【a5d:svn】(3) -[4]-(2)
「蝦さん、あんたにちょっと話しちょきてぇことがある」
真摯な声で云われて、イーヴィは軽く目を細めた。
「――『トップ』同士の話なのでしたら、人払いが必要ですか?」
斜め後ろに控えたライズとオリバーを、ちらっと振り返ってイーヴィが云うと、剛義は曖昧に小首を傾げ、
「それが必要じゃったら、コンさんとハム君を連れて来ん。――オリバー君とライズ君が、話を『聞きとねえ』っちゅうんなら無理は云わんが、あんた達にも、先に聞いちょいち貰った方が良い話ではある」
そう云うと、オリバーとライズを一瞥した。
オリバーは少しばかり困惑の表情を見せ、ライズは眉を寄せる。
「特にオリバー君は副隊長っちゅうことじゃしな。どげぇな」
剛義が二人に改めて視線を向けると、二人はお互いの意思を窺うように横目で視線を交わした。
剛義が軽く肩を竦め、
「迷うちょんのじゃったら、もう聞いち貰うた方が話が早ぇけん、蝦さん、二人に『付いて来て一緒に話聞け』っち命令しちゃっちょくれ。あんたから又聞きにする必要は無ぇ」
「――そうですか」
こっくりとイーヴィは頷き、オリバーとライズを振り返った。剛義はクォンとスォ=ハムを連れ、「付いてこい」と云うふうに、西南側へ先導して歩き始める。
「来なさい」
イーヴィがオリバーとライズへ端的に云う。
「但し、――タケヨシ殿は、『話しておきたいことがある』と仰っており、君達には『聞いておいて貰う』と仰ったのであるから、彼から質問が来たり質問や意見を促されたりしない限り、私と彼の会話に割り込まないように」
「――畏まりました」
オリバーが代表して敬礼を見せつつ答えた。彼に遅れて、ライズが黙ったまま敬礼だけを見せる。
イーヴィの言葉は、恐らく、ライズの胸中がまだ落ち着いていないのを見越してのことだろう。サヴァナの筆頭がライズに「理解出来ないこと」「承服しかねること」を口にするようなら、彼は思わず口出しをしてしまうかもしれないから――。
剛義は車から五十メートルほど離れたところで立ち止まり、イーヴィ達を待っていた。
剛義が顔を上げ西から東の方へ天を仰ぐ様子が見えたので、オリバーはふと、その視線を追うように、東の方角を振り返る。
月は見えない――新月に近い日付だったろうか、それとも、昼間「紙の月」が出る巡りだったか?
雨が降りそうな湿気は全く無いが薄い雲はあるらしく、星も晴天時ほど「散りばめられて」はいない――そして、地上は何とも静かで暗い。
たった七日しか経っていないのに、それが遠い記憶のように思える、そして、「違和感」が背筋をざわめかせる。
以前なら、いくら前線寄りとは云えここからでも、遠くにぽつぽつと車のライトや投光器の光が見えてはいなかったか……? それが、真っ暗闇だ。
「……タケヨシ殿、話というのは?」
イーヴィが促すと、剛義は一つ大きく息を吐いてから、彼に正面向いた。
「蝦さん、――さっき……っちゅうほど近くねぇな、太狼達が戻ってくる前、あんたから協力要請された時に、俺が『後で』っち云うた話、覚えちょるか?」
「――」
「こちらから観察」などと云っていた、あれか……?
「覚えております。――その説明を、今、して下さるのですか?」
というより……、「今、しなければならない話」なのだろうか? イーヴィが不思議そうに首を傾げた。
既に夜になっている、あの時は「ややこしいから後で」と云っていたのに――。
「あんた達に『納得が行く』『理解出来る』話じゃあねえことは、俺にも解っちょる。本当は、昼間に話した方が伝わり易い話でもあってな――じゃあけ、俺も『どげぇ云うたら良かろうか』と、今も、ちっと、もどかしいんじゃけどな」
「……」
「けど、今から、サヴァナの連中もわさわさ来て忙しなるけん――今のうちに、サヴァナが何で、あんた達に『協力的』になっちょんのか、知るだけでも知っちょって貰った方が、良いと思うてな」
知るだけでも――、
「……理解は出来なくても、ということですか」
「そうじゃ。隊長のあんたは何より。オリバー君は、副隊長でもあるっちゅうし、俺達と最初に接触した分、知っちょく『権利』があるようにも思う。――ライズ君っちゅうたな、あんたは、俺達をまだ信用しきっちょらんからこそ、聞いちょって貰わないけん」
ライズに顔を向け、剛義が真面目な声で云った。ピクッ、とライズの片頬が引き攣る。
「……あの…、タケさん、俺は? 居てもいいンスか、俺、……すげぇ下っ端ッスけど」
スォ=ハムが怖ず怖ずと声を掛ける。剛義が彼に微笑を見せて答えた。
「ハム君は、蝦さんの隊の中で、一番俺達に疑問を持っちょらんじゃろ。ライズ君の対じゃ」
「――。でも、さっき隊長から、タケさん達が『敵方なのは頭に置いとけ』って云われたばっかなんス……。タケさんの『期待通り』には動けねえかもしんねぇッスよ……?」
「それはその通りじゃ、あんたもまだ『イー・ル兵』なんじゃけん。そげなことわざわざ云うんじゃったら、俺からもちょっと釘刺しちょかないけんなあ――ハム君、俺の云うことを聞く必要は無ぇんで、『命令』は全部、蝦さんのを聞かんといけんよ」
剛義が笑みを浮かべて云うと、スォ=ハムはイガグリ頭を軽く掻いた。
「あんたは、コンさんの弟子みたいなもんでもあるけんな」
それはちょっと意味が分からない――スォ=ハムが「え?」と小首を傾げたが、剛義は返答せず、
「さて、それで――じゃ」
振り返って、西の方角へ人差し指を突き出した。
「皆、俺の指の先を見ちょくれ」
緊張感のある厳しい声だ。〝訛り〟のせいで、どうしても「暢気な田舎爺」のような印象、錯覚が過るのを拭いきれないが、やはり――「一つの国」と〝戦争〟を出来るくらいの集団を率いるトップであると、この声色だったら納得させられる。
剛義の指は、微かに震えていたが――年齢から来るものではない、「指差す」という行為が果たして大丈夫かと、畏れに近い緊張が、彼にもあったからだ――、「あの辺」というふうにぐるっと巡らせる訳では無く、ある一点に集中して指しているようだったので、全員、指の延長線を辿る。
剛義の背後に、イーヴィとオリバー、ライズが居る。スォ=ハムとクォンは剛義とほぼ横並び、どっちかと云うと、剛義の斜め前に居た――剛義の予想通り、真っ先に気付いたのはクォンだったようだ。彼の肩がピクッと強ばるのに剛義は気付いた。しかし、クォンは何も云わず――というより、「うぐっ」と息を飲み、そのまま唇を引き結んでいる。
――彼以外は、剛義が何を見ろと云っているのか解らず、首を傾げたり、戸惑いの表情を浮かべたりしている。
剛義の指の方向には、何も無い。BR19砦は、イー・ル陣地内の最前線である、もうイー・ル側の施設は、〝川〟まで何も無い――サヴァナの方の施設や動きも、肉眼では無理だ。あるのは砂漠と夜空だけである……。
「……。タケヨシ殿、何を見ろと仰っているのですか――?」
イーヴィが剛義の背後から、小さな声で問う。剛義はちらっとだけ振り返り、指を下ろさないまま再び前を見た。
「俺の指の先や」
「――? いや、しかし……私には、貴方が単に宙を指しているようにしか思えないのですが…。もう少し具体的に――」
「蝦さん、俺からそれを聞こうとせんでくれ」
剛義は言葉尻に被さるように真摯な声で云い、宙を指差した手はそのままに振り返った。
「本当に、あんた達が『何も見えん』『何を指しちょるんか全然分からん』っちゅうんじゃったら、別に良いんじゃ。それはそれで俺にとって有益な情報になるけん」
「――」
「……昼間の方が良いっちゅうのは、それもある。どうしても俺が何云いよるんか分からんのじゃったら、夜が明けてから改めて話すわ」
そう云われては――。
もう少し真剣に――「何か見つける」くらいのつもりで見ようとしなくてはならないらしい……。
しばらくして、
「あ。あれ……? 何か……何だ、あれ」「何だ、あの真っ黒い……」
スォ=ハムとライズが、同時に呟いた。
彼らの声をきっかけに、イーヴィとオリバーも気付く。――気付いてしまえば、もう、見失うこともないくらいに、「くっきり」と見える。
夜の空は「黒」じゃないのだと気付かされる、真っ黒な……「帯」という程の幅は無い、ここからだと「紐」、いや「糸」というくらいの――
気付いてしまうと、「あれ」というより「これ」と云っても構わないくらい直ぐ目の前にあるようにも見え、しかし、雲に見え隠れする小さな星々と同じくらいの距離にあるようにも見え――
「――あれは、何だ……?」
イーヴィが、呟く。呟いた瞬間、ざわりと背筋の産毛が逆立った気がする。「軍人」が体に覚え込ませた危機探知能力か、「導師」が魂に染みこませた〝経典〟からの警告か――本能的な恐怖に近いものが、体の中を突っ切っていったような。
だが、それを何とか抑え、こくっと唾を飲む。
オリバーだけ、声が聞こえなかったので、剛義は、
「オリバー君、あんたも見えたかえ?」
と聞いた。彼からも「は、はい……」と戸惑いの混じった声が返ってきたので、剛義は指差すのを止め、腕を組む。
イーヴィが気丈に冷静な声を作って、剛義に訊いた。
「あれが、砦や我が隊に協力する『理由』……なのですか」
「そうじゃ」
前を向いたまま、コクッと剛義が頷く。
「あれは……何です? ――最新の、サヴァナで開発されたステルス型の偵察機か何か……ですか? それを、川向こうから観察して、性能の試験……等を、お考えですか」
思いついたことを――敵方の自覚は双方に未だある、まともな返答があると期待はしないながら――イーヴィが尋ねると、剛義が肩越しに振り返って、若干眉を寄せた。
改めて体ごと振り返り、剛義はイーヴィに答えを返さず、オリバーに顔を向けた。
「オリバー君――あんた、SOSを発信するのに西方向に走ったよな。ライズ君、君も――あ、いや……」
ライズにも目を向けて何か云いかけたが、剛義は軽く手を振る。
「いや、あんたは、幌から降りち来たもんな、西の『空』は見えちょらんかったか……」
「――」
独りごつ口調だったので、ライズは返事をせず、軽く目を細めただけだ。
剛義はもう一度オリバーに真っ直ぐ目を向け、
「オリバー君、ライズ君達を助けに『ノ・ウーの谷』とやらに向かった時、戻ってくるのに西を向いちょったろ? ――あんたは今日、昼間、西に意識を向ける機会が、二回あった。そげん人は多分、蝦さんの隊の中では、あんただけじゃ」
「……」
「あんた、あれに気付かんかったかえ」
真剣な声で問われ、オリバーが若干狼狽の滲んだ答えを返す。
「……恐れ入ります――正直に申しまして、私の体調や精神状態――感覚も万全ではありませんでしたから……視界に入っていても、ちゃんと認識が出来なかったのかもしれません……。私も、隊長と同様――サヴァナの方々が偵察等に、『凧』のような飛行体を使っているらしいことは存じてましたから、そういう類いのものだと思って――今日はそれどころじゃなかったので、スルーしていた……のかもしれません…」
剛義は、オリバーの答えにも眉を寄せただけだ。聞きようによっては、呆れたような――失望したような、そんなふうに受け取れる溜息を吐く。




