【a5d:svn】(3) -[5]-(5)
オリバーはコクッと大きな頷きをイーヴィに見せた後、背後に立っていたライズを振り返った。
一旦砦に入るよう促すつもりで、彼の二の腕を掴み、引っ張りながら足を踏み出す。
ライズは慌てて、大股になったオリバーに歩調を合わせながら、「な、何だ、オリバー」と声を出した。
扉の前で立ち止まり、オリバーはライズに正面向いた。
「ライズ、君ももう、解ってるだろ、こんなものは必要無いと」
ライズの胸の前に掛かっている小銃のストラップ・ベルトを掴んで、オリバーは云った。ライズが「うっ」と息を飲んで眉を寄せる。
「……キャビネットにしまえ。これから来るサヴァナの方へ、余計な警戒をさせてしまう」
「――その警戒はお互い必要だと、隊長も云っていたじゃないか。『形式』、『体』は必要だ、オリバー」
「それは、サヴァナの人も武装していたら、で良い! ――ライズ、君だってもう、容赦なく思い知った筈だぞ。……私たちは最早、サヴァナの眼中に無いんだ」
「――」
「いいや……そもそも、最初から、サヴァナの眼中に『イー・ル国』など無い。イー・ルが向け続けていた一方的な敵意と憎悪を、彼らはずっと無視していた。イー・ルの中央政庁は、己が勝手に悪意を垂れ流しておきながら、それを『相手にされていない』ことでも敵意を膨らませただけだ、逆恨みが一周した『道化』でしかないじゃないか。――『宣戦布告』によって、やっと相手にされ始めたのを喜んでいるんだ、『一方的に見初めた女が、自分に振り向いてくれないのを恨んだストーカー』と何が違う、そんな国家的規模の偏執狂に、我々は付き合わされているんだぞ、馬鹿馬鹿しい」
「おい、オリバー――、それはあんまり…」
オリバーが、随分俗な例えを吐き捨てたので、ライズが少し呆れた顔をして何か云いかけた。しかし、オリバーはそれを遮る。
「個人的で身勝手な愛憎と国家の利害関係を同じにするな、とでも云いたいのか? そうさ、私だって、そんなスケールの大きな痴情に駆り出されたくなど無かったさ。だが、実際に何が違う? 一度でもサヴァナが私たちに『悪魔的所業』を為したことがあったか。イー・ルがサヴァナに『宣戦布告する真っ当な理由』など、あったか。我らの〝神〟が、『この戦争』を、支持してくれていると思うのか」
「――っ…」
「……〝筋〟という問題が顕れたことで、サヴァナの方々の眼中からは再び、イー・ルの一方的な敵意など取り除かれた。君はまだ、サヴァナの方々の目に、『敵』という特別な重みを持った芥として映っていたいのか、ライズ」
オリバーは旧友の目を厳しく見つめて云い、ライズはたじろいで、バツが悪そうに顔を背けてしまう。
「――隊長は、サヴァナが体制から見て『敵方』であることは覚えておかねばならないと仰ったが、その現体制に疑問を持っているとも仰った。それに、チォさんはハッキリと云っていただろう――彼にとっては、むしろ現体制こそ不幸の根源であり、それが設定した『敵』には、なんの恨みも敵意も無い……と」
「オリバー……、まさか、おまえも、チォさんと同じ考えなのか――?」
目を細めてライズが問う。
「……。体制に従うべき軍人であることは忘れていない。だが、イヴ様ほど、『軍人』と『神の徒』、両方の哲学を抱えられるほど、私の心と掌は広くない――イヴ様は、サヴァナの方々がこの砦を侵攻の足がかりにでもしようものなら、それは阻止すると仰ったが、――正直、私は、それを止める気にはならない」
オリバーは一つ溜息をついてから、吐き捨てた。
「おい、オリバー……」
ライズが驚いて目を見開き、焦った声を出す。
「何でおまえみたいな上流階級が、そんな気になるんだよ」
それを聞いて、オリバーは訝しげに目を細めてから、自嘲めいた苦笑をライズに見せた。
「――君は、知らないんだな……」
「……。何をだよ?」
「君は私を、名家に生まれた士官学校出の〝エリート〟と思っているようだが……現在の『富裕階級』『聖院予備層』では、軍属の者が家から出ることなど、『恥』なんだ。『軍人』は上層階級から見れば、疎ましい『穢れ』なんだよ」
「……な…何?」
「聖院予備層の階級を剥奪された上で、強制的に軍兵養成に回されたチォさんと私の立場は、少し違う――上流階級の連中から見下されているのは同じだろうが」
オリバーが億劫そうな溜息を一つ吐いた。
「私自身は、イヴ様と同じ志を持って士官学校に入ることを自分で決めたのだが、その時、両親、家族は泣いて止めようとした、止まらないと思ったら、私を放逐した。私の名はトゥフの家系図から消されてる――最早、私は『名門』の出などではない」
「――そんな……」
「……私は、そんな『家』にもうんざりしている、守る気も無いんだよ、ライズ。私は私の親兄弟から『悪魔』『穢れ』と呼ばれて何の感慨も無い――恐らく、その点で私は、サヴァナの方々と感情を共有出来る、彼らは、我々からどんなに長らく『悪魔』と呼ばれても、全く相手にしていなかった」
「――」
「私は、イヴ様以上に、体制に疑問を持ち、そんな体制に庇護された『階級』『家族』を守る気も失せているんだ。サヴァナの方々が、都を『占領する』つもりであっても、私には抵抗する気も湧かない」
オリバーの声が、少しばかり冷たいものになる。
「今、私がこの砦に居る理由は、イヴ様と、君も含めてEV隊のため、それだけだ。イヴ様が母国を諦めていないと云うのなら、私もそれに従う。私自身は、サヴァナが都を侵攻したとしても何の感慨も無いが、イヴ様がそれを許さないというのなら、私はイヴ様に従ってそれを止める」
「――」
「もし、サヴァナが、イヴ様と隊に害を為すなら、私は命がけでそれを阻止する。私の純粋な意志は、それだけだ」
「オリバー――」
「ライズ、君はそうじゃないのか」
「……」
「――ライズ、私にとって今の『絶対』は隊長だ。あの方がサヴァナと相互協力を決めたのだから、私は従う――君が『現体制』の設定に過ぎない『敵』に対して、いつまでも害意を見せるつもりなら、イヴ様の方針に従って、私が君を監視し続けるぞ」
オリバーは真っ直ぐにライズの目を見つめる。再び、ライズは後ろめたい気分になって、今度は少し俯き加減になる。
オリバーが「はあ」と一つ息を吐いてから、
「君が、己の意思と感情の軸足を何処に置くべきなのか、迷うのは迷っても良い。イヴ様も、時間はあると云っていた。――だが、これは置け」
副隊長としての厳しい声を作り、もう一度、小銃のストラップを握った。
「――分かったよ……」
ライズは神妙に頷き、オリバー共々、一度砦に入る。
オリバーがキャビネットの扉を開け、ライズの小銃がしかるべきフックに掛けられたのを見届けると、丁寧に鍵を閉めた――。
スォ=ハムがクォンへ、「俺達はどうしましょうね?」と顔を向ける。
「……改めて電源、見に行きましょうか」
「ああ、済まんかったなぁ、あんた達のやりたいこと、完全に邪魔した」
傍に居た剛義が謝りつつも、
「そげぇ急くこたぁ無ぇ。あんた達も後は寝るだけなんじゃけん、今、そげぇ灯りは要らんろう」
大して「悪いことをした」とは思っていなさそうな、軽い口調で云った。
それを聞いて、クォンが「ふ……」と力ない苦笑を浮かべる。
「コンさん、あんたには、まだ聞きてぇこともあるが、それは追々でん良い。何だかんだ、あんたには相当無理をさせた。済まんかった、もう休めよ」
今度は随分と神妙にクォンへ謝る。クォンは「いいえ…」と軽く首を振った。
「眠れそうにありやせん。――どっかでぷっつりと糸が切れりゃ、気を失うように寝入るかもしれませんが……、まだ、その気配もありませんや」
「――そんじゃあ、水くらいは飲んで、どっか腰は下ろしちょきよ」
小さく肩を竦めて剛義はそう云うと、スォ=ハムにも視線を向け、砦に向けて顎をしゃくった。
スォ=ハムも頷き、そんじゃ、とクォンと共に砦に足を向ける。
「――タケさんが、おやっさんに何か、ああいう感じのこと云うのって、……前に聞いたことある、『何か見える』アレの関係ッスか?」
クォンに合わせてとぼとぼと歩きながら、スォ=ハムが小声で訊く。クォンが小さく口角を上げ、「ああ…」と肯んじた。
「イー・ルに居る間は、あんなお人には絶対に会えなかったからな……。本物の〈魔術士〉から、『自分』のことを、随分教えて貰ったよ」
「……。もしかして、あの『真っ黒い筋』も、俺とおやっさんとじゃ、違うように見えてるンスかね……」
「さぁな。――タケさんも云ってたが、それは、昼間に見てみなきゃ、良く分からんことかもしれん」
「――。おやっさんは、イヴ様が云ってた『意思』ってのは、決まりました?」
スォ=ハムが、少しの間を空けてクォンに問うた。
クォンは少し考えて、
「決まった、って程じゃないが……。儂は、ただ、イヴ様について行くことを決めとるからな……。あの方の足手まといになりそうなら、邪魔にならない場所に向かうのが良いんだろうが」
そう答えた。
「じゃあ、今んとこは、砦に残るつもりなんスか?」
「ああ」
「……。じゃあ、俺も、決めました。俺も砦に残ります」
スォ=ハムは自分にも云い聞かせるように、こっくりと頷きつつそう云った。
クォンがピクリと目を細める。
「その云い方だと、……おまえは、サヴァナに行くことも考えてたんじゃないのかね」
「考えてたッス。俺は、マジで『どっちでも良い』って感じだったから、すげぇ困って――リモが、サヴァナに行くのを決めたっての聞いたから、そっちに傾き掛けてたんスけどね。彼奴が『イー・ルに何の未練も無い』ってのは本音だとしても……全然知らない人ばかりのところに一人で行くのは、リモも心細いんじゃないかと思って――ずっとチォさんと一緒に居る訳でもないだろうし」
「……」
「でも、さっきのタケさんの話聞いて、俺はクォンさんの近くに居る方が、良いんじゃないかと思ったンス。砦に居るイー・ル人で、おやっさんが『何か見える』のを知ってんのって、俺だけでしょ?」
「――イヴ様も、多分、知ってはいるよ」
「『何とも思ってない』のは、多分俺だけですよ。いや、何ともっていうか……、『それでもリスペクト』してんのは、間違い無いッス、俺」
「……」
何と返したら良いのか、言葉では全く浮かんで来ず、クォンは唐突にスォ=ハムのイガグリ頭を乱暴に撫でた。
スォ=ハムは「な、何スか」と驚いた声を出した後、
「こう云っちゃなんだけど、イヴ様も〝導師様〟だから……、おやっさんを、おやっさんのままで受け入れてはないっつか……〝神〟や〝経典〟の『フィルター』掛けて見てるんじゃないッスかね」
溜息混じりに、そう云った。
「……そうかもしれんね」
「俺は、そうじゃない自覚、あるッス。おやっさんはおやっさんのまんまで、カッケェと思ってるッスよ。タケさんとタロさんがカッケェのと同じで。――だから、イー・ル人だけど、そこら辺全然気にしてない俺は、おやっさんと居た方が、良いんじゃねえかな、って……」
――スォ=ハムの意思決定は、「己」から出ていない。どちらも、他人に気を遣って出て来た判断だ。
だが、そこに迷いは無い――だから、「意思が弱くて他人に流され」ているのでは、決してない。こういうのは、本人に自覚無く、「優しい」と云うのだ。
「――ありがとよ」
クォンが笑みを見せながら、再びスォ=ハムの頭をぐりぐりと撫でた。
【五日後のサヴァナ】
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