【a5d:svn】(3) -[4]-(1)
何事か作業をするから急がずとも良い――というのは方便では無かったらしく、少し離れたところで駐められた車の傍に立っている三人は、砦に背を向けていた。太狼と〝ハナ〟が何か機械を二人で支え、それを指差しながら何事か喋っており、剛義が二人と西の方角を交互に眺めている。
オリバーの携えた灯りが視界の隅に入り、剛義が振り返って、
「おぉ、蝦さん」
と手を挙げながら近づいた。太狼とフローラも振り返る。
「――何事も無かったごたんの、良かった」
「ええ……――その分、いよいよ『不可解さ』は増していますが」
グ・ルグ少将がとどめを刺しに来るでもなし、本営が様子を見に来るでもなし――穏やかならば穏やかな分、「中枢が一体どういうつもりであるのか」どんどん分からなくなる。
小首を傾げたイーヴィに、剛義も軽く肩を竦めてみせた。
イーヴィの斜め後ろに、小銃を携えたライズが立っている。それに気付いて、剛義は見咎められない程度の苦笑を浮かべ、
「……で、隊員の衆は、どげぇな。取り乱さんと済んだか?」
イーヴィへ問うと、彼も微苦笑を見せた。
「それが『とりわけ表に出ている』のは、このライズ君だけですが……。皆も内心、混乱はしているでしょう。――とは云え」
そう云って、「ハナ殿」と名を呼んで気を引く。「何か」とフローラが冷静に応じた。剛義にも一度顔を向けた後でイーヴィが、
「チォとリモは、既に『サヴァナに亡命する』との意思表示をしました。――つきましては、ハナ殿、サヴァナの方へ、医療的な観察を要する者が向かう旨を、付け加えてご連絡頂けますか」
「ああ……そうですね。畏まりました」
チォとリモなら、「もっともだ」とフローラは大きく頷く。
「エ=ドン殿は、未だ医務室にいらっしゃるのですか?」
「その筈です」
「では、お二人の容態をもう少し詳しく聞いておきます。――筆頭、御次代、少し席を外しますので」
そう云うと、フローラは医務室搬入口の方へ、駆け足に去って行った。
それをキッカケに――本当は自分達はその必要が無いのに自然とイーヴィに付いて来てしまったので――少々居心地悪くしていたクォンとスォ=ハムが、
「イヴ様、そんじゃ、儂らは……」
と曖昧な言葉を出しながら、イーヴィと剛義、太狼に会釈を見せつつ、その場を離れた。
「ん? オリバー君とライズ君は、『様子』で分かるんじゃけど……あの二人は何しに出ち来たんな」
剛義が首を傾げ、クォンとスォ=ハムの背中を見ながら
「別に顔見せに出ちこんでも良いに」
「貴方方が発電機を置いていってくれていたので、それを今のうちに確認しておこうと思ったそうですよ」
二人の代わりにイーヴィが答えると、「ああ……」と太狼も一緒に合点する息を吐いた。
「じゃあ、そっちに俺がついちっちゃろうかな」
太狼がそう云うと、剛義が「そうじゃのう……」と呟いてから、思案げに頬を擦った。
――ちらっと西の方を振り返ってから、イーヴィの顔をじっと見つめ、何故かライズとオリバーの顔もそれぞれ確認するように見つめる。
それから、太狼に、
「わぁは、さっきの続きしよれ」
と先に云ってから、イーヴィに「ちょっと待っちょって」と掌を見せると、小走りにクォンの元へ駆けよった。
イーヴィとオリバー、ライズ、ついでに太狼も「はて」と顔を見合わせる。――イーヴィとオリバーは兎も角、ライズと太狼は、変な「放っておかれ方」をして、かなり居心地が悪い。
直ぐにクォンに追いつき、剛義が「よい、コンさん」と声を掛けながら彼の肩に手を乗せた。
「ハム君、ちょっと御免な。コンさんに訊きてぇことがあんのよ」
そう云って、スォ=ハムも立ち止まらせた上で、剛義はクォンの肩を抱くように腕を回し顔を近づける。念を入れて、小声は聞こえなくなるだろう距離を空けるべく、歩くよう促した。
クォンは戸惑った顔をして、
「どうかしやしたか」
と、当然の問いを剛義に投げた。
クォンの肩に乗せた腕と逆の手で軽く口元を擦ってから、剛義が真摯な声で問う。
「……コンさん、あんたの〝体質〟のことは、先代さんだけじゃねえで、息子の蝦さんも知っちょんの?」
何故そんなことを訊く、とクォンは訝しげに目を細めつつも答えた。
「儂から告げたことは、イヴ様にはございやせんが……――儂は、導師衆から見て〝要注意人物〟でしたからね、先代様から『引継』でお聞き及びかもしれやせん」
「ふん。――じゃ、スォ=ハム君は」
目玉だけをちらっと動かして剛義が云う、クォンは彼の腕が乗ったままの肩を少し竦めた。
「若ぇ頃の〝武勇伝〟のどさくさに、云ったことはありますよ」
「それで? あんたを見る目が変わったっちゅうことも無ぇんな。――無ぇんじゃろうな、あの感じやと」
「ええ。どれだけ『理解』しているものかは判りやせんが――やんちゃな若ぇのは、すましてる大人が『悪』と云うモノに憧れるもんでしょう。その延長ですよ、『すげぇ、カッケェ』つって目ェキラキラさしてましたよ」
それを聞いて剛義も思わず「ふふっ」と息を漏らした。
「――オリバー君は?」
「……さぁ、どうでしょうね。イヴ様が隊長ですから、副隊長のオリバー君も、一応『注意事項』として聞いてるかもしれませんが……儂は知りません」
「ライズ君は」
立て続けに何故……、クォンが再び訝しげに目を細める。
「――。実のところ、あんたさんの『墓まで持って行く程じゃない秘密』ってのと似たようなものでしてね。儂自身、今日、あんたさんから話聞くまでは、『若ぇ頃』だけのことだと思っておりやしたんで……」
少しばかりクォンの口調に恨みがましいものが混じり、剛義が「そりゃすまん」と軽く返す。
「噂を小耳に挟んだらしい者が、『本当か』って訊いてくることがありゃ、正直にサラッと『そうだよ』と返してますよ、『過去』と思ってましたから。殊更口止めもしやしないんで、オリバー君が知ってりゃ、彼と仲の良いライズ君は聞いてるかもしれません。つっても、ライズ君が儂に訊きに来たことは無いし、彼に限らず他の隊員の態度が突然変わったりしたことも無ぇんで、判りやせん」
「ふむ」
鼻を鳴らして少しばかり思案げな顔をした剛義が、
「……じゃあ、ライズ君とオリバー君がもし知らんじゃったとしても、今、知られるのは、別に構わんか?」
と訊いた。いよいよクォンが目を細め、
「――敢えて知られたくもないんですがね……、実は『過去』になってなかったことを、あんたさんから思い知らされたんですから」
「『過去』じゃねえからこそ、なんよ。最低限、蝦さんには、『今』のことじゃと身に染みち貰っちょきてぇんじゃ」
「……?」
「蝦さんには、俺達が砦を改造したりはせんことと、あんた達隊員を俺の部下んごつ使ったりはせんことを約束しちょる。――ただ、あんたはな、俺達がここでやりてぇことの助けになるかもしれんのじゃわ」
「……それで?」
「あんたから手を貸しち貰うことを、何より蝦さんには納得しちょっち貰わな困んのよ――手っちゅうか、〝目〟じゃな。じゃけん、あんたの〝目〟が特別なことを、知っちょっち貰わんと、変に誤解さるることもありそうじゃろ? 『秘密』のまんまじゃったらコソコソせないけんけんさ、サヴァナの職人があんたを『ヘッドハンティング』でもしよるごつ見ゆるかしれんやん」
「――」
分からないことは無いが……。
「イヴ様だけではいかんのです? スォ=ハムは一応――知ってはいるんで、まあ置いといて……、殊更、オリバー君やライズ君にまで、確たるものとして教えなくても……」
「ん~……それはそうなんじゃけど、――オリバー君は兎も角、ライズ君とやらは、あの分じゃと、まだ俺達のこと信用しちょらんじゃろ」
剛義が苦笑を浮かべて云う。クォンの方が少しばかり心苦しくなりつつ、「ええ、まあ……」と頷いた。
「あン子、しばらくは警戒して、多分、蝦さんに付いち歩くか俺達を見張るかするじゃろ。それで蝦さんやあんたとコソコソ内緒話せなならんのは、お互い面倒臭い。俺もそげなんは性分じゃねえけん、最初から知っちょいち貰った方が良かろうと思うてな」
「――」
一理ある、とクォンが頷く。
「……あんたが、どげぇしてん嫌、っち云うごたったら、無理は云わんで。あんたまで〝魔法使いのお仲間〟じゃったっち誤解されて不和招くのも、俺の本意じゃねえけな」
「いえ……」
クォンは小さく首を振った。
云われてみれば、それももっともだ。
ライズは頑なになっているが、彼とて、今の「体制」に対する不満、不信感も持っているだろう――その不信感は、「敵方」と比べた時、一体どちらが強いのか――多分、ライズ自身、決めかねている。今のところ天秤が揺らいでいる……としたら。
イー・ルにも、〝悪魔〟と似た「体質」を持つ者は居て、その「同胞」は「体制」から〝悪魔〟呼ばわりされており、しかし、その者は隊の中で誰よりもイーヴィに忠義を示している――それくらいは彼にも伝わっている筈だ――。それをライズにも「理解」して貰えたら良い。
ライズは実直で頑固だ、その分、「迷い」が生じたら、激しい。それは決して悪いことではない――「自分のやるべきこと」を見失ってしまった時、その性格故に、「憤り」や「苛立ち」として出てくるだけだ……。「自棄」になってしまわない限り、イーヴィに対しての忠誠すら棄ててしまわない限りは、いつか、天秤の揺れは収まるだろう。
少なくとも、己が――「母国内にも居た、悪魔と呼ばれた者」が、剛義達との仲介役か、盾にはなれるかもしれない。
クォンは剛義に向かって、改めて頷きを見せる。
「理由や意味も無く、〝体質〟ひけらかすつもりはありやせんが……。儂もコソコソしてるのは性に合いませんのでね、別に、知られる分には構いませんよ」
「そげぇか。――じゃったら……、ちょっと来ちくりい。話しちょきてえことがあるんじゃ」
「え?」
剛義もこっくりと頷いて、来た道を戻らせるべく、クォンの肩に掛けた腕へ力を込めた。
クォンがきょとんとして目を見開く。
「今からあんたの『目』のこと、それそのものを告白する必要は無ぇ、それは後々、『説明』求められた時にでんすりゃあ良い。それか、蝦さんが知っちょるんじゃったら、『導師長』から聞くごつ云うてん良い、その方が『説得力』ありそうじゃしな。――ハム君、あんたもちょっとおいで」
立ち止まらせたのが余りに中途半端な場所だったからか、スォ=ハムは発電機の近くで待っていた――剛義が手招きする。
スォ=ハムが、
「何スか? 発電機は?」
と、どちらにともなく問う。
「そっちは明日になってん良いじゃろ、明日になりゃ、あんた達がしぃしぃ力仕事せんでん良いくらい、工員も増ゆるで」
良いからおいで、と手招きをされ、スォ=ハムは慌てて駆け寄った。
剛義が二人を連れて、イーヴィ達の元に戻ると、居心地の悪さを感じながら機械を弄っていた太狼が、若干恨めしげに父親を睨んだ。
その視線を気にもせず、
「タロ、わぁ、そのまま続けよけ」
と真面目な声で云う。太狼は「……おぉい」と返した。
剛義が改めてイーヴィに顔を向けた。当然のことながら、イーヴィは何か質問をしたそうな顔をしている。




