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それぞれが二~三往復ほどしたところで、次の荷から三人とも医務室を目的地にして良い状態になったので、それまで一方的に剛義が決定事項を告げていただけだったのが、仕事しながらでもまともに会話出来るようになった。
「……ちゅうわけで、縁あってしばらく、この砦に身を置くごとなった」
太狼の表情には特に変化が無かったが、フローラは――陽が落ちかけてきたのでゴーグルは額の上に退けている――小さく眉間に皺を寄せた。
「花ちゃんは嫌かい? 紅一点じゃしな、あんたは戻ってん良いで」
剛義が云うと、フローラは眉間の皺を深くし、
「そういうことじゃありません。だったら、筆頭が戻られるべきです。リスクが高すぎるでしょう」
「リスクを上回るリターンがあるじゃねえな。センソーが終わらん限り、〝筋〟を砂漠側から見られんかったんが、もうから川渡ったところで見らるるんで」
「戦争が終わった訳じゃないのが問題なんじゃないですか。筆頭、SOSへの応答は、もう済んでいると考えて良いと思いますよ? 本来なら、そろそろ敵方同士に別れるけじめを付けて構わないタイミングです。この先はもう『一蓮托生』の範囲になってしまいます――万が一、イー・ル軍本営に、このEV隊と我々が接触していることを知られたら、纏めて抹殺されかねません」
「そん時ゃ、俺は今度こそイー・ルを潰す」
微かに苦言の声色も交えてフローラが云うと、剛義は随分素っ気ない声でそう云った。フローラはたじろいで絶句する。
「花ちゃん。……俺がこの砦に残る目的はもう一つ、蝦さんを『守る』っちゅうのもあるんよ」
「――」
「俺もここで犬死にするつもりはねぇけん、この世で死ぬような目に遭うごたったら、とっとと逃ぐるわ。けど、蝦さん達は、何処にも逃げられん。危ねえのは、蝦さんとその隊員達の方じゃろ」
「それはそうですが……」
「太狼、わぁも覚えちょけ。――悪漢の少将だか、本営だか大導師長だか、どれでん構わんが、イー・ルが蝦さんを抹殺することがあれば、俺はイー・ルを潰しちゃるつもりじゃけんの」
きっぱりというより、あっさりとした剛義の言葉に、太狼は返答をせず、ピクッと目を細めた。
そんな倅に剛義も念押しなどはせず、ただ、自分の決心を宣言しただけだった。
フローラが眉間に皺を寄せ、
「……戦争の目的が変わってしまいます。専守防衛が、サヴァナの方針じゃなかったんですか」
そう云うと、剛義は「ふん」と鼻息を飛ばした。
「俺は、蝦さんをこげん所、こげん経緯で死なすのが我慢ならん。あの人は、この世に〝居らなならん人〟じゃ。居らなならん一人を、〝居ってん居らんでん同じ一万人〟が見殺しにするっちゅうんじゃったら、俺はイー・ルっちゅう国を世界から消しちゃってん、何の呵責もあらせんわ。まして、居らんでいい、いや、何なら居らん方が良いくらいの大導師長が、居らなならん蝦さんに死ねっち云うんなら、尚のことじゃあ」
「――」
「俺はイー・ルを欲しゅもねぇけ、奪るつもりもさらさら無ぇ。じゃけん、跡形も無く潰す、っちゅうんじゃ。そん時、俺は名実ともに『悪魔』っちゅうことになろうけん、難癖付けられて気が悪ぃっちゅうこともねぇなろうで」
剛義はそう嘯くと、冷たく口角を上げた。
フローラが首を横に振り、「何を仰るんです……」と溜息混じりに呟く。
そんなフローラに、太狼が苦笑を浮かべ、
「やれやれ、花ちゃんは冷静なおなごしじゃけど、悲観的な方に入るとそればっかしになるけんのう」
大げさに呆れた声を出した。
どういう意味だ、とフローラが訝しげな顔を見せる。
太狼は小さく肩を竦め、まず剛義へ、確認するように声を掛けた。
「お父、俺にも覚えちょけやら云うたが、それは、わぁに何かあったら、俺も引き継げっちゅう意味かえ」
「――何が何でも継げ、とは云わんで。わぁも俺と同しこと思うんじゃったら、そげぇせぇ」
「ふん、まぁ、それはそんときに考ゆるわ。――花ちゃん、そげぇ悪ぃ方に考えんで良かろうがえ。お父は、『イービーさんがこげんとこで死んじしまうことがあれば』っち云うたじゃねえな」
「……」
苦笑混じりのまま太狼がフローラに云うと、フローラは眉間の皺を消して、「あ……?」と息を吐く。
「じゃあけん、死なさんように『守る』っち云いよんじゃ。お父じゃち、イー・ルを潰したい訳じゃねえ」
「そうよ、そげな面倒なこと、本当は俺もしとねぇんじゃっちゃ」
太狼の言葉に引き続き、剛義も念を押すように頷いた。
フローラは、ふぅっと息を吐いた後、「失礼しました」と神妙に会釈する。
「蝦さん自身は、俺達がここに居る状態でイー・ル軍と戦闘に入るのを、避けたがっちょるんじゃけどな。そげんことなったら、あの人自身の目的が潰るる――本国・本営がどういうつもりで此処を放っちょんのか曖昧になっちしまうのもあるし、俺達を危険に晒しとねえ、とも考えちくれちょる。けど、俺自身は、戦闘を避けたせいで蝦さんが命落とすっちゅうことになら、それも我慢ならんけの。本人が死んじしもうたら、何がどげぇなってこうなったんか有耶無耶になったち、どげぇでん良かろうがえ。じゃったら、曖昧も有耶無耶も無ぇごつ、俺が国ごとすり潰してん同じじゃ」
「――」
「『今、命賭けるような真似はすんなや』っちゅう意味で、蝦さんにももう、『何かあったらあんたの国を潰すど』っち云うちょる。じゃあけ、二人ともそれを覚えちょけ。あのお人が、よっぽど自分自身の尊厳で『もう良い』『此処だけが自分の死に場じゃ』と思うんじゃねえ限り、自決も許すな。本人がどげぇ自分でそれを受け入れちょろうと、『イー・ルから殺される』と思う状況じゃったら、俺達は守る。本当に殺されたら、イー・ルを潰す」
剛義のきっぱりした声に、太狼は「応」と同じくきっぱりした声で答え、今度はフローラも冷静に「そうですか」と答えた。
最後の一箱ずつを医務室に持っていき、太狼と剛義は処置台へただ置いた。中身の詳細が分かっているフローラは、最後の一箱を直ぐに開け、エ=ドンに「一先ずこれは棚に収めておきます」と声を掛けた。
「他の箱も――専門家でなくては扱えないような医薬品、劇薬に入る部類のものは、今のうちに私が整理しておきましょうか?」
「ああ……、それは助かります」
エ=ドンの足を一瞥し、フローラが問うと、軍医は感慨深げに頷いた。
それでフローラが幾つか箱を開けて棚に陳列を始めたので、太狼と剛義の二人は搬送口の近くに立ち、彼女が一仕事終えるのを待った――と、太狼は、自分がまだイー・ルの兵服を着ているのに気付き、取りあえず脱ぐ。
「お父、俺の半纏は?」
「トラックに投げちょいた」
「そげぇか」
そんな会話を交わし、兵服を腕にぶら下げたまま――イーヴィの方が一区切り付くのを待った。
医務室に入ってきたときから、彼が部屋の隅で、主にライズと言葉を交わす声が聞こえていた。お互い「随分速い球」で会話のキャッチボールをしている気配があった。
フローラが陳列を終えて筆頭と次代のもとに近づき、太狼の姿を見て自分も兵服のボタンを外し始めたところで、
「――俺は納得出来ません! 断固反対です!」
大きな声に、「ガタン!」とスツールの倒れる音が続いた。
ストレッチャーに横たわったままだったリモが、閉じていた瞼をビクッと開き、弱々しくそちらに顔を動かそうとした。そんな彼を椅子に座ったまま見下ろしていたエ=ドンが
「君は気にしなくて良い」
と彼の頬に軽く手を当てた後、大きな声が聞こえた方へ険しい顔を向ける。
リモの顔を心配そうに見ていたスォ=ハムも驚いてそちらに目を向け、当然、サヴァナの三人も注目した。
「おい、ライズ――」
「ちゃんと説明してください!」
ライズが掴みかからんかの勢いで、イーヴィに詰め寄っている。オリバーがライズの胸の辺りに腕を差し出して、制止しようとしていた。
「うるさい。黙れ。医務室で騒ぐな、出てけ」
其処に、とてつもなく鋭い声が割り込んだ。
エ=ドンがイーヴィ達三人の方へ、鬼の形相を見せている。
それでライズも、バツが悪そうに「う」と口を噤んだ。
イーヴィが代表してエ=ドンへ「済まない」と声を掛け、オリバーとライズを、搬送口の方へ促す。
すると、そこまでの会話を耳にして気になっていたからか、スォ=ハムも、エ=ドンに「リモを宜しくです」と声を掛け、隊長達を追った。
そしてサヴァナの三人も、今此処に居る必要性は無くなってしまっているので、自然と医務室を出る。
太狼がコソコソと剛義に耳打ちをした。
「優しい人ンごつ見えちょったんじゃが、あの軍医さんも、随分怖ぇのう」
「そうじゃのう、俺も驚いた」
無線を介して話をしている間とその後の会話から、剛義もエ=ドンを温和な人物だと思っていたのだが、先程の叱責はまるで、氷の錐でも投げつけたかのように鋭く怖ろしい響きを持っていた。
そんな二人の会話に、フローラが、
「お医者様とはそういうものですよ」
とあっさり云った。
「医者やナースが〝神の手〟〝白衣の天使〟〝聖職〟であるのは、患者に相対した時だけですよ。治療の妨げになる健康体――いえ、患者本人であっても、治療を邪魔する者に対しては〝鬼〟となって当然です。エ=ドン大尉は、優秀なお医者様ですね」
フローラが云うのを聞いて、太狼と剛義はやけにしみじみと「成る程」と頷いた。
医務室の搬送口から少し離れたところに立ち、再びライズがイーヴィに詰め寄り、オリバーが二人の間で仲介人の様に寄り添っている。
サヴァナの三人は、本当はもう、一旦〝川〟へ戻るべく出発しても良いのだが、成り行き上、彼らから少し離れた位置で推移を見る羽目になった――太狼はイーヴィに兵服を返す機を逃してしまっているし、剛義の方はイーヴィへ「では行ってくる」の宣言を一応しておかねばと思っていたので――。
スォ=ハムは、立場としてはサヴァナより「そっち」寄りなのだけども、上司達の会話に入ってはいなかったからなのか、自然、太狼の隣りに立って、若干眉を寄せながら、イーヴィ達の声に耳を澄ませている。
太狼がスォ=ハムへ、
「何があった?」
と小さな声で訊く。スォ=ハムは、太狼の顔を見上げ、同じく囁き声で、
「俺も詳しくは知らねえッスけど、――イヴ隊長が、タロさん達に、一度、川か平原の方まで戻って、修理出来る人とかを呼んでくれって、頼んだんでしょ?」
「ああ……、まあ、頼まれた……んで良いんじゃろ?」
太狼が剛義に回答権を移す。剛義が「いい」と頷いた。
「ライズさんは、それが納得出来ないみたいッス……。タロさん達を、まだ疑ってるっていうか……」
「――SOSに応じてくれたのは感謝して然るべきでしょうけど、それで何故、この砦を売るような真似までしなきゃならないんですか! 俺には納得出来ません」
ライズの、怒っているような焦っているような声が聞こえる。体の脇で、両手が固く拳を作っていた。
イーヴィが目を細め、
「砦を売るなどと。そんなことを、私がいつ云ったね、ライズ君。私は対等の立場で、サヴァナの筆頭殿と、一時的な休戦と互いの要請事項を飲んだだけだぞ」
渋い声で答えると、ライズはやはり一歩踏み出した。オリバーが慌ててライズの胸の前に腕を入れる。
「どこが対等なんスか! SOSに対しての助けは、もう受け取り終わってるでしょう! ここまで来たらもう、再び敵に別れるけじめをつけて構わないはずだ、それがどうして、一時休戦、互いに協力なんて話になるんですか! 説明して下さい!」
それは先程、フローラも剛義に問うたことだ。ライズが己の隊長に説明を求めるのは当然のことだ――フローラは冷静な顔つきで、そのやり取りを聞いていた。




