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「――そげんことが簡単に想像出来るけん、事態をややこしくせんために、化け物が出たら砂漠には入れんごつするつもりでおっちょんのじゃ、俺達ゃ。イー・ルを守っちゃるつもりの『義務感』じゃねぇよ――出会うた今、俺が蝦さん個人を買うちょるのは確かじゃが、『イー・ル』に優しゅうしちゃる気色はさらさら無ぇ」
剛義の淡々とした声に、イーヴィは一瞬息を飲んだ後で、微苦笑を浮かべ「それで良い」というふうに小さく頷いた。そして、ざっと隊員達へ視線を巡らせる――スォ=ハムとクォンは戸惑いの表情を浮かべ、オリバーは神妙な顔付きをしており、ライズは唇を引き結んでいた。
――剛義を……、彼が筆頭を務めているサヴァナを、ある程度信用しているのは事実である。しかし、まだサヴァナは「敵方」なのだ。今の剛義の言葉には、イーヴィ自身も含めて隊員達が彼らを「味方」だと感じてしまいそうになるのを押し留める効果が、確実にあった――。
「――少なくとも、サヴァナ、フリュス、サウザーのような〈魔術〉が当たり前の土地じゃったら、〈魔術士〉じゃねえ民衆も『自分には感じられないけど〝ある〟』っちゅう『世界』のことを、ぼんやりとでも知っちょる。今まで見たことねぇ生き物――『化け物』見ても、そりゃまあ、怖ぇのは当たり前じゃけど、『見たことがねぇだけで、今までも居ったんかもしれん』と思うことが、出来んことは無いんじゃ。じゃけん、サヴァナに限らずフリュスとサウザーも――それ以外の〈魔術〉が当たり前の土地も多分――、あの〝筋〟をどげぇかすんのは〈魔術士〉じゃと思うちょる。出来たら、その『国』のなかで始末をしちしまいてぇ、っち」
「……」
「イー・ルとかルォーバンは特別、CFCも〈魔術士〉は雇うちょるごたるけど権力者は『理解してない』っちゅう意味で――『自分が生きちょる〝この世〟以外に〝世界〟は無い』っち思うちょる『国』には、民衆を落ち着かせちょくことすら出来ん。その割に、多分、『〈魔術士〉のせいじゃろうが、どげぇかせえ』っちゅうことだけは喚くじゃろう――俺達にも訳が分からんのじゃけん、どげぇもならんのじゃが、そげんこと云われんでん『どげぇかしよう』とは思いよるのの邪魔にしかならん。結果、〝この世〟がわやになる」
今度は、馬鹿にしたような鼻息でなく、剛義が「はあ…」と息を吐いた。
「じゃあけ〈魔術士〉の『土地』の中だけで何とかしてぇんじゃ。……っち云うてん、『化け物』は空を飛ぶんで、〝この世〟だけで考えてん、鳥が国境越えるんを止められる人間やら居るか? 地を這う動物でん、『人』が引いた線やら、知ったこっちゃねぇわ」
「……仰る通りです」
「要は、な――」
ちらっと西の〝筋〟を見た後で、剛義は
「ぶっちゃけ、俺達は、戦争しよる場合じゃねえのよ」
そう云って、イーヴィの目を真っ直ぐに見――次には、隊員達に視線を巡らせた。特にライズに対しては、イーヴィと同様、しっかりと目を見た。ライズが眉を寄せ、グッと唇を引き結ぶ。
「じゃけん、蝦さん、あんたの隊とだけでも『休戦』に至れたのは、俺達にとって願ったり叶ったりじゃったんよ。――本音云やあ、ダラダラ戦争しよらんと、早うイー・ルから『停戦』の申し出があらえぇねのうと思いよる」
やれやれ、と大げさに息を吐きながら剛義が云った。イーヴィが軽く目を細める。
「――タケヨシ殿、貴方は……私が此処で犬死にするようなことがあれば、イー・ルをすり潰す、とまで仰いましたよ。今まで、出来るけどやらなかっただけだ、と……。ならば、早々に貴方方が『戦争に勝』つことだって出来たでしょうに」
「何で俺達がそげんことせなならんのよ。『宣戦布告』はそっちじゃに」
剛義が再び大げさに目を見開き、呆れた声を出した。イーヴィも、驚いたように瞬きをした後、一瞬だけだが「ぽかん」と口を開けた。
「――『戦争に勝』ったら、『治め』なならんようになるじゃねえな。俺達は別にイー・ルっちゅう国が欲しい訳でも無ぇんじゃ、何故そげなことせなならんのか、よだきい」
「……」
「第一、イー・ルの大導師長、中央政庁が、『負けを認める』ことやらあんのかえ」
「――。ある、と云えないのが、お恥ずかしいです」
「あんたが恥じ入ることでもねぇわ。――じゃけんちゅうち、俺達が負けちゃるのも癪に障るし、そもそも何の問題解決にもならん。中央政庁から支配されちょる状態で、あの〝筋〟と化け物の研究やら対処やら出来ん、〈魔術士〉は身動き出来んなるもん。ともすると皆殺しになるやん、それも御免蒙る」
「……」
「当然、あんたが無事で居っちょるのに、国丸ごとすり潰すっちゅう真似も出来んよ。そげんことする理由も意味も無ぇ。あんたがまだ見捨てちょらん母国なんじゃし」
剛義が肩を竦めて云う。イーヴィは、何だか胸の内がくすぐったくなった気がして、妙な形に口元を歪めた。
「――EV隊が、この砦に潜伏して、『内戦』を引き起こすくらいの軍事クーデターを企んじょるっちゅうんじゃったら、蝦さん、あんたに『協力』は出来ん――約束したんじゃけん、砦の修理と今までの索敵データ提供、最低限命繋ぐ食料と水の補給はしちゃる、花ちゃんが預けた鍵も返さんで良い、けど、そこまでじゃ。俺達が〝筋〟の研究すんのを邪魔だけはせんでくれえ」
「――」
イーヴィが一瞬ピクリと目を細める。ライズも、隊長はそんなことを考えてはいない、と、眉を寄せた。
が、剛義自身、イーヴィがそんなことを企むような「人間」ではないことを解っている。本当に疑われている訳では無いのを、剛義の飄々とした声と顔から悟り、イーヴィも表情を平静に戻した。
「が、そういう乱暴な手段は使わず、根回しなり情報戦なりの搦め手で『停戦』『休戦』『終戦』に持って行けるかもしれん策やツテ、そのつもりだけでもあるんじゃったら、俺達はあんたに最大限の協力をするで、蝦さん」
「……タケヨシ殿――」
「今やりよる戦争に『勝敗』付けるようなやり方じゃ、話が前に進まん。拗れて面倒になるだけじゃ。俺達は最初っから、イー・ルが『戦争止める』っち云うたら、直ぐさま止めるつもりなんじゃけん、イー・ルから、自分方の政策として納得ずくで停戦申し出てくれるんが、一番良いんじゃ」
それは、解っている――。しかし、今の自分には何も出来ない。イーヴィは困惑の表情を浮かべて、俯き加減になりながら額に手を当てた。
「――『政策』から最も遠く追いやられた結果、『最前線』に居る私です。最早、『軍部』、『作戦』からも取り残されてしまったことが、今日解ったのですから――、私に『そのつもり』があっても、一体何が出来るのか、……途方に暮れてしまいそうです」
「……。あー、俺の云い方が、『交換条件』みたいに聞こえて悪かったんか? 済まん済まん、そういうつもりじゃねえよ?」
剛義が苦笑して――ほんの僅か呆れたような口調も交えて――手を振りながら云った。イーヴィは「え」と顔を上げる。
「あんた、俺があんたに『協力』するっち云いよんねえ、自分は俺達に『何も返されん』ことを、恐縮しているやろ」
「……それは…」
何か云いかけたイーヴィの声を遮るように、顔の前で手を振ると、
「そげんことは良いんじゃ」
剛義はきっぱりと云った。
「俺達には『戦争以外にやることが出来た』っちゅうことさえ知って貰われたら、それだけで、随分有り難ぇのよ。蝦さんがサヴァナを頭ごなしに『悪魔』っち云う人じゃねえのは直ぐ解ったし、あの〝筋〟のことも、全く理解は出来んじゃろうが、『現実』のこととは受け止めちくれて、俺達が持っちょる危機感もある程度は共有しちくれた。重ね重ね、『イー・ル人』のあんたが、そうしちくれたんは、サヴァナにとって一歩前進なんじゃ。……俺の知っちょるイー・ル人は、自分に受け入れがたい現象を――それが不快感や不幸をもたらすものなら尚のこと――全部『サヴァナの悪魔』のせいにしてぎゃんぎゃん喚くだけじゃけ、邪魔にしかならん」
「――」
「欲を云やあ、全体で『停戦』に至れたならもっと良い、っち云うことなんじゃ。それを出来る者が居るとすれば、〝筋〟の認識と危機感の共有を、既にしてくれちょるあんたじゃろう、と。――そりゃあ、中央のまつりごとから離れまくったあんたには難しかろうし、時間が掛かることでもあろうが、そのつもりがあんたにあるなら、こっちで協力出来ることは最大限するで、っち云いよんのさ。そのつもりは無く、砦で潜伏しながら本国の様子を『静観』だけしちょいて、『ほとぼりが冷めた』頃合いに都に戻るつもりしか無ぇっちゅうても、別にそれでん良いんよ。あんたは、俺達の邪魔だけはせんじゃろ」
小首を傾げながら剛義が云った。イーヴィは複雑な気分になる。「交換条件を提示している訳じゃない、返礼や協力など期待していない」と剛義は云っている訳だが……、自分が「役立たず」だと云われているような気にもなってくる。
しかし、――実際、剛義達へ、イー・ル人の己が直接の協力、手助けを出来ないのも紛うこと無き事実だ――。
イーヴィが軽く頭を下げ、
「……有難うございます。そう仰って頂けると、気が楽になります」
と――少しばかり嘘が混じった礼を云った。
「――さっきの、『とある情報筋』もそうじゃけど、まだまだ蝦さんには聞いちょいて貰いてえこととか、頼みてぇこともあんのじゃが、一先ずは切り上げちょこう。――第一陣がそろそろ来たごたる」
剛義がそう云って、ちらっと西の方角を見た。つられて、全員がその視線を追う。此処からだと〝筋〟とは逆、西北の方向に、小さなライトが見えた――。
イーヴィがコクッと頷き、部下達を促すように振り返りながら両腕を砦の方へ振った。
隊長に従い、オリバー達も砦の方向へ歩き始める――ライズの小銃は、完全に背中に回されていた。
砦に近づくと、太狼が呆れたような声で、
「随分長話をしよったなあ。もう先遣が着くで」
と剛義に向かって云った。
「そンごたんの」
肩を竦めて剛義が返す。太狼の傍にはフローラも戻って来ており、冷静に筆頭へ告げた。
「第二陣として、医療・保健関連の二班が、既に出発したそうです」
「そげぇか。二班っちゅうのはどういう意味なえ」
「ご依頼を受けた、砦に待機するドクターとナースが何よりですが、チォ殿とリモ殿をサヴァナに受け入れるために、警備隊員でなく、救護車を寄越したそうです」
「ああ、成る程」
合点した、と剛義が頷く。傍らでイーヴィも「ああ…」と感慨深げな息を吐き、
「それは、有り難いことです」
とフローラへ謝辞を述べた。フローラは軽く会釈を返すだけだった。
「――君達も、改めてここで〝解散〟だ。食事と水分補給を済ませ、休みなさい」
「残業」のような格好になった四人の隊員達へ、イーヴィが告げる。
「隊長は――どうなさるんですか」
戸惑いの表情を浮かべている隊員達を代表し、オリバーが尋ねると、
「第一陣がいらしたと云うのだから、隊長として、その受け入れはしておくよ」
イーヴィはそう答えた。
それを聞いたオリバーは、一度キュッと唇を引き結び、
「ならば、私も副隊長として同席します。私は本日、最初から、サヴァナの方々との『窓口』になっている格好ですし」
「――。その分、君は一番働いているとも云える。休んで良い」
「いえ、大丈夫です」
きっぱりと述べ、オリバーは敬礼を見せた。イーヴィは苦笑して、
「……好きにしたまえ」
と返した。
「〝解散〟の後は〝自由時間〟なのだから……」
「そうさせて頂きます」




