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「〝魔法使い〟の戯れ言」だとスルーしてしまいそうになる自分の〝偏り〟を払うように、イーヴィは軽く首を振ってから、真面目な声で問うた。
「その『化け物』から、何らかの『被害』が……生じているんですか」
危機感を持って観察している、ということは――?
剛義は悩ましげに首を捻ってから答えた。
「フリュスとサウザーからは、特別そういう話は聞いちょらん。ビックリして気ぃ失ったり転んで怪我したりとかくらいじゃ、今んとこは。――俺達もまだ見ちょらんけん、あんたに実感持って云うことも出来んのじゃが、『マジでグロテスク』なもんじゃけん、民衆の動揺と不安がな……。今んとこは何とか落ち着いちょるが、民衆のストレスがいつ、どげな形で噴き出すか分からんっちゅう意味の『危機感』『警戒』も含まれちょる」
「……成る程」
その理屈は、イーヴィにも理解出来た。その「化け物」がただの幻、物理的被害は何ももたらさないものだとしても、「不快な見た目」――己の感覚だけを理由に、人間は「秩序を放棄した行動」を執れるものであるから……。
「ただ――『〈魔術士〉にしか分からん範囲』で何やら不穏なことが起きちょるのは、サウザーとフリュスの者が感じ取っちょんらしい。それと、これまたとある情報筋から、『フツーの世界』でも相当やべぇことになるかしれんっちゅうのは、耳に入っちょる」
「……。曖昧な云い方ですね」
それほど嫌味な口調は作らなかったつもりだが、イーヴィがそう云うと、剛義は大げさに嘆く顔をした後で苦笑を浮かべた。
「云うてん、俺達の方じゃ、その『化け物』を見ちょらんもんじゃけ、俺も確信持って話しきらんのさ。それに、その『とある筋』っちゅうのの関係でな。流石に、オリバー君達が居るところでは、ソレを喋られんのよ。済まんな」
オリバーとライズ、クォンとスォ=ハムにも視線を巡らせて云い、剛義が肩を竦めた。
「どっかで機会見つけて、蝦さん、あんたには云うじゃろうけん」
「……分かりました」
「――まあ、何にせよ……、サヴァナとフリュス、サウザーの〈同盟〉間では、どげぇ気色悪ぃ『化け物』を見ても『攻撃はしない』っちゅうことで一致しちょる」
「……そんなグロテスクな見た目と云うのでしたら、なかなか難しいことだと思いますが」
「それはそうなんじゃけどな、つくづく、こっちのアレは今ンとこ、〝竜巻〟と、それが退いた後の〝筋〟だけやけど――フリュスとサウザーの方は、〝土塊〟と〝火の玉〟に付き従うみたいに、『化け物』が同じ方向に飛んで行ったっちゅうんよ。俺は、先にあんた達に『取りあえずの事実』として分かって貰わるるように、〈核弾頭〉は『不発』とか『消えた』っち云うたけどな……、本当はちょっと違う。〝土塊〟〝火の玉〟――一応〝竜巻〟も勘定しちょくか――が、〈核弾頭〉と一緒に姿を消しただけなんで?」
「……。ああ…成る程――『それ』に付き従うようだったとなれば――」
イーヴィも合点したというふうに頷いてから、渋面を作った。剛義が彼と同じように顔を顰める。
「そう。――そのグロテスクな『化け物』が、〈核弾頭〉のエネルギーを『銃弾』のごつ小分けに持っちょったりしたらどげぇな。『気色悪い見た目』っちゅう本能的な嫌悪感で、ゴキブリ潰すごつスリッパで叩いただけでん、えらいことになるかしれんじゃろ」
「確かに――」
「少なくとも、〝黒い筋〟〝土塊〟〝火の玉〟〝竜巻〟『化け物』――それらについて『何か』がちょっとでん解るまでは、無闇に『攻撃的な態度』はとらん方が良い、と合意しちょる」
――何だか、「本国の真意」が少しでも解るまで「潜伏」しようとしている己と似通っている……だが、「態度」がそうなだけで、剛義が抱えている問題は、自分には「理解」が及ばない――というより、手が届かない。
「……。イー・ルの〝世界観〟では、お役に立てることなど全く無さそうですが……、仰っていることは理解出来ます」
溜息をつき、イーヴィが多少自嘲めいた声で云う。剛義は軽く肩を竦めた。
「そげんこと云うたら、〈魔術士〉の〝世界観〟もひっくり返されそうなことが起きちょるんじゃけん、条件は全人類にとって同じじゃ。〈魔術士〉の方が、少しばかり危機感持つのが早かっただけよ。――あんたの〝世界観〟でも、もっと掘り下げち行ったら、解ることがあるかもしれんやん」
「は……? いや、そんなことは……」
ないと思う……イーヴィが言葉尻を濁して戸惑いの表情を浮かべると、剛義は「そうかのう」と小首を傾げた。
「あんた、〝導師〟として、どんくらい昔の〝経典〟まで勉強しちょんのな。ずっと前の〝経典〟の『世界の始まり』『世界の終わり』に、『今』のヒントになるようなことも書いちょるかしれんやん」
「――」
「あんたとこの〝神〟さんが、ずーっと昔ッから、『世界』の始まりから終わりまで、あの〝黒い筋〟が『世界』にとっての何なんかまで知っちょって、既に〝経典〟で教えてくれちょるっちゅうんじゃったら……それを最も理解しちょるのが『イー・ル』の『大導師長』っちゅうんじゃったら、『教え請うのに土下座してん良い』――俺は、然程冗談で云うた訳でもねぇんじゃ、蝦さん」
剛義は腕組みをして薄笑いを浮かべつつ云った――だが、その目は、完全には笑っていない、何となく冷めている――「だが、大導師長は、そんなこと知る由も無い」そう云っているようだった……。
イーヴィは俯き加減になって軽く首を振り、
「仰る通り……、私も、長き世界の歴史に於いて紡がれた、全ての〝神の声〟を聞いている訳ではありません――今の自嘲は、〝導師〟として『傲り』だと反省いたしました」
イーヴィが腹に手をあてて頭を下げる。
「それを気付かせて下さったことに、感謝します」
「真面目じゃなあ、あんた」
剛義は大げさに呆れた声を出した。
「お話を聞く限り――共通の世界観で考察すると、〝黒い筋〟の出現と〈核攻撃〉には関連性があるように思われますが……、それはまだ、確定としていないんですか」
気を取り直して、と云う風にイーヴィが表情を引き締め、尋ねた。剛義は「あー、うん」と答える。
「さっきちょっと云うたろ。サウザーは領全体で複数出ちょるが、〝筋〟が出たとこ全部に〈攻撃〉があった訳じゃねぇんよ。それに――実は、これまた『とある筋』の話ではな、ミンジュリーの王都と、ルォーバンの大統領府近辺にも、〝筋〟が出ちょるらしいんじゃ」
「――」
「……ミンジュリーの宰相とルォーバンの大統領が死んだっちゅう『噂』と一緒に聞いた話じゃけん、本当かどうか確認は取れちょらんけどな」
「では、そちらの二ヵ国の場合は、〈核攻撃〉があった訳ではない?」
「それを『してない』訳じゃねぇでな、『場所』が違う。――サヴァナとフリュス、サウザーに〈攻撃〉あったんと同じタイミングではあるんじゃが、その二国が〈核〉持ち出したんは、〝大海〟上じゃったらしいんよ。――俺達の〈同盟〉は、〈核〉が『無うなった』ところで〝筋〟が出た格好になっちょんけど、王都と大統領府にミサイルが飛んだり爆弾落とされたりしたっちゅう話は聞かん」
「ああ……」
「ルォーバンとミンジュリーについちゃ、『化け物』の話も聞いちょらんし――『まだ』かもしれんけどな――。じゃあけん、〝筋〟と〈核〉が関連付いちょると、断言はされんな」
「――」
剛義の言葉を聞いて、イーヴィが思案げな顔をした後、苦々しく眉を寄せた。
「……サウザー領には、複数の〝筋〟が出現しているそうですが、それらからも――〈核〉とは関係が無いだろう〝筋〟からも、『化け物』は出て来たんですか?」
すると剛義も顔をしかめ、コクッと頷く。
「うん。――『化け物』の方がよっぽど目立つけんな、それが出て来た後で〝筋〟に気付いた、っちゅう順番のところもあるごたん」
「……そうなると……、〈核攻撃〉と〝筋〟の位置は一致しながらに、『化け物』については、此処だけ例外のように思われてしまいますね…」
イーヴィが腕を組み、西の方角に目を向ける。剛義が「そうなんよ…」と相槌を打ったが、
「あ、あのぅ……」
スォ=ハムが胸元で小さく挙手しながら、怖ず怖ずと声を出した。
イーヴィが「何だね」と彼に顔を向ける。イーヴィだけでなく全員が、スォ=ハムに視線を向けた。――オリバーとライズは先に釘を刺されていたので、多少、スォ=ハムを窘めるような渋い顔をしていた。が、スォ=ハムは前もって何も云われていないし、イーヴィも彼には注意をしていなかったのだから、叱責はしない。
「割り込んですんません……。あのー、タケさんは、その『化け物』を見てないから実感無いって云ってたッスけど……、フリュス村やサウザー領の方から、『化け物』の見た目は、聞いてないンスか?」
「――。気になるかい? 話聞くだけでも気色悪ぃで?」
剛義が訊くと、スォ=ハムは一度悩ましげに首を捻ってから、「一応……」と呟いた。
「そりゃ、そんなキショイもん、好き好んで見たくはねぇッスけど――此処の、〝川〟の上の〝筋〟から、『化け物』が出て来てないとも云えないっしょ?」
剛義がピクリと目を細めた後で、暗がりの中、誰からも気付かれない程度に口元を綻ばせた。
「フリュス村とサウザー領は、〝土塊〟と〝火の玉〟が出て来たのが、〝筋〟とは少し違うところ、ってタケさん云ってたッスよね。此処のは、殆ど同じ場所だったから、『化け物』が〝竜巻〟に隠れて見えなかっただけ……かもしんないじゃないッスか。ホントは、『アレ』からも出て来た……のかもしれない」
「――うん」
剛義が薄い笑みのまま頷く。〝やんちゃ〟して「刑務所暮らし」をしたこともあるらしいが、この若者は思慮が浅い訳じゃない。
「見てないから無い」などと単純な安堵で終わらせようとしていない――少なくとも、「見えていたのに無い」と云い張る――「理解出来ないから、無い」と思考停止する〝愚者〟とは全く違う。
「もしそうだったら……俺達だって、その〈核の鉄砲玉〉を腹に抱えてるかもしれない『化け物』に出くわす可能性もあるッスよね? ただでさえ『イー・ル兵』って、『〝キナミガラガラヘビ〟は頭を狙って即座に撃ち殺すべし』『〝テナガマダラヤスデ〟はナイフで両断した後に焼くべし』みたいな、特別危険な生き物殺す『マニュアル』授けられてて、訓練で叩き込まれてるっしょ。だから、『スリッパでゴキブリぶっ潰す』みたいなことにならないように、一応、どんなもんなのか、ちゃんと聞いといた方が良いんじゃないかと――思ったンス」
「それは云えてるね。正しい判断だ」
今度はイーヴィがハッキリと、スォ=ハムに頷きを見せた。スォ=ハムが目をぱちくりとさせてから、照れ臭そうに頭を掻く。
改めて剛義に向き直り、イーヴィも、「どうぞ」と云うふうに手を差し出しながら云った。
「その情報は、本来なら国民全て周知にしたいくらいのものですが――『手を出してはならない危険な生物』として知っておきたいので、タケヨシ殿、その見た目に何か特徴的な所、共通点などがあるのでしたら、教えて頂けませんか」
その申し出に、剛義は「あぁ~」と、天を仰ぎながら大げさに息を吐いた。
「そう云われると、悩ましいなぁ~……。特徴的、共通点……」
「――そういうものが、無いんですか?」
イーヴィが訝しげに目を細める。
「個体各々が独特なんが『共通点』っちゅうくらいに、様々なごたる」
「――」




