【a5d:svn】(4) -[1]-(1)
最初に灯りが見えた時点から考えると、近づいてくるのが随分遅いので、イーヴィは少し不思議に思った。
実際に車両が見えて、「成る程」と合点しつつ驚いた。随分頑丈そうで大きい――「小屋」を引っ張ってでも来たような。重量があるから、砂の上では運転が慎重にならざるを得ず、足下も「そり」や「キャタピラ」に切り替えながらやって来ていたようである。
比較的平らな箇所を選んで車両は停まり、運転席と助手席から一人ずつが降りて来た。
丁度その時、オリバーとライズも砦から出て来たので、慌ててイーヴィのもとに駆け寄る。車から出て来た二人も、剛義と太狼に気付き、先ずはそちらへ近づいた。
一人は、太狼と同じくらいに背が高くて逞しい男性。もう一人が、フローラと同じく小柄な女性――と云ってもフローラよりは少し背が高い――だったので、イーヴィはそれにも少し驚いた。サヴァナはイー・ルと違い、当たり前のように女性が実働部隊に居るらしい。
「あらま、ひーくん、もう、わぁが来ちしもうたんかえ」
剛義も、少しばかり驚いたふうに目をぱちくりとさせた。「ひーくん」などと呼ばれた男性が、――陽が暮れているから色のついていない――ゴーグルを額に上げて、苦笑を見せた。
「ひーくん、は止めて下さい。――私が来る方が話が早いと、警備隊長とも合意しました」
そう云うと、一旦、太狼とフローラに「ご苦労」と云うふうに目を合わせ、改めてイーヴィに相対した。
彼の隣りに立っていたお下げ髪の女性もゴーグルをしていたので、それを額に上げ、二人してイーヴィへ敬礼を見せる。
一瞬だけ戸惑ったが、直ぐに表情を引き締め、イーヴィも敬礼を返した。
――傍で、剛義が苦笑する。
「俺とこは、そげぇしゃんと『軍人らしい所作』を教えりゃせんねえのう。知らんうちに、若ぇもんの方が、そげな『堅い』態度を覚えちょる」
「……〝上〟が一番ひょろひょろしちょるけん、〝下〟は嫌でも『自分がシッカリせないけん』と思うんよ」
太狼が筆頭に飄々と云う。剛義は大げさに眉を寄せて、
「わぁの何処がしっかりしちょんのか」
と吐き捨てた。
剛義が「こほん」とわざとらしい咳払いをしてから、イーヴィを手で指し、
「此処、BR19砦の隊長さんじゃ」
と部下の二人へ告げた。
「E=V・フリアイと申します。――ご足労でした、この度は、敵方にも関わらず、私の要請を飲んで下さったことに感謝致します」
イーヴィが丁寧に頭を下げる。オリバーとライズも彼の背後で同じように頭を下げ、
「副隊長の、オリバー・ガ・トゥフです」
「ライズ・モームと云います」
と名乗った。
――その真摯な態度だけで、新たにやってきた二人のサヴァナ民も、「この人達は、自分達の知ってるイー・ル人とは違う」と見直し、嘆息した。
「私は、サヴァナで警備副隊長、兼任で諜報隊長を務めております、〝仁〟と申します。――恐れ入りますが、役職の関係で、本名はご勘弁ください。こちらは、諜報隊員で技師の〝キルシュ〟です」
「宜しくお願いします」
お下げ髪の女性も、柔らかい微笑を浮かべてお辞儀をしてきた。
「――済みません、これ、度が入ってるんです。ご無礼な顔になっちゃいますけど、付けさせて貰いますね」
キルシュは、照れ臭そうに小首を傾げながら、額に上げていたゴーグルを戻した。
「ああ、いえ……」
それがゴーグルの形をしていても本人に必要な度入りの眼鏡だというのなら、無礼も何も無い――「脱帽」の「礼儀」とは意味が違う。
二人の自己紹介を聞いて、イーヴィが、ふと小首を傾げる。「諜報隊」という役職上、本名は勘弁してくれ、というのは解るが、じゃあ、剛義の「ひーくん」というのは、何だったのだろうか?――ちなみに、オリバーとライズの方は、キルシュという女性の方に、少々狼狽えていた、〝ハナ〟と違って、随分柔和で可愛らしい印象だったので。
――名前はさておき、改めてその役職に驚く。
「警備副隊長――その上、諜報隊長ですと? 何故、そんな重職にある方が、この現場へ……」
ジンも微笑を浮かべて答えた。
「『その方が手っ取り早い』と思われましたので。――隊員を派遣すると、『報告』を受けてから『指示』を出すという往復になり、タイムロスが発生します。それよりも、私が直にこちらに待機した方が、色々とスムーズにコトが進むのではないかと」
どうですか、と現筆頭にも顔を向けてジンが云うと、剛義は「ああ、そげぇじゃな」と同意した。
「『探査の一番』持って来たんじゃし」
「――随分と大きな車両で参りましたので驚かれたと思いますが。この車両は、『移動式の司令部』というくらいの設備を詰め込んでいるんです。砦の修復はしても改造はならないと伺いましたので」
イーヴィが「そうですか…」と嘆息混じりに頷く。
「正直、隊員の中には、大なり小なりイー・ルへの凝りがある者も居なくはないですし――筆頭からは、それが『無い』者を寄越すよう、重ねて指示されましたので。それに、フリアイ隊長閣下、貴方の風貌、体格が、遠目だと太狼君と見間違うかもしれない程度に似ているとも伺いましたから」
イーヴィが「お心遣いに感謝します」と云いかけたところで、――意味の分からないことを続けてきたので、首を傾げた。
「……? 私の見た目が、一体何の関係が……?」
ジンは少し何か考える顔をし、剛義に目配せをした。剛義は一度軽く肩を竦めた後で、「許可」を示すように頷く。
「少し、目を閉じてて貰えますか。――後ろのお二人も」
ジンが微笑を浮かべたまま、イーヴィに掌を見せて促し、ライズとオリバーにも視線を向けた。
訳が分からないが、拒む理由も無いので、三人とも素直に目を閉じる。
数秒して、「目を開けて下さい」と声が聞こえた。
――オリバーとライズが、驚いて目を見開く。だが、一番「動揺」したのはイーヴィだった。
「ハッ」と息を吸い、思わず一歩後退る。
「な――何――」
ジンの顔を凝視し、イーヴィが声を震わせる。
冷静な筈の隊長が誰よりも動揺しているので、オリバーとライズが「た、隊長?」と声を上擦らせた。
ジンの顔が、初見とまるで違っている。
今、イーヴィの前に立っているのは、「己」の顔をした者だった。
暗がりの中とは云え――最初に敬礼を見せた時は、切れ長の目で、どちらかと云えば顎は細く、彫りも深くない顔の筈だった……何より、髭は完全に剃っているツルツルの肌だった。なのに、彫りが深く二重瞼に四角い顎、しばらく整えられなかったせいで不揃いの口髭――。
「こ、これは……どういうことです。何の〝魔法〟ですか……」
目の前の「己の顔」が苦笑の形になる。
「驚かせて済みません、閣下。――先ずは、先の質問へ答えておきますと、この通り、私も太狼君と――引いては貴方と、体格は似ていますので、貴方の『影武者』にもなれると、考えてのことです」
「――っ?」
イーヴィが訝しげに――微かだが「不快そうに」とも見える――目を細めた。
「まあ、そんな場面が訪れないのが、一番良いのですけども。――貴方が特別驚いている原因は、貴方だけが『自分の顔』として見ているから、ですよ」
「――どういうことです?」
「貴方は今、鏡に映った自分の顔を私の顔に見てるんです。だから、貴方だけが、『自分の顔』を見ている」
「……」
「部下のお二人は、『左右逆』の顔をご覧になってるということです。ですから、何となく『違和感がある』顔……貴方とよく似ているけど別人と認識出来る。〝写真〟に写った顔と比べて見れば、貴方ご自身も違和感を感じると思いますよ」
イーヴィが「そうなのか?」と問うように、ジンは「そうでしょう?」と云うふうに、二人へ線対称の顔を向けた。
それでオリバーとライズは改めて驚き、こくこくと頷いた。
「――よって、貴方と常日頃接触している方なら、貴方と私を完全に誤認してしまうことは無いと思いますので、重要事項を私に漏らしてしまったり、私の言葉を貴方の言葉として聞いてしまったり、そんな危険は無いでしょう。当然、貴方ご自身は、己が『本物』だとご存知だ」
「……」
理屈は分かった――が、理由が分からない。イーヴィが、さっきよりも分かりやすく「不快」そうな色を目に浮かべる。
「しかし、そもそも何故……私の『影武者』など、貴方方が考える。貴方が担わなくてはならない」
イーヴィが、若干「責める」ような表情を剛義の方へ向ける。
「タケヨシ殿、貴方がそんな要請を追加して仰ったのですか、私は、そんな要望などしておりません」
「違う違う、俺はそげんこと云うてねえ」
慌てて剛義は手を振る。ジンがきっぱりと、
「そうです、筆頭から直接に命令を賜った訳ではありません」
「――」
イーヴィが渋面を作り、むっつりと口を噤む。
「……ちょっと失礼」
今度は自ら下を向いて顔を伏せ、ジンは額から顎までを右手で大きく撫でた。
ゆっくりと上げた顔は、元に戻っている――初見と同じ「薄い」顔、髭も無い。但し、表情に笑みも無い、引き締まっている。
「フリアイ閣下、ある程度、状況を伺っておりますが……」
「っと……――ちょっと待って下さい、……『閣下』は止めて貰えますか、E=V、あるいはイヴで結構です」
ジンが説明を始めかけたが、イーヴィが焦った顔をし、掌を翳して遮る。
――「導師」でもある以上、部下達や市井の者が「様」付きで呼ぶのは許容出来ているのだが、「閣下」は軍属が主になってから使われだした呼称であり、どうにも大仰に聞こえるので慣れないのだ。剛義はクォンに「こそばゆい」と云ったが、同じ感覚なのかもしれない。
ジンの表情が一瞬だけ緩み、「畏まりました」と答えてから、真面目に答えた。
[7.19-7.20 は、10:00|20:00 の1日2回投稿にします]




