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――隊長が葛藤に揺れているだろうことは、スォ=ハムにも分かり、彼のことが大層不憫だった――が、スォ=ハム自身は、ライズやオリバーのように、フローラの言葉を「誘惑」にも「審判」にも受け取っていない。文字通りに受け取った上で、
〝本当は隊長だって、「担保」なんか必要としないくらい、三人を信用している筈だのに〟
と……彼女にあんなことを云わせる原因になったライズへ、若干の苛立ちを感じているだけだった――。
「コンテナは西側の……あの、大きな倉庫の影にでも置いて行きますから、開けた後は、倉庫に一旦出しておくなり武器庫に収めるなり、どうとでもしてください」
最後まで顔色も声色も変えず、フローラはそう云うと振り返り、太狼と剛義へ
「では、参りましょう」
と端的に告げると、――ライズやオリバーに目を向けることもなく、その場から運搬車の方角へスタスタと歩を進めた。
フローラの声掛けに「おぉい」と返事をした二人だったが、
「これをお返ししますよ」
太狼は小走りにイーヴィへ近寄り、兵服を渡してから、「そんじゃ」とフローラの後を追った。
太狼に続くようにして、スォ=ハムが小走りに、オリバーとライズの元に近寄る。
ライズは歯を食いしばり、あの小柄な女に何も云い返せなかった自分が悔しくて拳を作っていた。
オリバーはそんな同期の背中にそっと手を当て、
「ライズ、君も砂漠で立ち往生して戻ったばかりなんだ。少し休んで、落ち着いてくれ」
「――」
「少なくとも、あのお三方は、現状、信用に値する方だと、私からも説明するから……」
「何でそんなことが云えるんだ、オリバー……! 一体、俺が居ない間に、どんな懐柔をされたんだ、相手は、サヴァナの悪魔だぞッ」
気色ばんだライズに、オリバーが溜息をつき、「だから、冷静に、落ち着いてくれ」と繰り返す。
スォ=ハムが眉間に皺を寄せ、
「そうッスよ、頭冷やしてくださいよ、ライズさん。今のはライズさんが間違ってるッス!」
階級的には上司になるライズへ、気後れもせずに吐き捨てた。
「何だと――」
「ライズさんは、何も知らねえじゃないッスか、タロさんとタケさんとハナさんが来てから、何してくれたか。三人とも、俺達を『助ける』ことしか、してねぇンスよ。ライズさんだって、砂漠で死にかけたのを助けられたのに、何でそんな疑うンスか。人質だの監視だの……良くそんなこと思いつくッスよね!」
若人が余りに脳天気な口答えをするので、一瞬ライズは呆れた顔をした後、顔を顰める。
「貴様、相手はサヴァナ、『敵』だぞ! 俺に何でと云う前に、何故、貴様の方がそんな簡単に『敵』を信用出来る」
「そんじゃあ、ライズさんは『味方』の〝少将〟から殺されかけたことには腹も立ててねぇんですか? それで命を助けてくれた『敵』のサヴァナを信用しないの方が、当然だっつうんですか?」
ライズの口調は明らかに恫喝だったが、スォ=ハムは怯まず云い返す。ライズの方がたじろいで口を噤んだ。
「ライズさんは、『懐柔』なんてヒネた云い方するッスけど、それでも、俺は『命の恩人』のタロ兄ィとタケさんとハナ姐さんには、感謝しかしてねぇッス。俺が今ボコってやりてぇのは、『味方』の筈の〝少将〟っすよ。そんな俺が裏切り者だっつうんなら、鉄拳喰らわしてくれても構わねえッスよ。そんかし、俺も久々、ガチのタイマン張らして貰いますんで!」
スォ=ハムの感情も段々昂ぶってきたのか、声が高くなり、強く握り締めた拳をライズに見せながら睨んだ。
オリバーが溜息をつきながら、
「君も落ち着きたまえ、スォ=ハム君」
先程ライズにそうしたように、今度はスォ=ハムの胸の前に腕を置いて諭す。
兵服を渡されて「あ」と微かに焦った声を出し、太狼の背中を思わず追うように一歩踏み出したイーヴィの背中へ、ぽん、と手が乗せられた。
剛義が、
「口が達者過ぎて、きちいおなごの子のようにあったろうが、勘弁しちょくれ」
とまず苦笑混じりにイーヴィへ詫びた。イーヴィは無言で首を振る。
剛義は「ん~…」と数秒何か考える顔をして、
「俺達が何か企んじょる訳じゃねえ、っちゅうのを信じち貰うだけなら、『もの』を担保に置いち行くんも、まあ、策じゃけど……。あんたの要請をちゃんと聞くかどうかで云うたら、制限時間も決めちょかな、信用がならんじゃろうなあ。何日も経って戻るんは、意味が無ぇんじゃもん」
独り言のようにも聞こえる口調で、イーヴィに云った。
「いつまでに戻っち来たら良い? 取りあえず、俺達三人は、〈通信〉飛ばしたら直ぐ戻って来るつもりじゃけど、あんたが隊員さんに話する時に俺達は居らん方が良いっちゅうんなら、のんびり戻るで?」
剛義の言葉に、イーヴィは一度俯き加減になってから、
「……夜が明けてからでも構いません」
と、溜息混じりに云った。剛義がきょとんとして、呆れたような声を出す。
「いやいや、俺達にそげぇ時間は要らんで。――そりゃまあ……、あんた達が今夜はぐっすり寝てぇけん、夜明けまで『待て』、っちゅうんなら、そげぇするけど」
小首を傾げながら剛義が云うと、イーヴィはゆるゆると首を振り、弱々しい苦笑を浮かべた。
「タケヨシ殿、今ご覧になった通り、私の隊も、完全な一枚板とは云えません」
「――」
「サヴァナの方でも、私との協定に納得行かず、貴方が筆頭であることへ不信感を持つ方が出ないとは限りません。私は、先にも申しましたが、貴方方を――戦闘のような直接の危険に限らず、内輪揉めに近い現状に巻き込んで、組織の不和まで招くことを望んではいないのです」
「……おい、蝦さん、あんた……」
何が云いたい、と剛義は目を細める。
「夜明けと云わず、もしこのまま貴方方が戻ってこなくても、私が『裏切られた』と思うことはありませんから……、タケヨシ殿、貴方は先ず、御自分のお身内や仲間、組織の安全を、筆頭として第一にお考え下さい」
「――なにや?」
イーヴィが、先程フローラから渡された鍵束を握り締める。
「完全な丸腰のままだったら、一体どうなっていたか分かりませんが、戦闘装備までご提供頂いた以上、万が一続けて少将からの襲撃があっても、我々も只で全滅はしません」
微苦笑を浮かべているイーヴィに、剛義がギュッと眉を寄せる。
「発電機やらの修理はどげぇする。一回か二回、襲撃を退けたち、砦がこげんことじゃったら長は保たん。水と食糧じゃち、本営から補給は来んので?」
「それは、貴方も先に仰った通り、隊員の回復を待つ方に切り替えます。知識のあるクォンさんが居りますから、彼の指示で修繕は可能でしょう。水と食糧も――籠城命令から引き続いて全てを奪われてしまったから皆して弱ってしまったのですが、貴方方から当面の物資は頂きましたし、今後は朝露や雨、蜥蜴・鳥を狩ったりなどして、生き延びることは出来るかと思います――そのくらいの生存技術は、我々も軍人ですから、持っています」
「……」
「――既に、ここまでして頂いたのですから、……やはり、これ以上、貴方の側を巻き込んで、この砦にご助力賜る訳には参りません。我々は我々で、内輪揉めの始末を付けるべきかと。その結果がどうであれ、決して、貴方とサヴァナに責任は無いのだと、それは、指導者たる私が必ず身命を賭して、皆を導いておきますから」
――まだ、ちゃんと伝わってはいなかったらしい……。
「よい、蝦さん」
剛義がイーヴィの胸ぐらを掴み、見上げる格好で彼を睨む。イーヴィは、意表を突かれて目を見開いた。
その様子に気付いたライズにオリバー、スォ=ハムが「ぎょっ」として、特にライズは「隊長が危ない」と、剛義へ無条件の敵意が膨らみ、詰め寄って来たスォ=ハムを押しのけ駆け出そうとした――だが、隊長とサヴァナの筆頭、二人の周囲に見えないバリアでもあるような……、第三者を拒絶する迫力が漂っていたので、「うっ」と喉を鳴らして足を止めた。
「何遍云わすんのか。身命を賭すっちや、何を云いよんか。そげな口がきかるるくらい、まだ解っちょらんのか」
「何を……」
「此処でわぁが犬死にするごたったら、俺は、『イー・ルをすり潰す』っち云いよろうが! 比喩か法螺で、おっけな口をききよるとでも思うちょったんか。暢気じゃのう! 俺は今まで、『出来るけど、やらんかった』だけぞ!」
「……」
「『国が滅んでも良いけん、ここで死んで本望じゃ』っちゅう気色になるごたったら、そん時は勝手に死ね。その後、俺がイー・ル潰してん構わんじゃろ。――それが嫌なら、砂を食うてでん生きれ」
「――タケヨシ殿……」
狼狽の色を顔に浮かべたイーヴィに、剛義が厳しい声色で云い放つ。
「そろそろ腹括って理解せんかっ――今、サヴァナの筆頭を相手にして、イー・ルっちゅう国を背負っちょんのは、大導師長じゃねえ、わぁど!」
「……っ…」
真っ直ぐに目を睨まれて恫喝され、イーヴィは思わず息を飲む――もし此処にクォンが居たら、昼間、砂の上に見た影を、剛義の背後に見ていたかもしれない……。
オリバー達にもそれは聞こえていて、それぞれが「うっ」と呻いたり、思わず拳を握ったりと、動揺や狼狽の態度を見せた。
軽く突き飛ばすようにしながら手を離し、剛義は運搬車の方へ足を向け、振り返りながらイーヴィを指差した。
「ハナちゃんはあんたの判断に委ねるようなことを云いよったが、俺がサヴァナの悪魔として背中を押しちゃるわ。いいか、蝦さん。もしや、俺達が居らん間に、〝少将〟か他の隊が襲ってくることがあったら、迷わずコンテナ開けて応戦せぇ。俺達が戻るまでは持ち堪ゆんのぞ、『命賭くる』『自決』やら考ゆんな。もしやあんたが死んじしもうちょったら、そっから改めてサヴァナの進撃開始じゃ。手始めに〝少将〟じゃ、続けて都まで全部『砂』に変えちゃるけ、覚えちょけ!」
「……」
「俺は日付変わるまでには絶対戻っちくるけんの、忘るんなや!」
一方的に吐き捨て、「ふむっ」と鼻息を飛ばし、剛義はずんずんと運搬車の方へ歩んでいった。唇を引き結んでその背中を眺め、イーヴィは、腹の上で鍵束を握り締め、数秒、頭を垂れた。
――振り返ると、オリバーにライズ、スォ=ハムが三者三様の表情で立ち尽くしている。
イーヴィは彼らに近寄り、医務室の搬送口に目線を向けて
「戻って、〝礼拝所〟に向かいなさい。――ウドゥに叱られないよう、静かにな」
ほんの微か、おどけたような声色を交えつつ云った。
「オリバー君、君は皆に集まるよう、声を掛けてくれ」
「……畏まりました」
オリバーはそれだけ承り、他の二人は隊長へ掛ける言葉が浮かばず、促されるまま、医務室の搬送口から廊下に出て行った。
最後に医務室に入ったイーヴィはエ=ドンに近寄り、囁く口調で、
「リモ君は、どんな様子だ。礼拝所には来られそうか?」
と尋ねた。
隊長の声が聞こえたのか、リモが薄く目を開けて
「あ……、集合、するんですか…」
と云いながら身を起こそうとする。それをエ=ドンが制止した。
「俺が許可しない。リモ君、君は此処で寝てなさい」
起きかけたリモの胸を掌で押さえる。戸惑いの表情を浮かべているリモに、イーヴィも「構わない」と頷きを見せた。
「ウドゥ。リモ君には、君が、私の話したことを伝えててくれるか。彼の精神衛生上宜しくないだろうと、君に判断の付く部分は伏せてくれて構わないから……、その上で『どうするか』聞いておいてくれ」
「分かった」
旧友がこっくりと頷くのを見て、イーヴィも静かに廊下へ出て行く。




