隊長が〝神〟の審判の場へ連れて来られたかのように見えていた。が、ライズはあの時と違い、ジンの言葉を、「悪魔の誘惑」とは感じていなかった。
先程、イーヴィは母国を見限った訳ではなく、体制に従順であるべき軍人であることも忘れてはいないと云っていた。己の中の天秤を水平に保つべく、ここまで必死に努めていたのだ。
だが――ジンは、ここまで来たらそれは通用しない、とイーヴィへ詰め寄っているようなものだ。恐らく、言葉には出来ず自分でも気付いていないながらに、それを隊長に追及していたのは、ライズも同じなのだ。
イーヴィに対しての忠誠は、ライズも全く揺らいでいない。しかし、そのイーヴィが、サヴァナを敵と設定した体制に疑問を持ちながらも、体制に従順であるべき軍人であることも忘れないと云うのなら、己は一体、何処に己の存在の軸を置けばよいのかと――迷い、苛立ったのだ。
まさしく審判だと、ライズも感じ、イーヴィの回答、「自覚」を待った――ライズの方が隊長よりも先に、「理解」していた。己の主は、己が「軍人」として従順であるべき「体制」とは、大導師長でも中央政庁でもなく、イーヴィなのだ……と。
イーヴィが一度唇を噛み、そして、表情を引き締めて口を開いた。
「私は、この砦と隊員を預かった『長』です。それは間違いありません。ただし、それはイー・ルからではなく、〝神〟からです」
「……」
「――タケヨシ殿と友誼を深めた〈同盟〉とまで見なされるとは――大変に痛み入ります。しかし、それが永遠のことだとは、思わないでいて頂きたい」
「それは心得ております」
「あくまで一時的なことであるよう、私自身願っておりますが――、ジン殿、現在の私を、『イー・ル軍人』だとは思わなくて結構です」
「承知しました」
イーヴィがきっぱりと云ったので、ジンも冷静に、しかしはっきりと頷いた。オリバーとライズが、イーヴィの背後で、ジンに敬礼を見せる。
「さて――では、早速ですが」
ジンの声が少し柔らかくなり、体を開いて後ろの車両へ腕を伸ばした。
「適地を選んで、探査車の設定を行いたいのですが、車両を置くのに避けた方が良い範囲はありますか」
イーヴィは急な話の転換に一瞬戸惑ったが、「あ、ああ…」と息を吐いて、
「現在、砦を死に体に装うのに、漠然と応答請う発信をしてまして……適当な時に、自然と断つように考えてはいるのですが、その作業は、未だ終わっていない筈です。発信を遮ってしまうようだと、軍に異変を勘付かれてしまいますから、恐らく、場所を選んだ方が良いとは思うのですけども――」
しかし、自分には技術的なことが分からないので、小首を傾げた。
「クォンさんか、ウィト君を呼んできましょうか」
とオリバーが背後からイーヴィに声を掛ける。
それを聞きつけたジンがイーヴィより先に、
「……もう休まれている方を起こすことになるのでしたら、申し訳ないですね」
と首を捻り、部下へ顔を向け、
「キルシュ、その『発信』は分かるか?」
と尋ねた。キルシュは「ん~……?」と小さく唸って、困ったように首を傾ぐ。
「『機械』でそれを探るようだと、その行動自体が『異変』に思われるかもしれませんよ。〈電波〉の干渉が生じますから。――〈魔術〉は、この砦に施しちゃいけないんでしょう? この場合、どうなるんでしょ、私が『使う』だけなら構わないのかしら?」
キルシュが軽く眉を顰め、深刻そうな声で上司へ云った。
――顰めた声であったが、それはライズにも聞こえ、
「俺、ちょっと見てきますよ。クォンさんとスォ=ハムは、さっきすれ違ったばかりだし、まだ起きてるかもしれない」
と、イーヴィとジンへ顔を向けて早口に云い、彼らの返答も待たぬまま砦の入り口へ駆けて行った。
――隊長がどういう判断をするかは分からないが、EV隊の技師が居さえすれば、周囲で〈魔術〉を使わずに済むというのなら、仮にクォンとウィトが休みかけていようが、引きずってでも連れて来るつもりだった。
焦りがあったような彼の後ろ姿を見送り、――イーヴィとオリバーは、ライズが何を考えたのか察して、苦笑を交わした。
ちょっとばかり呆気にとられた顔をしているジンとキルシュへ、イーヴィが云う。
「……私は、砦と隊員がその対象になりさえしなければ、貴方方が索敵や情報収集等に〝魔法〟を使う分には、黙認するつもりだったんですが……。サヴァナに〝魔法使い〟が居るのを頭で分かってはいても、自分の周囲で〝魔法〟が使われることに抵抗がある者は、ライズ君に限らず居ると思います。もしや、不快や妨害を招くことがありましたら、申し訳ありません」
「ああ、いえ……それは、仕方のないことでしょう」
ジンも微苦笑を浮かべてから、
「――我々が〈魔術〉で情報収集を行うことは黙認すると仰いましたが……、イヴ殿の方も、その情報を共有することに、抵抗は?」
確認するようにイーヴィへ声を掛けた。
イーヴィは伏し目がちになった後で、小さく首を振った。
「……それを、どう処理するかは、その時の私の判断に委ねられます。その判断に『罪』が有ったかどうかは、我が〝神〟の審判に委ねられますから、貴方方は何もお気遣いなく」
「――そうですか」
ジンは神妙に頷き、傍らでキルシュも感心したように「ほう」と息を吐いた。出来る限り、〈魔術〉は使わないようにしていた方が、互いのために良いようである……ジンとキルシュは視線だけで確認し合った。
となると――、ライズが戻ってくるまで、少し時間の空白が出来た。




