【a5d:svn】(3) -[2]-(1)
「……あの分じゃ、早よ戻らんと、蝦さんが『変な決心』の方をしかねん」
剛義が、やきもきした声で独り言を呟き、胸の上で手を組み、左右の人差し指をクルクルと回し合わせている。
カーゴを切り離して軽くなった運搬車の乗用スペースに三人が並んでいる、運転しているのは太狼だ。フローラは〈無線機〉を手にして、サヴァナの警備隊が直近でどの方向に居るか、探りを入れていた。
「変な決心?」
太狼が前を見たまま尋ねる。
「何かどうも、俺達三人だけじゃねえで、組織を巻き込むことになるんを、後悔しかけちょる様子があった。そげん心配はねぇ、っちゅうのは、そう簡単に伝わらんのよのぅ。元々、少将とやらから襲われたんも『自分一人に関わる遺恨で隊員を巻き込んだんかしれん』っちゅうのがあった以上、ともすると、『自分一人の命で片がつくんじゃったら』っち過らんとも限らん。そりゃいけん。取りあえず、サヴァナに云うこと云うちしもうたら、俺達だけでん早よ戻らな、安心でけん」
「そげぇ気が弱なっちょるふうじゃなかったで」
「弱気っちゅうんじゃねえ。俺達は『何やってん死なんつもりで生きちょる』っちゅう脳天気な風来坊じゃけど、ああいう人は、自分の『芯』に迷いと偽りさえ無かったら、『命が惜しくねえ』っち考ゆるけん、危ねぇんじゃ――サウザーの領主と似ちょる、当代に限らず」
ふう、と剛義が大きく息を吐く。
〈無線機〉のパネルに目をやったまま、フローラがいつもの冷静な声で云う。
「『フリアイ殿に何かあったら国を潰す』と、筆頭は念を押してるのでしょう? ならば今のところは大丈夫ですよ、それは彼のような人にとって『迷い』ですから」
迷いと偽りが無い時に危ない、というのなら、迷いがある間は命を惜しむはずだ。
真ん中に座っている剛義は横目にフローラを見て、
「……花ちゃん、あんたも、それ察しちょって、コンテナの鍵をどげぇするかは蝦さん次第、やら云うたじゃろ」
「筆頭ほど、フリアイ殿の人格を惜しんで申し上げた訳じゃありません。あの方が最後まで南京錠を外すのに抵抗があるようなら、『それまでの御方』なのだろうと思いましたし、それであの砦が壊滅しても、多少夢見は悪いですが、私のせいではないと冷静に判断出来ます、私は」
「……」
「ですが、そもそも、西側にSOS発信を出来る人なのですから――自分の命というより隊員の命が危険に晒された時に、それでも南京錠を外さず、無抵抗に攻撃を受けることは無いだろうと……、私はそちらに賭けました」
剛義が、「成る程」と息を吐いた。
「まあ……、私としては、コンテナの中身にも手を出さず、かつ、〝少将〟とやらの闇討ちは撃退出来るくらいであったら、フリアイ殿の隊をかなり尊敬するところなのですが」
フローラが独り言の口調で云う。剛義が、「っち云うと?」と小首を傾げた。
「空っぽだった砦に、結構な量の物資を置いてきたでしょう。タオル、毛布、シーツ、ランプにオイル……、お二人は中身をご存知でないでしょうが、医務室には鋏・剃刀等々も置いてきました、高濃度のエタノールや毒性の強い薬品もあります。――あの隊員の方々が、ゲリラ戦や近接戦闘の知識と技術もお持ちでしたら、『暗殺者』『少人数編成の闇討ち』程度であれば、銃火器には手を出さずに退けられると思いますけど」
相変わらず冷静な――素っ気ないくらいの口調でフローラが云う。剛義は、今度は苦笑混じりに「成る程」と頷いた。
「御次代、警備隊車両が、〝川〟沿いまで来ているようです。〈通信〉は此処からでも可能ですが、姿を見せた方が良いでしょうから、もう此方も川まで行ってしまいましょう」
話題はガラッと変わったのに声色は変わらないまま、フローラが太狼に顔を向けて云う。太狼は「りょーかい」と軽い口調で返し、――陽が落ちてしまったので正確には分からないが、経度だったら大体オリバーを拾ったくらいの場所、最後の丘を過ぎ、緩やかな砂の坂を下りた。
ヘッドライトを川の方へ向け、フローラから無線機を受け取り、先ずは太狼が車を降りる。
〝川〟の向こうに、小さく仄かな、点滅する灯りが見えた。無線機から、サヴァナ独自の「応答請う」発信をする。
程なく、
「こちら、探査三号車! もしかして、太狼さん、其処に居ます!?」
と焦った声が聞こえた。
太狼は暢気な声で、
「おぉい、俺じゃあ。その声は、ジョー君か」
と機械に向かって返した。
「そうッス! 三人とも無事ッスか!? もー、何やってんスか! 〝川〟渡ったきり音沙汰無いもんだから、今、斥候総動員ッスよっ」
焦りの中に、多少憤慨した様子も混じった声だ。それを聞いて、太狼は川に沿って南側を眺める。イー・ル人には見えない、しかし、普段だったら太狼にとってもあり得ない数の光が明滅していた。
太狼は苦笑を浮かべて、
「世話かけて済まんなぁ……ジョー君、云いてぇことはあろうけん、先にちょっと頼み聞いちょくれ」
そう云いながら、トラックの方へ戻る。
「頼み? 何スか。川渡るのに、牽引した方が良い感じ?」
「いいや、違う。警備隊本部と諜報隊本部、それと義一と直接話さるるように、中継してくれんか。まだちょっと戻られんのよ」
「はあ? 何スか、それ。此処まで来てんだから、渡った方が早ぇでしょ」
今度は口を尖らせながら呆れているような声だ。太狼の方は、今度は一つ大げさに、聞こえるように溜息をつく。
「良いけん、中継せぇ。筆頭から直接云わなならんことがあるんじゃ、あんまりノンビリも出来んのよ。察しろ」
「……わ、分かりました」
今度は慌てた声でジョーが答え、ちょっと待って下さい、の後、機械を調整するノイズが聞こえてきた。
警備・諜報の本部に加え義一に、剛義から直接云うべきことがある、と太狼から云われたのだ、「よっぽどのこと」だと分からないようでは、警備隊・諜報隊員として鈍感すぎる。
太狼が運転席に戻り、一分くらいした所で、
「――タケ! この鉄砲ン玉がッ、何をしよったんか、馬鹿けっ」
と、義一の怒鳴り声が聞こえてきた。
大げさなアピールが向こうに見える訳じゃないが、剛義は風に煽られたように首を仰け反らせ、太狼は耳に指を突っ込んだ。フローラは相変わらず冷静だ。
「そげぇ怒る前に、一回くらい『安心した様子』を見せんかえ」
唇を尖らせながら剛義が返すと、父親は「ふむっ」と鼻息を聞かせてきた。
「花ちゃんも居るっち聞いちょったけん、そこまで心配はしちょらん。心配しちょらんのじゃけん、安心もせんわ、『やきもき』くらいじゃ、こっちの予定が立たんもん」
「――」
そこでフローラの表情が訝しげなものに変わり、心外、と云う風に口を挟んだ。
「失礼します、先代様。どういう意味です、私が一緒だからって……そんなに買い被られると困ります」
判らない者には全く判らない微かな違いだが、フローラの声に焦りの色が混じったので、剛義と太狼は「珍しい」と顔を見合わせた。
機械の向こうから、平然とした声が返って来る。
「いくらタケとタロが鉄砲ン玉でん、何かあったら、あんたが、首ねっこに綱付けて引き返しちくるやろ。そうじゃなけりゃ、一言連絡だけはしちくる筈や」
「……」
「あんたからも沙汰が無ぇっちゅうことじゃったら、『特に何事も起きちょらん』っちいうことじゃろうけ、そげぇ心配はしちょらんかったんじゃ」
「――恐れ入ります」
別にそれが見える訳でも無いが、先代の評価に、フローラが小さく頭を下げる。
「しかし、今は、川渡った先っちゅうだけじゃねえで、〝筋〟のことがあろうがえ。タケとタロの二人は兎も角、あんたまで『ぴゃっ』と消えちしもうたとかじゃったら、もう俺達にもどげぇしょうもねぇけの。一先ず、川に探査車並べちょいたんじゃ」
「それは……、やはり、ご心配をおかけしました、申し訳ありません。ええ、此方は三名とも無事です」
「俺達は兎も角、やら云うなや。薄情な親父じゃ」
再び、剛義が口を尖らせる。
「――で、まだ戻られんっちゅうのはどういうことじゃ。云わなならんことっちゅうのは何か、タケ」
義一が真面目な声色になって促して来たので、剛義も当代筆頭として、厳かな声で語った。
BR19砦の〝礼拝所〟に、エ=ドンとリモを除く全員が集まっていた。イーヴィとチォ以外は元々備え付けの椅子に座り、チォは車椅子に乗ってテーブルに向かっている。
〝導師〟でもある隊長、イーヴィだけが、簡易祭壇の前、孔雀と鳩の絵に背を向ける形で立ち、隊員達へ――「経典の朗読」をする時よりも冷静な声色で語りかけていた。
サヴァナから提供を受けたランプ、二つに火を入れている。此処は砦の中で一番広い空間である、二つでは、隅々まで照らすのには心許ない。
イーヴィの背後の鳩と孔雀が、神秘的に――あるいは不気味に――揺らぐ。
イーヴィが口を噤むと、隊員達はそれぞれ、膝で拳を作ったり、あるいは、「くそっ…」と呪詛の呟きを漏らしたりしていたが、脱力した様子で項垂れたのは皆同じだった。
そんな中、歯を食いしばったライズが、「どんっ」とテーブルを拳で叩いた。
「そんなの……、敵の親玉が云ったことじゃないですか、嘘かもしんねえでしょうっ……!」
震える声で吐き捨てる。
オリバーとスォ=ハムが、不憫そうに、あるいは不快そうにピクリと目を細めた。
そんなライズへ、イーヴィが冷静な声で問うた。
「何処から何処まで?」
「――」
「ライズ君、私がタケヨシ殿から聞いた事柄の、何処から何処までが嘘だと?」
イーヴィの静かな問いかけに、ライズは息を飲み、それでもキッと顎を上げて云い返した。
「〈核ミサイル〉を友軍が発射したなんてところから、俺達に不信感を植え付けて惑わせるための嘘かもしれないでしょう。そんなもんが発射されて只で済むはず無い、『何やかんや不発』なんてどう信じたら良いんです。竜巻なんてのも嘘かもしれないし、仮に本当に竜巻が起きたんだとしても、〝魔法使いども〟が起こしたのかもしれないじゃないですか!」
「――。タケヨシ殿からもたらされた情報のうち、自信を持って虚偽だと疑うことが可能な部分は、其処だけだからな」
傍で、特にスォ=ハムが不快そうに眉を寄せているが、イーヴィはライズの言葉を頭ごなしに否定はせず、小さな頷きを見せながら云った。
「ライズ君、君が『虚偽』だと訴える要素が、実際に嘘だとして、だ。そこに、我々が確実な事実だと知っている要素を足した時、現在の我が隊の全体像は完成するかね?」
「えっ……」
ジッと目を見据えて問われ、ライズがたじろぐ。
イーヴィは、ふー…と深く息を吐いた。
「タケヨシ殿の話を全く聞かずに、我らが置かれた状況、〝事実〟をただ整理した場合、ただ不可解なだけで、全体像が見えない。だから我々は、現状を飲み込むことが出来ない」
「――」




