【a5d:svn】(3) -[4]-(3)
――前方を凝視して固まっていたクォンが、「堪えきれない」というふうに、
「そっ……そんな――」
と震える声を出した。
明らかに狼狽した表情で、イーヴィに詰め寄る。
「イヴ様……イヴ様には、そういうふうに見えるのですか!? オリバー君も……、『あそこに何か在る』と!?」
その剣幕に、オリバーはたじろぎ、イーヴィは「むっ……」と目を細めた。
クォンは、ライズとスォ=ハムにも「君らもか?」と顔を向ける。彼らはただ、答えにくそうに、戸惑いの表情を浮かべているだけだったので、今度は剛義に詰め寄った。
剛義の二の腕を掴んで、クォンがまくしたてる。
「タケさん、そうなんですか? これも儂の目が特別だからなんでやんすか!? そうは見えないのは――儂だけなんですか……ッ!?」
クォンの取り乱した声は、嗚咽に近くなっている――剛義は彼の両肩をグッと掴み返して、首を振った。
「コンさん、違う。俺も多分、殆どあんたと同じように見えちょるで。今、一番素直な目ぇしちょるのは、あんたじゃ」
「――」
「……蝦さん達は、自分の目が信じられんで、『そげな筈はねぇ』と思いながら――頭で見よるんじゃ」
そう云って、イーヴィやオリバーを振り返る。今度はイーヴィもたじろぎの表情を見せた。
「あんたは、むしろ――彼処に、何かが『無さすぎる』ように見えちょんのよな、コンさん。――ただでさえ何も無ぇ『宙』が、あの黒い筋の分、『もっと無ぇなった』ように……」
「た、タケさん……」
「強いて『ある』っちゅう言葉使うなら、『ドーナツの穴はあるのか無いのか』と同じじゃ、空中に『切れ目』がある。違うかえ?」
クォンは、何度もコクコクと頷いて、却ってイーヴィ達の方を「恐れる」ような目で見た。
クォン以外の皆は、それぞれ困惑した様子を表情や態度に見せている。
ライズは露骨に、顔を顰めていた。オリバーとスォ=ハムは首を捻っている――己の中で、今の状況をどう処理すべきか解らず、混乱していた――。
――イーヴィは、剛義の指摘通り、自分の感覚をそのままに信じられなかったことが後ろめたかった。そして……クォンの「目」のことを――彼の想像通り――既に情報としては知っていたので、彼の今の心情に寄り添えてやれなかったことで申し訳無くなり、自分の未熟さに唇を噛み、眉を寄せた――一度は、己自身も、思考より先に「体」で、焦燥か恐怖に近いものを感じていたというのに……それを、「否定」で押さえ込んだのだ。
「コンさん、深呼吸をしよ。俺もするけん」
剛義は彼の肩を掴んだまま、促すように、スーハーと息をした。クォンが倣って三度ばかり深呼吸をする。
クォンの表情が少し緩んだところで手を離し、剛義がイーヴィ達に向き直った。
「――蝦さん、改めて答えるで。ありゃあ、俺ンとこの『凧』やらが浮かんじょる訳じゃねぇ。『切れ目』『筋』や。――『地上を覆ったドームに星が張り付いちょるのが空』っち云うような世界観持っちょる土地、宗教、民族の衆じゃったら、『空が破けた』とでもすんなり入ってくるかしれんが、生憎、イー・ルの〝神さん〟も、そげんこと云うちょらんものな。俺達もそげな世界観は持っちょらん」
「……」
俯き加減になって、はーっと剛義が息を吐き、
「――荒唐無稽に聞こえるのは、俺だって解っちょる。俺だって、性根じゃ『信じられん』のじゃ」
そう云うと、キッと顔を上げ、次には再び真剣な表情になる。
「それでん、今、俺達がこうやって顔を見合わせて喋りよる世界は、『夢』でもねぇ。『現実』じゃ」
剛義の言葉に、イーヴィも息を飲んだ後で、
「その――通りです」
コクッと頷いた。
「信じられんじゃろうが、今から俺は、あんた達が全然知らんじゃった間のこと喋る」
「それは、この七日――、いえ、五日前のこと、という意味ですね?」
イーヴィが確認する口調で云うと、剛義が「そうじゃ」とはっきり頷いた。
「俺が出鱈目を云いよると思うても別に構わんが、それは『あんた達が知らん間』のことなんじゃけん、取りあえず全部聞いちょくれ」
「――分かりました」
それは、イーヴィ自身も知りたいことだ、どんなに「信じられない」「理解出来ない」ことであろうと。
「蝦さんには先に云うちょったことじゃけど、もっぺん浚うわな」
そう云って、剛義はイーヴィ以外の四人に視線を巡らせた。彼らは戸惑っていたが、イーヴィは頷く。
剛義が西の「筋」をちらっと見てから南に向き、ざっと薙ぐように腕を振る。最終的に東南の方角を指した。
「五日前の午前中じゃ、イー・ル陣地の真ん中辺で〈核弾頭〉の準備がされよるのを、俺達は察知した。前線の方の兵隊が後退も始めちょったけん、俺達も『こりゃマジじゃ』っちゅうて、兵隊も一般人も出来るだけ離るるごつ後退したんじゃけど――」
今度は西の〝筋〟の方へ腕を上げる。東に向いた左腕は、空を撫でるように弧を描いた。
「それでしばらくして……正午は過ぎちょったな、〈ミサイル〉飛んぢ来て――、〝川〟に差し掛かったくらいの時に、〈ミサイル〉を吸うごつ、突然、空と地上を繋ぐ大きな〝竜巻〟が出たんよ」
「――」
そこでライズが――憤慨したのか苛ついたのか、何にせよ動揺したのがイーヴィには分かった。一歩踏み出したのか、踏み出した足を堪えたのか、ざくっ、と砂を強く踏む音が聞こえた――が、剛義に食ってかかるのは我慢出来たようなので、イーヴィも、彼を窘めはしない。
「その後――〝竜巻〟は、東の方向に……俺達が観察した限りじゃ、まるで〈ミサイル〉の軌道をなぞるごつ、移動して行ったんじゃ」
「……。発射地点は、陣地の真ん中くらい、と仰ってましたね」
東の方を左腕で指しながら剛義が云う。イーヴィが、確認口調で尋ねた。
剛義が「うん」と首肯したので、イーヴィも、合点した、というふうに息を吐きながら「そうですか――」と頷いた。
オリバーやライズも、隊長が何に納得したのか、何となく分かった。陣地の真ん中から西に向けて〈ミサイル〉が――本当に――発射され、その軌道を〝竜巻〟が――本当に――なぞったのだとしたら、C3を直撃している可能性は高い。
イーヴィからそれ以上の質問は来なかったので――あっても良いと思っていたのだけれども――、剛義は、本当は彼らも聞きたいだろう「現実的なこと」を、先に云っておくことにした。
「〈核弾頭〉載っけたミサイルが〝竜巻〟に吸い込まれたんじゃけん、超悲劇が起きて可笑しねかったんやけど、何故か『不発』じゃったんよ。その瞬間に爆発が起きた訳でもねぇし……、『不発』っちゅうか、ミサイル自体が『無くなった』ごつ、〝竜巻〟だけ残って何も起きんかった。一応、俺達はその後、〝放射線量〟やらを測定したんじゃが、普段と何の変わりも無かった」
そこでまた、イーヴィの斜め後ろで、今度は「ふぅー…」と、鼻から息を吐く音が聞こえた。
――本当は剛義に食ってかかりたい気がしているのだろう、かつ、それを必死に我慢しているのだろうこともイーヴィは分かっている……剛義の「言葉」を信じられるかどうかは彼次第だが、ライズのためにも、イーヴィが隊長として代わりに質問をする。
「剛義殿、念のため、お訊ねします。その回答によって、今私が貴方に寄せている信頼が揺らぐことは無いので、偽りは仰らないで下さい」
「ふん。……その前置きで、大体何訊きてぇんか、俺にも判るで」
剛義が振り返り、「にっ」と口角を上げた。イーヴィが彼にも苦笑を見せて問う。
「その〝竜巻〟は、貴方方が生じさせたものでは、ないのでしょうね?」
「ない」
剛義はキッパリと答えた。
「〈ミサイル〉に対処するために、実力ある〈魔術士〉が何人か構えちょったのはそうじゃけど、〝竜巻〟起こす『魔法』やら、誰一人使うちょらん。ついでに、『機械』も使うてねぇ。――あんたとこの〝神〟さんに誓うてん良い」
「――分かりました」
剛義に頷きを見せて、イーヴィはライズをちらりと振り返った――ライズは顔を顰め、両手を拳にしている。彼が今何を考えているのか知らないが、イーヴィはこれ以上、彼に何か云うつもりは無い。剛義の話の続きを聞いた上で「どうするか」、ライズ自身に委ねるつもりであった。
「東に行った〝竜巻〟を、俺達もしばらく監視しよったんじゃけど……、色々舞い上がるのは見えたが、具体的に何があったんか、俺達も詳しくは分からん」
「それはそうでしょう」
イーヴィの中では、「C3にはかなり被害が出た」だろうことが、より真実味を帯びたというだけで充分だ。
剛義は西の〝筋〟に向き直った。
「で、あれな――。遠近感がまるで無ぇけん、距離が分からんじゃろ。俺達もハッキリとは分かっちょらんのじゃけど、五日間、平原の方から観察した限りじゃ、大体〝川〟の上くらいに見ゆんのよ」
「〝川〟の上……?」
ん?とイーヴィが目を細める。
「……〝竜巻〟が東に去った後、気付いたらあれがあったんじゃ」
「――」
剛義は振り返り、イーヴィに向き合った。
「サヴァナの『目的』は、あれじゃ。今まで平原の側からしか観察出来んかったけど、あんたが砦を拠点と思うて良いっち云うてくれたおかげで、川渡った先で――一点からだけじゃが、観察出来るようになった。俺があんたの申し出を『好都合』っちゅうたのは、そういうこっちゃ」
「……」
「実際、砂漠側から見たら、今度は西の方に見えちょる。ちゅうことは、少なくとも『星』くらい高ぇとこにある訳じゃねえ、っち分かった。夜が明けたら、あっちとこっちの角度で計算して、少なくとも目に見える『高さ』がどんくらいか、もっと厳密に『数字』に出来るじゃろう。――それだけでん、一歩前に進んだごたる」
独りごちた剛義に、イーヴィが問う。
「タケヨシ殿……あれは、何なんです」
「解らん」
再び、剛義はキッパリと返す。皮肉めいた表情から続いて答えた先程と違い、今度は真摯で厳しい表情だ。
「解らんのよ、〈魔術士〉にも。解らんけん、解ろうどして観察しよる」
「――」
剛義が腕を組み、顔を俯かせて「はあっ」と息を吐いた。
「この世の現実の理屈から見て、『あり得ん』のは一目瞭然じゃわな。――でも、〈魔術士〉の理屈から見てん、あれが何なんか、知らん、解らんのよ」
溜息混じりの言葉に、クォンが思わず「ひゅっ」と息を吸った。
剛義は顔を上げ、真っ直ぐにイーヴィの目を見つめる。
「イー・ルの大導師長は、『サヴァナの悪魔の仕業じゃろう、何とかせぇ』っち俺達に云いっ放して終わるかんしれんが、俺達も知らん、解らん、どげぇしようもねぇ。――蝦さん、むしろ俺達はな、『あれが何なんか、イー・ルの〝神〟さんが知っちょんのじゃったら、是非とも教えちくりぃ』っち、大導師長に土下座してん良いくらいなんじゃ」
剛義の表情と声は真剣そのものだ。
イーヴィは息を飲み、他の四人も驚いた表情で剛義を見た後、互いの顔を見合わせた。
大導師長に土下座しても良いくらい――?




