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「本当にそれが起きたんだとして、『五日前』のことなんでしょう。その日のうちに略奪に来るって……。設備や武器は兎も角、水と食料なら、一日二日待てば、補給部隊が来るでしょうに。それが〝竜巻〟なんて自然現象なら尚のこと……緊急事態が起きたのは、要請が無くたって本営も解るだろうし」
「その通りだ――が、ライズ君。君は、グ・ルグ少将を『その一日二日が待てる人物』だと評価しているのかね?」
「――う…」
大きく頷いてから、イーヴィが同じく冷静に問うと、ライズは口ごもった。
スォ=ハムが思わず口角を歪め、鼻息を「ふん」と飛ばす。
「あの〝少将閣下〟が一日の『空腹』に耐えられるとは、俺は思わねえッスよ。俺達は二日間の『節約』と五日間の『飢餓』に耐えられましたケド」
スォ=ハムが殊更にせせら笑う口調で云ったので、イーヴィが苦笑を見せ、
「『たられば』を云ってもしょうがないが……今思えば、略奪に気付いたその時点で、他隊の無事な無線を使わせて貰うことを考え行動していたなら、彼を告発することだけは出来たかもしれないし、そうでなくても、友軍が知らぬうちに後退していたのを、もっと早く知ることが出来ていたんだが……」
軽く首を振り、何だか自虐めいて聞こえる口調で云ったので、スォ=ハムが慌てて、
「す、すいません! 俺、別にイヴ様を責めるつもりで云ったんじゃないんです」
両手を振りながら謝る。イーヴィが「気にするな」と云うふうに彼に微笑を向けた。スォ=ハムはバツが悪そうに頭を掻き、首を竦めた。
「――私の、グ・ルグ少将に対する評価も、スォ=ハム君と同様なんだ。一日二日保つだけの物資が残っていたとしても、彼にとっては十日分のうち八日九日分が失われたことの方が重要で、その焦燥感――絶望と云っても良い位かもしれない――は、彼に『保身』を越えた『恐慌』をもたらしても不思議ではない」
あくまでイーヴィの主観に基づく評価、表現である。しかし、彼の声色は嘲りや嫌悪が混じった苦々しいものではなく、「客観的」で冷静だった。
「『軍法裁判』の可能性がありながら、グ・ルグが『友軍からの略奪』を選んだ動機――と考えたら、『EV隊隊長への怨恨・抹殺』よりは、『物資が失われたことによる己の焦燥』の方が、しっくり来る。それでも、後々の不利益を彼なりに出来るだけ減らそうとして、此処を選んだ――と。彼の思考の順序は、多分そっちだろう」
隊員達が顔を見合わせる。戸惑いの様子はあるが、彼らも「少将」の性格を知っているからか、イーヴィの言葉に否定的な態度を見せる者は無かった。最初に反論したライズとて、「少将」を庇うつもりがあった訳では無い、ただ「敵からの情報」に対して、「裏付け」など欲しくないだけなのだ――。
「他の砦や基地で同じ事をしては、ただの重犯罪にしかならぬ。しかし、上層部から疎まれている『私』とその隊ならば、失われても、国の損害としては軽微と判断して貰えるかもしれない。それよりももっと、犯罪が露呈しなければ良い……、出来るだけ露呈を遅らせるために無線を破壊し、何なら『全滅しても良い』くらいのつもりで発電機も破壊した、と。口封じだ」
「――ッ」
「我々の口さえ封じれば、戦争中なのだから、砦に残る暴力の痕跡は、全部サヴァナに押しつけられる」
ふと、イーヴィの視線が居住室の方角、その向こうの医務室まで透かし見るように遠くなり、その後、再び隊員達全てに視線を巡らせた。
「かと云って、直接的な殺傷行為を行うような『覚悟』までは持てない人物だ。あくまで目的は『物資の略奪』なのだから――万が一、犯罪が露呈した時、そんな余計な罪状まで上乗せしたくはあるまい。多分、ウドゥに怪我をさせたことは、彼にとって計算外だったろう――」
そんなことすらも、イーヴィは冷静に語る。起きたことをただなぞるだけ――隊員達は、唇を噛んだり眉を寄せたりと、悔しそうな態度を見せているのに。
「結局、そこから五日間、私が『応答請う発信のみ・物資を温存して様子見』としていたから、グ・ルグを告発することは、ほぼ不可能になった――と云えるのだが……」
ゆるゆると首を振り、イーヴィが一つ息を吐いた。
「何にせよ、ライズ君。――〝竜巻〟は実際に起きた、私がそう思う理由は、伝わったか?」
隊長の問いかけに、ライズは唇を噛み、握り締めた拳で卓を叩く。
「信じられません……相手は、『悪魔』です、――懐柔か誘惑の戯れ言、嘘八百だ……!」
「――ライズ、いい加減にしろ。タケヨシ殿の情報を『虚偽』だと主張する矛盾に、早く気付け」
うなされたときの譫言のように、震える声を絞り出すライズへ、オリバーのきっぱりとした声が投げかけられた。
ライズが驚いた顔をして、旧友に顔を向ける――オリバーは、特に怒ったり嘆いたりしている訳では無い、冷静な目で、真っ直ぐにライズの目を見ていた。それでも、普段会話する時は、声も表情も「温和」と云えるオリバーであるから、彼の言葉はライズに狼狽をもたらした。
「何だと――」
「ライズ。君は余りに動揺していて、自分の主張に大きな矛盾があることに気付いていない。――私が隊長からの命令で西方へ向かっていなければ、そもそも、タケヨシ殿からそんな話を聞くことなど無かったんだぞ?」
オリバーの言葉に、イーヴィがこっくりと頷く。
真っ直ぐな目を向けられて旧友から云われ、ライズは「ぐっ…」と息を飲んだ。いたたまれず、その視線を振り払うように、ライズは顔を俯かせた。
オリバーもライズからは視線を外し、かと云ってイーヴィに向かって告げる訳でも無く――何処でも無い場所へ目を向けて静かに続けた。
「――思い出してみれば、私が〝川〟の畔で助けられた時……、『緊急事態が起きて』という私の言葉に、タロー殿は随分あっさりと、『あの竜巻にやられたのか』と尋ねて来られた。『あの』という言葉が通じると彼が思ってたくらいに、『共通の認識』になり得る事態が、実際に起きたのだろうと……私も思う」
私は、あれを「嘘」だとは思わない――オリバーが息を吐きながらそう云った。
イーヴィがふぅっと息を吐き、「そうか」と再び頷いた。
「オリバー君もタロー殿とそういう話をしていたとは、私は知らなかった――やはり、オリバー君の云う通り『共通認識』になるだけの、故に相当の被害が出るだけの大きな嵐は、起きていたのだろう」
隊長、旧友でもある副隊長の言葉に、ライズは歯を食いしばり、テーブルを叩きながら明らかに取り乱した声で、「嘘だッ!」と叫んだ。
「嘘だ……ッ、嘘じゃないなら、敵方の悪魔が、どうして、そんなことをこっちに教えてやったりする……!? そんな必要は無いじゃないか……!」
「ライズ……」
そこで、オリバーの目が、若干哀れみの色を浮かべた。
イーヴィの表情にも、彼と同じような哀れみが過ったが、それは直ぐに消え、鋭く
「ライズ君」
と名を呼んだ。項垂れて、何も無い卓面を凝視しているライズの肩が、ビクッと震える。
「君は今、呪縛されている」
導師長でもある隊長の厳しく冷たい指摘に、ライズは拳を震わせたまま、顔を上げることが出来なかった。
「タケヨシ殿の情報が全て虚偽というのなら。――彼は、オリバー君のSOSに応じて砦に着いた段階で、咄嗟にそんな物語を思いついたのか? そうでないなら、予めいくつかの物語を作ってでも居て、イー・ルの兵士に話して聞かせる機会を窺っていたのだろうか? 実は、ずっと前からこの砦の様子を観察していて、何らかの異変が起きているのを七日前の段階から察知しており、オリバー君のSOSにこれ幸いと応じたのか、それとも、SOSが来ても来なくても、適当な頃合いに偵察でも装って川を渡り、偶然、こんな状況の砦を見つけた体で恩を売るというふうな、〝計画〟が既にあったのか」
まるで〝録音テープ〟を回してでもいるように、イーヴィはのっぺりとした声で淀みなく語った。
「サヴァナがそうだったとして、ではイー・ルはどうなのだ。七日前の本営からの籠城命令。本営は今でも、BR19は完全に閉ざされEV隊は籠城していると思っているのか、補給も伝令も皆無なまま。他の隊は一斉に後退させながら、我々は誰かの『凡ミス』で忘れ去られているだけなのか。五日前のグ・ルグは『籠城はそれとして』、何の理由も無く、BR19を襲撃し略奪していったのか。そのまま、我々が全滅するのを待ってでもいるのか。本営、グ・ルグ、そしてサヴァナ、それらの思惑が『点』のまま、全くの偶然で、BR19の、我々の、現状へと一気に集約されたのか?」
「――」
「何にせよ、私には、上層部、首脳陣から疎まれている自覚はある――もしや、この状況に置かれたとき、私が自決を選ばず、敵方にすら救助を求めるような隊長だと、上層部は読んでいたのだろうか。グ・ルグの襲撃で我々を極限状態に追い込むことでサヴァナとの接触を誘い、背信者の烙印を押すことで処分の理由が出来るとでも考えたろうか。――妄想を始めればいつまでも出来る、キリが無い――ともすると、上層部は極秘にサヴァナと和平調停を進めてでもいて、籠城から始まりグ・ルグの襲撃までのお膳立てを済ませ、その後、SOSを発せずとも機を見て接近するようサヴァナに要請をしておき、我々の処分理由を作ることを、交渉の条件にでもしたろうか。――つくづく、首脳陣が私を抹殺出来るものならしたいだろうことだけは、私自身、知っている」
「イヴ様――それは……そんなに……」
若い隊員達と違って、もう既に長い間、生国に何の期待もしていなかった分、今この場に居る者の中でイーヴィに次いで「冷静」だった、同時に、もう完全に剛義達を大導師長より信頼していたクォンが、辛そうに眉を寄せて声を出した。
余りにもイーヴィの「自虐」めいた言葉が――それこそが「事実」と云いたそうに冷静すぎて、いたたまれなくなったのだ。
が、クォンの言葉を全て聞いてしまう前に、イーヴィは「ふ」と口元を綻ばせた。それを見て、クォンは口を噤む。
イーヴィの微笑は、とても柔らかく慈愛に満ちたように見え――しかし、余りにも灯りが小さいせいだろうか、とてつもなく深淵で残酷な、冷笑にも見えた。
「私は、そこまで自分を、この世界の主人公だと思っていない」
祭壇の絵を背にして腹に手を当て、笑みを浮かべながらイーヴィはあっさりと云い、視線を全員に巡らせた後、ライズを見据えた。
「私は、そんな巧妙で込み入った筋書きを用意され、皆が皆、的にしてくるほどの中心人物とは、自分のことを思っていない。〝神〟の目から見れば、世界中全ての生き物と同じ重みの『芥』だ――導師である分、ほんの少しだけ〝神〟の御許に『近い』だけで」
「――しかし、〝神〟は俺達を放棄なされたではないですか……、その上、〝悪魔〟にまで近寄られ、助けられて……ッ! 一体、どうしてこんなことに……イヴ様のような導師長が、どうして……」
顔を上げないまま、ライズが声を絞り出す。イーヴィが、ゆるゆると首を振った。




