【a5d:svn】(3) -[2]-(2)
「七日前、籠城命令が下された。五日前の夜、〝グ・ルグ少将閣下〟が訪れ、砦の物資を根こそぎ持っていった上、ライフライン設備を破壊した――この時、籠城解除命令を少将閣下は下しているが……それが事実だったのか強奪のための嘘だったのかも分からない。――どちらにせよ、我らは飢え、渇いた訳だが、その後……たった今に至るまで、本営からも音沙汰が無いのはどういうことか」
質問の言葉だが、ライズからの答えを待っている訳では無い。再び、イーヴィが一つ、億劫そうな息を吐いた。
「……これだけだと、私は、こんな、真綿で首を絞めるような抹殺のされ方をするくらいに、グ・ルグから恨まれ、本営から疎まれ、本国にも不要の者だと思われていたのかと、そればかりだ。こんな上層部の派閥争いに君達を巻き込んでしまったことが、悔やまれてならない」
「そ、それは違うッス、隊長! イヴ様がそんな、一人で責任感じることねぇッス!」
スォ=ハムが、思わず腰を浮かせながら焦った声を出し、先程と同じく、隊長に「そんなことを云わせた」ライズへ、険しい視線を一瞬向けた。
イーヴィが微笑を浮かべ、スォ=ハムに「座りなさい」と掌を見せる。
声こそ出さないが、他の隊員達もスォ=ハムに同調して、小さく頷きを見せていた。ライズはバツの悪そうな顔をしている。
「とは云え、実際、少将閣下の『選択』に、そうした理由があることは事実だろう。友軍の砦から物資を奪い施設を破壊するという真似を、何の躊躇いも無く行えたのは、『私』だったから、ではあろう」
「……」
「ただ、動機とタイミングに疑問が残る。私と君達隊員を、抹殺することが純粋な動機だとしたら、もう少し時間が経ってからでも良かったんじゃなかろうか。籠城命令の後、もっと日にちを空け、食糧や水を消耗した頃合いに『とどめを刺すように』襲撃する方が、確実ではないか?」
それは、ライズだけでなく、全員に問うように、イーヴィは視線を巡らせた。
「本営と少将閣下の思惑が重なっていない――襲撃は少将閣下の独断であるから、本営からの正式な籠城解除命令が下される前に決行した、と考えても良いのだが、こちらの無線が使えなくなっているのだから、本営とてBR19に異状が生じていることくらいは察していても良い筈だ。よって、直接の伝令や様子見があっても良いのに、結局、今に至るまで、それもない。本営と少将の行動自体はすれ違っているのに、私の抹殺という思惑は重なっている……そんな只の偶然なのだろうか?」
やはり、問いかけの口調で云われても、隊員達には何の返事も出来ない。イーヴィもそれを期待はしていない。
「一体、何故我々がこんな状況に陥っているのか――困惑しか無い。其処に、タケヨシ殿の情報を『事実』として嵌めると辻褄が合う。そうは思わないか」
全員に視線を巡らせた後、最後にライズの目を見据えた。ライズがグッと唇を引き結ぶ。
「特にライズ君。――私もまだ君から聞いただけでしかない『事実』を、君は、自分自身で経験しているだろう」
「……」
ライズは狼狽え、思わず、隊長から目を逸らしてしまう。
「君が『敵』からもたらされた情報を信じたくないのは理解出来るから、取りあえず、〈ミサイル〉のことは置いておこう」
イーヴィはライズに小さな頷きを見せながら云い、一つ息を吐いた。
「どちらにせよ、我が隊、BR19は、七日前の籠城命令によって、『外部の状況を全く把握出来ない』『本営からの無線を待つ以外、情報も得られない』――そういう状態になっていた。グ・ルグの襲撃後、応答請う発信への返事も皆無。何故そんなことになっているのか、その理由を、『状況』という意味で、――ライズ君、君は、その目で確認したのだろう?」
「……ッ」
その通りだ――。
ライズとリモは、N33まで、一度は辿り着いたのである。
だが――時間帯を考えると警備兵等が周囲に見えても良いのに、兵員は全く、一人も見えず、BR19と同様の倉庫兼車庫には、車両が一台も残っていなかった。シャッターが開きっぱなしだった車庫は、空になってから数日経っているらしく砂が積もっており、轍や足跡も見受けられなかった。また、N33はBR19よりも規模が大きい、ヘリの発着場も備えた基地だった――が、格納庫にヘリも無い。
T1車から、最大レベルの無線信号を発してみたが、応じる者は無い――もしや、こちらがEV隊所属であることを察して、無視されているのだろうかとも過ったけれども――全ての施設に接近して確認すると、人の気配が全く無く、そもそも、発電機も停止しているようだった。
N33は放棄された……? ライズは、その時、そう思った。
「――君はノ・ウーの谷で『無線を傍受される恐れは無い』と、オリバー君とハナ殿に云ったのだろう。それを聞いたので、私は、オリバー君にも、それを裏付けるべく探査を命じた」
そう云って、イーヴィはオリバーに視線を向けた。オリバーは、唇を噛んで頷く。
隊長の命令であり、同行していた太狼も索敵に反対する様子は無かった――とは云え、それを開始するに当たって、オリバーはまだ「恐る恐る」という気分だった。果たして、「BR19を死に体に装う」というイーヴィの方針は保たれるのであろうかと。
よって、かなり狭い半径から始め、段々と探査範囲を広げていったのだが――「BR19が生きていることを知られる心配は無さそうだ」という安堵ののち、「一体、これはどうしたことだ?」と――「恐怖」にも似た疑問が過り始めた。
本来なら、半径一キロを越えた辺りから、補給部隊が各基地・砦に向かって右往左往しているのが引っかかったり、中隊程度が行軍訓練をしていても可笑しくないのに……、オリバーの探索に、人の気配は全く引っかからなかった。まるで、異世界にでも迷い込んだような、あるいは、自分達を除いて世界が破滅してしまったかと思うような……そういう、余りにも理解し難い「静寂」だった。
今思えば、太狼はあの時、理由も知った上で、周囲にイー・ル兵が居ないことを確信していたのだろう――だが、それなりに太狼へ信頼は寄せていたとしても、あの時点で「理由」を聞かされていたら、流石に信じられなかったかもしれない。太狼本人も云っていた……「イーヴィが口を濁したというなら、自分も伏せておく」と。彼は、「隊長の口から聞くべきだ」と、あの時、考えていたのだ。
オリバーは、拳を胸元に当てて、ぎゅっと眉を寄せる。
「ライズ君、オリバー君の両名は、一つの『事実』を自身で確かめたのだ。即ち――『何故』『どの時点』でかは知らないが、前線寄の友軍は、我々を除いて一斉に後退したのだ、と」
「――」
「……それが、最終手段の行使に由来すると云うのなら、私は至極納得が行くのだが、――到底、受け入れがたいことではある。よって、『何だかんだ不発』というのも、敵方がびくともしていないらしいことと、結局我々も無事であることを踏まえれば、『ふぅん、そうか』と聞き流していれば良いのではないかと思う。信じる必要は無い、ただし、別に疑わなくても良い、という程度でね」
小首を傾げ、イーヴィが多少柔らかい声色で云った。だが、それは直ぐにキッパリとしたものに戻る。
「が――〝魔法使い〟が人為的に起こしたのか、自然に起きたのかは知り得ないが――〝竜巻〟は実際に発生したのだろうと、私は考えている」
「……っ、何でですか……」
テーブルに拳を押しつけ、卓面を睨みつけたまま、ライズが声を絞り出して隊長へ問う。
イーヴィは、云いよどむ事なく返した。
「グ・ルグの襲撃故だ」
「――」
ライズが顔を上げ、苦悩の表情を怪訝そうなものに変えた。
「まあ……、彼の行動が全て、本営なり本国なりから下された命令によるもの、詳細な『作戦』として執られたものではないのなら、という前提あってのことだが」
「どういう意味です」
「籠城解除命令を告げ、物資を全て奪い、火器を使わず鈍器だけを用いて、連絡手段を不能にし、発電機を破壊する――それらの行動全て、決行時期も含めて『命令』に依るものであれば、彼は躊躇無く行えるだろう。動機が純粋に『EV隊の抹殺』だとしても」
「……?」
「しかし、そうでないなら、彼の性格からして、いくら私に個人的な恨みや嫌悪感があっても、ああいう行動は執らない……と私は思う。彼が独断で行うには、彼にとって後々『損』になる要素の方が大きい。コトが明らかになったら、幾ら私が本国から疎まれているとしても、これは流石に軍法裁判に掛けられて可笑しくない『犯罪』だ。ともすると――本国からしたら、私の抹殺が叶った上に、グ・ルグをも排除出来る好機と考えるかもしれない。こう云ってはなんだが、彼は、『軍人』としては余り成っていない人物だからな。そして、彼自身、そういう評価をされている自覚もあるだろう……、私諸共、軍と国から排除されることなど望むまい。私は彼を直情的で刹那的な性格だと評価しているが、そうした損得勘定が出来ない程ではない。『保身』に関しては計算高い」
「だからって……、どうしてそれが、サヴァナの情報を信じるっていう話になるんです……」
ライズが苦々しい声を絞り出す。イーヴィは、やれやれ、というふうに息を吐き、
「――。君はつくづく、私が話したことを、私の口から出た言葉として、受け止められないのだな……」
微かに、落胆の混じった声色で云った。再び、ライズが訝しげな、同時に、狼狽えた様子も見える表情を浮かべた。
直ぐにイーヴィは口調を冷静なものに戻して、先を続ける。
「――我が隊を抹殺するのが目的であるなら、もう少し時間が経ってからでも良かったのではないか……その疑問も併せて考えてみると、『五日前、竜巻が実際に起きた』と考える方が、私にとっては自然なのだ」
「え……」
「グ・ルグは、怨嗟や憤懣のような負の感情だけに任せてリスクを冒す程、単純でもない。しかし、目の前の『物理的』『物質的』な不利益や不満に対しては敏感だ――『臆病』と云っても良い」
「――」
「つまり……、グ・ルグがこの砦を襲撃したのは、ごく単純に『物資が消失したから』ではないかと、思うのだ。それが、タケヨシ殿が語った〝竜巻〟に因るのではないかと」
イーヴィの言葉に、隊員達はお互い顔を見合わせた。呆れたような表情もあったが、最終的には皆が皆、「成る程」というふうに、溜息をついたり小さな頷きを見せたりしていた。
「どの程度の被害があったのか知らんが……、彼の場合、『有る』ことがプラスなのではなく、『無くなる』ことがマイナスだ。設備、武器、燃料、そして何より水と食料――多少残っていたとしても、かなり失ったのであれば、相当の喪失感に襲われ、焦燥に駆られることだろう。彼の損得勘定は、先ずそれが先に来る」
「……。蚊帳の外に置かれた俺達は兎も角、少将のC3なら、補給要請はすんなり通るでしょう」
ライズが、今度は冷静な声で反論した。「サヴァナがどうこう」はさて置き、今のは、「グ・ルグの性格」というイーヴィの主観的評価を前提としたものだ。「襲撃の動機」を推測しているのだと思ったら、多少恣意的だし、弱い。




