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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(3)
247/288

【a5d:svn】(3) -[1]-(4)

「だからそれは、これから全員に説明するつもりなんだ。君にだけ今、それを説明して納得してもらってからコトを開始する、その上、もう一度他の皆にも説明を繰り返すのでは、時間の無駄にしかならない」

 イーヴィは猫なで声など出さず、キッパリと云う。隊長として、「今はただ私の決定に従え」と威厳に満ちた声でライズに云い放っている。

 ライズは拳を握り締めて、奥歯を噛みしめる。

 イーヴィが剛義の方に顔を向け、

「タケヨシ殿、そちらがもう宜しければ、出発して下さい。出来るだけ早い方が良い」

 そう告げた。

 剛義は「はぁ……そうかえ?」と肩を竦めながら返したが、まだ運搬車の方へ向かおうとしない――ライズが「隊長ッ!」と大きな声をまた出したからだ。

 フローラは、ライズとイーヴィの方をじっと見つめ、太狼と剛義は顔を見合わせた。ここでイーヴィの云う通りこの場を離れたら、自分達が居ない間に、多少修羅場が生じないとも限らない――。

「隊長! 命を助けられたのは事実でも、相手は敵方です! 何故そこまで下手に出なきゃいけないんですかッ! 隊長がやってるのは、裏切り行為でしょう!」

「私は下手に出ているのでもなければ、祖国を裏切ったのでもない。君は、私がサヴァナに『寝返った』ようにでも思っているのか? それは違う。ライズ君、私は、私の目的のために対等の立場でサヴァナに要請を出し、それをタケヨシ殿が受けてくれた。一時的な協定が結ばれたというだけなのだ」

「どこが対等なんスかッ」

 ライズも、そう吐き捨ててから剛義達の方に顔を向けた。

 三人を睨みつけて、声を絞り出す。

「対等というなら、それ相応の状態が、表に見えてなきゃいけないでしょう、隊長」

「? どういう意味だね」

 ライズが何を云いたいのか分からず、イーヴィが目を細める。

「隊長が砦を『売った』訳じゃないんなら、向こうが『買った』つもりでもないことを、あの三人に示して貰うべきじゃないですか。『命を助けてやったんだからその代わり』ってつもりは無く、対等の立場で一時協定が出来たってんなら、――あの三人のうち誰かが人質に残るとか、俺達の中から一人、監視を付けるとか! それがあってこその、対等でしょう!?」

 憤怒の表情で、ライズがイーヴィに詰め寄る。イーヴィは不快そうに顔をしかめた。オリバーは、友の主張とイーヴィの信念の間で揺れ動き、何とも口を挟めずに居る。

 太狼と剛義は軽く肩を竦めただけだ。

 ちょうどその時、イーヴィと同じように苦々しく眉を寄せていたスォ=ハムの胸に――フローラが

「ありがとうございました」

 と云いながら兵服を押しつけ、一歩を踏み出した。

 ライズに何か云ってやりたくなって、口を開きながら足を踏み出しかけたスォ=ハムは、慌てた顔になって兵服を受け取る。それで勢いを削がれ、口を噤んだ。

 フローラが――砂の上で実際に音がする訳でもないが――ツカツカとライズに近寄り

「ライズ殿、貴方、何か大きな勘違いをなさってますね」

 と冷静に声を掛けた。

 斜め後ろから聞こえた声に振り返り、ライズが「う」と顔を顰める。胸の内で「またこの女か…」と呟いた。

「人質を置いたり、監視を付けさせたり。そんなことを受容してまで、()()()()()()()()()()訳じゃありません。貴方の言葉を借りれば、そこまで我々が()()()()なければならない理由など、全く無いんです」

「――何をっ……」

 ライズが気を悪くしたような棘のある声を出したが――、フローラの方は感情的になって彼に詰め寄った訳では無いことを、傍に控えたオリバーは察していた。彼女が「感情的」な時の声は、もっと冷たく、鋭利だ。

「この砦がこんな状態であることを我々が知ったのは、オリバー殿から発せられたSOSを追った故の偶々です。今までサヴァナが一度だって、イー・ル(そちら)の砦を占領したことなどありましたか」

「――ッ」

「もし、この地点の拠点が『欲しい』のなら、回りくどいことなどせず、今すぐに貴方方を皆殺しにしてしまえば良いんですよ、我々は。多少回復はなさってますが、今のように弱っている貴方方なら、()()()()()全員相手に出来ますよ。その後ゆっくり、いくらでもサヴァナ仕様に施設を改造させてもらいます。()()()()()()()()()此処を、我々が欲しがっているのじゃない。筆頭(たけよし)次代(たろう)を人質に置いてまで、貴方方の安全を保証しつつ施設の修復や情報提供をする――必要性(メリット)など、我々にはありません」

 ライズが「ぐっ」と喉を鳴らして息を飲む。彼には、フローラの冷静な声が「悪魔を思わせる程」無慈悲なものに聞こえているだろう――剛義と太狼が横目に視線を交わし、苦笑を浮かべていた。

()()、私が人質に残ることも無いですよ。残っても役に立ちません。私は自分の身が危うくなったら、人質という『役』を放棄してさっさと逃げますから」

「……」

「無論、監視が一人付く、というのもあり得ません。こちらが『そんなことをされる筋合いは無い』のもそうですし、先程、フリアイ閣下が仰ったことも鑑みて」

 そこでフローラが一度、ちらりとイーヴィの方へ目を向け、ライズに先を続ける。

「この後、閣下は隊員の皆様に、訓示か何かをされるおつもりなのでしょう。その間に我々はサヴァナの方へ要請を告げに戻る、ということなら、成る程、時間が節約出来ます。が、そこに監視がついては、その一人に閣下は訓示を繰り返すことになる。仰る通り、時間の無駄ですね」

 再びフローラがイーヴィに顔を向け、小さな頷きを見せながら云った。

 ライズは顔を顰め、フローラの冷めた目を睨みつけた後、何故か、彼女の背後の剛義と太狼の方へ、ちらっと視線を向けた。

 一体、この女がどんな役職・地位に就いているのか知らないが、筆頭と後継者も同じ場所に居ながら、好き勝手云わせているのはどういう了見だ……苦々しい顔を隊長に似た大男と年寄りの方へ向けている。それは、翻って「助け船を求めている」態度にも感じられた。

 そんなライズに気付いているのかいないのか、剛義が苦笑混じりに暢気な声で、

「口が達者な花ちゃんが居って良かったのう、俺達ゃ、弁が立たんもん」

「そげぇよのう。俺じゃったら、『まぁまぁまぁまぁ落ち着いて』しか云いきらんわい」

 太狼も、胸の前で両の掌を見せながら、おどけた溜息混じりに返す。

 暢気な会話が聞こえていた訳ではないが、筆頭とその後継者が、こちらに近づいて割って入る気配は全く無かったので、ライズは小さな舌打ちをし、再びフローラを睨みつけた――返す言葉は出てこない。

 フローラは声色を変えないまま、ライズに云う。

「しかし、ライズ殿、貴方が我々を信用出来ていない――いえ、信用する()()()()()と思っていることは、十二分に()()()()()()。よって、監視や人質というのじゃなく、別の質草――担保を出すのではどうでしょうか?」

「何……?」

 ライズが目を細める。

「筆頭。曳いてきたカーゴを切り離して置いて行くのはどうでしょう。曳いたまま往復するのも馬鹿馬鹿しいですし」

 フローラは剛義の方に顔を向けて提案した。すると、剛義が瞬きをしてから

「おぉい、それが良かろうなぁ」

 ニカッと笑って頷いた。

 そこでフローラが、完全にライズからは意識を外し、イーヴィに正面を向く。彼に近づいて、己のシャツの胸ポケットに指を入れた。

 ポケットの中から出て来たのは鍵束だ。イーヴィも、訝しげに目を細めた。

「フリアイ閣下。我々が此処に着いたとき小銃を持っていらっしゃいましたが、あれも、五日前の夜、斥候に出ていた隊が持参していたから偶々奪われずに済んだだけで、本当は、この砦と隊は丸腰と云っても良いのじゃありませんか?」

「そ……、それは、事実ですが……」

 何が云いたいのだ、と若干怯んで、イーヴィが首肯する。

 フローラが、直径五センチくらいの輪っかを摘まみ、イーヴィに掲げて見せた。

「運搬車が曳いてきたコンテナには武器装備が収められています。あれを切り離して丸ごと置いて行きますから、お納めください」

「んなっ……!?」

「何ですって?」

 声を出したのはライズとオリバーだ。イーヴィは無言だったが、それでも驚きの表情を浮かべた。

 フローラはオリバーやライズに全く意識を向けず、この隊の隊長であるイーヴィに顔を向けたままだ。

 鍵束の中で一番大きな、十センチほどの長さがある鍵を指し、

「これが、コンテナそのものに掛けている錠前を外すための鍵です。()()()()()()()()()()()()()いますが、それは開けてから置いて行きますので。他のは弾薬や銃器などを収めた箱の鍵。番号を付けていますから、然程困りはしないでしょう」

「ハナ殿……」

 イーヴィが言葉を遮るように、低く掠れた声を出した。だが、質問等ではなく名前を呼ばれただけなので――しかもそれは〝本当の自分の名前〟じゃない――、フローラは意に介さず、先を続けた。

「この南京錠と鍵について、ご説明しておきます」

 そう云うと、他と比べたらまるで玩具のように小さな――親指の爪の幅くらいの鍵と、一体何のためにその輪っかにぶら下げているのか理解が出来ない南京錠を、丁寧に摘まんだ。両方とも真っ赤に塗られている。

「現状、あのコンテナに収められた装備は、()()を持っている『我々』にしか使用出来ません、この錠と鍵は安全装置のようなものです。この南京錠を、この鍵を使って束から外したら制限が外れ、()()()でも使える()()()()()になります。後は、いつも通りの取り扱いで大丈夫です。()()()銃器としての安全装置を解除すれば良い。――貴方方(イー・ル)の軍装備と仕様は異なるでしょうが、貴方方も『兵士』という()()()ですから、直ぐに察しはつく筈です」

 フローラが一層、鍵束を突きつけるように、背の高いイーヴィの胸元に向かって腕を上げる。微かに狼狽の表情を浮かべたイーヴィは、まだ受け取ろうとしない。

「一つご忠告しておきます。この南京錠は、不可逆です。一度束から外したら、その後、輪に掛け直しても、使用制限は復帰しません。外す決断は慎重にどうぞ」

「……ハナ殿……それは……」

 今度は、何となく苦々しい声をイーヴィが絞り出す。フローラがそこで、一つ「はぁ」と息を吐いた。

「フリアイ閣下。貴方の葛藤を僅かなりとも穏やかなものにするため申し上げておきますが、この南京錠を外すという行為は、魔法を使()()行為ではありません。むしろ、魔法を()()行為ですから、貴方のアイデンティティや哲学を傷付けることはないと――私は考えます」

 イーヴィは「ヒュッ」と小さく息を吸った。

「勿論、それが『方便』に聞こえても仕方ないとは思いますから、()()()()()()()、どういう判断を下されようと、私は関知しません。単に、人質や監視に替わる担保として、鍵をお預けするだけです――ああ、担保と云いましても、後々返して頂く必要はありません、〝川〟に戻る時間を確保するため、剛義と貴方が交わした臨時的な協定を我々が守ると信用頂くための、『対価』とみなして下さって構いません」

 今度はイーヴィが、フローラの背後の剛義へ視線を飛ばす。それに気付いたフローラは、

「私の独断で申し上げているのじゃないことは、もうお解りの筈ですが。先程筆頭(たけよし)は、了承しました」

 きっぱりと述べ、早く受け取らないか、と云うふうにイーヴィの胸に鍵束の輪っかを押しつける。

 腕組みをして、その様子を見ていた剛義は、微かに口元を綻ばせていた。フローラは「葛藤を穏やかにするため」などと云ったが……むしろ、イーヴィにとって煩悶と苦悩のネタを与えたようなものだろう…。

 フローラの冷静な声が、ライズには「悪魔の誘惑」のように聞こえていた、オリバーには「神の審判」のようにも聞こえた。

 そしてイーヴィは、()()()()()()天秤を激しく揺らしている。

 イーヴィがゆっくりと、何か落ちてくるものを受け止めるように、あるいは何かを捧げるように、両掌を上に向けて胸の前に置いた。フローラがその上に鍵束を載せる。

 傍から見ていて、「偉大な何か」が「何か」を授け、イーヴィはそれを「賜った」、そんな光景だった。

「――お預かりします」

 ぎゅっと鍵束を握り締めたイーヴィの声は掠れており、苦しげなものだった。


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