【a5d:svn】(3) -[1]-(2)
幌の口まで来て、フローラが、先程スォ=ハムに予告していた内容を太狼にも告げる。
「私とスォ=ハム殿が担架を敷きますから、御次代はストレッチャーに移すときに、足の側を支えて下さい」
すると太狼は小首を傾げ、
「中に入れた時んごつ、もう俺が抱えた方が手っ取り早ぇんじゃねえんな」
と云うと、フローラは首を振った。
「あの時は退っ引きならない状態だったから構わなかったのですが、今は好ましくありません」
かなり衰弱して意識が朦朧としていた当時と違い、今は容態が安定して、うとうとと微睡んでいるだけだ。峠を越えたとは云え安静にさせておきたいのも事実であるから、乱暴な扱いで驚かせたくないのもそうだし、仮に目を覚ましたとして、今度は確実に「お姫様抱っこ」へ恥辱を感じもするだろう。
太狼も「成る程」と納得し、小柄なスォ=ハムとフローラが幌の中で、リモの体の下に担架の布を敷き入れるのを待った。
フローラの指示に従い、慎重に作業していたつもりだったが――眠っているようだったリモが薄く目を開き、
「すぉ、はむ君…?」
と頭の上にある彼の顔を見て呟いたので、スォ=ハムは少し焦った顔をし、
「御免、起こしちゃったのか? このまま医務室に運ぶから、寝ててもいいよ」
そう云った。
「此処……何処……ノ・ウーじゃないの……?」
「砦だよ、リモ、おまえ、助かったんだよ」
同朋が助かった喜びで浮かれそうになる声を抑え、スォ=ハムが云う。すると、リモが抑揚の無い声を出す。
「何で……? 俺……もう絶対、駄目だと……このまま、故郷で死ぬんだと、思ってたのに……」
「冗談じゃねえ、死んで堪るか。――余計なこと考えずに、おまえは寝てろ。そんかし、諦めないようにしっかりしてろよ」
今度は、憤慨を抑えた吐息混じりの小さな声で云うと、
「無茶を云うよ……」
とリモが薄く目だけで笑み、その目をまたゆっくりと閉じた。
フローラとスォ=ハムが頭の側、太狼が足の側を支えて慎重にストレッチャーへ乗せ、医務室に入ると、診察台の近くでエ=ドンが椅子に座って待っていた。
部屋の奥の方で、ライズがスツールに腰掛け、その傍らにオリバーが立ち、二人の前に立ってイーヴィが何か話しかけていたが、そちらの視線も一斉にストレッチャーの方へ注がれ、イーヴィの声も途切れる。
フローラが、三人の方へ掌を翳し、
「大佐、リモ殿は出来るだけ安静に保ちたいので、彼に今、それが労いであっても声を掛ける必要はありません。こちらは気にせずどうぞ」
と素っ気ない声で告げる。イーヴィが目に微苦笑を浮かべて、小さく頷き、ライズに向き直った。
エ=ドンが一瞬腰を浮かせようとしたが、結局立ち上がらず、フローラへ、
「有難うございました、ハナ殿。心より感謝致します」
と座ったまま深々と頭を下げる。
フローラは軽く首を振り、
「可能な限りのことをやっただけです。――それで、如何致しますか。診察台に移動させましょうか?」
大きなランプの真下にある台を一瞥し、冷静な声でフローラが云うと、エ=ドンは「いえ」と返した。
「そうすると、またベッドに移動させるのが難儀になりますし、ランプが今使えない以上、この処置台に乗せても意味がありません。私の足がこの通りですから、ストレッチャーの方が高さを変えられて良いです、そのまま寝かせておいてください」
「ああ……、そうですね」
エ=ドンが足首を見せるように軽く膝を伸ばす。もっともだ、とフローラが頷きを見せ、リモを寝かせたストレッチャーを診察台に沿わせるように移動させる。
エ=ドンの座っている椅子がキャスター付きであることに気づき、
「大尉殿、救援物資の中に、一台だけですが折りたたみの車椅子があります。取ってきましょうか」
とフローラが相変わらず冷静に尋ねた。
エ=ドンの方は意表を突かれたふうに目をぱちくりとさせた後、まず「お気遣いありがとうございます」と礼を云い、先程と同じようにそれを辞退した。
「いえ、私はこの椅子で充分です――が、お貸し頂けるのでしたら、チォ君に持っていってくれませんか。彼もまだ、立つだけでやっとでしょうから、移動時に困ると思いますので……」
それにも「成る程、承知しました」とフローラは頷き、
「他に何か、私に手伝えることはありますか」
と確認した。
「今、目の前で加勢が必要なことはありません、リモ君も安定しているようですし……。――ただ……開き直って図々しいお願いを申し上げますが、まだ搬入していない保健・医療物資があるようでしたら、一通りご提供頂けませんでしょうか。棚の中の物を一切合切奪われたので、清掃用の洗剤や消毒アルコール、鎮痛剤、ガーゼや包帯等々、たった今必要な訳ではないけども、今後を考えたら無いと困るような物資が完全に無くなってしまっているもので」
「分かりました。――では、御次代、今度はそちらを手伝ってください。下ろせる荷物が、それなりの数あります」
一瞬恐縮そうな表情を浮かべながらも、真摯にエ=ドンが云うと、フローラはこっくりと大きく頷き、太狼を一瞥して直ぐに出て行った。
太狼も「おぉい」と返事をしたが、スォ=ハムが傍で「自分はどうしたら良いだろうか」と戸惑った顔をして、エ=ドンと太狼へ交互に視線を向けた――フローラにも一度視線は向けていたのだが、彼女はスォ=ハムに意識を向けることは無かった――。
太狼が、
「こっちを手伝う必要は無ぇ。さっきの様子からすると、リモ君は君の友達じゃねぇんな。彼に付いちやっちょら良いんじゃねえか?」
スォ=ハムの肩を軽く叩いて、そう云う。
それで、スォ=ハムがエ=ドンに顔を向けると、彼は軽く頷いて、
「今、クォンさんとウィト君が、特に君の手を必要としていないのなら、此処に居れば良い。――が、後でイヴが全員を集会所へ呼ぶだろうから、その時はそっちに行きなさい」
そう答えた。
スォ=ハムが「分かりました」と頷くのを見て、太狼も遅れて医務室から出た。
太狼がフローラの背中を追いかけると、彼女の傍らに剛義も居た。追加して荷を下ろすことになったのを、フローラは剛義に告げ、剛義もそれを手伝うことにしたらしい。
背後に近づいた太狼に気付き、フローラが冷静な声で、
「筆頭殿、先程のお説教の続きは、今のうちに済ませてください。時間が勿体ないので」
と剛義に云った。「おぉ、そうじゃの」と剛義が答え、太狼は渋面を作る。
歩きながら、剛義は眉を寄せて倅へ指を突きつけた。
「太狼、わぁ、イー・ルが〝この層〟んことしか全然知らんと思うて、気ぃ抜いちょったろうが。『知っちょるか知っちょらんか』と『見ゆるか見えんか』は違うのど、まだ身に染みちょらんかったんか、この半人前」
何のことだ、と太狼は一層苦虫を噛みつぶす。
――フローラの方が、太狼より先に察するものがあり、「あ」と小さな声を出した。
「ああ……、もしかしてクォン殿が、『見えてしまう』人だったのですか? 筆頭、そういうお話をなさったのですか」
「花ちゃん、その場に居ったんか」
おや、という顔をして剛義が尋ねると、フローラは「何とも云いがたい」というふうに小首を傾げた。
「筆頭が仰っている『その場』が何処なのか、完全には合点出来てませんので、推測でしかありません。――御次代、『あの時』じゃないですか? 他の方の手前、クォン殿は何かごまかすような素振りでしたが、あの方、『見えて』たんじゃありませんか」
それを聞いて、太狼が「ん」と目を細めた後、親父の小言が理解出来、バツの悪い顔をした。
剛義がフローラにも渋い顔を見せたので、彼女は先回って――特に反論の口調では無く平常通り淡々と――云った。
「私がその場に居たと云っても、確信は持てていません、筆頭。何故なら、私には『見えて』なかったんですから」
「……」
「クォン殿も、『それ』を指摘せず、見慣れない大柄な男性が現れて驚いた、と弁解していましたので、私が御次代に苦言を呈す場面ではありませんでしたもの」
「――そうか」
剛義は腕を組み、溜息混じりに頷く。
「花ちゃんも見えちょらんかったに、見えたんか……。やっぱり、コンさんの目は、相当の『天然物』じゃな」
独り言の口調で剛義が云うと、太狼が再び軽く口を尖らせたが、そんな倅に
「そうは云うてん、コンさんが見たんはわぁだけじゃ、『俺』には、全然見ちょらんのじゃけんの。わぁが一人前じゃねえのは実際じゃ」
渋い声で父親は釘を刺す。
今度は小さく首を竦め、「すんません」と返す太狼だった。
トラックの荷台にはフローラが入り、まず剛義へ、小さく軽めの箱を渡した。太狼には、大きさはそれほどでもないが少し重みのある箱を渡して、自分は折りたたみの車椅子を脇に抱えた。
太狼がきょとんとした顔をして小首を傾げ、
「花ちゃん、俺がそっちを持った方が良うねぇか」
と云いながら、フローラが抱えた車椅子を顎で指した。一番嵩張っているものを小柄な彼女が持っている。
フローラは「いえ」と軽く首を振る。
「〝チォさん〟の部屋を知っているのは私ですから、このまま其方へ行きます。お二方は、その荷物を取りあえず医務室の処置台へ置いて下さい。――御次代には仕事をした気にならない大きさでしょうけど、それ、薬品の瓶が入ってますから、慎重に運んで下さい。筆頭にお渡しした方にも経口薬が入ってますから落とさないように――医療用の物資は繊細に扱う必要がありますから、複数個を一緒に持っていくのは、万一取り落とした時等に勿体ないし危険なので、手数ですが、一個口ずつ、何度か往復した方がよいと思います」
太狼だけでなく剛義にも丁寧に説明した。専門知識のあるフローラがそう云うのだから、二人とも「そげぇか」と返した。
「まぁ、この後の段取り話すんも、何か役に立つ仕事しながらの方が良かろうしな」
剛義が独り言つように云い、太狼の方はフローラの説明に納得は出来たものの「しかし、それにしても」という困った顔をして、自分の手にした箱を一度見下ろす。
そんな倅に剛義が微苦笑を漏らした。フローラは「そんなこと」を一切気にしないが、太狼や自分にだって、大なり小なり「見栄」というものがある。明らかに小柄な女が嵩張る荷物を「うんしょ」と持っている時に、同性と比べても大柄な自分が、お手玉だって出来そうな嵩の荷をちんまりと持っているのは気持ち悪いのだろう。
「太狼、その箱は一回置け。花ちゃん、太狼には先に、コイツじゃねえと持たれんようなもんから下ろさしょう。こんめなんは、それが終わってから持たせよ」
「と云うと……」
フローラが首を傾げる。剛義は彼女に答えは返さず、太狼へ、
「太狼、わぁは発電機と燃料、投光器を下ろしよ。砦の西の方、東側から見えんごと、隠す位置に置いちょけ」
そう云うと、太狼は「願ったり叶ったり」と云うふうに大きく頷き、「おぉい」と荷台に乗り込んで箱を危なくない場所に置き直すと、発電機のハンドルを手にした。
フローラが荷台から降り、筆頭に向かって尋ねる。
「発電機や投光器まで提供なさるのですか? 特に投光器は、大佐の方針からすると、結局不要なものになるのでは……」
「それはそうなんじゃけどな。蝦さんも、要るかどうかまだ分からんらしいが、この後の段取り考えたら、車に載せたまんまにしちょくのも馬鹿らしいんよ、下ろしちょくだけやったら、今下ろす方が良いわ。――災害用に用意しちょったトラックそのまま乗って来たろう? 赤子のむつきやら粉ミルクやら以外は、全部下ろしちょいても良いくらいじゃ」
「段取り?」
太狼も発電機をぶら下げて荷台を降りた。再び首を傾げたフローラと太狼へ、
「それは追々な。バラバラに動きよると説明がされんけん、医務室の前を待ち合わせ場所にしちょこうか、一個仕事する度、彼処に戻っち来よ」
剛義が搬送口の方へ顎をしゃくる。
分かった、と頷いて、太狼とフローラは西側の玄関の方へ、剛義は医務室の方へ向かった。




