【a5d:svn】(3) -[3]-(2)
「一方的に此方が『利用』する形の協力要請をするのでは、そちらの方が私にとって『恥』であるから、川を渡ったこの場所に、サヴァナにとっての価値が少しでもあるなら使って良いと申し出たのだ。――サヴァナ側が、もしや本当に、この砦を都への侵攻の足がかりにでもしようとするなら、それは流石に拒絶するし、ことによっては対立――戦闘に入ることとてあるだろう。だから『警戒』はしていても良いんだ。――ライズ君は特別、警戒心と敵意を顕わにしているが……、オリバー君、スォ=ハム君、他の皆も、それを頭の片隅に置いてはおくんだよ」
隊員達を見渡してイーヴィが念を押すように云うと、特にスォ=ハムは「へっ?」と目をしばたたかせた。同じく名前を出されたオリバーも、不意を突かれて目を見開いたが、――隊長が云いたいことは、既に〝ハナ〟からも忠告されている……多分、彼女が云っていたのと同じ事だ、と察しがついたので、バツの悪そうな顔で頷いた。
「スォ=ハム君、――それにウィト君、クォンさんは、特にタケヨシ殿とタロー殿へ親近感を、既に持ってはいないかね? 敵同士でなければ、個人的な友人、あるいは師弟関係を持てていたかもしれないし、スォ=ハム君、ウィト君は、タロー殿に『兄貴分』……『憧れ』のような信頼も持ちかけているだろう」
「そ……それは、否定……出来ないッス…」
スォ=ハムが首を竦めて口ごもる。ウィトも微かに狼狽の表情を浮かべながら頭を掻いた。クォンは微苦笑を浮かべただけだ。
イーヴィが若い二人に、まず小さく頷く。
「――私も、そうした君達の感情を否定はしないよ。ただ、万が一、友軍側に、君らとサヴァナの人員が親しくなっていることを気取られたら、君達にもタロー殿にも、危険が及ぶことになる」
それを聞いて、スォ=ハムとウィトは「あっ…」と顔を見合わせた。
「だから、『敵方』――本来なら警戒すべき相手であることは、頭の片隅に置いておかねばならないんだ」
「は、はい……」
身を竦ませて、二人はコクコクと頷く。イーヴィが殊勝な様子に微笑を見せてから、先を続ける。
「SOSまではまだ本営に対して申し開きも出来たし、同時にグ・ルグの暴挙を訴えることも出来ただろう――その後、法廷ででもお互いに諤々と主張をしあえば良かった。だが、現状まで来たら、隊も、協力要請を受けて下さったサヴァナにも、危険が及ぶ。重ね重ね、私自身に後ろ暗いところは無く、己の方針決定を悔やんでもいないが――私を処分する理由を、軍や中央政庁に与えるつもりも無いから、彼らと接触しているのを悟られぬよう、タケヨシ殿には正式に、極秘とする旨を申し上げた。その上で、水と食糧の補給、そして情報の提供と砦の修復を要請した。その代わりに――〝魔法〟を隊員と砦には施さないという条件で――この砦を、サヴァナ側の拠点と考えてくれても構わない、と申し上げたのだ」
「――」
「本営からの情報が得られない以上、七日前から此方、外部で何があったのか情報を得るには、タケヨシ殿に頼るより他無い。相手が『敵方』なのであるから、その時、『偽り』が、偽りでは無くても多少恣意的な『歪み』が、情報に混じっていても、それは『あり得ること』だと私は納得している――例えば、〝竜巻〟についても……サヴァナの〝魔法使い〟が人為的に起こしたのだとしたら、タケヨシ殿がそれを『隠す』のは当然のことだろう。しかし、それは些末なことなのだ、どっちにしろ『〝竜巻〟が実際に起きた』という情報の方が私には重要だ」
ライズが軽く眉を寄せる。イーヴィはそれを気にせず、同じ声色のままで先を続けた。
「それは友軍側でも同じことなのだ。私は疎まれている人員なのだから、私にとって不利な情報が『味方』からもたらされることも充分考えられる。実際、本営からの籠城命令は意図が定かじゃないが、グ・ルグの解除命令は、明らかに我々にとって『不利』な通達だった。――今の私にとって全ての情報の『信頼度』は敵からだろうが味方からだろうが、全て『同じ』だ。それを確認し、咀嚼し……ある程度納得出来るだけの『現状把握』が出来るまで、どれほど時間が掛かるかは解らない、逆に、あっという間に分かるかもしれない――どちらにせよ、未来の予測、展望は立っていない」
イーヴィがそこで少しの間を空け、引き締まった表情で張りのある声を出した――冷酷に聞こえる程の厳しい声だった。
「隊長として、此処で改めて、君達に意志を問う。各々、この先『どうしたいか』を考えてくれ」
「――えっ…」
「それは一体――」
隊長の問いに、小さいながらどよめきが起きる。
「整理して端的に云うと、私は、BR19を死に体に装った状態で『潜伏』して、『敵方と協力』しながら、『友軍あるいは本国の思惑』を探ろうとしている。これは、隊長である私の方針として決定事項だ」
イーヴィがテーブルに両手を付き宣言した。
「ただし、目的は『現状の把握』、それだけだ。――それは、君達に伝わっているか」
隊員達は、戸惑いや狼狽の表情を浮かべながらも、「ええ」「はい」と頷いた。
「その上で、君達に今後どうしたいか、選択肢を与えて、意志を問う」
一度目を閉じて息を吐いてから、少しだけ穏やかになった声でイーヴィが云う。
「――現段階で、君達の中に、本国へ『完全な失望』を覚えた者が出ていても、不思議じゃないと、私は考える」
「……」
「だが、私が『潜伏』する目的は、あくまで『現状把握』、それだけだ。グ・ルグへの報復、本国に対して『革命』を企てているのでは、決して無い。サヴァナと協力しているのも、彼らの味方について都を制圧するためなどでは無い。――もし、『本国への失望』がそうした衝動として生じる予感がするなら、あるいは既に生じているなら、それは抑えてくれ。抑えられない様子が見えた者は、残念だが、私は隊長として『命令違反』と判断し、その人物に監視を付ける。行動によっては、拘束し監禁する」
再び、戸惑いの表情を隊員達が見合わせる。
「逆に、どうしても私の決定を受け入れられない、母国への裏切りだと考える者が居るなら、それも監視か拘束の対象とする。――その考えを私は否定しないが、そのまま隊からの離脱を許してしまうと、本営に我々の現状と私の方針――本国からすれば『企み』を、告げられてしまう可能性を疑わずにはおれない。すると、私の処分理由を与えることになる、サヴァナの人員も居る以上、『交戦理由』にもなってしまう。それは私の目的である『現状把握』を不可能にしてしまうから……現段階での単なる離脱は、許可出来ない」
「――」
「だが、そういう訳でも無く……」
そこで、イーヴィがテーブルから手を離し、真っ直ぐに立って、全員を見渡した。
「完全にイー・ルに失望し、未練も無く完全に見限った、――そういう心持ちの者が居るなら、申し出てくれ。私は、『脱走』『亡命』は黙認する」
「えっ……」
「イヴ様――」
再び、隊員達の間にどよめきが起き、視線が一斉に隊長へ集中した。
「タケヨシ殿に、私はそれも要請している。もし、イー・ルから脱けたい者が出てくるようなら、川を渡ってサヴァナの側で、保護――留置しては貰えないか、と」
「な……」
「無論――、敵方に渡るのだから、それも『安息の地』ではない。恨みや憎しみを向けられることもあるだろう。――それに私も、タケヨシ殿へ要請する時申し上げている、その人物がサヴァナの中で不穏な行動を執ったり、あるいは、イー・ルへの破壊行動を企てている気配でも見せたなら、監禁状態になっても良い、と。――それでも、今の体制に属すくらいならば、敵地に逃げる方がマシだと、そう思うなら、私は許す」
「――」
「サヴァナからまた別の国へ旅立ちもして完全にイー・ルへ背を向けるのか、それとも、現在の戦争に決着が付き、今の体制さえどうにかなれば再び戻りたいくらいの望郷の念はあるのか、それは、個々に任せられることだが、何にせよ、タケヨシ殿は既に受け入れを了承して下さっている」
隊員達が互いに顔を見合わせ、次には思案げに俯いたり、腕を組んで首を捻ったりし始めた。
「グ・ルグや本営、体制への恨みや憤りを抑えつつ私の方針に従うか、サヴァナに――永遠にでも一時的にでも――脱出するか、それぞれ人生の主人公である君達自身が、どうしたいか決めてくれ。――今すぐでなくても良い、七日間の停滞から急に事態が動き始めたのだから、今夜は何も考えずに休むというのもありだ」
ふ、とイーヴィが笑みを浮かべて云った。
――と、暗い〝礼拝所〟に三つ目の灯りが見える。
通路の方から、ランタンをぶら下げ、キャスター付きの椅子に座ったエ=ドンが、小刻みに床を蹴りながら入って来た。
隊員達の視線もそちらに向き、イーヴィが足早に近づいた。
「ウドゥ、どうした。――リモ君に何かあったか?」
微かに眉を寄せてイーヴィが聞くと、エ=ドンは「いいや」と首を振った。
「サヴァナのお三方が戻って来た。医務室の搬入口をノックしてきたよ」
「ん? そうなのか。――正面扉の施錠はまだしてなかった筈だが、何故……」
不思議そうに瞬きをしてイーヴィが呟くと、エ=ドンが微かに笑った。
「弁えてらっしゃるのだろう。『勝手知ったる』と云っても、改めて隊長から招き入れられるのでなければ落ち着かないのじゃないか。メインの〝呼び鈴〟は使い方が分からなかったらしい」
「ああ……」
そこでイーヴィも薄く笑みを浮かべ、「それじゃあ……」と正規の玄関へ足を向けた。が、エ=ドンが手を振って止める。
「いや、そんなに慌てなくても良い。あちらも君が皆へ何か話していることは知っているから、ちゃんと区切りが付くまで待つと云っていたよ。その間、向こうは向こうで、何か――後続に位置を知らせるためのセッティングだか、作業をするとか。今行くと、あちらの作業を中断させるか終了を待つかになってしまうよ」
「ああ……そうなのか」
ふむ、と鼻を鳴らしてから、イーヴィが隊員達を振り返った。皆、イーヴィとエ=ドンに視線を向けている。
少しばかり何か考える顔をして、イーヴィがエ=ドンに
「リモ君に、君から話はしてくれたか」
「ああ」
「それで、意思は問うてくれたか? 彼はどうしたいか」
その問いに、エ=ドンは頷いた後、
「サヴァナに行くと、はっきり答えたよ」
そう云った。
軍医の声は隊員達にも聞こえており、
「なっ……!?」
ライズが、ガタンと音をさせて立ち上がった。大層驚いた顔をしている。同じように、スォ=ハムも驚いて目を見開き、次には思案げに眉を寄せた。
その二人ほど大げさな態度は見せなかったが、他の隊員達も、戸惑いの表情を浮かべたり、溜息をついたりしていた。
イーヴィはちらっと隊員達を見た後で、エ=ドンに「そうか」と頷きを見せる。
「ちなみに、こんなに早く決心が付いた理由は、云っていたか?」
イーヴィが問うと、エ=ドンは頷く。




