【a5d:svn】(3) -[5]-(1)
剛義がもう一つ大きな息を吐いてから云った。
「蝦さん、こっからは『情勢』も含んだ話じゃ。――イー・ルでん、結構上の身分の者しか知らんかもしれん」
それを聞いて、イーヴィは微かに戸惑いの表情を浮かべ、四人に視線を巡らせてから剛義に声を掛けた。
「そういう話でしたら……、こう、耳が多いところでは不都合があるのではないですか?」
「俺は構わん。――というか、籠城命令で情報を遮断されちょらんかったとしても、『大佐』でも聞かされん情報……かもしれん。あんた達襲った〝少将〟も知らんかしれんわ、『サヴァナとの戦争』には関係無ぇ話じゃけん」
「――『軍部』には聞かされないくらいの、『政治的』な情勢……という意味ですか」
「本営の最高責任者――とかじゃったら聞かさるるかもしれんけど。中央政庁で……大導師長により近い者だけで止められちょる可能性はある……かな」
「それは……私にとって必要な情報なのでしょうか――」
「っちゅうか、俺が、あんたに聞かせちょきてぇことを喋りよるんよ、今は」
「――」
剛義は、苦笑しながら云った。イーヴィは悩ましげに口元を擦る。――そんな情報を自分も耳に入れて良いのだろうか……?
イーヴィの背後で、オリバーとライズが目配せを交わしていた。
「蝦さん、あんたは〝教導省の次官〟ちゅうのを務めたこともあんのじゃろ? オリバー君から聞いたで。よっぽど大導師長が狭ぇ範囲でコソコソしよるんじゃねえ限り、今のその役目に就いちょる官僚は知っちょるかもしれんから、あんたは別に知ってん良いと思うで」
軽く肩を竦めて剛義が云うと、イーヴィが眉を寄せ、背後のオリバーをちらりと振り返った。
「……そんなことも、君は話してたのか」
「も、申し訳ありません……」
やれやれ、と云うふうに首を振ったイーヴィに、オリバーが慌てて頭を下げた。
その様子を見てから、ライズが表情を引き締め、「恐れながら、隊長」と敬礼を見せた。
イーヴィが瞬きをして、
「何だね」
と問う。ライズが感情を抑えた声で隊長に答えた。
「――隊長は、現在の目的を『本国と本営の思惑を計る』という意味で、『現状把握』と仰いました。情報をどう咀嚼するかは、こちら次第とも仰っていたではないですか。それが仮に中央政庁の中では『最重要機密』にされていたとしても、隊長が遠慮することでは無いと思います。現在の隊長の目的にとって、かなり有益な情報となり得る可能性があるんですから」
今度はオリバーが目をぱちくりとさせてライズの顔を見た。――一体、彼の本心はどうなのか、察することは出来ない。彼自身の感情としては、敵方からの情報など、信じる以前に入れることも不本意だと思っているかもしれない――だが、「隊長」への叛意が無いのも確かなのだ。
ある程度の「気持ちの整理」は付いたらしい……、それが分かって、イーヴィは「ふ」と微笑を見せ、ライズの忠言に対し、
「それはそうだな」
と頷きを見せた。そして剛義に、
「お願いします」
と真摯な声で返した。
剛義も「うむ」とイーヴィに頷きを見せる。
――そのやり取りに、「ライズも落ち着いたらしい」と分かって安心したが……、自分達のような下っ端はいよいよ聞かなくて良いんじゃなかろうかと、何だか居心地が悪いのは、クォンとスォ=ハムだ。イーヴィからも剛義からも「君達は戻って良い」と云われないので、二人は顔を見合わせてから、溜息をついた。
「んじゃあ、まあ、そげぇ『重要機密』でも無ぇけん気にせんで良い情勢から、先に教えちゃっちょこうか。世界中、場所によっちゃ一般人ももう知っちょるじゃろうこと、『あんた達は七日間、新聞も読まれんかったじゃろうけん』っちゅう程度のことからな。――イー・ルじゃソレが一般に報道されるんかどうか、俺は知らんが」
「? 何です?」
軽い口調で剛義が云い、イーヴィは首を傾げた。
「エグメリークのバァさんが死んだで」
「――。……!?」
随分あっさり云うので、一瞬何を云われたのか解らず、剛義以外の皆がきょとんとし……直ぐに驚いて目を見開いた。
「そ、それは――」
「バァさんが死んだ、じゃ分からんかな? シェリー・マティルダ皇太后が、御逝去なさった」
イーヴィの驚いた顔は、もう一度云ってくれ、と云いたそうでもあったので、剛義が多少おどけて云い直した。
ゴクッと息を飲み、イーヴィが眉を寄せる。オリバーとライズも険しい顔を、クォンとスォ=ハムは戸惑った顔を見合わせていた。
その様子に剛義は剛義で「成る程?」と一つ合点した――イー・ルでも、エグメリークの実質的最高権力者が皇太后だということは知られていたようである――。
「公表……されたんですか」
イーヴィが眉を寄せて沈めた声で問う。「うん」と剛義は頷いた。
「公表されたんは三日前。王宮で記者会見まであったで。会場に入られる記者は限られちょったんじゃが、その様子が国外にも『録画』で、その日のうちにオープンにされた。詳しゅう云うのは時間が勿体ねぇけん省くけど、まあ……俺の印象じゃあ、〈同盟国〉はちょっと慌てそうな話をしよったなあ――確認してぇごたったら、追加でその『録画』も持っち来るように云おうか?」
「お願いします」
コクッ、とイーヴィが頷く。
「……それはかなり重要な情報だな…」
「ああ。〈同盟〉がそんな事態になったんなら、中央でも何か大きな方針転換を考えてるかもしれないし――」
イーヴィの背後でオリバーとライズが顔を突き合わせ、小声でそんなことを云い交わした。イーヴィも、言葉にしないながら、同じ事を考えている――EV隊、BR19が現在放置されていることと、〈同盟国〉の最高権力者の死亡は、僅かなりとも関連があるのか?
「『ちなみに』なんじゃけどな、実は、とある筋から、ルォーバン連邦の大統領とミンジュリー王朝の宰相が死んだっちゅう噂も入っちきちょる」
「……何と」
「ちゅうてん、それは俺も『又聞き』なんじゃわ、公にはされちょらんから本当かどうか知らん。――そっちの二人は、イー・ルの大導師長も未だ知らん話かもしれんわ。話半分で、頭の隅にちょこっと置いちょくくらいで良いで」
「――」
イーヴィが腕を組んで思案げに顔を顰めた。
――剛義は、ここで何らかの推測や考察を始められると困るので、軽く手を振る。
「あー、蝦さん、今、何か物思いに耽るんは止めちょいて。今のは、人間が生きちょる間だけ関係ある『世界』の話じゃし。こう云うたらなんじゃけど、『情勢』として些末っちゃあ些末な話じゃ」
剛義が軽く肩を竦めながら云ったので、イーヴィが目を細める。
「……。五大国のうち三国の最高権力者が死去――というのを、『些事』とは云えないでしょう」
「けど、唯一無二の人間が三人死んだ訳でもねぇで? 三国がいきなり滅んだ訳じゃねえ、三人の代わりをする者は直ぐに出ちくる。まして、そのうち二人は『又聞きの噂』じゃ、頭使うのは時間の無駄じゃあ」
「――」
あまりにあっさりと剛義は云う。「不謹慎」、あるいは「冷酷」――そんな言葉が全員の脳裏を過る。スォ=ハムは、思わずビクッと身を竦ませた。
イーヴィも、一瞬眉を寄せ、非難するような視線を剛義に向けたが――どんな集団にしろ、「長」「頭」を頂いた者は、そんな感傷など、早めに何処かへ置いておかなくてはならないのだ。己は「たった今」聞いたから「今」感傷が過ったが、剛義はそれを既に「三日前」に終えている――。
その通り――五大国の内三国の最高権力者と云えど、純粋な命の重みは己と同じ「塵芥」である。いや――むしろ、直ぐさま「代替」が用意される――用意されていなくてはならない分、一人の命の重みとしては、軽くあるべきなのが「長」だ――。
イーヴィが一つ息を吐き、「それはそうですね……」と答えた。
「彼女らの死去によって、世界がどう動くかが『情勢』であって、死亡そのものは『世界情勢』ではない」
「そーいうこっちゃ」
言葉は軽いが、この中で最も齢を経ている「筆頭」が「隊長」へ、「肝を据えよ」と教え諭すように大きく頷いた。
「エグメリークのバァさんについて、公表が三日前。俺がもうちょっと話してぇのは、まだそれより前じゃ」
剛義はそう云うと、
「――あの〝筋〟な、あれだけじゃねぇんよ」
西の〝筋〟を、スッと指差した。
「――。何ですって……?」
「サヴァナの〈同盟〉のフリュス村とサウザーにも出ちょる。フリュスは今んとこ一つじゃが、サウザー領は全体で、えーと……六つか七つか確認しちょるらしい」
「な――」
イーヴィだけでなく、皆が一瞬息を飲んだ。あんな「理解不能な事象」が、そんなに多く確認されていると――? それが敵方、敵方の〈同盟〉であることなど、動揺を回復させるために何の助けにもならない……。
「それが『情勢』の話、ということは――状況が、こちらと同じなんですか」
イーヴィが顔を顰めて、今自分の目で確認出来る〝筋〟に顔を向けて訊く。
剛義も渋い顔をして、「まぁな」と答えた。
「……五日前、〈ミサイル〉が平原に向かって飛ばされたんとほぼ同じタイミング――もしかしたら、そっちの〈同盟〉で示し合わせて『一、二の、三!』でやったんかんしれん、フリュスとサウザーにも、〈核攻撃〉がされたんじゃ。フリュスは無人攻撃機がやっち来たんと。サウザーは、CFCの基地から中距離か長距離の〈ミサイル〉が飛ばされた」
「――」
「〈核攻撃〉が成功しちょったら、もう少し広ぉ、『佐官』以上にも、それか、階級はさておき『大隊長』クラスには知らさるるかんしれんけど、失敗した訳じゃから……。軍部やったら、『大規模作戦』を任さるる参謀とか元帥とかくらいしか、知らんままなんじゃねえ? 俺はそれで、〝少将〟とやらも知らんのじゃねえかと思うたんじゃけど」
「それは――確かに、そうかもしれません」
イーヴィが厳かに頷き、剛義から顔が隠れた一瞬、かなり気を悪くしたふうに顔を顰めた――此処で後退命令すらも聞かされなかったEV隊は、その「大規模作戦」に於いて完全に蚊帳の外だった訳か……と。
「……あー、サウザーの〝筋〟が六つ七つ確認されちょるからっちゅうて、〈核攻撃〉が六・七箇所もされた訳じゃあねえよ。〈核〉はそのうちの一つ、CFC側に一番近ぇとこじゃ――ここの〝竜巻〟と似て、フリュスは隕石ンような大きな〝土塊〟が攻撃機を包んだようなことになって、サウザーの方は〝火の玉〟が〈ミサイル〉を『食うた』ような感じで、まあ……結局、〈核弾頭〉は『消えた』らしいんじゃが……」
――一体、そんな「荒唐無稽」な話を「どう聞けば良いのか分からない」という顔をしているイー・ル兵達に対して、剛義自身も微かに虚しさを感じながら語った。
腕組みをして西の〝筋〟を眺めながら、剛義が「はぁ…」と一度溜息をつく。それから、ギュッと眉を寄せて、イーヴィに顔を向けた。
「ただな、蝦さん。フリュスとサウザーは、こっちと少し状況が違うちょって……。あっちは、サヴァナよりもっと『危機感』持って〝筋〟を見よる」
「――というと……?」
「俺達の場合、〝竜巻〟が退いたら〝筋〟があった、っちゅうだけなんじゃけど、フリュスとサウザーは、〝土塊〟〝火の玉〟が出たんと少し違う箇所に、ほぼ同時に〝筋〟が出来ちょって、――『其処』から、『化け物』としか言い様のねぇ随分グロテスクな『もの』が沢山出て来た、っちゅうんじゃわ」
「……」
サヴァナ側は経験していないから、今度は剛義も「どう云えば良いのか」と迷うような口調が多少混じった。イーヴィの表情には――真剣に聞く意思はあるが――最早、若干の「呆れ」が混じってしまう。




