【a5d:svn】(3) -[1]-(1)
陽が傾いてきた。二人の影が、ノ・ウーの谷へ向かった部下達を追うように東へ延びようとしている――完全に夜になる前に戻って来て欲しいものだと、サヴァナの筆頭、EV隊隊長二人共に、口には出さず同じ事を考えている。
黄褐色の砂が赤みを帯びてきて、イーヴィと剛義の影はゆっくり背を伸ばしていく。いよいよ二人とも、そわそわとしてきて、
「……陽が沈んでしまう前には、戻って欲しいですね」
イーヴィは、とうとう、口にしてしまった。隊長である自分は落ち着いて構えていなくてはいけない、この手の言葉は「不安」を表に出すことになるから、口にしないように意識していたのだ。
「そうじゃのう……」
剛義の方も、顎を擦りながら一瞬眉を寄せる。
――と、砦の中から、
「隊長――あれ? イヴ隊長ー? 外ですかぁ?」
そんな声が聞こえて、イーヴィが振り返ると、スォ=ハムが戸口から顔を出した。
「何かあったのかね?」
表情を平静に保ちイーヴィが尋ねると、「良くないこと」が起きた訳では無いらしく、スォ=ハムは何となく笑んでおり、
「R2が、あと十分くらいの位置まで戻ってるみたいッス。今のうちに何かやっておくことがあったら云って下さい」
声も明るく、隊長へ告げた。聞いたイーヴィの口角も微かに上がる。
「おぉ、そうか――じゃあ、ウドゥに声を掛けておこう。君達に、今のうちにやっておいて貰うようなことは無いが……、いや、そうだ――」
独り言の口調で呟いた後、少しばかり真剣な顔になって、戸口に立っているスォ=ハムに近寄った。
「オリバー君達が出発する前に、少し話しただろう。応答請う発信は、まだやっているのかね?」
「あ、はい。機械的に、今それ止めると、R2やT1との連携も出来なくなっちまうんで……。如何にも動力が切れたふうに、って隊長が仰ったので、おやっさんとウィトさん、オリバーさん達が戻ってから、そこんとこ調整するって云ってました」
「ああ、そうか、覚えててくれたんだね。うむ、彼らが帰ってくれば、取りあえず車両が必要になる可能性は無いから……適当な時機を見計らって宜しく頼む。――ただ、そんなに急ぐ必要は無い、と伝えてくれたまえ」
「え、そうッスか?」
スォ=ハムが、意外そうに目を見開き、首を傾げてみせた。
「ああ。――容態が思わしくないらしいリモ君は医務室に直ぐ収容して、ウドゥには彼を診てて貰う予定だが、それ以外の隊員達に話しておきたいことがあるんだ。全員に集合を掛けることになるからね……――その機械的な調整というのが、途中で手を止められる作業なのなら良いんだが、集中して纏まった時間が必要なものであるなら、オリバー君達の帰還直後に始めるのは止して、君達も待機しててくれ」
「は、はい……分かりました」
イーヴィの表情と声が、より真摯なものになったので、スォ=ハムも緊張の面持ちを見せ、敬礼を返してから中に戻っていった。
玄関を入るより医務室の搬送口を使う方が手っ取り早いので、そちらに向かったイーヴィの後をついて行きつつ、剛義が声を掛ける。
「全員に集合掛けて、っちゅうのは、例の話をするんやな?」
「……ええ、そのつもりです」
「ふん、……じゃあ、その間に俺達は、川まで戻って連絡取るか。――それとも、俺はその場に居って、『五日前』のこと話すのに補足した方が良かろうか?」
イーヴィはほんの少し何か考える顔をした後で、首を振った。
「いえ、それには及びません」
「そうかい?」
「はい。私が飲み込んだ貴方の話を、私の口から語る方が、この場合は良いと思いますので」
「――そうか」
力強くキッパリとイーヴィが云い、剛義もこっくりと頷いた。
事実を経験した当人から他に情報が「伝わる」時――特にそれが口伝だと尚のこと――、「間」が増えるほど事実が変質するということを、剛義も、恐らくイーヴィも、理解している。
但し、今は状況が変則的である、「事実を経験した当人」が、EV隊にとって「敵方」だ。ただその一点だけで、「信頼度」が最初から薄まってしまう――口伝の回数による変質より、そちらの方が問題だとイーヴィは判断したのだろう。
「ですからタケヨシ殿も、タロー殿、ハナ殿と共に、サヴァナの方へ向かって下さい。――其方でも、筆頭である貴方の口から直に要請して下さった方が良い筈ですから」
「うん。それもそうじゃ」
現段階で自分に何かやることがあるとも思わなかったので、剛義は医務室の搬送口の前で、多少そわそわしながら東の方角を眺めていた。そちらはじわじわと宵の色が滲み始めている――今こちらに向かっている筈の車を、夜が捕まえようとしているようなイメージが過る。
……と、剛義の耳にエンジン音が先ず聞こえ、その後、砂の中に小さな人工物が見えた。
思わず笑みを浮かべて、
「蝦さん、戻っちきたで!」
医務室の搬送口に向かって、歓喜の混じった大声を出す。
それが聞こえたイーヴィも、笑みを浮かべてエ=ドンに頷きを見せ、搬送口を開けたままで留めておき、近くのストレッチャーを直ぐに出せるように準備した。砂の上で車輪が沈まないよう、前もって搬入口の前に板も敷いておく。
段々と近づいてくる車両は、剛義は初めて目にするものだった。ということは、あれが砂漠で立ち往生していたT1車か。
運転席に、太狼の姿が一人だけ見えた。それが分かるくらいのところで、スピードが段々落ちてきて、救助に向かったR2車が、後ろから追い越す形になった。
打ち合わせは向こうでも出来ていたのか、太狼が窓から顔を出し、
「よい、お父! 医務室っちゅうのは其処じゃろ? ケツ付けるけん、ナビしちくりぃ」
剛義に向かってそう叫んだ。「おぉい」と答えて、幌の出入り口を医務室の搬送口に向けようとする太狼に「おーらいおーらい」と声を掛ける――障害物は全く無い砂漠であるから、左右を見てやる必要は無い。後退し過ぎさえしなければ良いのだから、「停まれ」と云うまで、それ以外の言葉は必要としないのだが一応――。
イーヴィが出していた板に合わせて、剛義が「ええど、停まれ」と合図する。車は素直に止まり、その時、T1車を避け、本来の玄関と医務室の間くらいにR2を一旦停めたオリバーも下りて近づいて来た。ストレッチャーを押して搬送口から出て来たイーヴィへ、先ず敬礼を見せる。
と、発信機で既に到着しかけていることが分かっていた上に、クォンとウィトが揃っている以上、工兵として出来ることがほぼ無いため――自発的になのか師匠に云われてかは判らないが――スォ=ハムも玄関から駆け足で出て来て、医務室周辺は随分と賑やかになった。
幌から顔を覗かせたフローラがオリバーに気付き、
「オリバー少尉、ライズ殿が下りるのに手を貸して差し上げてください」
と彼に顔を向けて云った。
オリバーが「はい」と素直に応じ、フローラと入れ替わりに中腰で姿を見せたライズへ手を伸ばしたが、本人はふて腐れたような顔をして、
「エスコートなんぞ要らん」
と素っ気ない声を出した。
オリバーは一度微苦笑を浮かべると、直ぐに真面目な声で、
「しかし、普段のように飛び降りるのは危ないぞ」
と忠告する。ライズは黙ったまま、一旦荷台に腰掛け、片方ずつの足で慎重に砂を踏みしめて幌から出た。
俯き加減に目を閉じ、自分の呼吸音を確かめるように、三度ばかり深呼吸したライズへ、オリバーは「大丈夫か」と声を掛ける。
ああ、と答えて、ライズは顔を上げ――ストレッチャーの近くに立っている隊長に近寄り、踵を付けて直立すると、敬礼を見せた。
「――ライズ・モーム、只今帰還致しました。……恥ずかしながら、隊長より賜った任務は失敗に終わりました。申し訳ありません」
絞り出すような声でライズが隊長に告げ、傍でそれを聞いていたオリバーは、不憫そうに眉を寄せていた。
イーヴィはゆっくりと首を横に振り、諭すようにライズへ云う。
「君が任務に失敗したんじゃない。私の命令がそもそも的外れだったことが判明したのだ。君が悔やんだり、謝ったりする必要は無い。謝らなくてはならないのは、君達を危険な目に遭わせた私の方だ」
「――?」
訝しげに目を細め、何か問いたげなライズに答えは返さず、
「ライズ君。君に聞きたいことがあるんだ。成功・失敗という『結果』じゃなく、『経緯』を報告してもらいたい。――君はある程度、回復しているようだね……、リモ君を収容したら、ウドゥが彼に掛かりっきりになる、今のうちに、健康状態を確認して貰っておきなさい」
そう云うと、イーヴィは搬送口を手で指し示し、中に入るよう促した。
一瞬戸惑いの表情を浮かべたライズだったが、オリバーも彼の顔を覗き込んで軽く背中を押す。
恐れ入ります、と小さな声で呟いて、隊長と副隊長から促されるまま、ライズは医務室に入った。
ライズが幌を出、軍人が軍人らしいやり取りを始めるのに関心は見せず、フローラは近くに居たスォ=ハムへ、
「スォ=ハム殿、手を貸して貰えますか?」
と尋ねた。スォ=ハムは「勿論」と大きく頷く。幌を覗き込み、
「何したら良いッスか。何か、取ってくる物とかありますか」
と中に乗り込む前に尋ねた。
「必要な物は揃っているから大丈夫です。――あ、太狼は未だ運転席から降りていないのでしょうか。呼んで貰えますか」
それを聞いて、スォ=ハムが運転席の方を幌の影から一度覗き込む。「え?」と云うふうに瞬きをしてから、フローラへ、やけにコソコソとした声で、
「……タケさんから先越されたみたいッス。何か、渋い顔して、タロさんに説教始めたみたいッすよ」
「――」
フローラが目を細め、軽く首を振る。
「構いませんから、呼んできて下さい。急を要するのはこっちです。――ああ……貴方が割り込むのは気がひけるでしょうね、私が行きます」
と云って荷台を降りると、スォ=ハムへこの後手伝って欲しいことを先に告げた。
横たわったリモの脇に丸めた担架を置いている、それを指差し、
「リモ殿の体の下に、あれを敷き入れてから、こちらのストレッチャーに移そうと思うのです。その作業と、移動を手伝って貰えますか」
分かりました、と力強く頷いたスォ=ハムへ「ちょっと待ってて下さい」と云って、フローラはすたすたと運転席の方へ近寄った。
スォ=ハムが云っていた通り、何となくふて腐れたような表情の太狼に、顔を顰めた剛義が指を突きつけて「この半人前」などと云っている。
説教に割り込むことへ何の遠慮も見せず、フローラは近づきながら、
「筆頭。何のお説教だか知りませんが、後にして下さい」
冷静な声で云い放った。
剛義が口を噤んでフローラに顔を向ける。
「人一人の命や健康に関わる事柄で、御次代の手が必要なんです。急を要するのは此方ですので」
「はぁ……ああ……そうな」
剛義は渋面を作りつつも、仕方ない、というふうに溜息をつき、太狼に向かって「行け」と云うふうに手を振った。
太狼がそそくさとフローラに近寄り、共に幌に向かう。
「おおきに、助かった」
と云うと、
「助けたつもりはありません。実際に御次代の手が必要なんです。――理不尽ではない叱責なのでしたら、後でちゃんと受けて下さい」
フローラは彼の顔を見もしないまま素っ気なく返し、太狼は大げさに嘆く顔をしてから首を竦めた。




