【a5d:svn】(3) -[3]-(1)
隊員達全員に、大なり小なり動揺があったので、それが落ち着くまでの数分間、イーヴィは振り返り、祭壇の絵を眺めていた。
鳩の目が光り、孔雀の尾羽が揺らいだようにも見えるが、それは灯りが小さすぎる故の錯覚だ。イーヴィはそれをちゃんと解っている。
改めて隊員達に視線を巡らせたイーヴィの顔は、先程までよりも厳格だった。
「――軍人というのは、体制に従う者だ。強大な武器を持ち、人類最大の罪業である人殺しの役を担う者は、その役目を『命じて許可する』体制を己の上に頂き――より具体的には、『軍法』『規律』という制御、束縛に従順でなくてはいけない。そうでなくては、『軍人』など――人を名乗れぬ」
イーヴィが一つ息を吐いて宣う。
「よって――、最早、グ・ルグの暴挙を告発する以前に、サヴァナと接触して協力まで要請した私自身、現体制から見れば明らかに反逆者だ。それは『裏切り者』と云われて、何の申し開きも出来ぬ」
隊員達が、唇を引き結び険しく眉を寄せる。
イーヴィはもう一度息を吐いてから、きっぱりと云った。
「だが、私は同時に、導師なのだ」
すると、隊員達の中には、こっくりと大きな頷きを見せる者も居た。
「我が祖国、イー・ルは――その興りより、いつか〝神〟が地上へ降り給う時、最初に選んで頂ける聖なる都、国そのものが〝神〟の御座す祭殿であることを目指した。それを実現させるために民衆を導くことが、体制の基本理念であった」
「……」
「導師の私は、〝経典〟を理解し、率先して恭順する。そして、民衆が〝神〟の座たる都に相応しくあるべく、〝経典〟を伝え、教え導く。それが私の役目――我が家の役目だ」
厳かなイーヴィの声に、クォンがテーブルの上で手を組んで頭を下げた。言葉に同意して頷いたようにも見えるが、表情は険しい――眉を寄せて唇を噛んでいる。イーヴィの言葉が、いたたまれない……あるいは、自分自身が後ろめたい、そんな感情が、クォンの胸に滲んでいた。
「連綿と続いた導師の家に生まれながら、私が神学校と並行して士官学校にも通い、『軍人』になることも選んだのは……、――現実的に考えた時、ただ〝経典〟を教え導くのでは、民衆に対して〝神〟に殉ず精神を植え付けるだけで――都に仇為す『外敵』があった時、私は後ろから民衆を死地に送ることしか出来ぬのではないか、と……そう思い悩んだ結果だ。私自身がこの身で守護する術を持ち、死地にて己が前に立ち、導く役目を担わねばならないと、考えたから、なのだが……」
クォンが、組んだ手に力を込める――先代フリアイ様も、儂のような「穢れ」を忌むことなく、根気強く導いて下さった、聖院階級に於ける「異端」であった――イヴ様に至って、フリアイの導師様は、「異端」として「結実した」……成ってしまったと云えるのか――。
「私はあくまで、〝経典〟に恭順たる民衆を導き、〝神〟が降臨されるに相応しい都を護るため『今の私』になったのであって、――体制に畏れ額ずく民衆を作り導き守るためではない」
「……」
「『体制』に従順一途なのは『軍人』だけで良いのだ。我が国の民衆は、〝神〟にこそ、一途であるべきだ」
イーヴィの手も、体の両脇で、グッと拳を作った。
口を開きかけて、一度、迷いが過ったように噤み、――しかし、意を決したふうに、祭壇の前ではっきりと部下達へ述べた。
「『体制』が〝神〟なのではない」
隊員達は、目をカッと見開いたり、逆にしみじみと目を閉じて溜息を吐いたりと様々だ。だが、考えていることは大体似通っている。
――各々、既に自分で解っていたことを、導師長である隊長から言葉にされたことで、目が覚めたような、溜飲が下がったような、あるいは気が抜けたような、そんな感覚がやってきたのだった。
「『軍人』である私は、『体制』に従順でなくてはならぬ。その根幹を捨てたつもりは、私自身にも無い。しかし、『軍規』に照らされたとき、今の私が罪人なのは明白だ、処罰が下されるならば、受け入れる義務感はある。だが、やはり――『導師』たる私は、その従うべき『体制』に疑問を持っている。我が祖国は、この体制を、理想としていたか?と」
そこでイーヴィは、己の中に溜まった熱を冷ますように、フゥー…と大きく息を吐いた。
「EV隊の全滅という『出来事』で、ハッピーエンドを迎える『主人公』は最終的に誰になるのか、私も解らん。しかし、導師であり君達の隊長である私は、そんなエピソードを筋書きに加えるつもりは無い。最終結果がどうなるかはともあれ――少なくとも、グ・ルグの襲撃によって衰弱した結果、君達に自決を命じる等ということは、私の頭に一切浮かばなかったし、現在の実際である『敵方との接触』を裏切りと判断され処罰、という『エピソード』も、私にとっては不本意だ」
「イヴ様……」
ライズが、溜息混じりに隊長の名を呼ぶ。イーヴィは、彼に目を向けて云う。
「私の人生の主人公も私なのだから、私は、そのつもりで世界を流離う。ここで、グ・ルグ、軍、中央政庁――の思惑に流されて息絶えることは、私の『塵芥』としての自尊心が許さぬ、それは、〝神〟に殉ずことではなく、体制に屈服することだから」
そこで、ライズのみならず、隊員達が皆、こっくりと大きく頷いた。絶望や諦観で淀みかけていた瞳に――それぞれ程度の差はあるが――しっかりとした意志が戻りかけている。
「とは云え、君達に誤解はして欲しくないのだが」
僅かながら熱を帯びていたイーヴィの声が、冷静なものになる。何となく「事務的」にも聞こえる淡々とした声だが、却って場に漂っていた「緊張」は緩んだようだった。
「私は、母国を見限った訳ではないし、反旗を翻して強引な変革を為そうと考えている訳でもない。――私は、タケヨシ殿の話を偽りだとは思っていないが、それを踏まえたとしても、現状を完全に納得するには、余りにも『想像』の範囲が多すぎ、点と点が確実な『線』になってくれない」
――隊員達の中で最も「具体的」な説明を求めているのはライズだ――混乱と絶望という「感情」の整理は何とか付きかけているようだが、それでも、裏切り者の烙印を押されるリスクを取ってまで「敵との協力」を選んだ理由を、彼はまだ欲している――「尊敬する隊長の決定」というだけで受け入れられるほど、彼のイーヴィに対する敬愛は弱くない、イーヴィに危険が及ぶ可能性の方が、彼の中で上位に来ているのである。
「私はただ、本国が『どういうつもり』なのか、どれか一つの要素についてだけでも明白になるなら、それで良いのだ。一体、七日前の籠城命令は何だったのか。五日前、〈核ミサイル〉が発射されたのは本当か――というより、我々以外の隊が一斉後退したのは何故か。グ・ルグ少将の行動は本当に〝竜巻〟に因るのか、そうでなければ一体何故のものだったのか、彼の行動は本営と本国も把握しているのか。今の今まで、何の音沙汰も無いのは何故か?」
「――」
「それらのどれか一つだけでも、あるいは全てが明白になった結果、中央政庁が本気で、導師たる私も軍人たる私も『不要』とみなし『消す』つもりなのだと……そんな結論が出たとしても、それはそれで構わない」
「……ッ」
余りにイーヴィが淡々と云うので、特にスォ=ハムとクォン、ライズが顔を顰める。
その表情にイーヴィが苦笑を返し、小さく首を振った。
「それに甘んじるつもりは私の方に無い。――今のように曖昧模糊な状況で、導師を一人――同時に一個中隊隊員全員を、同胞と友軍が『罪の覚悟』も持たず時間に任せて消そうとしているのなら、それこそが、私が疑問に思っている『体制』の今の有り様なのであるから、対抗措置は考えるよ」
ライズやオリバーが、「ほ」と息を吐き、スォ=ハムとクォン、ウィトの三人は横目に視線を交わして小さな頷きを見せ合った。
「そのためにも、私はただ、現状を把握したいだけなのだ。だが、それを本営・本国に問い合わせることも最早出来ない。最低限、命を繋ぐための食糧と水の補給すら望めないのだから、――いずれにしろ第三者に助けを求めなければ、野垂れ死ぬか、即銃殺の覚悟を持ちつつ兵員の残る砦まで赴き、せめて『グ・ルグの愚か者め』と一言だけでも絶叫するか、そのくらいしか出来まい」
意識してのことかは知れないが、イーヴィが軽く肩を竦めて云い、張り詰めた空気を少し緩めた。
「私とて、はなからここまでサヴァナと密に接触するつもりは無かったよ。SOSに応じて水と食糧さえ提供してくれれば、自力で本営、本国に問合せも出来る状態に戻れるだろうと考えていたからね――だが、それも、不可能……我々にとって危険になったらしいことが、分かった」
「……」
「『友軍』には最早頼れない、第三者に頼るしかない。――『第三者』と云っても、『敵方』である当事者だから、状況的にも感情的にも拗れる訳だけれども……」
イーヴィが息を吐いてから、
「〝経典〟を誰より深く理解するよう努めてきた私から見て、サヴァナは――少なくとも、あのお三方は、悪魔ではない」
いかにも「宣言」というふうな、キッパリした声で云った。
それを聞いて、オリバーとクォンは、こっくりと頷く。スォ=ハムとウィトは顔を見合わせて、「うん」と頷き合う。
ヤムとベリー、チォとソゥパも、彼らほど確信を持って肯定する態度は見せなかったが、互いに何か確認するような顔を見合わせていた――ギュッと眉を寄せたのは、ライズだけだ。
よって、イーヴィも、特にライズに向かって先を続ける。
「『敵』のサヴァナを信頼など出来ない、と云うのなら、それでも良い。君達はまだ、イー・ルの『軍人』なのだから、体制が設定した敵を敵と認識し続けることは、正解であり当然のことだ。『警戒』を続けることは、正しい。――ライズ君、イー・ル軍の兵士として君の『心情』は理解出来る」
「隊長……」
「だから私は、『一時休戦』の協力態勢だと云っている。それは、サヴァナの筆頭閣下も理解して了承されている。私は母国を裏切ったのでも売ったのでもない。タケヨシ殿も、私がサヴァナに寝返ったなどとは考えていない。あちらにはあちらの思惑があって、『私』の方針に協力してくれているだけだ」
「隊長、その『思惑』ってのが……あっちが何考えてるなんか、分からないじゃないですか、そのせいで、どうしても、信用出来ないんじゃないですか…」
ライズが、多少呆れたような声色で、ゆるく首を振りながら云った。
「ライズ君、では君は、本営からの補給も全く望めない今、自分の信念――『敵意』の方を優先し、サヴァナからの水と食糧の提供を、断固として拒むことが出来るかね?」
率直に、イーヴィが訊ねる。ライズは「う……」と口ごもった。
「仮に君がそれを本望と思っても、私は許さないよ? それは、『死』に向かうことであるから」
「……」
「――『信用』出来ないと云うなら、それはそれでも良いんだ。ならば『利用』とでも考え直せば良い。『現状を把握』するためにサヴァナへ協力を求め、彼らにも協力することを選択した、私の方針が本営から見て裏切り行為であっても、砦と隊員を預かった隊長として、私自身に恥ずべきところは無い――私のこの決断を『招いた』のは、グ・ルグ少将であり本営の方だと、『開き直り』も私は済んでいる」
ふ…とイーヴィが口元を綻ばせる。ライズは何だか後ろめたい気分になって俯いてしまった。




